【R18•完結】「子どもさえできれば自由にしていいから」と言った夫が執着溺愛して離婚してくれません

紀ノこっぱ

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4.愛のない結婚

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 パスコヴィラダ公爵家が代々結婚式を行う場所だから。
 私と公爵……今日から夫になるシリルの結婚式も、慣例通りの聖堂で執り行われる。

 薄桃色の花崗岩でできた聖堂内の色合いはとても可愛らしい。
 ドロップを嵌めたみたいにカラフルな色ガラスの窓。そこから、七色の光が降り注いでいる。
 幻想的な光景は、他人の夢の中みたいな現実感の遠さに拍車をかけた。

 私が、この場所の主役の花嫁なんて、嘘みたい。

「見て、あのドレスの霧を纏ったような輝きかた! ミスティックレースじゃない? 豪華なこと! さすが公爵家ねえ」
「婚約期間もない結婚って噂だったけど?」
「そうねえ、いくらなんでも前公爵の他界から間もあけないで……」
「話は前から進んでいたんじゃない? だって……あんな手の込んだドレスそうそう用意できないわよ……」

 ヒソヒソした声が、聞こえてくる。
 色々と噂になっているし、今日はみんな私や公爵家の事情を話して盛り上がるわね、これは。

 私は、右の肩口に目を留める。
 花嫁の衣装は純白が基本だけど、青は縁起がいいから、ここだけ布で作られた薄青の薔薇があしらわれている。
 朝から、不安に襲われてはこの清涼な薔薇を見て心を鎮めていた。
 ドレスは、高級なシルクのリボンがウエストの切り替えから飾られて、真珠がふんだんに縫い込まれている。ドレープにも縁に銀糸の刺繍が施され、見物の人はドレスだけで、ほう、と息をついていた。

 パスコヴェラダ公爵家ともなると、これだけ結婚式で力を見せつけないといけないのね……。
 シリルは花嫁の控え室に来なかった。この姿どう思うのかしら。
 あの素敵な笑顔で、私を綺麗だって言ってくれる……?

 式は粛々と進んで行った。
 私には、強制された結婚という苛立ちはあれど感慨がない。
 バージンロードを歩いて父から、夫シリルに引き渡されながら、市場での家畜のやり取りを連想する。
 売られたようなもの。だって、これで、シリルの『所有物』にされたのよ。

 この瞬間までシリルは私のドレス姿を見ていなかった。
 どうかしら。
 こんなに豪華な衣装を用意してくれたんだから、褒め言葉くらいくれるだろうって期待した。

「……っ」

 誓いのためベールを外してドレス姿の私を目にしたシリルは、喉の奥で息を堪える様子を見せた。
 どうしよう……似合っていない?
 何も言ってくれない。

 これから、覚悟の上であなたの妻になるっていうのに。
 一言もないの?

 不安に足元がなくなってしまったみたい。

 そして、神父が誓いのキスを宣言したところで。
 シリルはゆるやかに首を振る。

「キスはやめておこう。花嫁は急な結婚に戸惑いが大きかったろうから」

 え、まさかのキスなし? 
 私だって気持ちがないから、彼とキスしないこと自体にはホッとするけど。
 場内は「やれ愛のない結婚だ」「政略結婚だ」とさざなみたつ。
 餌を与えられた禿鷹の群れみたいに盛況よ。

 にこ、と微笑みだけはやさしく、シリルはキスなしで結婚式を終わらせてしまった。


 ˚˙༓࿇༓˙˚


 公爵家がらみの事柄はどれも贅沢放題つづきだったけど、ここもそうだわ。
 私は、豪華な夫婦のベッドの天蓋を見上げた。

 ベッドだけじゃなく夫婦の部屋ぜんぶ、シリルの趣味はかなり良い。
 続きの間にあった真新しいドレッサーや整えられた品々、私の好みとぴったりだった。
 彼と嗜好が似ているのかしら。

 どこか違和感もある。
 間取りに、家具の置き方、調度品の意匠、香りすら……嗜好が合うというより、揃えられた感覚。

(まるで、私がここで居心地よくなるように最初から作られていたみたい)

 でも、私は……趣味の一致だけで彼と夫婦をやって、周囲の思惑通りになるのは……納得いかないわ。

 夜を、拒否できないかしら。

 シリルは優しそうだったし、式のときキスをしなかった。
 彼も、気持ちがないのに愛し合う者同士の行為をするのは、抵抗のある人なのかも?

 少し見えてきた希望にベッドから身を起こすと、シリルが入ってきた。
 湯浴みを済ませてきた彼の髪は、まだ湿っている。

「今日は、お疲れ様。ダリア」

 私のいるベッドまで来て、彼はにこやかに私を労う。
 ベッドに乗り上げ、彼はひた、と私を見つめる。

「まだ、周囲に言われて結婚しただけで、僕たちどんな結婚生活をするか、スタンスを擦り合わせていないよね」
「ええ」
「この結婚は、王家の勧めもあるし、君も自分の立場や命運を、今はわきまえている」
「不承不承ですけど」
「でも、ほかに取れる道はなかったよね? 単なる、没落侯爵家の令嬢でしかない君では」

 なにか、棘のある言いようね。

「僕は、これまで縁談を断りつづけてきた。そんな僕が君と結婚したのには望みがあるからで……」

 ふわっと、シリルの顔が私に近づいて、開いた口は予想に反した言葉を紡ぐ。

「子どもさえできれば、あとは君の自由にしていいから」

 面食らってしまう。彼は私に愛なんかない、愛する努力もしないということ!?
 でも子どもはつくる。
 つくってしまえば、私は彼からは用済みなんだ……。
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