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食いしん坊聖女は、お酒探しの旅に出る。
果樹園に眠る真実。
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「うわっ……何だこの匂い……」
キャスバルとケルネリウスがシルクトレーテの屋敷に戻ると、いたるところから果実が熟したような甘い匂いが漂っていた。
壁の隙間、床の板の間、天井の梁――
まるで建物そのものが“果実の香り”を発しているかのようだった。
「これは……やばいな……」
ケルネリウスが眉をひそめる。
自分たちがいない間に一体何が起きたのか。
ケルネリウスの脳裏に浮かんだのは、ただ一人の顔だった。
「……アンナか……」
彼が低く呟いたその瞬間――屋敷の中から、誰かの叫び声が響き渡った。
「ちょ、ちょっと! 誰か来てぇぇぇ~! れ、冷蔵庫がぁぁぁ……!」
キャスバルとケルネリウスは顔を見合わせ、すぐに駆け出した。
廊下を走るたびに、甘い匂いがさらに濃くなっていく。
(一体何が起きているんだ……)
叫び声が聞こえる部屋にたどり着くと、ノックもせず勢いよく扉を開いた。
「おい! だいじょ……って……え?」
「……は!?」
何かあったのではと慌てて部屋に入ると、目の前には――
冷蔵庫の中に頭を突っ込み、お尻を突き出して足をジタバタさせているアンネリーゼが一人。
「……は?」
「……え?」
数秒の静寂ののち、ケルネリウスは現実を受け止めようと深呼吸をひとつ。
そして、お尻に向かって慎重に話しかけた。
「お、お前は……一体何をしているんだ?」
「あら、その声はリースじゃない? 帰ってきたのね!? ちょっと冷蔵庫の中がすごいことになってて、片づけてたら出られなくなっちゃったの。よかったら足を引っ張ってくれないかしら~?」
声がこもっていて、よく聞こえない。
ケルネリウスは眉間を押さえながら、もう一度お尻に向かって声をかけた。
「アンナ、何をしてるかさっぱり聞こえん!」
「えっ? なに? とりあえず引っ張ってよぉぉぉ!!」
ジタバタともがくアンネリーゼ。
その姿を見たキャスバルは、ついに耐えきれず吹き出した。
「……ぷっ……はははっ!! あーもうダメだ、お前ほんと最高だなアンナ!」
先ほどまで険しい顔で“これからどう動くべきか”を考えていたはずなのに――
たった一人の少女の行動で、その場の空気は見事に吹き飛んでしまった。
「あら、キャスバルもいるの!? 二人とも笑ってないで早く助けてよー!!」
それからしばらく――
二人は、普段からアンネリーゼに振り回されている恨みもあってか、彼女の格好を見るなり笑いが止まらなくなった。
結局、助けるまでにもうひと笑い分の時間がかかり――
ようやくアンネリーゼは冷蔵庫から救出されたのだった。
「お前……なんか臭くないか?」
「えっ? そう??」
着ているドレスや髪を掴んで鼻に近づけると、クンクンと嗅ぐ。
どうやら自分の匂いには気づいていないらしい。
アンネリーゼは髪を嗅ぎながら、首を傾げた。
「うーん……甘いような、酸っぱいような……?」
「正直言ってそんなレベルじゃないぞ? まるで腐った生ごみの中に頭を突っ込んでいたような匂いがしている」
ケルネリウスが眉間の皺を人差し指でぐりぐりとほぐしていると、キャスバルが原因は冷蔵庫の中にあるのではないかと覗き込んだ。
「こ、これは……?」
冷蔵庫の奥に眠っていた瓶を恐る恐る取り出すと――
瓶の中で、黒くしっとりとした果実が、ゆっくりと泡を立てている。
「これ……なんだかあれに似てないか?」
瓶を持ちながらケルネリウスの方へ向けると、彼も同じことを思ったのか、ゆっくり頷く。
「あぁ……あれにそっくりだ。お前……いつこんなもの持ってきたんだよ?」
瓶から顔を上げると、ケルネリウスはアンネリーゼに声をかけた。
アンネリーゼは目を見開いたまま、ゆっくりと首を傾げる。
「う~ん……見覚えないわ。私、こんなの入れた覚えないし……」
キャスバルは瓶の中の果実をじっと見つめる。
黒く、しっとりと濡れたその果実は、まるで呼吸するように泡を吐き出していた。
キャスバルは瓶をそっとテーブルに置いた。
「どうやら……シルクトレーテが言ったことは本当だったようだな……」
「そうだな……」
勝手に話が進んでいるのが面白くなかったのか、それとも二人で“理解しあってます”というような雰囲気が嫌だったのか――
アンネリーゼは腕を組んで、むすっとした顔で二人を睨みつけた。
「ねぇ、ちょっと待って。なんで私を置いて話が進んでるの? その話、私にも教えてよ。そもそも、なんで果物を入れただけなのに瓶の中がこんなことになってるのよ?」
キャスバルとケルネリウスは、アンネリーゼの視線に気づいて同時に振り返った。
「……あっ」
「……すまん」
ケルネリウスが気まずそうに目をそらし、キャスバルは頭をかきながら苦笑する。
「いや、別に置いてったつもりはないんだけどな……」
「じゃあ何? 二人で“あぁ…”とか“そうだな…”とか、わかりあってますみたいな顔して! 私だけ蚊帳の外で、冷蔵庫に頭突っ込んでたのは私よ!? しかもこの匂い、私のせいみたいになってるし!」
(いや……現にお前が果実を持って帰ってこなければ……)
(こんなことにはなってないんだがな……)
下手に何か言えば飛び火しかねないと思った二人は、それ以上言い返すことなく黙る。
「……で? 何がわかったのか教えて頂戴? この状態をどうにか打破しないと……厨房にも入っちゃダメって言われてるんだから!!」
ケルネリウスたちが泉に行っている間――
アンネリーゼは聖女たちから厨房への立ち入り禁止を言い渡されていた。
それだけではない。部屋からすら出るのを禁じられていたのだ。
『ちょっと……匂いがすごいから、落ち着くまで部屋にいて頂戴? もちろん厨房に行くのも禁止よ?』
エリザベッタの言葉に反論しようとした瞬間、アンネリーゼは勢いよくにらまれた。
それ以前に、何度起こしても起きなかったことと、下手に部屋から出せば被害が広がりかねないと思ったからなのだが――
本人は、自分が“臭かったから”閉じ込められたのだと思っていた。
***
「ふ~ん……そういうこと」
アンネリーゼは、二人から泉で何があったのかを聞き終えると、あまり興味がなさそうな雰囲気で、ぽつりと返事をした。
「おまっ……せっかく話してやったのに……!」
キャスバルが不満げに声を上げると、アンネリーゼは小さく笑って首を振った。
「あぁ、ごめんね。そういうことじゃないのよ。ただ、なんとなく想像していた通りだったなって思って。この地“全部が”って聞いたのには、ちょっと驚いたけど」
ここに来た時から、アンネリーゼはずっと違和感を感じていた。
果樹の都バックースの中央に立つ、一つだけ異様に元気な大樹。
その周囲にある木々は、まるで養分を吸い取られたかのように、枝を垂れ、葉を腐らせていた。
そして、発酵機能を使ったはずの冷蔵庫。
中に入れた果物は、すべて黒い液体となり、甘い匂いと腐った匂いが入り混じって漂っている。
「瓶の中に入れた果物と、泉はつながっているのね……。そして、浄化の力が強い私のせいで腐ってしまった。違う?」
「あぁ。あくまでも仮説だが……この地は、浄化によって育った土地ではなく、瘴気を吸って栄養を得てきた地なのではないかと思っている。だから、人がいなくなったことで瘴気がなくなり、すべてのものが腐ってしまった。」
ケルネリウスの言葉を聞いて、彼女は少し考えてから口を開いた。
「……ふふ。そう。なら、やりようはあるかもしれないわ。浄化を使わなければいいってことだものね」
そう言ってふっと笑うアンネリーゼは、以前のような子供らしい笑顔ではなく、どこか大人びた雰囲気をまとっていた。
キャスバルとケルネリウスがシルクトレーテの屋敷に戻ると、いたるところから果実が熟したような甘い匂いが漂っていた。
壁の隙間、床の板の間、天井の梁――
まるで建物そのものが“果実の香り”を発しているかのようだった。
「これは……やばいな……」
ケルネリウスが眉をひそめる。
自分たちがいない間に一体何が起きたのか。
ケルネリウスの脳裏に浮かんだのは、ただ一人の顔だった。
「……アンナか……」
彼が低く呟いたその瞬間――屋敷の中から、誰かの叫び声が響き渡った。
「ちょ、ちょっと! 誰か来てぇぇぇ~! れ、冷蔵庫がぁぁぁ……!」
キャスバルとケルネリウスは顔を見合わせ、すぐに駆け出した。
廊下を走るたびに、甘い匂いがさらに濃くなっていく。
(一体何が起きているんだ……)
叫び声が聞こえる部屋にたどり着くと、ノックもせず勢いよく扉を開いた。
「おい! だいじょ……って……え?」
「……は!?」
何かあったのではと慌てて部屋に入ると、目の前には――
冷蔵庫の中に頭を突っ込み、お尻を突き出して足をジタバタさせているアンネリーゼが一人。
「……は?」
「……え?」
数秒の静寂ののち、ケルネリウスは現実を受け止めようと深呼吸をひとつ。
そして、お尻に向かって慎重に話しかけた。
「お、お前は……一体何をしているんだ?」
「あら、その声はリースじゃない? 帰ってきたのね!? ちょっと冷蔵庫の中がすごいことになってて、片づけてたら出られなくなっちゃったの。よかったら足を引っ張ってくれないかしら~?」
声がこもっていて、よく聞こえない。
ケルネリウスは眉間を押さえながら、もう一度お尻に向かって声をかけた。
「アンナ、何をしてるかさっぱり聞こえん!」
「えっ? なに? とりあえず引っ張ってよぉぉぉ!!」
ジタバタともがくアンネリーゼ。
その姿を見たキャスバルは、ついに耐えきれず吹き出した。
「……ぷっ……はははっ!! あーもうダメだ、お前ほんと最高だなアンナ!」
先ほどまで険しい顔で“これからどう動くべきか”を考えていたはずなのに――
たった一人の少女の行動で、その場の空気は見事に吹き飛んでしまった。
「あら、キャスバルもいるの!? 二人とも笑ってないで早く助けてよー!!」
それからしばらく――
二人は、普段からアンネリーゼに振り回されている恨みもあってか、彼女の格好を見るなり笑いが止まらなくなった。
結局、助けるまでにもうひと笑い分の時間がかかり――
ようやくアンネリーゼは冷蔵庫から救出されたのだった。
「お前……なんか臭くないか?」
「えっ? そう??」
着ているドレスや髪を掴んで鼻に近づけると、クンクンと嗅ぐ。
どうやら自分の匂いには気づいていないらしい。
アンネリーゼは髪を嗅ぎながら、首を傾げた。
「うーん……甘いような、酸っぱいような……?」
「正直言ってそんなレベルじゃないぞ? まるで腐った生ごみの中に頭を突っ込んでいたような匂いがしている」
ケルネリウスが眉間の皺を人差し指でぐりぐりとほぐしていると、キャスバルが原因は冷蔵庫の中にあるのではないかと覗き込んだ。
「こ、これは……?」
冷蔵庫の奥に眠っていた瓶を恐る恐る取り出すと――
瓶の中で、黒くしっとりとした果実が、ゆっくりと泡を立てている。
「これ……なんだかあれに似てないか?」
瓶を持ちながらケルネリウスの方へ向けると、彼も同じことを思ったのか、ゆっくり頷く。
「あぁ……あれにそっくりだ。お前……いつこんなもの持ってきたんだよ?」
瓶から顔を上げると、ケルネリウスはアンネリーゼに声をかけた。
アンネリーゼは目を見開いたまま、ゆっくりと首を傾げる。
「う~ん……見覚えないわ。私、こんなの入れた覚えないし……」
キャスバルは瓶の中の果実をじっと見つめる。
黒く、しっとりと濡れたその果実は、まるで呼吸するように泡を吐き出していた。
キャスバルは瓶をそっとテーブルに置いた。
「どうやら……シルクトレーテが言ったことは本当だったようだな……」
「そうだな……」
勝手に話が進んでいるのが面白くなかったのか、それとも二人で“理解しあってます”というような雰囲気が嫌だったのか――
アンネリーゼは腕を組んで、むすっとした顔で二人を睨みつけた。
「ねぇ、ちょっと待って。なんで私を置いて話が進んでるの? その話、私にも教えてよ。そもそも、なんで果物を入れただけなのに瓶の中がこんなことになってるのよ?」
キャスバルとケルネリウスは、アンネリーゼの視線に気づいて同時に振り返った。
「……あっ」
「……すまん」
ケルネリウスが気まずそうに目をそらし、キャスバルは頭をかきながら苦笑する。
「いや、別に置いてったつもりはないんだけどな……」
「じゃあ何? 二人で“あぁ…”とか“そうだな…”とか、わかりあってますみたいな顔して! 私だけ蚊帳の外で、冷蔵庫に頭突っ込んでたのは私よ!? しかもこの匂い、私のせいみたいになってるし!」
(いや……現にお前が果実を持って帰ってこなければ……)
(こんなことにはなってないんだがな……)
下手に何か言えば飛び火しかねないと思った二人は、それ以上言い返すことなく黙る。
「……で? 何がわかったのか教えて頂戴? この状態をどうにか打破しないと……厨房にも入っちゃダメって言われてるんだから!!」
ケルネリウスたちが泉に行っている間――
アンネリーゼは聖女たちから厨房への立ち入り禁止を言い渡されていた。
それだけではない。部屋からすら出るのを禁じられていたのだ。
『ちょっと……匂いがすごいから、落ち着くまで部屋にいて頂戴? もちろん厨房に行くのも禁止よ?』
エリザベッタの言葉に反論しようとした瞬間、アンネリーゼは勢いよくにらまれた。
それ以前に、何度起こしても起きなかったことと、下手に部屋から出せば被害が広がりかねないと思ったからなのだが――
本人は、自分が“臭かったから”閉じ込められたのだと思っていた。
***
「ふ~ん……そういうこと」
アンネリーゼは、二人から泉で何があったのかを聞き終えると、あまり興味がなさそうな雰囲気で、ぽつりと返事をした。
「おまっ……せっかく話してやったのに……!」
キャスバルが不満げに声を上げると、アンネリーゼは小さく笑って首を振った。
「あぁ、ごめんね。そういうことじゃないのよ。ただ、なんとなく想像していた通りだったなって思って。この地“全部が”って聞いたのには、ちょっと驚いたけど」
ここに来た時から、アンネリーゼはずっと違和感を感じていた。
果樹の都バックースの中央に立つ、一つだけ異様に元気な大樹。
その周囲にある木々は、まるで養分を吸い取られたかのように、枝を垂れ、葉を腐らせていた。
そして、発酵機能を使ったはずの冷蔵庫。
中に入れた果物は、すべて黒い液体となり、甘い匂いと腐った匂いが入り混じって漂っている。
「瓶の中に入れた果物と、泉はつながっているのね……。そして、浄化の力が強い私のせいで腐ってしまった。違う?」
「あぁ。あくまでも仮説だが……この地は、浄化によって育った土地ではなく、瘴気を吸って栄養を得てきた地なのではないかと思っている。だから、人がいなくなったことで瘴気がなくなり、すべてのものが腐ってしまった。」
ケルネリウスの言葉を聞いて、彼女は少し考えてから口を開いた。
「……ふふ。そう。なら、やりようはあるかもしれないわ。浄化を使わなければいいってことだものね」
そう言ってふっと笑うアンネリーゼは、以前のような子供らしい笑顔ではなく、どこか大人びた雰囲気をまとっていた。
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