荒地に配属された食いしん坊聖女。いつの間にかラスボス認定されていたようです。

ゆずこしょう

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食いしん坊聖女は、お酒探しの旅に出る。

止まらない冷蔵庫。

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「~むにゃむにゃ……“業務用冷蔵庫”……」


アンネリーゼの寝言が、静かな部屋にぽつりと落ちた。


どうやら夢の中でも、お腹がすいているらしい。


「んふふ……もう少し砂糖を足してぇ~……あと卵もぉぉ……」


夢の中で何を作っているのか――


その寝言と同時に、床の下からほんのりと冷気が漏れ出していく。


シルクトレーテの空気がふわりと甘くなり、熟した果実の香りが漂った。


「……ん? なに、この匂い……しかも、なんだか寒くない?」


廊下を通りかかったエリザベッタが足を止め、匂いのする方へ顔を向けると、その先には、アンネリーゼの寝室があった。


「アンナの部屋……?」


昨日、果物を収穫したときと同じ匂い――それどころか、さらに甘さが濃くなっている。


(まさか、また夜中に……?)


たまに「小腹がすいた」と言いながら、夜な夜な厨房で何かを作っているのを知っているエリザベッタは、深く溜息を吐いた。


(いや……でも、ここは厨房じゃなくてアンナの部屋だし……)


恐る恐るドアノブに手をかけると――


「えっ……冷たっ!?」


雪の中にずっと置きっぱなしにしたような冷たさに、思わず手を引っ込める。


「えへへ~やっぱりおいしぃ~……このアイスゥゥゥ~……スゥスゥスゥ……むにゃむにゃ……」


アンネリーゼの寝言は、どこか陶酔したような響きを帯びていた。


一体、何が起きているのだろうか。


不思議に思ったエリザベッタがもう一度ドアノブに手をかけると――


今度は、部屋の中から「ボコ」「ボコ」と泡立つような音が響き渡った。


(えっ!? 今度は何!?)


アンネリーゼの部屋から一定のリズムで鳴り続けるその音に、エリザベッタの背筋がぞくりと震える。


「ちょっと! アンナ、聞こえる!?」


一度寝たらなかなか起きないアンネリーゼ。


おそらくまだ夢の中なのだろう。


だが――


先ほどから続く“変な音”と、甘ったるい匂い。それに、どこからともなく漂ってくる“冷気”。


ただひとつ確かなのは――この部屋で、何かがおかしいということ。


扉を開ける勇気が出なかったエリザベッタは、思わず扉をドンドンと叩きながらアンナを呼んだ。


しかし――返事はない。


静寂の中、耳に届くのはただひとつ。


「ボコ……ボコ……」


先ほども聞こえた、あの泡の音だけが、部屋の中から絶え間なく響き続けていた。


エリザベッタは、喉の奥で息を飲む。


心臓がどくん、と跳ねた。


――もう、待っていられない。


「アンナ……入るわよ!」


意を決して、扉を開けた。


閉じ込められていた冷気が一気に吹き出し、白い息が舞い上がる。


「ゴホッ、ゴホッ……!」


肺の奥まで凍りつくような冷気に、思わず咳き込む。


視界が白く霞み、まるで冷蔵庫の中に放り込まれたようだった。


そして、冷気とともに――


甘く、熟れすぎた果実のような匂いが鼻腔をくすぐった。


「ちょっと!! アンナ、起きなさい!? あなた一体何をしたのよ!!」


アンネリーゼが寝ているベッドへ駆け寄ったエリザベッタは、首がもげるのではないかと思うほどの勢いで彼女の身体を揺さぶった。


エリザベッタの眉間には、視線ひとつで魔物を撃退できそうなほど深い皺が寄っている。


「ん~……もう食べられないよぉぉ……」


何が起きているのかまるで分かっていないのか、アンネリーゼは幸せそうな寝顔のまま、のほほんと寝言を漏らした。


その能天気な様子に、エリザベッタの堪忍袋がついに切れる。


「起きなさいって言ってるでしょ!!」


バチンッ!


乾いた音とともに、彼女の平手がアンネリーゼの頬を打った。


「ん……あれ? エリザ……? アイスは……?」


「はぁ!? アイスじゃないわよ!! まったく……今の状況、分かってるの!?」


起きて早々怒鳴られると思っていなかったアンネリーゼは、エリザベッタの鬼の形相に目を丸くしながら、ぽかんと首を傾げた。


「今の状況って……?」


寝ぼけた声で言いかけた、その瞬間――


部屋の奥から、


「ボコッ……ボコッ……」


と、泡が弾けるような音が響き渡った。


「えっ……!? 何、この音……!? っていうか、寒くない!?」


あまりの寒さに腕をさすと、果実が熟成したような甘い匂いが部屋の中に充満していることに気が付いた。


「なんだか……匂いも甘いし……っていうか、少し酸っぱいような気もしなくもない……ん……だけ……え……?」


アンネリーゼの目が、部屋の隅にある“それ”を捉えた。


「業務用冷蔵庫が……なんで出てるの!?」


普段なら、アンネリーゼがスキル名を口にしない限り、“業務用冷蔵庫”が姿を現すことはない。


それなのに――"業務用冷蔵庫"は今目の前にある。


しかも、扉は半開きで、内部からは冷気と泡の音が漏れ続けていた。


エリザベッタは眉をひそめる。


「……アンナ。あなた、寝ながらスキル発動したの?」


「えっ……そんなことできるの……?」


あまりの出来事に驚いていれば、騒動に気付いた人たちが、アンネリーゼの部屋に集まってきた。


「一体何事!?」


「さっきから甘い匂いが充満しているんだけど……」


「冷気もすごいぞ。まるで冷蔵庫の中みたいだ」


「っていうか、泡の音……聞こえるよな?」


部屋の前に集まった面々は、口々に状況を確認しながら、扉の隙間から漏れる冷気と匂いに顔をしかめる。


アンネリーゼは、布団の中でぽかんとした顔のまま、状況を飲み込めずにいた。


「えっと……私、何かした……?」


エリザベッタが深いため息をつきながら、周囲に向き直る。


「アンナが寝言で"業務用冷蔵庫"のスキルを使ったみたいなんだけど…それがちょっと困ったことになってるみたいで…」


エリザベッタが見据える業務用冷蔵庫を見れば、その中からは先ほどよりも大きな音が聞こえていた。


「ボコッ…ボコッ…」


全員に聞こえたのか、アンネリーゼの方をちらりと見やる。


スキルである以上、アンネリーゼ以外開けることができないのだから仕方がない。


アンネリーゼは恐る恐る業務用冷蔵庫に近づくと、意を決して扉を開いた。


「えっ……!? もしかしてこの音って……昨日取ってきた果実から!?」


昨晩、お酒のために瓶詰めした果実たち。


成人式までゆっくり熟成させて、当日にみんなで飲むのを楽しみにしていた――はずだった。


しかし――


そこに並んでいたのは、色鮮やかな果実ではなく、


焦げたように真っ黒で、ところどころカビが生えたような……


腐った果実だった。


「えっ!? 昨日、発酵モードにして時間を止めたはずなのに!? 一体どういうこと!?!?」


瓶の中では、泡がコポコポと脈打ち続けている。


それは発酵ではなく腐敗そのもの…


アンネリーゼはその場に崩れ落ちそうになりながら、叫んだ。


「なんで時間が止まってないのぉぉぉぉ~~~~!?!?!?」


その叫びは、冷気と一緒にシルクトレーテ中へ響き渡る。


そして――
冷蔵庫の奥では、なおも「ボコッ」「ボコッ」と泡が脈打ち続けていた。


まるで、まだ“何か”が生きているかのように。
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