荒地に配属された食いしん坊聖女。いつの間にかラスボス認定されていたようです。

ゆずこしょう

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食いしん坊聖女。火山でご馳走を探す。

一目惚れ!?

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「む……この匂い、儂は知っておるぞ……」


いくら結界が張られているとはいえ、匂いまでは閉じ込められず、外からは、肉が焦げる香ばしい匂いが風に乗って漂ってくる。


「えっ!? シルトクレーテ、このおいしそうな匂いの正体、知ってるの?」


(瘴気よりも食い気か……こ奴、さすが清子が認めた女だけあるのぉ)


シルトクレーテは、甲羅の奥で目を細めながら、遠い記憶を思い出していた。

昔、この辺りを清子と旅していたとき――

「そろそろ牛肉が食べたくなってきたわね……」

そう呟いた清子の声が、風の音に混じって蘇る。


あのときも、風に乗って漂ってきたのは、肉が焦げる香ばしい匂いだった。
今と、まったく同じだ。


「まぁのぉ……じゃが、儂が行ってしまってはつまらんじゃろう。折角ウルカヌス火山に来たんじゃ。外を見てくるがよい」


そう言うや否や、シルトクレーテは甲羅を揺らし、無理やり火山への道を繋げた。


――この世界に“魔法”という概念は存在しない。


特殊なスキルを持つ者はいるが、それも限られた者だけ。


だからこそ、シルトクレーテがどうやって道を作ったり、結界を張ったりしているのか――
アンネリーゼ自身も、よく分かっていなかった。


ただ、彼がそう言えば、道は開く。


それだけは確かだった。


急に進路が変わったことに気づいたのか、聖女たちがざわついている。


とはいえ、以前のような「私たち死ぬかも……!?」という絶望感はない。


むしろ、先のことを見据え、今何をすべきかを冷静に考えているようだった。


アンネリーゼと共に旅をするうちに、皆、いい意味で逞しく育っていた。


アンネリーゼは、祠の隣でそっと立ち上がると鼻をくんくんと動かし、風の匂いを探った。


香ばしい匂いが、火山の風に乗って漂ってくる。


焦げた肉の、甘くて濃厚な香り。


「……間違いない! この匂い、絶対においしいやつだわ!!」


それだけ言うと、誰にも行き先を告げることなく、アンネリーゼは甲羅の縁をひらりと飛び越え、外へと降り立った。


(ったく……またあいつ、勝手に……)


アンネリーゼが甲羅から降りる姿を見ていたケルネリウスは、護衛でもあるため急いで追いかける。


最近出来上がりつつある構図に、誰からともなく呟きが漏れた。


「……また始まったわね」


「そうね……まぁ、いつものことだからもう驚かないけど」


「そうそう! それに……楽しみじゃない? 今回はどんな魔物なのかしら」


アンネリーゼが降り立った方角を見つめる聖女たち。


そして、皆が一斉に同じことを口にした。


「「「でも……この匂い、間違いなく、おいしいに決まっているわ!!」」」


その言葉が、甲羅の上に木霊した。


それを聞いていたシルトクレーテは、思わず笑う。


「ハハハ……類は友を呼ぶ、というが――まさしくその通りじゃのう……」


その言葉は誰にも届かず、ただひっそりと消えていった。


それは誰かに向けた言葉だったのか。


はたまた、自分に言い聞かせた言葉だったのか。


そのことを知っているのは、シルトクレーテただ一人だけだった。


「さて、アンネリーゼの力がどのくらいの物か…お手並み拝見といこうかの…」


シルトクレーテは、甲羅の奥から静かに目を細め、アンネリーゼたちの姿を追った。


風が、焦げた匂いを運びながら、彼の甲羅を優しく撫でていく。


その目は、ただの観察者ではなく、


かつて清子と旅した記憶を胸に――


今は家族となったアンネリーゼを、そっと、優しく見守るまなざしだった。



***


「ンヴォォォォォォォーーーーーーーーーーー!!」


甲羅から降りると、火山の熱とともに濃い瘴気が身体にまとわりつくのが分かる。


空は今にも雷が落ちてきそうなほど暗く、重く沈んでいた。


(本当に……シルトクレーテの中は結界で守られていたのね)


聖女たちをシルトクレーテの中に残してきたのは正解だった。


もし外に出ていれば、彼女たちは一分と持たずに瘴気に精神を侵されていたことだろう。


「リース、あなたは大丈夫?」


「あぁ……俺はなんとか。だが……結構やばいぞ、これ」


後ろからついてきたケルネリウスに声をかけると、彼は腕で口元を覆いながら近づいてきた。


アンネリーゼ自身はそこまで感じていないようだが、彼にはかなり堪えているようだ。


だが、そんなことはお構いなしに、目の前の魔物がアンネリーゼたちをめがけて大きな斧を振り上げる。


振り上げられた斧は、ヴォンヴォンと唸るような音を立てていた。


「あ、危ない!!」


アンネリーゼが声をかけるとギリギリのところで攻撃を避けるケルネリウス。


「おっとと……危ねぇじゃねぇか……」


彼が立っていた場所には、大きな斧が突き刺さっている。



"ンヴォォォォォォォーーーーーーーーーーー!!"



「すごい……せっかちな魔物ちゃんね……」



アンネリーゼは目の前の魔物に目を向けると、その姿を見て驚きの声を上げる。


「えっ!? まさか……牛!?!?!? 私……牛!?」

目の前に立つ魔物は、まるで火山そのものが牛の姿を取ったかのような形をしている。


肩ロースのように盛り上がった筋肉、炎をまとった角、火山岩のような皮膚。


鼻からは蒸気が噴き出し、分厚い舌がぺろりと動くたびに、香ばしい匂いが風に乗って漂ってきた。



その言葉を聞いていたケルネリウスは…



「いや……牛が何だかわからねぇが、お前は牛じゃなくて“大聖女アンネリーゼ”だよ」


思わず冷静なツッコミを入れる。


だがアンネリーゼはその言葉を無視して、話を続けた。


「わ、わ、私ね……あなたに会いたかったのよぉぉぉぉ!!」


まるで何年も会っていなかった恋人に再会したかのようなリアクション。


ケルネリウスも「こいつら知り合いか何かなのか……?」と思うほどだ。


「ず~~~~~っと待っていたのぉぉぉ~~!!」


今にも頬ずりしそうな勢いで魔物に近づいていくアンネリーゼ。


だが、それ以上近づけば攻撃されかねない。


ケルネリウスは彼女の首根っこを掴むと、思いきり後ろへ引いた。


「危ないだろうが! あいつ、お前の知り合いかなんかなのか!?」



その間も魔物の攻撃は続き大きな斧が二人めがけて落ちてくる。


魔物に手を伸ばすアンネリーゼを横目に、首根っこを掴みながらひょいひょいと攻撃を避ける姿はもはや護衛というより、大聖女の保護者係のようである。


「ううん……今日初めて会ったけど……私、運命感じちゃって!!だって、見てよ。あのお肉。肩ロースでしょ、リブロースにサーロイン……それにランプ肉でしょぉぉぉ。それに、あの舌を見て頂戴。分厚くて完璧! もうすべてが一級品なのよぉぉぉ。これだもの……香ばしくてジューシーな匂いがするわけだわぁぁぁ!」


運命……


お肉……?



「お、おま……それって……? 一目惚れ……なわけねぇよな……」



アンネリーゼの顔を見て、すぐに何を考えているか察したケルネリウス。


口の周りはいつも通り涎まみれで、てかてかと光っており、目は興奮でギラギラと輝いている。


明らかに恋人に向けるそれではないと気づいた彼は、思わずため息を吐いた。


「んふふ。一目惚れ……ねぇ。確かに一目惚れかもしれないわね!だって……目の前には、今すごーく食べたかった牛ちゅあんがいるんだもの!!」


そう言って、アンネリーゼは肉たたきを取り出し、牛の魔物に向ける。


ぼそぼそと――


「あれは……A3ランク……いや……A5ランク……それ以上かもしれないわね……」


呪文のような言葉を口にしながら、「よし……決めた!!」と何かを決心したような顔を向ける。


「んふふふふふ!!!! 貴方の名前は今日から、焔角魔牛バラモーラよ! A5ランクっぽい名前でしょ?」


ウィンクしながらバラモーラに名前を伝えるアンネリーゼを見て、


ケルネリウスは「そういうことね……」と一人納得していた。
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