残念な女教師と笑わない僕

藍染惣右介兵衛

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第二章 鵜の真似をする三羽烏

第四話 競泳水着バリバリケード

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 火野美咲先生が姫咲高校に着任して三週間、僕と出会って二週間。
コケシクン混入の茶番劇で入部してからは、毎日部活をするのが日課になった。
亮や水早ちゃんとしか話さない日が多い僕にとって、大いなる変化だ。

 茶道部の部室、と言っても使わない教室を茶室っぽくしただけなのだが、美咲先生にとってはずいぶん気が抜ける場所のようだ。実は抹茶がそれほど好きではないし、特技は炭酸飲料の一気飲みなど、茶道とかけ離れた性質の持ち主でもある。

 教室中央の茶室に見立てられた三畳間で、先生と様々な対話を交わした。
その中で先生の家族構成についての話はなかったはずだ。

「ええと、美咲先生……今、イモータルと言いました?」
「なんで不死者immortalになるの。妹って言ったの!」
「アイツ……いや、四条春香が!? 姓が違いますよね?」
「わたしの火野は母方の姓、あの子は父方四条家の姓。
 うちの両親は一二年前に離婚してるから……」
「では、妹は父のところに残り、先生は母の実家へって感じですか?」
「うん。母が病気で亡くなったのが五年前。葬儀で会った以来の再会ね……」

 どんよりと表情を曇らせた美咲先生は、窓の外に視線を移した。
先ほどの様子を見る限り、五年ぶりの姉妹再会という雰囲気ではなかった。
険悪な関係でもなさそうだが、少なくとも仲良し姉妹ではないようだ。
姉の美咲先生はともかく、妹のほうが防壁を張っている感じがする。

「よし。僕は決めました!」
「え? いきなりどうしたの?」
「先生の妹でも容赦しない。今年の文化部への部費削減は絶対抗議します!」
「部費削減はしょうがないじゃない。大きな部ではないんだから」
「いえ。合宿に行けるぐらいの部費を出させます」
「茶道部で合宿なんて初めて聞いたんだけど……」
「姫咲の温泉街は、茶室がある旅館があるんですよ」

 合宿に行きたいのは建前で、本音は四条春香に物申したいだけである。
美咲先生がこれほど複雑な表情を見せるのは初めてのことだ。

 必ず生徒会から文化部の部費増額を勝ち取ってみせる。
まずはその前に、目の前にあるできごとから始末していこう。

「妹の春香が言っていたように、水泳部は現在一六名みたいね」
「昨年度も同じぐらいの部員数だったんですか?」
「顧問の宮本先生から、一三名だったと聞いているわ」

 陽が傾き始めた頃、先生は畳から出て机でコーラをがぶ飲みし始める。
誰はばかることなくゲップを出したあと、椅子でダラリとふんぞり返ってしまう。
そろそろ慣れてきたせいで、ツッコム気さえ起きないが……

「先生ってなんで部活の顧問やろうと思ったんですか?」
「部活手当」
「うあ。お金ですか……」
「咲耶君、いろいろ幻滅してるでしょ?」
「あ、わかりますか? 最初のイメージと変わりすぎて……」
「嫌いになった? 部活辞めたくなった?」
「その逆ですね。変わった人だなって、余計興味湧きますよ」

 不思議なことに、幻滅するのも悪くないと思っている。
これが本来の火野美咲の姿なら、それを僕だけに見せ続けて欲しい。
人と人の関係で一番つらいのは、あいだに壁を感じることなのだから。

「そうだ! すっかり忘れてた。家庭訪問の日程ね、咲耶君の家最後ね」
「え! 僕が最後なんですか?」
「家が遠い子から順番なの。一番近い咲耶君がラストよ。
 コーラと休憩するフカフカのベッドを用意してね」
「はいはい。できる限り善処します」
「さあ、今日はこれで終わりましょうか」
「そうですね」
「咲耶君には二つ片づけないといけない問題があるようだし……」

 茶道具一式を片づけながら、先生は少し含みのある笑いを見せた。

「美咲先生……なにか気づいてるんじゃないんですか?」
「ただの勘でしかないから、はっきりと言えないなぁ……」

 先生が言うとおり、僕には二つ片づけるべき問題がある。
ひとつは水早ちゃんの水着の件、もうひとつは亮と水早ちゃんの関係修復。
僕と美咲先生の距離は縮まった気がしないのに、他人のことばかりだ。








***








 その日の夜はなかなか寝つけなかった。
考えごとが増えすぎて、知らないうちにストレスが増加している。
睡眠導入剤を少量飲んで、再び床についた。

 まどろみの中で僕は同じ夢を何度も見る。
それは物心ついた頃から続いていて、終わらない悪夢のようだ。
ソイツは今夜もやってくる。

(ロッケンルォールゥゥ!! シェキナベイベェェー!!)
「うるさいよリーダー……」

 夢の中に現れるリーダーは、基本的にはピエロの姿だ。
今夜は黒いヨガボールに腰かけて、ものすごい姿を見せつける。

 手にはエレキギター、とんがったサングラス、黒いシルクハット。
それに、なぜか水早ちゃんの破られた競泳水着を着用している。

(ケッヒヒヒッ! なかなかロックなスタイルだろ? キッスみたいだろ!?)
「いや、あの人たちの格好もすごいけど、お前のはただの変態じゃないか」

 ブリブリに破れた競泳水着をロックスタイルと思っているらしい。

(キヒヒヒ! 見ろよ、見ろよ! このケツの焦げた部分もイカスだろ! ケツに火がつくぜ!)
「それってやっぱり焼いたあとなのか……」
(グフフフ……おにゃのこのこと、わかっとりゃーせんなボケナス!)
「しゃべるごとにキャラ変えるのやめてくれ。しんどい」

 今日はリーダーがいつになくハイテンションで疲れてきた。
夢の中で疲れるなんて、睡眠する意味があるのだろうか甚だ疑問だ。

(ケヒヒッ! おにゃのこは水遊びをしたらー! なにをする!!)
「はぁ? 水遊びのあとなにをする? 着替えだろ?」
(クケケッ! 着替えのあとー! なにをする!!)
「ええ……着替えて帰るだろ」
(プギャースッ! お前、おにゃのこ全然わかっとらんバイ!)

 ジャキーンビロロローンとリーダーが旋律を奏でた。
なんの曲かはわからないが、なにかを伝えようとしているようだ。

 ……
女の子がプールのあと、着替えてからすること。

「なるほどな……」
(ケッヒヒ! 重要なことを見過ごそうとするなよっと!)
「なにが言いたい?」
(クフフ。ペチャパイ水早がこの水着を発見した日はいつだ?
 その日より以前ならばー、部員数は何名なんだぁぁあん!)

 ジャカジャカジャーンと、またしてもギターをかき鳴らす。
水早ちゃんが、破られた自分の水着をロッカールームで発見した日。
その日の……部員の数は今と違っていた。

「さて、その怪しい数名の中に犯人がいるのかどうかだな」
(ケヒヒヒ! いるんだよ! ブリバリバー三人衆がなっ!!)
「そのネーミングだけいただいとくよ……」

 要するにリーダーが言いたいのは、結託した三人による犯行だということだ。
そして、そのうちのひとりは、熱源を使用して水着を焼け焦げさせた。

(グッヘッヘ! さあてお待ちかねの色恋沙汰でSHOWの開演だ!!)
「うるさいなぁ……なんだよ色恋沙汰って」
(グヒ! チャラ亮とペチャ水早がぁー! 合体!!)
「してないから!」

 ジャーンと一度だけギターを鳴らし、サングラスをくいっとあげる。

(ケヒヒヒッ! こーのドン・かまちょが! まーだわからんのか!!)
「ああ。ダメだ……なに言ってるんだコイツ」
(クヒヒ……三匹の子豚のうち二匹がくっついたら、一匹はさみしー!!)
「え……?」
(ケヒ! しかも、ソイツ友達少ねーわ、笑わねーわで二人は心配!)
「僕とあの二人の恋愛事情が関係してると?」
(ケッヒヒッ! いつから関係していないと錯覚していた?)

 亮が珍しく僕より早く登校して、こう言った。
謝って許してもらえたから、告白して強引にキスをしようとして殴られた。
冷静に考えればおかしい。亮はそんなことをする男ではない。
まして、一番大切な水早ちゃんに対してそれはない。絶対にない。

「二人は僕のことで……水着事件とは全然関係ない事情で大ゲンカした……?」
(ケーヒッヒ! わかっちょるけぇね! 障壁をこさえとるんは、お・ま・え!)

 ガラガラと夢の中の風景が壊れ始め、リーダーがギターを鳴らしながら踊る。
僕の周囲をグルグルしながら歌うと、少しずつその姿が薄れてきた。

「ちょっと待て!」
(キヒヒ! おお! すげぇことを忘れておったまげ!!)
「なんだ?」
(グヘヘ……美咲と四条春香の超デカおぱーいに挟まれたしっ! 乳ビンタ!!)
「もういい……」

 夜中に夢から覚めたとき、目の奥から止めどなく涙が溢れた。

「言葉と言葉を紡ぎ出す。過去に隠された真実をここへ導く」

 祖父から教わった、まじないの言葉だ。
手を組んで祈るように口に出すのが癖になった。
嘘は人の言葉と言葉のあいだに隠されている。
真実もまたしかり。しかと思い出せば必ずまことを導く。
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