荒地に配属された食いしん坊聖女。いつの間にかラスボス認定されていたようです。

ゆずこしょう

文字の大きさ
78 / 105
食いしん坊聖女は、お酒探しの旅に出る。

果樹園に眠る真実。

しおりを挟む
「うわっ……何だこの匂い……」


キャスバルとケルネリウスがシルクトレーテの屋敷に戻ると、いたるところから果実が熟したような甘い匂いが漂っていた。


壁の隙間、床の板の間、天井の梁――


まるで建物そのものが“果実の香り”を発しているかのようだった。


「これは……やばいな……」


ケルネリウスが眉をひそめる。


自分たちがいない間に一体何が起きたのか。


ケルネリウスの脳裏に浮かんだのは、ただ一人の顔だった。


「……アンナか……」


彼が低く呟いたその瞬間――屋敷の中から、誰かの叫び声が響き渡った。


「ちょ、ちょっと! 誰か来てぇぇぇ~! れ、冷蔵庫がぁぁぁ……!」


キャスバルとケルネリウスは顔を見合わせ、すぐに駆け出した。


廊下を走るたびに、甘い匂いがさらに濃くなっていく。


(一体何が起きているんだ……)



叫び声が聞こえる部屋にたどり着くと、ノックもせず勢いよく扉を開いた。


「おい! だいじょ……って……え?」


「……は!?」



何かあったのではと慌てて部屋に入ると、目の前には――


冷蔵庫の中に頭を突っ込み、お尻を突き出して足をジタバタさせているアンネリーゼが一人。


「……は?」


「……え?」


数秒の静寂ののち、ケルネリウスは現実を受け止めようと深呼吸をひとつ。


そして、お尻に向かって慎重に話しかけた。


「お、お前は……一体何をしているんだ?」


「あら、その声はリースじゃない? 帰ってきたのね!? ちょっと冷蔵庫の中がすごいことになってて、片づけてたら出られなくなっちゃったの。よかったら足を引っ張ってくれないかしら~?」


声がこもっていて、よく聞こえない。

ケルネリウスは眉間を押さえながら、もう一度お尻に向かって声をかけた。


「アンナ、何をしてるかさっぱり聞こえん!」


「えっ? なに? とりあえず引っ張ってよぉぉぉ!!」


ジタバタともがくアンネリーゼ。


その姿を見たキャスバルは、ついに耐えきれず吹き出した。


「……ぷっ……はははっ!! あーもうダメだ、お前ほんと最高だなアンナ!」


先ほどまで険しい顔で“これからどう動くべきか”を考えていたはずなのに――


たった一人の少女の行動で、その場の空気は見事に吹き飛んでしまった。


「あら、キャスバルもいるの!? 二人とも笑ってないで早く助けてよー!!」


それからしばらく――


二人は、普段からアンネリーゼに振り回されている恨みもあってか、彼女の格好を見るなり笑いが止まらなくなった。



結局、助けるまでにもうひと笑い分の時間がかかり――


ようやくアンネリーゼは冷蔵庫から救出されたのだった。


「お前……なんか臭くないか?」


「えっ? そう??」


着ているドレスや髪を掴んで鼻に近づけると、クンクンと嗅ぐ。


どうやら自分の匂いには気づいていないらしい。


アンネリーゼは髪を嗅ぎながら、首を傾げた。


「うーん……甘いような、酸っぱいような……?」


「正直言ってそんなレベルじゃないぞ? まるで腐った生ごみの中に頭を突っ込んでいたような匂いがしている」


ケルネリウスが眉間の皺を人差し指でぐりぐりとほぐしていると、キャスバルが原因は冷蔵庫の中にあるのではないかと覗き込んだ。


「こ、これは……?」


冷蔵庫の奥に眠っていた瓶を恐る恐る取り出すと――
瓶の中で、黒くしっとりとした果実が、ゆっくりと泡を立てている。


「これ……なんだかあれに似てないか?」


瓶を持ちながらケルネリウスの方へ向けると、彼も同じことを思ったのか、ゆっくり頷く。


「あぁ……あれにそっくりだ。お前……いつこんなもの持ってきたんだよ?」



瓶から顔を上げると、ケルネリウスはアンネリーゼに声をかけた。


アンネリーゼは目を見開いたまま、ゆっくりと首を傾げる。


「う~ん……見覚えないわ。私、こんなの入れた覚えないし……」


キャスバルは瓶の中の果実をじっと見つめる。


黒く、しっとりと濡れたその果実は、まるで呼吸するように泡を吐き出していた。


キャスバルは瓶をそっとテーブルに置いた。


「どうやら……シルクトレーテが言ったことは本当だったようだな……」


「そうだな……」


勝手に話が進んでいるのが面白くなかったのか、それとも二人で“理解しあってます”というような雰囲気が嫌だったのか――


アンネリーゼは腕を組んで、むすっとした顔で二人を睨みつけた。


「ねぇ、ちょっと待って。なんで私を置いて話が進んでるの? その話、私にも教えてよ。そもそも、なんで果物を入れただけなのに瓶の中がこんなことになってるのよ?」


キャスバルとケルネリウスは、アンネリーゼの視線に気づいて同時に振り返った。


「……あっ」


「……すまん」


ケルネリウスが気まずそうに目をそらし、キャスバルは頭をかきながら苦笑する。


「いや、別に置いてったつもりはないんだけどな……」


「じゃあ何? 二人で“あぁ…”とか“そうだな…”とか、わかりあってますみたいな顔して! 私だけ蚊帳の外で、冷蔵庫に頭突っ込んでたのは私よ!? しかもこの匂い、私のせいみたいになってるし!」


(いや……現にお前が果実を持って帰ってこなければ……)


(こんなことにはなってないんだがな……)


下手に何か言えば飛び火しかねないと思った二人は、それ以上言い返すことなく黙る。


「……で? 何がわかったのか教えて頂戴? この状態をどうにか打破しないと……厨房にも入っちゃダメって言われてるんだから!!」


ケルネリウスたちが泉に行っている間――

アンネリーゼは聖女たちから厨房への立ち入り禁止を言い渡されていた。


それだけではない。部屋からすら出るのを禁じられていたのだ。


『ちょっと……匂いがすごいから、落ち着くまで部屋にいて頂戴? もちろん厨房に行くのも禁止よ?』


エリザベッタの言葉に反論しようとした瞬間、アンネリーゼは勢いよくにらまれた。


それ以前に、何度起こしても起きなかったことと、下手に部屋から出せば被害が広がりかねないと思ったからなのだが――


本人は、自分が“臭かったから”閉じ込められたのだと思っていた。



***



「ふ~ん……そういうこと」


アンネリーゼは、二人から泉で何があったのかを聞き終えると、あまり興味がなさそうな雰囲気で、ぽつりと返事をした。


「おまっ……せっかく話してやったのに……!」


キャスバルが不満げに声を上げると、アンネリーゼは小さく笑って首を振った。


「あぁ、ごめんね。そういうことじゃないのよ。ただ、なんとなく想像していた通りだったなって思って。この地“全部が”って聞いたのには、ちょっと驚いたけど」


ここに来た時から、アンネリーゼはずっと違和感を感じていた。


果樹の都バックースの中央に立つ、一つだけ異様に元気な大樹。


その周囲にある木々は、まるで養分を吸い取られたかのように、枝を垂れ、葉を腐らせていた。


そして、発酵機能を使ったはずの冷蔵庫。


中に入れた果物は、すべて黒い液体となり、甘い匂いと腐った匂いが入り混じって漂っている。


「瓶の中に入れた果物と、泉はつながっているのね……。そして、浄化の力が強い私のせいで腐ってしまった。違う?」



「あぁ。あくまでも仮説だが……この地は、浄化によって育った土地ではなく、瘴気を吸って栄養を得てきた地なのではないかと思っている。だから、人がいなくなったことで瘴気がなくなり、すべてのものが腐ってしまった。」



ケルネリウスの言葉を聞いて、彼女は少し考えてから口を開いた。


「……ふふ。そう。なら、やりようはあるかもしれないわ。浄化を使わなければいいってことだものね」


そう言ってふっと笑うアンネリーゼは、以前のような子供らしい笑顔ではなく、どこか大人びた雰囲気をまとっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

ダンジョンに捨てられた私 奇跡的に不老不死になれたので村を捨てます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はファム 前世は日本人、とても幸せな最期を迎えてこの世界に転生した 記憶を持っていた私はいいように使われて5歳を迎えた 村の代表だった私を拾ったおじさんはダンジョンが枯渇していることに気が付く ダンジョンには栄養、マナが必要。人もそのマナを持っていた そう、おじさんは私を栄養としてダンジョンに捨てた 私は捨てられたので村をすてる

薄幸ヒロインが倍返しの指輪を手に入れました

佐崎咲
ファンタジー
義母と義妹に虐げられてきた伯爵家の長女スフィーナ。 ある日、亡くなった実母の遺品である指輪を見つけた。 それからというもの、義母にお茶をぶちまけられたら、今度は倍量のスープが義母に浴びせられる。 義妹に食事をとられると、義妹は強い空腹を感じ食べても満足できなくなる、というような倍返しが起きた。 指輪が入れられていた木箱には、実母が書いた紙きれが共に入っていた。 どうやら母は異世界から転移してきたものらしい。 異世界でも強く生きていけるようにと、女神の加護が宿った指輪を賜ったというのだ。 かくしてスフィーナは義母と義妹に意図せず倍返ししつつ、やがて母の死の真相と、父の長い間をかけた企みを知っていく。 (※黒幕については推理的な要素はありませんと小声で言っておきます)

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

無能だと追放された「雑用係」のハル、現代の知恵(ライフハック)を駆使したら、呪われた魔王城が聖域化して伝説の賢者と呼ばれ始めた

ユネ
ファンタジー
「君のような無能な掃除係は必要ない!」 勇者パーティーからゴミのように捨てられた雑用係のハル。だが彼女には、前世で培った【家事のプロとしてのライフハック】があった。 ​移り住んだのは、誰もが恐れる『呪われた魔王城』。しかしハルにとっては、ただの「掃除のしがいがある大型物件」に過ぎなかった! 重曹とクエン酸で呪いを浄化し、アルミホイルで魔物を除け、ジャガイモの皮で伝説の鏡を蘇らせる。 ​魔法より便利な知恵で、お城はいつの間にか世界一快適な聖域に。 一方、ハルを失った勇者たちは、汚部屋と化した拠点と自らの無知に絶望することになり――。 ​これは、一人の「掃除好き」が知恵と工夫だけで異世界に革命を起こし、最高のスローライフを手に入れるまでの物語。

処理中です...