【完結】煌花の花嫁

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プロローグ

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その瞳に煌煌と輝く光の花を持つ乙女は伴侶に人知を超えた力を与えると伝えられている。

嘘か誠か。
煌花の花嫁が子を産めば、その子供は他者を圧倒する程の力を持って生まれて来る。

力でのし上がって来た種族の男達にとって、煌花の花嫁を得る事は誰もが一度は夢見る、夢物語だった。



この世界では、狼の特性を持つ者を『狼族』、鬼のような角を持つ者を『鬼族』と言い、この二つの種族は人族の中で高い戦闘能力を誇り、そして彼等は不思議な力を持っていた。
そのた為、彼等は長らくこの世界の、ヒエラルキーのトップに君臨し続けている。

鬼藤(きふじ)家の娘、鬼藤 夜千与(きふじ、やちよ)はそんな鬼族の落ちこぼれだった。

早産で、産み月よりもだいぶ早くに産まれてしまった夜千与は、鬼藤家の末っ子で、他の、元気に産まれた夜千与の兄達とは違い、未熟児として産まれた為か、体は小さくひ弱で、彼女には鬼の角すら生えていなかった。

そう、鬼の誇りである角が無く、黒髪しか産まれないはずなのに髪は金に近い程薄い茶髪だった。

鬼族の特徴である瞳はちゃんと金色なのに。
出来損ない。一族の女にいつもそう言われていた。

だから、それは必然で、夜千与はちゃんと自分の置かれた立場を理解しているつもりだ。

だから、実の兄に借金のカタに売られてしまったって。仕方の無い事なのだと。

狼族の頂点に立つ男は名を白狼地 琥牙(はくろうじ、たいが)と言い。

長身で見目は極上だが、恐ろしく冷酷な男だと噂されている。
銀髪に青銀色の瞳の、秀麗で整いすぎた顔に吸い寄せられ、彼に憧れ、恋に落ちた女は数知れず。
けれど琥牙は彼女達を物のように扱い、気に入った女も直ぐに飽き、配下の男達に下げ渡す。

血も涙もないゲス野郎だと叫び、琥牙に襲いかかった女の話が耳に入ったのは最近の事。

「おい、夜千与。グズグズするな、さっさと降りろ」
兄の呆れた声に、夜千与は我に返る。

「……あっ、ごめんなさい。兄さん」

門を過ぎて漸く見えた屋敷。

広大な敷地内にある堅牢な城塞を思わせる屋敷を見て、呆然としていた夜千与は車から降りて行く兄の後を慌てて追いかけた。


兄の鬼藤 志信(きふじ、しのぶ)は実に鬼族らしい見目の男だ。
少し強面だが、顔の造形は整っている。
長身で筋肉質。黒髪に金色の目をした鬼だ。
角は黒で、黒の角持ちの能力が一番強いと言われている。黒の下は赤、その次は茶だ。

長男で厳しく育てられた志信は甘えた末っ子の夜千与が好きでは無かった。
四六時中、世話係に引っ付かれ、まるで監視する様に志信は育てられた。
そんな志信が、唯一信頼していたのは教育係の四条(しじょう)だった。
四条は志信が成人すると志信の側近として働き出し、その能力を遺憾なく発揮しだした。自分も彼に追い付きたいと憧れを抱く程有能で、男らしく文武両道の素晴らしい人だ。

けれど、二年前に夜千与が全寮制の高校と短大が一緒になった女学校を卒業し、屋敷に戻って来ると夜千与を目で追う様になり、ついには夜千与の部屋に夜這いをしたのだ。

夜千与が悲鳴を上げ、母が駆け付け事なきを得たが。四条は首になった。
散々、志信は両親に、四条の解雇を取り消す様にと言ったのに、聞いては貰えなかった。
両親が落ちこぼれの哀れな末っ子を猫っ可愛がりしていたからだ。

そして四条を解雇して半年後が経った頃だった。
俺達が漸く起死回生を図って開発した新薬が完成し、特許申請をする日が来た。
だが、なぜか新薬は既に白狼地グループの名で特許申請を受理されていた。
そんなはずは無いと何度も訴えたが、うちが作りあげた新薬と全く同じ成分の物が登録されていたのだ。

白狼地に先を越された。だがなせ?

それは直ぐに分かった。
四条は解雇される際、鬼藤家の新薬開発に関する機密データを盗んでいたのだ。

いや、元々が四条が進めていた四条の開発チームが作り出した物だったのだと、俺はその時になって思い出した。
再起を図った新薬の完成を目前に。四条にしてやられた。

四条から齎された新薬の開発機密データを元に同じ作用を齎す薬と、更に性能の良い薬を作ったのだろう。

志信達が作った薬は獣人様に改良された痛み止めだった。獣人は身体能力が高過ぎる為薬が効きにくい。
それを獣人にも作用する様にと全く新しい薬を作り出し、改良に改良を重ねた。新薬だった。

散財する両親に見切りをつけ、銀行やスポンサーである鬼族のトップ、鬼ノ宮家に無理を言ってまで借り受けた莫大な開発資金が、そのまま借金となり。

最近、白狼地の当主になった琥牙の話に志信は一も二もなく乗った。
再起を図る為の融資と、借金を肩代わりする代わりに鬼藤家の娘を嫁にしたいと言う提案に志信は頷き、両親には内緒で判を押して了承した。

白狼地とのやり取りを知った両親は狼狽えて、なぜか鬼ノ宮に嫁がせるべきだ、などと言い出した。
両親とやり合って苛立っていた志信は白狼地に多少はふっかけようかと思っていた。

けれど実行には移さなかった。否、移せなかった。
未だ見たことも無い白狼地琥牙、彼を敵に回してはならない。
それは本能だった。

そして初めて対面した白狼地琥牙を目にした志信は、その日。
白狼地琥牙に全面降伏したのだ。

敵わないとわかっている相手にいくら足掻いてみたところで無駄な事。この男なら、きっと夜千与を得る為にどんな非情な事も厭わずやる事だろう。

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