溺れるカラダに愛を刻んで【完結】

山葵トロ

文字の大きさ
44 / 74
4.

5-2

しおりを挟む




 だって、壱葉兄さんの言葉をこんなにも嬉しく感じてる。


 もう、何でこんなに涙腺が弱くなっちゃったんだろう。
 きっと、あの人のせいだ。 全部、あの人のせい。


 美花はもう片方の手でこっそり涙を拭くと、スルリと兄の手から逃れた。


 「美花……っ? 」

 壱葉の呼ぶ声を無視して、廊下の奥を突き当り、ドアを開く。
 すると、現れたリビングは美花の想像した状況ではなくて、別の意味で驚いてしまった。


 「……綺麗だわ。 あ、壱葉兄さんが片付けているから? 」

 後ろから付いて来た壱葉に聞くと、「いや、アイツ、見かけ通り几帳面だから元から綺麗だった…… 」と、ボソボソと横を向きながら言った。


 「そうなの? 兄弟でも違うのね 」


 浩峨さんは見かけ通りじゃなかったから。
 あの容姿で、あの部屋は、流石に誰も想像が付かないだろう。

 初めて浩峨の家に連れて行かれた時の凄まじさを思い出して、美花はクスッと笑う。しかし……。


 「何か、男同士で暮らしてる雰囲気じゃないわね」

 広いリビングダイニングを見渡せば、至る所に花が活けられていてどうにも腑に落ちない。


 「な、何言ってんだよ。 はは、変なこと言うなぁ、美花は 」

 「壱葉兄さん? 」

 「そんなことより、疲れたろ? 今、お茶淹れるから…… 」


 明らかに挙動不審になった壱葉は、美花の背中をソファーの方へグイッ……と押すと、ダイニングチェアに掛けてあった紺色のエプロンを持ってキッチンに向かった。


 「美花お前、日本茶だったよな? 玉露のいいのがあるから待ってて 」

 「私も手伝うわよ? 」
「いいから、座って待ってろって 」


 手慣れた手付きでエプロンの紐を背で結わく壱葉を見て、ある単語が脳裏を掠める。

これは、ハウスキーパーというよりも……、


 ーーー『新妻』?

 でも、まさか……ね。


 美花は頭を軽く振って、思い浮かんだ考えを払い除けると、勧められたソファーに腰掛けた。

 日本茶は本当はそこまで好きじゃない。ただ、家にいつも置いてあるものだから飲んでいただけだ。


 「美花が日本茶が好きだって言ったら、こうす……橘が、美花が来たら飲ませてやれってさ 」

 美花の向かいに座った壱葉が、少し季節の早い、ぷるんとした水だんごを口に含みながら言った。

 壱葉の話に寄ると、最高級品のとっておきだったらしい。
 言うだけあってこれは、口の中で転がすと、とろりとした深みのある香りと味が広がる。


 「美味しい…… 」

 「だろ? 」

 ニコッとした顔は、自慢げで、兄がこんな子どもっぽい表情をすることも美花は知らなかった。
 ずっと、同じあの家で暮らしていたのに、お互いに何も分かっていないことに気付かされる。

 これから、もっと時間があれば、取り戻せたかもしれなかったのに…。


 美花はローテーブルの上の茶托に、そっと湯呑みを置いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...