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俯瞰している。
春馳せて、雨。
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今日は中学時代の友人の結婚式。
きっと今頃、カラオケにでも行って二次会でもやってんだろう。
楽しそうな姿が容易に浮かぶ。
僕は一人、自室に籠って酒を呷っている。
結婚式には行かなかった。
招待状には虚偽の予定を告げて断った。
僕もそれなりに嫌な大人になったなと思った。
言い訳するようにグラスを傾ける。
ワインをボトルで用意したのはやりすぎたかもしれない。
普段から酒を嗜む趣味もないというのに無計画。
まだ三分の一も飲んでいないのに頬が温かい。
つまみのチーズの味もぼやついている。
酩酊に行きつくのも時間の問題だろう。
本当は結婚式に行きたかった。
新郎とは仲が良かったし、なにかと縁のある奴だった。
久しぶりに互いの近況でも話したいとも思ったが、でも僕は行けなかった。
ふわついた頭でテーブルに伏せられた招待状を拾う。
新郎の横に並ぶ女性の名前に視線を這わせる。
その女性のことを僕は知っている。
この子も、中学時代の同級生。
よく覚えている。
僕の初恋の相手。
でも、だからといって今日までずっと片思いを拗らせていたわけじゃない。
正直忘れかけていたくらい。
それくらいの片思い。
その名を目にしなかったらもう思い出さなかったかもしれない。
忘れもののような片思い。
もうとっくに踏ん切りつけたと思っていた。
そう思っていたんだけどな。
でもどうしてだろう。
あの名を目にした時、不自然に胸がしめつけられた。
今更になってあの頃の初恋がリフレインしている。
どうしようもなくなってため息しか出ない。
かっこ悪いよな、なんて自嘲を呑んで過去に心馳せる。
君と関わりがあったのは中学の三年間だけ。
ただの偶然だったけどクラスもずっと一緒だった。
出席番号の兼ね合いでよく席が隣だったことを覚えている。
少し小柄な背丈に黒のショートボブ。
でも、もう変わってしまったんだろうな。
僕の知ってる君は、ずっとずっと前の君で。
とっくに素敵なアップデートをしたんだろうな。
君は特別かわいいわけでもないし、クラスのマドンナ的存在は別にいた。
でも僕はそんな変に飾られていないそのままの君が好きだった。
……懐かしいよな。
そんな君と一緒にいたくて同じ委員会に立候補したっけ。
我ながら思考はバレバレだったんじゃないかと今になって思う。
下手くそすぎる遠回りアプローチ。
やっぱださかったかな、ださかったかもな。
でもきっと、そのだささが青春の苦味だったんだろうな。
チーズを一欠片、口へと投げる。
……あぁ、そうだ。
図書委員だってやったな。
それまで本なんてろくに読んだこともなかった。
でも君をきっかけに読むようになって。
……そうだ、そうだった。
この趣味は君が与えてくれたようなものだったな。
招待状の向こうに一冊の文庫本が眠っている。
丁寧に、使い古された布製のブックカバーに包まれて。
表紙から数十ページほど進んだところには栞が挟まっている。
読みかけの海外文学、愛について書かれたフィクション。
グラスを傾けてワインを少量、口に含む。
それをゆっくりと、舌で転がす。
昔のことを思い出すのは気恥ずかしいからだろうか。
今日は酒のペースが意に反して一段と駆け足。
意識が溶けて曖昧になるほど初恋が鮮明に映る。
あー、だめだこりゃ。
今更ってわかっているのに思い出してしまうんだよな。
あの頃に戻ることなんてできないのにさ。
もし戻れたって告白する勇気だってないのにね。
嫌になっちゃうよな。
でもどうせならさっさと振られておくべきだったかな。
やり残した賞味期限切れの青春に今更気づいたってもう遅いんだよ。
「好きだったよ」
アルコールに背中を押されると声はすんなりと出た。
今更、言っちゃうんだなと思った。
これがあと十年以上早かったら、僕は報われただろうか。
二人の晴れ舞台を、心から祝えただろうか。
……そんなの、わかんないか。
そうだと言い切れないのが僕の弱さ、往生際の悪さ。
後悔はいつも、裾を掴んで暗がりへと僕を引く。
「……でも、言えるわけなかったんだよ」
グラスになみなみとワインを注いで一気に飲んだ。
喉が焼けつくかと思った。
アルコールに脳をぶん殴られる鈍い衝撃。
ぐわんと視界がぐらついて、体がかろうじて受け止める。
噎せるように、言葉が続く。
「……だって、お前もあの子好きだったじゃん」
いくら中学生男子が馬鹿と言えど舐めちゃいけない。
友人の恋路くらいはなんとなくわかる。
それも、自分と同じ子を好きというのであれば尚更。
だから、僕は言えなかった。
あの子に告白する勇気を振り絞れなかった。
僕は気づかれないように身を引いた。
だから彼の片思いを聞いた時もそう。
知らないふりをして「応援するよ」なんて嘘をついた。
本心に反していたとしても、言って後悔してももう遅い。
僕は僕の手で初恋に終止符を打ってしまった。
初恋をあの教室の隅に置いて行ってしまった。
それが忘れものとなって、今更になって見つかった。
「……馬鹿みたいだ、ほんと」
あと一回くらい呷ろうと思ったがさっきのでワインは無くなった。
頭もぐわんぐわんと揺れている。
もう頃合かもしれない、でもまだ飲み足りない。
あと少し酒の言い訳を使って、初恋に浸っていたい。
そうでもしなきゃ、この感情の行き場はなくなってしまう。
僕は負けて負けきって惨めになってしまう。
やけくそのように空のグラスを掴んで高く掲げる。
誰もいない部屋で僕は静かに負けを噛みしめる。
僕はもう負けてしまったんだ。
だったらもう、男らしく嘘も貫いて強がろう。
それがこの悲しみを拭う最後の言葉に違いない。
「……幸せになってくれよ」
空回りのような乾杯を一人で交わす。
中身の無いグラスに口をつける。
部屋を静寂が包んでいる。
遠くで誰かの幸せが小さく鳴っている。
今日は六月、ジューンブライド。
春の終わった、どうしようもない夜である。
きっと今頃、カラオケにでも行って二次会でもやってんだろう。
楽しそうな姿が容易に浮かぶ。
僕は一人、自室に籠って酒を呷っている。
結婚式には行かなかった。
招待状には虚偽の予定を告げて断った。
僕もそれなりに嫌な大人になったなと思った。
言い訳するようにグラスを傾ける。
ワインをボトルで用意したのはやりすぎたかもしれない。
普段から酒を嗜む趣味もないというのに無計画。
まだ三分の一も飲んでいないのに頬が温かい。
つまみのチーズの味もぼやついている。
酩酊に行きつくのも時間の問題だろう。
本当は結婚式に行きたかった。
新郎とは仲が良かったし、なにかと縁のある奴だった。
久しぶりに互いの近況でも話したいとも思ったが、でも僕は行けなかった。
ふわついた頭でテーブルに伏せられた招待状を拾う。
新郎の横に並ぶ女性の名前に視線を這わせる。
その女性のことを僕は知っている。
この子も、中学時代の同級生。
よく覚えている。
僕の初恋の相手。
でも、だからといって今日までずっと片思いを拗らせていたわけじゃない。
正直忘れかけていたくらい。
それくらいの片思い。
その名を目にしなかったらもう思い出さなかったかもしれない。
忘れもののような片思い。
もうとっくに踏ん切りつけたと思っていた。
そう思っていたんだけどな。
でもどうしてだろう。
あの名を目にした時、不自然に胸がしめつけられた。
今更になってあの頃の初恋がリフレインしている。
どうしようもなくなってため息しか出ない。
かっこ悪いよな、なんて自嘲を呑んで過去に心馳せる。
君と関わりがあったのは中学の三年間だけ。
ただの偶然だったけどクラスもずっと一緒だった。
出席番号の兼ね合いでよく席が隣だったことを覚えている。
少し小柄な背丈に黒のショートボブ。
でも、もう変わってしまったんだろうな。
僕の知ってる君は、ずっとずっと前の君で。
とっくに素敵なアップデートをしたんだろうな。
君は特別かわいいわけでもないし、クラスのマドンナ的存在は別にいた。
でも僕はそんな変に飾られていないそのままの君が好きだった。
……懐かしいよな。
そんな君と一緒にいたくて同じ委員会に立候補したっけ。
我ながら思考はバレバレだったんじゃないかと今になって思う。
下手くそすぎる遠回りアプローチ。
やっぱださかったかな、ださかったかもな。
でもきっと、そのだささが青春の苦味だったんだろうな。
チーズを一欠片、口へと投げる。
……あぁ、そうだ。
図書委員だってやったな。
それまで本なんてろくに読んだこともなかった。
でも君をきっかけに読むようになって。
……そうだ、そうだった。
この趣味は君が与えてくれたようなものだったな。
招待状の向こうに一冊の文庫本が眠っている。
丁寧に、使い古された布製のブックカバーに包まれて。
表紙から数十ページほど進んだところには栞が挟まっている。
読みかけの海外文学、愛について書かれたフィクション。
グラスを傾けてワインを少量、口に含む。
それをゆっくりと、舌で転がす。
昔のことを思い出すのは気恥ずかしいからだろうか。
今日は酒のペースが意に反して一段と駆け足。
意識が溶けて曖昧になるほど初恋が鮮明に映る。
あー、だめだこりゃ。
今更ってわかっているのに思い出してしまうんだよな。
あの頃に戻ることなんてできないのにさ。
もし戻れたって告白する勇気だってないのにね。
嫌になっちゃうよな。
でもどうせならさっさと振られておくべきだったかな。
やり残した賞味期限切れの青春に今更気づいたってもう遅いんだよ。
「好きだったよ」
アルコールに背中を押されると声はすんなりと出た。
今更、言っちゃうんだなと思った。
これがあと十年以上早かったら、僕は報われただろうか。
二人の晴れ舞台を、心から祝えただろうか。
……そんなの、わかんないか。
そうだと言い切れないのが僕の弱さ、往生際の悪さ。
後悔はいつも、裾を掴んで暗がりへと僕を引く。
「……でも、言えるわけなかったんだよ」
グラスになみなみとワインを注いで一気に飲んだ。
喉が焼けつくかと思った。
アルコールに脳をぶん殴られる鈍い衝撃。
ぐわんと視界がぐらついて、体がかろうじて受け止める。
噎せるように、言葉が続く。
「……だって、お前もあの子好きだったじゃん」
いくら中学生男子が馬鹿と言えど舐めちゃいけない。
友人の恋路くらいはなんとなくわかる。
それも、自分と同じ子を好きというのであれば尚更。
だから、僕は言えなかった。
あの子に告白する勇気を振り絞れなかった。
僕は気づかれないように身を引いた。
だから彼の片思いを聞いた時もそう。
知らないふりをして「応援するよ」なんて嘘をついた。
本心に反していたとしても、言って後悔してももう遅い。
僕は僕の手で初恋に終止符を打ってしまった。
初恋をあの教室の隅に置いて行ってしまった。
それが忘れものとなって、今更になって見つかった。
「……馬鹿みたいだ、ほんと」
あと一回くらい呷ろうと思ったがさっきのでワインは無くなった。
頭もぐわんぐわんと揺れている。
もう頃合かもしれない、でもまだ飲み足りない。
あと少し酒の言い訳を使って、初恋に浸っていたい。
そうでもしなきゃ、この感情の行き場はなくなってしまう。
僕は負けて負けきって惨めになってしまう。
やけくそのように空のグラスを掴んで高く掲げる。
誰もいない部屋で僕は静かに負けを噛みしめる。
僕はもう負けてしまったんだ。
だったらもう、男らしく嘘も貫いて強がろう。
それがこの悲しみを拭う最後の言葉に違いない。
「……幸せになってくれよ」
空回りのような乾杯を一人で交わす。
中身の無いグラスに口をつける。
部屋を静寂が包んでいる。
遠くで誰かの幸せが小さく鳴っている。
今日は六月、ジューンブライド。
春の終わった、どうしようもない夜である。
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