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二章、悪の軌跡編

7-2.

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〈No side〉


 城の廊下を1人の貴族の中年男性が早足で歩いていた。

 男は城の端にある部屋の前に来ると、周囲をキョロキョロと見回して忍ように部屋に入って行く。

 男が入った部屋は書庫だった。

 ある程度掃除はされているようだが、歩く度に細かい埃が宙を舞い埃とカビの臭いニオイと相まって、男は大きな咳を何度もした。

 男性はハンカチで口と鼻を覆うと、本棚と本棚の間の狭い通路を奥へ奥へと進んで行く。

 狭い通路を奥へ奥へと進んで行くとやっと小さな空間へ出た。

 その空間には1人の少年が背を向け立っていた。


「殿下!このリストは何なのです!?密かに調べてみれば不正に横領に薬物に人身売買と、代々王家に仕える名のある貴族達が犯罪を犯しているではありませんか!」


 男は沢山の名前が書かれた紙を片手に震えている。


「しかも陛下の側近が幾人もおぞましい重罪をおこしています!直ぐに陛下にお伝えしなければっ!」

「無駄だと思うぞ。」

「そんなっ!陛下の寵愛を受けている殿下がこの事をお伝えすればきっと陛下は動いてくださる筈です!」

「本当にそう思うか?」


 10歳とは思えない落ち着き払った態度の少年の言葉に、思い当たる節がある男は口をつぐみ俯いた。


「聡明な貴殿なら解る筈だ。父上は息子の俺よりも、側近や臣下に絶大な信頼を置いているとな。」


 少年ことルイスには年齢にそぐわない哀愁が漂っていた。


「父上の側近がその気になれば国を乗っ取るなど容易いだろう。今はまだ多少の尊敬と忠誠心が残っているお陰で大丈夫なようだが。」


 現国王の時代から王は臣下を信頼していた。
 その王の姿勢を何の疑問もなく見ていた王太子のルイスも、自然と側近や臣下を信頼する様になった。

 まさか現王も自分のその姿勢が原因で死後に息子の代で、息子が傀儡の王にされ血筋が失われる事になるとは思わなかっただろうが・・・。


「・・・今の所は大丈夫かもしれませんが、このままでは陛下は利用され悪しき心の臣下達に国を思う様にされてしまいます。」

「分かっている。俺の代でそうだったからな。」

「はい?」


 ルイスの言葉に男は首を傾げた。


「そのリストは、俺が信頼できる者に調べさせて作らせた物ではない。」

「ではこれ程までの情報を誰が?」

「俺が1人で作った。」

「ええ!?殿下が??一体どのようにして!!?」


 とても驚いている男の反応にルイスはフッと笑った。


「その者達は、俺を利用しその罪をなすりつけた者達の名だ。今現在は罪を犯していない者もいずれは罪を犯すだろう。」


 ルイスの青い瞳は暗く淀み、男に言いようのない不気味さを感じさせた。


「そして俺が貴殿にそのリストの名を調べさせこの場に呼んだのは、そ奴等の罪を暴く為ではない。貴殿にここに来るきっかけを作り、俺の話を信じて欲しかったからだ。」

「あの、話がよく、分からないのですが?」


 男は分かりやすく混乱して不安そうにルイスを見る。


「今から信じられない話をするが聞いて欲しい・・・何故なら貴殿は下級貴族という立場にありながら、唯一俺を諌めようと立ち向かってくれた男だからな。」

「殿下?」


 ルイスは1回目の人生の話をした。

 信頼していた側近や側妃など愛する者達から利用され騙され裏切られ見限られ必要とされず、最後はお飾りの王として孤独に生きるただの老人だった愚かな王の人生を。

 ルイスは側近や側妃を家族のように信頼し、想い、愛していた。

 だがそう思っていたのはルイスだけであった。

 彼等はルイスの望む言葉だけを吐き、甘やかして全ての政からルイスを遠ざけ権限を奪っていく。

 ルイスが全てを理解した時、全てが遅かった。

 自業自得だった。

 ルイスは側近は優秀だからと豪語し、何もかも任せていた。

 何もやらずに遊んでいるルイスは
『我等に全てお任せください。』
『陛下は座っているだけでよいのです。』
 という側近達の甘い言葉をそのまま鵜呑みにした。

 楽がしたいからと、ついにはルイスは王が行使しできる全ての権限を側近達に与えてしまったのだ。

 側近達はルイスの命令を聞かなくなり、権限を利用して人を動かし金を動かし国を動かした。

 そして遂には1年以上もルイスと側妃は床を共にしていないのに、側妃から生まれた子どもは王太子として持ち上げられた。

 側妃の子は自分の子どもではないと怒りを露わに訴えるが、側近や臣下はルイスを嘲笑した。

 ルイスは我慢の限界に達して惨めな自分に耐えられなくなり、自らの死を願った。

 右腕として最も信頼していた男に縋り付く。


『お願いだ・・・もう耐えられない!私を、私を殺してくれっ!』


 右腕の男はエメラルドグリーンの瞳でルイスを冷たく見下ろした。


『死にたいなら好きに死ねば良いではありませんか。』


 幼馴染で右腕での宰相の息子であるキース・ケイランは平然と残酷な言葉を言い放った。


『でも陛下に自死は無理ですよね。だって陛下は自分では何も出来ないのですから。』


 キースの言った通り、ルイスは自分で死ぬ事が出来なかった。

 ルイスはただ生かされ城で飼われるだけのお飾りの王としての日々を送る。

 王であるルイスは何の命令もしていないのに、国はどんどん悪くなっていく。

 重税・干ばつ・水害・疫病・飢餓・人身売買・薬物・国同士の小競り合い・自然災害など、国で起こる全ての悪い出来事はルイスのせいなどと言われるようになっていた。

 民の感情が爆発する一歩手前まで来ていて反乱が起きるのも時間の問題だった。

 国中がルイスの死を願う言葉で溢れていた。

 反乱が起こったらルイスの処刑は免れないと誰もが思った。

 だが、そうはならなかった。

 反乱軍のリーダーである男が城の内情を調べた所。
 王はただの傀儡であり、王を玉座から引き摺り落とした所で状況は改善されないという事が分かった。

 傀儡の王を処刑した所で意味はないという情報はグランツの各地に伝えられた。

 それにより反乱は一旦は収まった。

 ルイスの命は助かったが、変わりに民からも傀儡の王や愚王と呼ばれ笑われるようになった。

 そして民による貴族狩りが始まった。

 善人でも悪人でも女・子ども関係なく貴族というだけで、貴族は民から集団で暴力を受け時には無惨に殺された。

 国はめちゃくちゃだった。

 王宮で過ごすルイスの元にまで風に乗って聴こえる苦しみの悲鳴は、貴族のものなのか民のものなのか解らなず、ただその悲鳴をルイスは聞いているだけだった。

 本来なら王として何かしなければとは思ったができなかった。

 何故ならルイスは何の権限もないただのお飾りの王だから。

 これ以上、王に罪をなすり付ける事が無理だと分かった宰相の地位を継いだキースは、自身の身を守る為と権力維持の為に貴族の犯罪を表立って取り締まり始めた。

 裏で最も悪い事をしていた悪の親玉のキースは、まるで善人かのように国や民の平和の為に働くようになった。

 キースが悪い貴族達を厳しく取り締まった事により、民の怒りは徐々に薄れていった。

 表面上は善人で有能な宰相のキース。
 だが裏では相変わらず悪の親玉として密かに犯罪を犯しては国を自分好みに動かしていた。

 キースが悪だと噂が流れたとしても、大半の民は平和に暮らし自分達に被害がなければ良しとして、大人しく生活していた。

 それでも一部の正義感の強い人間は国の裏で蔓延る悪を止めようと動いていたが、結局は権力のある人間に潰されてしまうのだ。

 こうしてグランツ王国はルイスをお飾りの王とし、宰相と側妃を中心に側近の上位貴族達に完全に乗っ取られたのだった。


『王太子も大きくなり私は必要ないだろう?もう解放してくれ、殺してくれ、愚王としてこれ以上生き恥を晒したくない・・・。』

『いいえ、私共にはまだまだ陛下が必要です。』


 王よりも王の風格があるキースはニコリと微笑んだ。


『他国と戦争になって負けた場合、王が責任を取って処刑されるのが常です。ですからもしもの為に陛下には生きてもらいます。陛下は一応この国の代表ですからね。それでも死にたいならご自分でどうぞ。』


 他国と何度か大きな戦争はあった。
 その度にグランツ王国は運良く戦争に負ける事なく、絶望のままお飾りの王としてルイスは長年もの間錆びれた玉座で生かされていた。


 77歳のある日。

 ローズと再び出会い、ローズを愛する事で真実の愛を知った。

 そしてルイスはとある方法で2回目の人生を始めて現在に至る。


「そんな、そんな事があるのですかか・・・?」


 男ことポール・ドリトン子爵は唖然としていた。


「重税・干ばつ・水害・疫病・飢餓・人身売買・薬物・自然災害・貴族狩り、そして戦争・・・・・この先、そんな恐ろしい事が起こるなんて。」

「民も大勢死ぬが、貴族も大勢死ぬぞ。」


 ドリトン子爵は額に手を当て項垂れる。


「父上が信頼している側近の子ども達は、今回も王太子である俺の側近となっていた。」


 ルイスの2回目の人生には1回目と同じように既に、側近の子ども達が王太子の側近として側にいた。


「そんな者達を側に置きたくないと父上に訴えた所で、父上の側近達に不信に思われて俺の存在が消されてしまうだろう。王族という存在は臣下あっての存在だからな。」

「王族は臣下あっての存在などと・・・まさか殿下からそのような言葉が。」


 ドリトン子爵が以前王宮で度々見かけたルイスは、自信に満ち溢れ堂々とし傲慢な王子らしくわがままに振る舞っていた。
 だが、今目の前にいるルイスはまるで別人のような大人のように落ち着き払った聡明な王子のように見える。


「(あんなに傲慢な王子らしく振る舞っていた10歳の子どもが、大きなきっかけがあったとしてもここまで雰囲気を変えられる筈があるだろうか?一度人生を経験していると言われても嘘ではないかもしれない。それに今の殿下は・・・。)」

 
 ドリトン子爵の目の前には子どもの皮を被った大人がいた。

 ドリトン子爵の記憶とは違う今の王太子の雰囲気に多少の不気味さは感じるが、その言葉には妙な説得力があった。


「もし俺が消されたとして、彼等は次の王太子に傀儡に出来そうな者を養子にと父上に勧めるだろうな。そして歴史は同じように繰り返すだろう。」

「国が荒れるのですね・・・。」

「実際には俺が即位する以前から水面下でかなり荒れていたと思うがな。それが更に俺のせいでめちゃくちゃになるのだ。全て愚かな俺のせいだ。愚かな自分に呆れて物も言えん・・・。」


 ルイスは自分に対してため息をついた。


「どこまで俺の記憶通りの未来になるか分からないが、今の父上と側近の関係性から同じ事が起こると確信した。いつか側近の子ども達が俺を利用して国を乗っ取る事を考えるとな。」


 既に王である父を言葉巧みに誘導している王の側近達。

 それがルイスの代で側近の子ども達が完全に権限を奪うのだ。


「俺はこの国を愛するローズが安心して幸せに暮らせる国にしたいのだ。でも俺1人の力ではその望みは到底叶わない。だから協力して欲しい・・・この国を誰もが安心して幸せに暮らせる国にする為に。」


 ルイスは頭を下げた。

 王太子のルイスの行動にドリトン子爵はあたふたとしたが、熱いものがグッと込み上げてきた。

 そしてドリトン子爵はルイスの言葉を全て信じようと思った。
 何故ならそれが平和な国を作る事に繋がるのだから。


「殿下、元よりポール・ドリトンはグランツ王国の平和の為にこの身を捧げています。ですからなんなりとお申し付けください。共にこの国を良くしていきましょう!」


 ドリトン子爵の言葉にルイスは嬉しそうに笑った。

 だがドリトン子爵は知らない。

 美しく善人の様に笑うルイスの頭の中にはローズの事と、自分を利用し裏切った者達への復讐しか頭にない事を。

 "誰もが平和に安心して暮らせる国"なんてどうでもよくて、味方に引き入れる為の偽善の言葉だという事に今のドリトン子爵が気付く事はなかった。


「さっそくだが貴殿にはやってもらいたい事がある。」


  
 

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