【R18•完結】「子どもさえできれば自由にしていいから」と言った夫が執着溺愛して離婚してくれません

紀ノこっぱ

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36. 水辺に芽吹く

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 豊かな緑に囲まれた湖岸に立ち、私は髪を抑えた。
 放っておくと、風でなびいて鬱陶しい。
 この風も。どことなく錆のような臭いを含んでおり、下方の湖は赤茶けていた。
 岸辺に落ちる石も湖水の色に染まっている。その異様に、私は目をしかめた。

「この湖の水が……」
「完全に、毒ですね!」

 アルジェンの調子は明るい。人のいる土地なのだから、もっと……言い方というものが、ないかしら。
 いつもの溌剌さを丸ごとここまで持ってきたのね。
 このまま「でもわたしならこの水だって飲めますので!」くらい言って飲み始めそう。
 そうなる前に話題を変えたい、私は彼女に問いかける。

「アルジェンは、今回のお話、重荷に感じていないの?」
「ぜんっぜん。サムが、私を信じて任せてくれるから。それに、前回と違って今回はダリアもいてくれるんですから!」
「ええ、私も、サムも……それにシリルだってついてきているから」
「それ! シリル様は……ダリアを放っておけないんですから!」

 口元に手を当てて、ウシシと笑われた。
 アルジェンにまで冷やかされて、参ってしまうわ。シリルったら、もう!


 ˚˙༓࿇༓˙˚


 今回、私たちが汚染された湖に向かったのは、国王からの思いつきからだった。

「アルジェン聖女化計画の一環として、王都からほどないところにある毒湖の浄化をしてもらおうと思う!」

 シリルを伴い行儀作法の授業に乱入して国王は、遠慮なく自分の発案を披露した。
 とうのアルジェンは激しく手を打ち鳴らす。

「ヒュー! いいですねサム!」
「だろう? アルジェン! 今回は、敵がいるわけでもない。将軍ルートには入らないはずだ!」
「やった! 回避! 回避ですぞ!」

 このやりとりに、シリルが冷ややかに指摘を入れる。

「で、どうやって湖の浄化なんかするの? アテはあるの?」
「ないっす!」
「…………」

 シリルが、微笑む。目だけ蔑みきった冷たさで。
 その沈黙を取り繕いたかったのか、アルジェンは拳を握った。

「ただ湖の汚染を前に無力を嘆くより、行動こそが大事だと思って!!」
「それは立派な心がけだけど、君、何ができるの?」
「ガッツです!!」
「…………ごめん、知ってたや……」
 シリルの笑顔はついに引き攣っていたけれど、国王は目に入っていない。アルジェンを激励する。

「よく言ったぞ! アルジェン!!」
「サンヴルタン……君は本気? 本気でこの子、派遣するの……?」
「アルジェンなら!! やってくれる!!!!」
「本気なんだ……」

 シリルはもう隠さずうろんな顔つきをしていた。
 アルジェンが何かするというなら、私は今度こそ力になりたい。
 だから。

「国王陛下、私もアルジェンについて行っていいですか?」
「ええ!?」

 私の発言に、シリルの驚きの声がつづいた。けれどシリルに構わず、国王は深々頷く。

「ダリア殿がついてくれるというなら、安心だ!」
「ダリア!! ありがとうございます! わたし! 心強く聖女になれます!!」
「それだけで聖女になれる気!? 冗談じゃない!! ダリアをそんなワケわかんない用件に行かせるくらいなら……僕も行く!」
「シリル!?」

 シリルの剣幕に、びっくりよ……。
 アルジェンだけ行くという話のときは無関心そうだったのに、今はどんなに仕事の都合をつけてでもぜったい来るという気迫で漲っている。

「じゃあ、いっそみんなで行くか!」
「サムも!? おおごとになってきましたね! わたし一人でもやるつもりでしたが、いいんですか? みんな?」

 国王までって、来られるのかしら?
 でも、前回が前回だったから……。
 私の思ったことを、隣のシリルがこっそり漏らす。

「前回、アルジェン一人で行かせた結果が、あのザマだったからね……」
「ねえ……」

 アルジェンと国王は聞いていない。二人で意気を大いに高めている。

「お前の聖女ぶり、今度こそ認められるぞ!! はっはっは!!」
「まかせてくださいサム! 前回は少し逸れただけ、でも今回はド真ん中をブチ抜きましょう!!」

 ああ、シリルがすごく苦々しく、微笑みを顔に貼り付けている。
「そのブチ抜くとかいう発想が、聖女から遠ざけるんだよ」って呟いてるけど、肝心な人に届いていないわ。
 国王とアルジェンは肩を組んで楽しそうに小躍りしている。

 たしかに、この二人の相手は……大変ね、シリル。
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