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  レイモンドがルヴィアナを迎えに行っている頃、国王の執務室にダンルモア公爵が尋ねてきた。

 「配下、実はお話が…」

 「まあ、かけてくれ」

 ニコライはソファーに腰かけるよう勧める。

 オーレリアン・フォン・ダンルモア公爵はレントワール国の3代公爵家の一つである。王室とのつながりも深くニコライはどの公爵家とも仲良く付き合っていた。



 彼は執務室に入ると心痛な面持ちで顔をしかめながらソファーに腰を下ろした。

 「どうしたオーレリアン。顔色が優れないようだが?」

 「はい、このようなことを今さらと思われるのは、充分承知しておりますが…実はシャドドゥール公爵とわが娘ジェルメールとの間には婚約が…」

 ニコライの顔が驚きで強張る。

 「どういうことだ?もっと詳しく話してくれないか」

 ニコライは執務室の中央にあるソファーから身を乗り出す。



 「はい、今から3か月ほど前の夜会での事でした。その夜の夜会にはシャドドゥール公爵も出席されていて、私の娘ジェルメールも参加しておりました。シャドドゥール公爵はダンスを何人かの女性と踊られて、うちの娘もダンスのお相手をして頂きましたが、ダンスをしながら公爵が結婚の話はあるのかと聞かれたのです。娘はそのようなことを男性から問われることがなかったものですから驚いたらしく、いくつか婚約の話が来ていると話したそうです。実はジェルメールは前からシャドドゥール公爵が好きで、公爵からこのようなことを言われたと聞いて私はピンと来たのです。そのような話を直接されるということは、公爵はジェルメールとの結婚を望んでいらっしゃるのではと…」

 「まあ、その程度なら…」



 「ですから、その後で私の方からシャドドゥール公爵家にジェルメールとの婚約を打診したのです」

 「それで?」

 「はい、シャドドゥール公爵は、ちょうどその時ディミトリー殿下の代わりに執務をこなされ騎士隊の事もお忙しいとかで、婚約の話はこの件が終わってからにしてほしいと言われたのです。その後すぐに魔獣征伐に出かけられて、議会であっという間に次期国王の話が決まってしまい…娘はもう嘆き悲しんでおりまして…こちらとしては婚約は整うものと思っておりました。でも、次期国王になる方はルヴィアナ嬢を妻に迎えるというのはもう決まっていたことですし…それにはっきり婚約したとは言い切れませんし…この話を陛下にするのもどうかと思ったのですが…」

 オーレリアンの不安そうな顔はますます曇る。

 だが、ニコライは周りの景色がパッと明るくなった気がした。



 「オーレリアンそれはもう決まった話だろう?それは済まないことをした。ランフォードがもうダンルモア公爵家の息女をもらうと決めていたとは知らなかった。オーレリアンも議会の時そのことをなぜ言わなかった?」

 オーレリアンが驚いて戸惑った顔でニコライを見た。

 「そ、それは…とても言い出せる雰囲気ではなかったもので…それでつい…」

 「まあ、無理もないかも知れんな。次期国王になるのはランフォードくらいしかいない。だが、そう言う事情なら話は別だ。私は常々公爵家の方々には幸せになってほしいと思っている。幸い私はまだ国王の指名はしていない。確かにランフォードは候補になった。だが、正式に国王になったわけではない」



 オーレリアンの顔がほころんでいく。

 「では…陛下はジェルメールとの結婚を進めていいとおっしゃるんですか?」

 「ああ、私もディミトリーの事では感情的になり過ぎた。だが、ディミトリーも考えを改めたようだし、そうなるとディミトリーを次期国王にしてやりたいとも思うようになったのだ」

 「ええ、そうですとも、それが一番筋の通った話ですから、ディミトリー殿下が戻って来られれば皆さんも納得されるはず」

 「そう思ってくれるか?」

 「はい、それはもちろんです」

 「分かった。ランフォードにも混乱させたことを謝らねばならんな。オーレリアンはご息女に安心するように伝えてくれ、心配ない私がランフォードは次期国王は出来ないと議会で言おう」

 「ありがとうございます。陛下感謝してもしきれません。では私はこれで失礼します」



 オーレリアンは急いで執務室を退室した。

 ニコライはここ数日の胸の苦しみがすっと流れ落ちるようだった。正直助かったと思った。こんなことがあるとは…それにしてもランフォードに婚約の話があったとは…

 これを利用しない手はないだろう。

 だがまてよ、ルヴィアナにしてみればディミトリーと関係を戻すことを嫌がるかもしれん。いやはやステイシーの事が片付いたとはいえ…

 感情的になればうまく行くことも行かなくなる。

 それにディミトリーも素直にルヴィアナと結婚すると言うかどうかだ。

 また大きなため息が出た。



 それでも事態は進展しそうなんだから…

 ニコライは取りあえずディミトリーの事を知らせようとクレアの部屋に出向くことにする。

 クレアはすっかり体調を崩したと聞いていた。見舞いもかねて顔を出すのもいいだろう。

 ニコライはディミトリーが自分の息子だったと分かってクレアには申し訳ないことをしたと思っていた。だからいつもならそんなことをする気にもならなかっただが…

 それにディミトリーの機嫌を取らせるにはクレアが必要だしな。

 すぐに執事に頼んでクレアのT頃に行く手はずを頼む。



 しばらくして連絡が整ったと知らせが入った。

 「クレアに会いたい」ニコライは王妃の間の前で侍女に伝える。

 すぐに部屋に通されると、クレアはリビングルームで待っていた。

 「クレア体調はどうだ?」

 「ええ、あまりすぐれませんわ。それでどのようなお話です?」

 「まあ、そう焦るな。これを食べてごらん」

 ニコライはクレアの機嫌を取るように、異国のお土産のチョコレートを差しだした。

 先日妹の嫁ぎ先のベニバル国から届いたものだ。最近カカオという品物を流通させるようになってチョコレートという菓子を販売するようになったらしい。

 クレアはうれしかった。今まで顔を出すこともなかったニコライが具合が悪いと聞いて見舞いに来てくれたのだ。

 「ええ…まあ、これは口の中でとろけて‥ああ、すごく甘くておいしいですわ。ニコライも召し上がった?」

 「いや、私は甘いものは…」

 そう言うといきなりクレアが口の中にチョコレートを入れた。

 「あっ…何だこれは…」

 ニコライが眉間にぎゅっとしわを寄せたと思うと、すぐにほおが緩んだ。

 「これは…何ともこくがあってうまいな」

 「ええ、本当に…」

 ふたりの間にほんの少し緩やかな空気が漂った。



 「クレア、良い話だ。実はランフォードが婚約していた。相手はダンルモア公爵家の息女だ。そうとなればランフォードが国王になるのは無理だ。だから時期を見てディミトリーをもう一度…いや、この際結婚したらすぐに国王を譲ろうと思う」

 「まあ、うれしい。それは本当ですか?約束ですよニコライ。ディミトリーを国王にして下さるのね」

 「ああ、だがルヴィアナとの結婚は譲れない。それをディミトリーに納得させてくれないか」

 「まだルヴィアナにこだわるんですの?もしルヴィアナが嫌だと言ったらどうするおつもりなんです?」

 「いいからディミトリーにルヴィアナと結婚すると言わせろ!ルヴィアナの事はこちらで何とかする」

 「まあ、もちろんですわ。ディミトリーを国王にして下さるというなら」

 クレアはそれで手を打つと言った。



 幸いディミトリーはまだここにいた。ステイシーがいなくなってディミトリーはすっかり元気をなくしていた。

 彼女を信じていただけにそのショックは大きく結婚する話も受け入れるかさえわからない状態だ。

 でも、ディミトリーにはやってもらわなければ国王になれるんですもの。

 クレアはルヴィアナの事を内緒にしてでも結婚式を上げさせるつもりだ。あのミシェルの娘なんかに子供を産ませたくもなかった。

 ディミトリーにはステイシーよりもっといい子を側妃にして…

 クレアはすっかり元気を取り戻していた。

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