出遅れた転生ヒロインは恋を蹴散らす

犬飼ハルノ

文字の大きさ
28 / 40

ソウルフード第二弾・ハトシ

しおりを挟む

 オーロラと鈴音が重なった生を意識してからおよそ半月。
 全て一気に身体へきたのかもしれない。
 フェイたちが去ったのちから一日経っても、ぐったりとベッドに伏したままオーロラは起き上がれなくなった。

「ほんとひどいよ神様…」

 枕にはらはらと涙をこぼしては吸わせながらオーロラは独り言ちる。

 そもそも、この身体には基礎体力というものがほぼ存在しない。
 懸命に調べ物をしていた時は執念で回していた気力も、立て続けに二度も素敵なおじさまたちに振られたとあっては、もうこのまま朽ち果てて良いんじゃない? と底をついた。
 今、オーロラは深窓のお嬢様らしく世を儚んでいる。

「あのう…。お嬢様あ? せっかく失恋を堪能のところなんなんですが…」

 ベッドの上でみのむし状態になっている主のそばへ行くなり、リラは寝具を遠慮なくめくってぴょこっと覗き込む。

「ううう…。リラ、ひどい」

「フランコ様もロルカ様も一瞬で燃え上がってすぐ鎮火したじゃないですかあ。あんなの一目ぼれのうちにも入りませんよう」

 可愛い顔と声をしているのに容赦なく傷を抉ってくれ、もう本当に朽ち果ててしまいたい。

「あ、そうそう。あのですね。これ食べたらきっとお嬢様も飛び起きるっていう人が来てるんですけど」

「…何にも食べたくない」

 ぷいっとそっぽを向いて、更に寝具の奥深くへ這って後退を試みるが、リラがさらに寝具を剝ぐ。

「まあまあ。そうおっしゃらずに」

 ぱかっと弁当箱のようなバスケットをまるで宝石箱を開けるようにオーロラの目の前で恭しく開いた。

「え…」

 ふわりと鼻腔をくすぐったのは揚げたパンの匂い。
 バスケットの中は紙ナプキンが敷かれていてそこにぎっしりと詰められていたのはサンドイッチサイズにスライスされたパンが四分割され、キツネ色に焼かれたもので。

「ハトシ…?」

 おそるおそる手を伸ばして、指で一つつまむ。
 ほぼ正方形のサンドイッチはかりっと揚げられていて、香ばしい匂いがする。
 口に入れてみると、海老とショウガの香りが舌に広がっていく。

「……」

 しゃくしゃくとそれを咀嚼して、こくりと飲み込む。

「リラ、これを持ってきてくれた人は? 応接室?」

「はい」

 すぐにベッドから飛び降りた。

「あ、お嬢様…! ちょっと…!」

 リラが止めるのを振り切って、裸足で駆けだす。
 寝室の扉をぶつかるように開けて、廊下を走り、応接室に飛び込んだ。

「…お嬢様。その恰好はさすがにちょっと…」

 接客中のロバートとナンシーは足音で解っていたのだろう、二人の眉間にしわが深く刻まれているが、構っていられない。

「あなた、誰?」

 ぺたぺたと裸足のままソファに座って寛ぐ客人の近くまで歩み寄り、尋ねた。

 背中に流した豊かな明るい茶色の髪、ぱっちりとした緑の瞳。
 溌溂とした印象の若い女性。

 会ったことはないが、相手は明らかに初めましてという顔ではない。

「ああ…。マジ? リアルオーロラって、こうなんだ。すごいね」

 にぱっと人懐っこい笑顔を向けられる。

「……」

 オーロラの頭の中で、考えられる人物はひとりしかいない。
 でも、口に出せない。

「ようやく会えたな。ずっと探してたんだよ、ねえちゃん」

「…美兎?」

「正解」

 肩の力が抜けて、その場に座り込んだ。




「うちは色々な食材を商っていてね。この屋敷にも料理の食材を一部卸していたの。で、料理人の奥さんから、今度面白い料理を作るって聞いた時に、あ、ここのお嬢様転生者だと思って」

 あとから追いかけてきたリラがオーロラにガウンを着せ、靴下も靴も履かせてくれた。
 それを中身が美兎である女性は興味津々の表情で眺めていた。

「豚カツのこと?」

「そうそう。エビフライの形状とかタルタルソースとか、もろ日本人でしょ。お願いして一種類ずつこっそり分けてもらって食べたの。そしたらコロッケの味がもろ高橋のだったから、もうすっごく嬉しかった。可能性としては、アスねえかスズねえかなと考えて、こっちも料理を持参してみたってわけ」

 末っ子の芽瑠は中学生だったしなんだかんだで甘やかしてしまい、ほぼ食べる担当なので微妙な味付けが独りではできない。
 そうなると確かに鈴音か阿澄の二択だ。

「ハトシなんて、家庭で作る人は近所でもうちだけだったものね」

 ハトシとは長崎の中華店などで作られる料理の一つで、海老を粘りの出るまで細かく刻んだものに、酒としょうが汁と塩か醤油をまぜてサンドイッチを四分割した物に挟み、揚げたものだ。
 作り方も味も色々あるが、鈴音たちはいったん蒸し器で蒸してから揚げる。
 ちなみに高橋の祖父の亡くなった妻が長崎出身だったため、元旦やお祝い事の時に作られる料理の鉄板メニューの一つだった。

「まさかこれをすぐに食べられるとは思わなかったわ…」

 ぽろぽろと涙を流しながら食べるオーロラをしげしげと見つめて感慨深げにため息をつく。

「いや、まさか、あの、オーロラ・ハートにスズねえが転生するとはね…」

 そう言う美兎はやはりゲームに出てこないらしく、現世ではミシェル・ライト男爵令嬢なのだそうで、年齢も前世と同じ二十歳だという。
 健康そうで、良かったとは思うのだが。

「そこのリラさんが、お嬢様はイケオジに振られて寝込んでます~って言ったから、ああ、これはスズねえしかないなと。スズねえは相変わらず分かりやすくっていいね!」

 前世と変わらずズバズバと歯に着せぬ物言いだ。

 とんでも暴露にオーロラは涙目のままキッっとリラへ怒りの視線を送るが、『感動の再会ですね~』とにこにこ笑っていて全く通じていない。

「こっちの世界でも失恋ばっかって、まったくスズねえときたらさあ…」

「なんでいつも私が良いと思う男はみんな既婚者かゲイなんだろうね! 私、何か悪いことしたのかなぁ!」

 おかげで仕事先のヨーロッパではさんざん振られた。
 失恋メーカーと美兎にあだ名されるくらいに。

 すっかりやさぐれたオーロラは、寝間着ガウン姿のまま、ソファの上で胡坐をかいてミシェルが持参したハトシをやけ食いし始めた。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】王子と結婚するには本人も家族も覚悟が必要です

宇水涼麻
ファンタジー
王城の素晴らしい庭園でお茶をする五人。 若い二人と壮年のおデブ紳士と気品あふれる夫妻は、若い二人の未来について話している。 若い二人のうち一人は王子、一人は男爵令嬢である。 王子に見初められた男爵令嬢はこれから王子妃になるべく勉強していくことになる。 そして、男爵一家は王子妃の家族として振る舞えるようにならなくてはならない。 これまでそのような行動をしてこなかった男爵家の人たちでもできるものなのだろうか。 国王陛下夫妻と王宮総務局が総力を挙げて協力していく。 男爵令嬢の教育はいかに! 中世ヨーロッパ風のお話です。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ

猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。 当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。 それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。 そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。 美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。 「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」 『・・・・オメエの嫁だよ』 執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】王宮内は安定したらしいので、第二王子と国内の視察に行ってきます!(呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。の続編です)

まりぃべる
恋愛
異世界に呼ばれた佐川マリア。マリア・サガワとしてこの世界で生きて行く事に決め、第二王子殿下のルークウェスト=ヴァン=ケルンベルトと一緒に、この国をより良くしていきます!って、実際は2人で旅行がしたかっただけ? 呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。の続編です。 長くなりましたので、前作の続きでは無く新しくしました。前作でしおりを挟んでくれた方ありがとうございました。 読んでなくても分かるようにしております。けれど、分かりにくかったらすみません。 前作も読んで下さると嬉しいです。 まだまだ未熟なので、稚拙ではありますが、読んでいただけると嬉しいです。 ☆前作で読者様よりご指摘が有りましたのでこちらにも記載しておきます。 主人公の年齢は設定としてありますが、読者様が主人公になれたらな(もしくは好きな年齢に当てはめて読めたら)という思いを込めて敢えて年齢を記載していません。

処理中です...