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しおりを挟むミシェルやルヴィアナがニコライの執務室を出た後、クレアが血相を替えてやって来た。
「陛下、ルヴィアナがいなくなりましたわ。やっぱりディミトリーとの結婚をやめるつもりではありませんの?」
ニコライは顔をしかめた。
ミシェルの話を聞いて間がなくまだ頭の整理も出来ていないところに、今度はミシェルとルヴィアナふたりでやって来て…
ルヴィアナは、ランフォードと会うまで結婚なんかしないと…ったく誰に似たのやら。
もっと早くミシェルが私に話していてくれれば、ルヴィアナを王女として迎えて隣国の王太子との縁談もあっただろうに…それにシャドドゥール公爵との縁談でもよかったんだ。
それにクレアお前もだ。もっと早くディミトリーの事をはっきりさせていたらこんなことにはならなかったんだ。
どいつもこいつも私を困らせる事ばかりしてくれる。
だが、今さら結婚式をやめるわけにもいかない。他にディミトリーにふさわしい令嬢も思い当たらない。
ディミトリーがはっきり跡取りと分かって改めて遺言状を書き直した。
遺言状にはディミトリーを次期国王にすると書き、そしてディミトリーはルヴィアナと結婚することとも書いたが、また、遺言状を書き直さなければなるまい。
あんなことを言ったが、兄と妹で夫婦になることは神に逆らうことにもなる。そんな事は出来るはずもない。
結婚式は延期するよりほかないだろう。
ああ…このところの騒動でどうも調子が悪いんだ。クレア頼むからそんなにヒステリックになるな!
「クレア…話がある」
「ええ、私もありますわ」
「いいから私の話を聞いてくれ。ルヴィアナは私の娘なんだ。私もさっきミシェルから聞かされたばかりで本当に驚いている。だが、こうなったら兄妹での結婚は無理だろう。だから結婚式は取りやめることにするつもりだ」
「ニコライ…その話は本当ですの?あの方が嘘をついているのでは…だって20年近くもずっと隠していたという事ですわよ?」
「ああ、だが、私には心当たりがある。それにあの気性…」
そこまで言うとニコライは首を振る。
あの激しい気性は若いころの自分を見ているようなんだ。
それに唇を少し尖らせてふてくされる表情は子供の頃の自分に瓜二つなんだと…
「何がおかしいんです?」
「ああ、ルヴィアナは私の気性にそっくりだ。一度言い出したら納得いくまで諦めようとしない。ハハハ」
ミシェルとの間に子供がいた。彼女を愛していたし今も愛している。だからルヴィアナを王家に迎え入れたいと思ったくらいで。
そしたらルヴィアナは私の子供だったとは…
ニコライはまた自然とほほが緩む。
クレアは珍しく国から送って来たというお茶を自分で煎れていた。
もちろんニコライの為に…
ここは何としてもディミトリーとの結婚をうまく行かせなければの一心で…
なのに…ルヴィアナが陛下の子供?いい加減にして下さらないミシェル。私をどこまで貶めれば済むのかしら?
このままでは結婚式が…陛下は遺言状も書き換えるおつもり?まさかディミトリーを?
お茶を煎れる手はブルブル震える。
落ち着くのよ。ディミトリーは次期国王になれるはず。
でも、私の気持ちは…
クレアの胸に抑えきれない憎しみが渦巻きどうしようもない感情が膨らみ始めた。
お茶をカップに注ぎながらニコライの様子をそっと伺う。
彼は嬉しそうにほほ笑んでいて…
あなたという人は…ミシェルが貴方の子供を産んだことがそれほどうれしいんですか。
あなたも私を侮辱するんですね。
いいですわ。あなたに本当の事を教えてあげるわ。
クレアの唇がふっと持ち上がる。
出来上がったお茶をニコライの前にそっと置く。
「あなたもお好きでしょう?カルバロスから送られてきたお茶です。どうぞ召し上がれ」
「ああ、クレアありがとう…ああ、やっぱりこのお茶はうまい」
ニコライがお茶を飲みほっと溜息をつくとまた微笑んだ。
「何がおかしいのです?やっぱりあなたはずっとあの人を愛してらしたんですね」
「ミシェルを?違う。だが、自分の子供がもう一人いたなんて、それも可愛い娘だ。うれしくないわけがない。そう思わないかクレア?」
クレアは微笑んだ。あまりに引きつれてもしかしたら口角にはひび割れが起きているかもしれないと思う。
「いいですかニコライ、よくお聞きなさい。最後にいいことを教えて差し上げますわ。ディミトリーはあなたの子供ではありませんの。心配されなくてもルヴィアナとは兄妹にはなりませんのよ。だから結婚式はやめる必要はないのです。さあ、式の準備で忙しくなりますわ。では我が息子ディミトリーとルヴィアナとの結婚式の事よろしくお願いしますね」
「クレア?今何と…ディミトリーは私の子ではないと、そう言ったのか?どういうことだ。お前はあんなにはっきり言いきったではないか。ディミトリーは私の子供だと…」
さっきまでの幸せそうなニコライの顔が今度は引きつれる。
「あの時はそう言った方がいいと思ったからです。あなたはあろうことかディミトリーを次期国王から外されて…私はこの国の混乱を避けるためにやったまでですわ。あなただってそう思われるでしょう?これがあるべき姿ですもの。でも、もしかしたらあなたの愛するミシェルも嘘をついているかもしれませんわよ」
「お前という奴は…」
「ディミトリーはルヴィアナと結婚させますわ。ご心配なく、では」
クレアは立ち上がるとお辞儀をした。
そして執務室から何事もなかったふりをして出て行った。
***********
しばらくして今度はランフォードとダミアンが陛下の部屋を訪れた。
ドアをノックするが返事がない。
見張りの近衛兵に聞くが陛下はこの部屋から出てはいないらしい。
「おかしいな、返事がないなんて‥陛下?失礼します」
そっとドアを開けて中の様子を伺う。陛下はどうやらソファーに座っているらしい。
なんだ。いるなら返事をすればいいのに…ひょっとして自分が来たと分かったのだろうか?そこまで嫌われるようなことをした覚えもないが
ランフォードは緊張でかすれそうな声で、一度咳払いをした。
コホン。
「陛下、失礼します。ランフォード・フォン・シャドドゥールです。陛下にお話があってまいりました。いえ、牢にいたのになぜこんな所にいるかとお思いでしょうが、とにかく話を聞いて下さい」
国王は微動だすらしない。
ったく。返事くらいしてくれてもいいのではないか?
ランフォードは、部屋の中につかつか入るとソファーの前まで歩く。
「陛下、失礼します…あっ!」
「隊長どうされましたか?」
「陛下?どうされたんです。陛下、返事をして下さい!」
ランフォードはダミアンの問いに答える間もなくソファーに跪いてニコライに声を掛けた。それでも反応がないので今度は身体に触れる。
陛下の体はピクリとも動かない。
「大変だ。誰か呼んでくれ。陛下の具合がおかしい」
すぐに近衛兵が入って来て国王の様子を確認するとすぐに宰相のところに知らせに走った。
リカルド宰相は走って国王の執務室に来ると国王の様子を伺った。
脈を取り心臓の音を確認する。何度も息をしていないか確かめた。
「陛下は亡くなっている。おい、誰がこの部屋に最後に入った?」
宰相は近衛兵に厳しい口調で問いただす。
「はい、先ほどシャドドゥール公爵様と騎士隊副隊長殿が部屋に入られました」
ランフォードとダミアンはまだ部屋にいた。
先ほどから宰相の様子をずっと見ていた。
「それで、どういうことだ。シャドドゥール公爵」
その声はひどく冷たく聞こえた。
まるで国王に何かしたのかと言わんばかりで。
「どういう事とは、私が入った時にはすでに国王は亡くなっていた。ソファーに座られていたので声を何度もかけたがすぐには気づかなかった」
「間違いありません。私も一緒に部屋に入って様子を見ていましたので」
ふたりは声を揃えてそう言った。
「近衛兵?どうだ。お前も部屋に入るところを見たのだろう?」
「はい、言われた通りです。声を掛けて部屋に入られて、しばらくして私が呼ばれましたので」
「そうか。間違いないか?」
「間違いありません」
「分かった。とにかく王妃を私の執務室を呼んでくれ」
近衛兵はお辞儀をするとすぐに走り去った。
宰相はくるりと向きを変えると、ランフォードに詰め寄った。
「しかし、牢にいたはずのあなたがどうしてここにいらっしゃるんです?疑いたくはないが何かあると言われても仕方がありませんぞ」
「確かにそうです。そのことで陛下にお話をしようと伺ったのです。それとルヴィアナとの結婚についても考え直していただくようにと思っていたのですが…」
「そう言えば最初はそんな話だったな。君とルヴィアナの結婚。だがルヴィアナはディミトリー殿下と結婚する事になったはずだが?」
「だからそのことでお話に伺ったんです」
「何かおかしいな。近衛兵!シャドドゥール公爵を捕らえよ」
近衛兵が入って来てランフォードの腕をつかんだ。
「宰相、私は何もやっていません。信じて下さい」
「宰相、隊長は嘘は言ってません。牢から出したのも身体の具合が悪そうで私の判断で勝手にしたこと、隊長には何の責任もないんです。だからこうやって国王に会いに来たんじゃないですか?やましいならわざわざこんな所にくるはずがないでしょう」
「こいつも捕らえよ!」
「ちょっと待って下さい。それはいくら何でもひどすぎる。ダミアンを放してください。彼は何もしていません。牢は私が勝手に破ったんです」
「とにかくこのままにはしておけん。近衛兵ふたりを牢に入れておけ!」
宰相も今は誰が怪しいかもわからない状況で、この二人を捕らえるのはごく自然な事だった。
ふたりはまた牢に入れられてしまった。ダミアンは今回が初めてだが…
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