盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 10歳編

兄さんの恋人

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 侍女たちの入室も拒否している部屋でただ一人、明かりを一つもつけることなくーーだって私には必要ないからーー子供の体に不釣り合いの大きすぎるベッドの中心で、私は丸まっている。

 暗闇と静寂の中、最後に光を見たのはいつだったかと考えてーーついでに思い出したくない手紙の内容が頭の中を横切った。

 凪いでいた心が途端に騒ぎ出し、遣る瀬無い気持ちを持て余して、私の隣にあった枕を地面に叩きつける。
 スッキリするどころか虚しくなるだけだったが。


 もう二度と行かないとの手紙をよこしたセシルは、本当にリーヴェ邸を訪れなくなった。
 それは今日で一ヶ月目に入ったところで、私の引きこもり生活も同等の期間経過したということだ。


 "もう二度と"って、なんで?
 ずっと側にいるって、約束してくれたんじゃないの。

 安心してほしい、って何。
 私はそんな事望んでない。

 あの日で全部、無くなってしまったの?


 ベッドに体を投げ出して、結い上げるどころか櫛さえ通していない髪がパラパラと顔の上に散らばった。
 客観的に見なくとも、自分が酷い有様なのはわかっているが、どうにかしようとも思わない。

 今の状況を変えたいのに気力がわかない。
 ぽっかりとあいた穴から隙間風が吹いて、よけに私を冷やしていく。

 これじゃあまるで、シナリオの王太子殿下との婚約破棄後のローナみたいだ。


 コンコン、と扉の向こうからノックする音がした。
 きっとアンが今日も説得に来たのだろう。


「放っておいて」


 この時間に一日に一度だけ発する声は枯れていて、可憐で愛らしかったローナの面影はない。

 私が一言そう言うと、アンはしばらく扉の前で待機してから帰るというのにーー今日は様子が違った。

 ドアノブが回され、扉が開かれたのだ。


「なっ……!放っておいてって、言ったでしょう!」


 誰かの顔を見るのも嫌で開かれるのを阻止しようと、扉に向かって枕を投げた。

 食事もろくに取らず、運動もしていなかった私が投げた枕は、扉に届かずに途中で下降して地面に落ちてしまったらしい。
 勢いよくぶつかった音ではなく、地面に落ちた情けない音が聞こえた。


 それがまるで、抵抗さえ上手くできない私そのもののように思えて、情けなくて唇を噛み締めた。

 涙は出ない。もうたくさん、泣いたから。


 最後の砦は自分の体だと、私は己を隠すようにベッドの上で体育座りをして、頭を伏せて丸まった。
 聞く耳さえもたなければ、向こうだってこちらに何を言っても無駄だと判断するだろうから。


 けれど、聞こえた声はアンのものではなかった。


「ローナ」
「! ……にい、さん……」


 まさか、兄さんが来るなどと誰が予想できようか。
 父でさえ私を扱えないと、こうして放っておいているのに。

 咎めるような色のない兄さんの声に、私は自然と安堵していた。
 久しぶりに、悲痛を滲ませた声や私に呆れている声じゃないものを聞いた気がする。


 兄さんは私の目の前までやってきて、ボサボサのままでいる私の髪を直すように頭を撫でた。

  不思議と他の人たちに対するような反抗心は生まれなくて、手櫛が顔にかかる前髪をかき分けていくのを大人しく目を閉じて受け入れる。


 どうしてここに来たのだろう。
 兄さんも、セシルとの婚約はやめなさいって言うのかな。
 ……やだな。


「私がここに来たのは、昔話をするためだ」


 心を読んだようなタイミングで、兄さんはそう言った。
 えっ、と驚きの声をあげた私の頬をするりと撫ぜて、兄さんは静かな声で寝物語でも話すかのように語り始めた。


「今から五年前……私には恋人がいた。父や母に、認められていない恋人が」


 五年前ということは……兄さんが十五歳の頃、丁度学園に入学した年だろうか。

 というか今、恋人って言った?
 イーサン・リーヴェに元カノがいたなどという話は、シナリオで少しも語られなかったはず。

 今までの暗い気持ちが一瞬だけどこかに飛んでいくほどに、兄さんの告白は衝撃的だった。


「相手が男爵家の生まれで身分が釣り合わない、利益も無いと言われて、認めてもらえなかった」
「そうだったのですか……」


 初めて聞く兄の恋バナに興奮するどころか、感心して耳を傾けてしまう。

 兄さんが好きになるような人なのだから、きっととても素敵な人だったろうに。
 貴族の立場とは、なんと歯痒いことか。


「理由はそれだけじゃない……彼女は、生まれつき体が弱かった。在学中も、あまり長く教室にいられないほどに。だから、後継を産むのに問題があるとも言われて、反対された」
「…………」
「だから、家を捨てようと思った」
「……………………へっ?」


 今、なんて?


「家を、捨てようかと」
「えっ」


 もしも私が漫画の世界の登場人物だったら、今頃目が飛び出ていた。落としてすらいたかも。


 だから前にも心の中で叫んだが、そういう重大発表は事前告知を踏む段階的なものにしてくれというに!
 どうして兄さんは「今日はいい天気だな」の口調でサラっと言い放つのだろうか。

 唖然として言葉が出てこない私を放って、兄さんはどんどんな話を進めていく。


「手続きも進めた。私は嫡男だから難しいとは思ったが、しかし手段が無いわけじゃない。最終段階まで終えていた」


 マジか。
 ここ最近令嬢としての務めを放棄していたので危うく声に出しそうだった。物理的に止めたが。


「あと一歩というところで……彼女が学園内で倒れた。そのまま病院に搬送され、もう二度とベッドから出ることはできないと宣告された」


 今ここに兄がいる事こそが、ことの顛末を何よりも語っている。
 客観的に当時を語っていた兄の声が段々と沈んでいくのがわかって、もう話さなくていいと伝えたが、兄はそれでも話を続けた。


「時間が許す限り会いに行った。父の制止なぞ聞かなかった。ハンナが寂しいと言うから、寂しくないように、何度も、何度も」
「兄さん……」
「それでもハンナは寂しいと言った……彼女の"寂しい"という思いは、いつの日か"怒り"に変わった」


 悲しみが滲みはじめた声色に、私は堪らなくなって兄さんの腕に寄り添う。
 兄さんは深く息を吐き、私の体を引き寄せた。


「……どうしてもっと会いに来てくれないの、何でずっと一緒にいてくれないの。彼女だって私に学園がある事は分かっていたが、それでも感情を抑えなれなかったんだ」
「……うん」
「当時子供だった私は、それならどうすれば君は落ち着くんだと直接聞いた。そうしたら、ハンナが答えてくれた……"不安"なのだ、と」


 不安。
 なぜかこの二文字が強く私の中に残る。


「私が本当にハンナだけを想っているのかわからない、学園にいる間に異性と良い仲になってるのではと思うと気が気じゃない。私といる時間は一瞬で過ぎ去るのに、いない時間は永遠のように長くて、考え事ばかりしてしまう……と、言われた」


 兄さんがそんな事をするはずがないと私は思うが、ハンナという人はそうじゃなかったのだろう。

 ……そう思って、ふと、私とハンナの違いは何だろうかと気になった。
 なぜだろう。私は今、すごく大切な事を考えているような気がする。

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