盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 10歳編

踏みとどまってなんかいられない!

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「私はハンナに何度も会いに行くのではなく、不安を取り除いてやればよかったんだ。それを理解したのは、彼女を失ってからだった」


 ハンナという人は、不安から転じた怒りを抱えたままこの世を去ってしまったのだろう。
 兄さんの声に強く滲む後悔の念がそれを表していた。


「ローナ。ハンナの強大な感情は、どこから生じたのだと思う?」


 過去の話が一転し、突然出題されたクイズに戸惑ったが、私は慌てて答えを用意した。


「不安、なのでしょう?」
「それもまた感情だ。感情から感情が生まれるのではなく、あくまでも感情は転じるものである。とすれば、"どこ"とは一体、何だと思う」
「…………」


 何となく、わかる気がする。



「"どこ"とは信頼関係、信用度のことーーハンナは兄さんを信用していなかったから、不安だった」



 兄さんは正解のご褒美に、高らかなファンファーレの代わりとして私の額にキスをくれた。


「そう。ハンナは私を信用していなかった。私の想いや行動、その何もかもを疑ってしまって、激しい怒りに転じる不安が生じた。不安を取り除くとは、彼女に信用されるべきだったということだ」


 私は兄さんを信用している。
 兄さんの人柄を家族として身近に感じる事で行動原理を理解しているから、兄さんが恋人のいる身で浮気をするなんてあり得ないと思えるのだ。


 ハンナも兄さんを理解していたかもしれないが、私ほどの信用は無かった。


 信用できないから学園での兄さんを疑ったし、会いにこない理由に見当がついているのに別の可能性を疑った。

 ……それはまるで、どこかで聞いたような話と似ていて。


「私はセシルの異常な悋気も、ハンナと同じ事だと考えている」
「…………」


 兄は昔話をしに来たと最初に言ったが、本題はここからだろう。
 緊張で自然と背筋が伸びた。


「セシルはローナを信用していない。彼自身が元より不安を抱えやすい人だというのもあるかもしれないが、それ以上にセシルがローナを疑っているのだと思う」


 エンゲルがそばに立っているだけで激しい嫉妬を露わにしたのは、私にセシルを裏切る可能性を見ていて、エンゲルとの間に何かがあるかもしれないと疑って不安を抱いたから。

 "もしもセシルがいなかったら"なんて状況無いはずがないのに、それでも彼があんなにも怒りを溢れさせたのは、私がセシルから離れていく可能性を考えていて、その想定が当たるかもしれないと不安だったから。


 他にも今までを思い返せば、その信号はいくつも思い当たる。
 私はずっと、セシルを不安にさせていたんだ。

 記憶の中の私を叱責したいくらい見つかる信号に頭を抱えていた私だったが、兄に頬を持ち上げられて顔を上げさせられた。

 埋め尽くす白い視界の中に兄の姿は無いが、その先にあるのだと想像はつく。


「ローナ。そこで一つ、お前に確かめたいことがある」
「はい。なんでしょう」


 私の頬を支える兄の手がやけに冷たくて、兄もまた緊張しているのだとわかった。



「ローナは、セシルのことをどう思ってる?」
「ーー……」



 すぐに答えようとして、言葉が喉に詰まった。

 ……私は、セシルのことが好きだ。
 でもそれがどんな好きかを説明することができない。

 だって私には前世の記憶があって、セシルよりもずっと年上の感覚があるから、子供の彼をそういう風に見るのには抵抗があって。

 だってセシルはゲームの登場人物で、私はそのセシルが最推しだったから、せっかくゲームの世界に転生したのだからヒロインには取られたくないって自分勝手に思って、縛り付けて。

 あなたに好きになってもらえるように努力するって。
 いつか必ず、私はあなたに恋をすると決めて。


 ーーじゃあ、今は?

 今は、その"いつか"ではないのだろうか。


「ローナはセシルに会う時、どう感じる」


 嬉しい。すごく、嬉しい。
 会う前から今日の髪型はどうかな、ドレスは大丈夫かなって心配して。大変だけど、会う時に絶対に"可愛い"って思われたくてしている事だから苦じゃ無い。

 いざセシルに会うと、心臓が落ち着きを無くしてずっと跳ねている。
 どんな話をしよう、どんな事をしようって、ずっと彼の事ばかり考えている。


「ローナはセシルがいない時、どう感じる」


 寂しい。会いたくて仕方がない。
 今が、そうであるように。


 ーーああ、そうか。
 そうだったのかあ。


「答えは見つかったか」
「……はい」


 確かに『セシル・フント』はゲームの登場人物だったかもしれないけど。


 私とずっと一緒にいる約束をして。
 王太子殿下がお見舞いに来た時に乱入してきて。
 読めない私の代わりに本を読んでくれて。
 車椅子を押すのが誰よりも上手で。

 シナリオには無い、私たちだけの思い出はこんなにもたくさん積み重なっていて。
 『セシル・フント』はローナに嫌気が差すはずなのに、セシルは私のそばにいた。


 会えないだけで寂しくて周りに心配させてしまったのも、褒めてもらえるかなと思ってたら全然違う反応が返ってきて悲しかったのも。

 全部全部ーーひとりの人間であるセシルに、恋をしたからなんだ。


「兄さん。私、セシルが好きです。大好きです。誰に何と言われようと、私は彼を愛しています」


 兄さんに言ったはずが、言葉は私の心の中にストンと落ち着いた。
 そうか、と呟いた兄は笑ったらしい。ふふ、と小さな息が漏れている。


「私としては、ローナとセシルの婚約に賛成している。だから、父を説得するのは手伝おう」
「ありがとうございます、兄さん」
「ただし」


 兄はそう言って私の頬にあった手を肩に移動させ、言い聞かせるような強い口調で「セシルのことは、何もできない」と告げた。

 そりゃあ、セシルの信用を勝ち取るために兄の手を借りようなどとは考えていなかったが……。
 私が不思議そうにしたのを読み取って、そうではないと兄が首を横に振ったのがわかった。


「セシルへの告白の言葉を、誰かから助言をもらうなどと考えない方がいい。本心からの言葉であり、伝えるために選び抜いたのだと。存外、誰かの言葉の受け売りは暴露バレやすい。もしも引用したと暴露たら、セシルとの関係は二度と戻らないと思いなさい。信用は築くのは大変だというのに、崩れるのは一瞬なのだから」
「な、なるほど……わかりました」


 力のこもった、妙に説得力のある台詞。
 ……もしかして前に本か何かを参考にして失敗したのだろうか。ちょっと想像つかないけど。

 私が了承したのに満足そうに頷いて、兄さんはまた私の頭を撫でる。
 せっかく兄さんに整えてもらったのに、その手でまたぐちゃぐちゃになっているんじゃないだろうか。


「ローナには頑張って欲しい。私とハンナのような最後を迎えないでくれ」


 切に願う思いのこもった声音。
 私は「はいっ」と力強く返事をして、頭にあった兄の手を取り覚悟の分だけ握りしめた。


 立ち止まっていた背中を、兄が押して前に踏み出させてくれたのだ。

 待ってなさいよ、セシル!
 覚悟しておけ。

 疑う隙もないくらい、"好き"で埋め尽くしてやる。

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