紺碧の精霊使い

たたたかし

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1章-追放冒険者

9.奴隷

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 少年に手を引かれながら畑の道を歩く。

 この三人の少年少女達の他にも奴隷がいて、その人たちは皆思い思い畑作業に耽っていた。

 眼に映る人達の年齢や見た目にはばらつきがある。
 女性、男性、老人、若人わこうど
 まさに老若男女問わずいた。

 しかし人々は共通して、体は痩せていたり、服はボロボロ。そして首には奴隷の証である首輪を着けていた。

 その人々を横目に畑をズンズンと進み、畑を抜けると大きな建物が眼に広がった。

 木造で漆喰しっくい塗りの大きな建物。壁の所々に汚れや傷がついていてどこか古臭さを感じさせた。

「なーに突っ立ってんだ。行くぞ!新入り!」

 建物を覗くのに集中していると、少年の手を引っ張る力が強くなる。

 両開きになっている、大きな扉を少女ともう一人の少年が開けると、ズカズカとその建物の中に入る。

 建物の中はこれと言ったものはなく、長椅子や水が一杯に入れられた桶などが複数置かれているくらいで大したものはない。
 床は何も敷かれておらず、土の地面であるが踏み固められていてしっかりとしている。

 建物の中に入ってなおも、手は離される事なく、中をズンズンと進んでいく。
 いろいろな物が置かれた区画を抜けると廊下に入り、更にそこを抜けると木の床で出来た区画が眼に入る。

 そこに着くと少年は不意に手を離して何処からか所持していた布を取り出す。

「この布で足を拭いてから入らないと姉御に叱られるんだ!新入りは持ってねぇだろうから今回は特別においらのを貸してやるよ!」

 少年は木の床に腰をおろしてゴシゴシと土のついた足を拭いた後「おらよっ」と言ってスイに布を投げ渡した。

 残りの少年少女達も各自に持っていた布で足を拭き始めたので、見様見真似でスイも足を拭いて木の床に上がった。

「これ、ありがとな」

「おうよ!新入りの世話は先輩の務めってやつよ!足を拭き終わったんだ。さっさと行くぞ!」

 少年は何処か楽しそうに笑って再びスイの手を引っ張り出す。

 言葉は荒いが意外と気配りが出来る少年なのかもしれない。

(新入りじゃないけどな)

 木の床のすぐそばには階段があり、そこを登る。

 ギシギシリと何処か怪しい音を立てる階段を急かされながらも丁寧に登り切ると、廊下が眼に入る。
 廊下にはいくつか扉があり、その扉の中の一際大きな扉の前まで手を引っ張られ、そこで手を離された。

「いいか、新入り!この扉の中にはスラフの姐御と言って俺たちとは身分の違うえらーい人がいるんだ!新入り、敬語は使えるか?姐御には敬語で話せよ!使えなくても敬語で話せよ!!いいな!」

 少年は鬼気迫る勢いでスイに顔を近づけ熱弁する。

「あ、新入りさん、スラフお姉ちゃんはそんなに怖い人じゃなくて優しい人だからそんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

 少年の言葉を補足するように後ろから少女がそう言った。

「そう。ミファが言っている通り、スラフ姉さんはいい人だぞ!」

「そう!姐御は優しいんだ!!だから失礼したらおいらが新入りをぶっ飛ばすかんな!!」

 と言いきると、少年は大きな扉をノックする。

「はーい?何かしら?」

 扉からこちらへ近づいてくる女性の声が聞こえた。

「新しくうちで働く新入りを挨拶をさせに連れてきた…ました!」

「うーん…新入りさんを?」

 ガチャリと開かれた扉から女性が出て来た。

 綺麗に整えられた金髪の髪を三つ編みに結って下ろした髪型に少し大きめの眼鏡をかけた女性。
 年齢は幾つだろうかわからないが声の使い方や身に纏う雰囲気は年上のように思えさせた。
 容姿は整っていて、スイと同程度の年齢のような若々しい顔をしている。
 その姿からは物静かで何処か気品を感じさせられた。

 身に纏う深緑のワンピースは腰のところで帯びで結ばれていて彼女の体のラインを強調させている。
 しかし、ケープと言うマントを肩から纏う事で淫らなようには感じなかった。

 姿から察せるが奴隷ではないだろう。

「はい!こいつ…でガス!名前は……」

「スイです」

「スイらしいぜ!」

「うーん…スイ君…。まあ、三人とも新入りさんを案内してくれたのね。お仕事もまだ残っているでしょうしもういって大丈夫よ。ありがとうね」

 スラフは小さく何か呟きながら一瞬考える素振りをしてから、すぐに三人に向かい笑顔を見せた。

「おう、頑張る…ます!」

「はーい」

「はい!」

 そう言って三人の少年少女達は廊下を駆けて行ってしまった。

「えっと、スイ君?はちょっと中でお話しましょうか」

 スラフはそう言って、扉を大きく開けてスイを迎え入れるようにする。

「はい、お邪魔します」

 流れとは言え、ここまで来てしまった訳だからしっかりと従う。
 そもそもスイは兵士達に最初からこの女性の元へ行けと言われていた。

 中へ入りまず眼につくのは机の上に乗る書類の山だった。
 次に本が沢山詰められた本棚。

 文官か何かをしている人なのだろうか。

 バタン…ガチャリ

 と、部屋の周りを見ていると後ろから扉が閉められる音と共に鍵を閉められる音が聞こえた。

 後ろを振り向くと、おもむろにスラフが近づいて来た。

 そしてスイの眼の前に立つと、今度はスイの体に顔を近づける。
 その距離は近く彼女の息遣いまでもスイの耳には届いていた。

「なっ…」

 スイは突然の出来事で身体が固まってしまう。
 ハレイを除き女性にここまで近寄られた記憶はまるでない。元パーティのリアナやメイサには脚で接触された記憶はあるがこのようなことは一度もない。
 故にスイの体はガチガチに固まり、動かなかった。

 そして彼女はスイのボサボサに伸びた髪を掻き分けて、首に手をかけた。

 そして…

「うーん…やっぱり奴隷じゃないわね」

 そう言葉を発して、スイから身を離すスラフ。

 しばらく沈黙が訪れる。

 動揺したスイがその言葉の意味を咀嚼し終えるのに時間を要したのだ。

「あっ、首輪」

 奴隷は首輪をつけているのに対し、スイは着けていない。ただ髪の毛が長くボサボサの為、つけているのか着けていないのか視認しづらい。その上服装は奴隷のように酷い。

 スラフは首輪の有無で奴隷かどうかを確認してくれたのであろう。

「うーん、見たところ奴隷と間違えられて兵士達にここまで連れてこられちゃったのかしら?」

「まさにその通りです。えっと…」

「あ、自己紹介してなかったわね!ごめんなさい!私はスラフ!この農場と奴隷達の管理をしてるわ。よろしくね?」

「俺はスイです。よろしくお願いします」

 簡単な自己紹介をした後、部屋の中央に向かい合わせで並ぶ長椅子に座る。

「…スイ君のその格好からしてミルドラか何処かの元奴隷ってところかしら?」

「いや…まあ、そんな感じですね…」

 向かいに座るスラフに問われた言葉を一度否定しようとしたが辞めた。
 なんと説明すれば良いかわからなかった。

「ふーん、そっかそっかぁ。スイ君のいた街の奴隷ってそんな酷い扱いをされるの?」

 スラフはスイのボロボロになった酷すぎる服を上から下へと見た後、スイの顔に残る大きな傷を見つけて心配そうに聞く。

 スイは奴隷のような格好をしているが奴隷としての経験は一度もないのでどう答えて良いかわからなくなり、悩ましげな顔をする。

 すると、何やらスラフがハッとした顔になる。

「あっ!良いの!無理に思い出そうとしなくて!!そうよね…そうよね!私の配慮が足りなかったわ!ごめんなさい!」

 慌てたように謝るスラフを見てスイも慌てた。

「あ、いや!違うんです!そもそも俺は奴隷じゃなくて…!!」

「わかってるわ…もうスイ君は奴隷じゃないもの…」

「…えっと、そうじゃなくて…!!」

 スイは更に慌てて自分は奴隷では無いと必死に弁明するがその必死さが相まってスラフとの間に更に齟齬そごが生じてしまい結果…


「グスン…酷い扱いを受けたショックで記憶を失ってしまったのね…グスッ」

 どこか遠い街でとんでもない扱いを受けて記憶を失った元奴隷ということになってしまった。

 何処がいけなかったのだろうか。

 自分の経歴を話すために記憶を失ったと説明したあたりだろうか。

(もう考えるのはよそう)

 説明に食い違いが起きて、スラフが号泣してしまった事を取り消す事はもう出来ないのだから。もう、そういう事で良いのだ。それよりも…

「あの…街へ入りたいのですが…」

「大丈夫よ!エルシールは奴隷に対してそんなに厳しくないし!そもそもスイ君はもう奴隷じゃないもの!服さえ着替えれば…後、髪の毛を切って、少し身体を洗えばスイ君は街へ一人で入れるわ!」

「ありがとうございます…そのことなんですけど、俺、今手持ちが無くて服すら買えないんですけど、もし良ければここで働かせて貰って、その労力と服を交換していただけませんか?働くのが迷惑であれば薬草とか魔物と交換してもらえませんか?」

 スイは申し訳なさそうに頭を下げる。

「えっ、えっ!いいのよそんなの!交換なんかしなくて!着替えだってお金だって別にあげるわよ!?」

「いえ!タダでもらうのは出来ません!どうか何かをさせてください!」

 これでタダでもらうのは流石に気が引ける。
 何か騙しているような気もするし、騙して人から物をもらうなんて俺には無理だ。

「え、えぇ…うーん…」

 一度スラフは困惑して考えるように顎に手を当てて考える。

「あ!…」

 何か閃いたようで一瞬顔がパッと明るくなるが、スイを見て「うぅーん」と唸り声を上げる。
 何かを思いついたが、スイにやらせるのは忍びないとでも思ったような顔だ。
 そこでスイも強気に出る。

「何でもします!」

「何でも…うーん」

 スラフは何かを考えながらスイを見た後にチラリと自分の机を横目に見る。
 そして覚悟を決めたのか…

「…じゃ、じゃあ…文字とか読めたり…する?」

 控えめな素振りで上目遣いで聞くスラフにスイはまたしても固まる。
 眼鏡越しに見える透き通るような翠玉エメラルド色をした瞳が何かを訴えるようにうるうると揺れている。
 ハレイを除く女性のこう言った姿を見るのは初めてなスイにはやはり刺激が強すぎてしまう。

「よ、読めます!書けます!何でもします!」

「じゃあ!三日!三日だけ手伝ってもらってもいいかしら!!」

「喜んで!」

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