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32:辺境伯と侍女の共同戦線
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自分はサイファスにとって、プラスにはならない存在だ。
美しく聡明なサイファスには、もっと相応しい妻が見つかるに違いない。クレアの存在は邪魔でしかない。
そう告げると、彼はあからさまに眉をひそめる。
「それは君が決めることじゃない、私の領分だ。クレアの言う『相応しい令嬢』とやらより、私は君がいい」
サイファスは懐からナイフを取り出し、近くにあった黒い薔薇を一輪切り取った。
そして、棘を落としてクレアに渡す。
「クレア、君は私の大切な女性――愛おしい妻だよ。勝手に出て行くなんて言わないで」
「体裁の問題なら、俺の方でなんとかするが……?」
「違う、そんな話じゃない。私は君を一生手放したくないんだ!」
思いがけず強い口調で言われ、クレアは言葉に詰まる。
「いや、でも……」
「確かに、王都の社交界で活躍するなら、君の言う一般的な令嬢が理想的だろうね。でも、ここは辺境で、求められているのは私の妻だ。君はそこを理解していない」
「だって、俺は……お前が『可愛い』と評価するような深窓の令嬢じゃないぞ?」
サイファスは、今までクレアの本性を知らなかった。
そんな彼に自分が望まれているなんて思えない。
そう口にすると、彼は困ったように微笑んだ。
「確かに、私は小さな違和感を見ないことにして、クレアを深窓の令嬢だと信じ込んでいた……けれど、私は君が『おしとやかな令嬢だから可愛い』と考えていたわけじゃないよ。クレアだから可愛いんだ。君ならおしとやかでも、剣を振り回していてもなんでもいい」
サイファスは、とんでもないことを口にしている。
こんな自分を、ありのままの傍若無人なクレアの姿を可愛いなどと言う。普通ではない。
不意を突かれたクレアは、また口を噤んでしまった。
混乱に飲み込まれる中、不思議な感情がわき上がってくる。温かいような、面映ゆいようなそれは、今までに感じたことがないものだった。
かろうじて声を振り絞り、サイファスに答える。
「お前……すごい趣味だな」
「そうかな、クレアは魅力的だよ? ライバルもいる」
そう告げると、サイファスは屋敷の方へ視線を移した。
彼は何かを盛大に勘違いをしている。
サイファスのような趣味の持ち主なんて、そうそういないだろうに。
「クレアは辺境伯家にとっても、理想的な女性だ。血を見て怯えないし、ルナレイヴの地について自ら学んでいる。兵士たちにも打ち解けているしね」
「いや、普通に考えておかしいだろ。こんなのが辺境伯夫人とか……!」
血迷った残虐鬼を正すため、クレアは必死に言いつのる。
「そんなことはないよ。我々は深窓の令嬢が来ても、全力で守るつもりだったけれど……マルリエッタより強い君なら大歓迎さ。とはいえ、大切なクレアが危ない目に遭うのは嫌だから、私に君を守らせてもらえるとありがたいな」
「そうじゃなくて」
全く動じないサイファスを前に、クレアは、「自分の方がおかしなことを言っているのか?」という錯覚に捕らわれた。
しかし、サイファスは、さらにずれた発言を繰り出す。
「私の何がいけなかった? 全部言って! 直すから!」
「えっ……!?」
黒い薔薇を手にしたまま、クレアは必死な顔のサイファスを見つめる。
別れを一方的に切り出した相手にすがるように、彼はクレアの両肩に手を置いて訴えた。
しかも、そのタイミングで屋敷の方からマルリエッタが歩いて来るのが見えた。
昨日まで休んでいたとは思えない足取りで、薔薇の生け垣に囲まれた庭をずんずん進んでいる。
彼女はクレアの前まで来ると、怒った様子で口を開いた。
「クレア様、私は申し上げましたよね? サイファス様を傷つけることがあれば、許しませんと!」
「おいおい。俺はサイファスを傷つけないために、ここを出て行こうとしたんだぞ?」
「そんなこと、サイファス様は望んでおられません。どうして、それがわからないのですか?」
「どうしてと言われてもなあ……」
声を荒らげて力説するマルリエッタに向かって、クレアは提案した。
「いっそ、マルリエッタがサイファスと結婚したら……」
「ふざけないでください! 私にとって、サイファス様は尊敬する上司で恩人。恐れながら申し上げると、兄のように大切な存在なのです! 結婚するだなんて考えたこともございません!」
「俺はてっきり……」
「見当違いの詮索をしている暇があったら、さっさとサイファス様との絆を深めてくださいませ!」
クレアはマルリエッタに弱い。今のように、感情的になられると余計に。
「……二対一って卑怯じゃないか?」
思わず口を突いて出た言葉は、ずいぶんと間の抜けたものだった。
美しく聡明なサイファスには、もっと相応しい妻が見つかるに違いない。クレアの存在は邪魔でしかない。
そう告げると、彼はあからさまに眉をひそめる。
「それは君が決めることじゃない、私の領分だ。クレアの言う『相応しい令嬢』とやらより、私は君がいい」
サイファスは懐からナイフを取り出し、近くにあった黒い薔薇を一輪切り取った。
そして、棘を落としてクレアに渡す。
「クレア、君は私の大切な女性――愛おしい妻だよ。勝手に出て行くなんて言わないで」
「体裁の問題なら、俺の方でなんとかするが……?」
「違う、そんな話じゃない。私は君を一生手放したくないんだ!」
思いがけず強い口調で言われ、クレアは言葉に詰まる。
「いや、でも……」
「確かに、王都の社交界で活躍するなら、君の言う一般的な令嬢が理想的だろうね。でも、ここは辺境で、求められているのは私の妻だ。君はそこを理解していない」
「だって、俺は……お前が『可愛い』と評価するような深窓の令嬢じゃないぞ?」
サイファスは、今までクレアの本性を知らなかった。
そんな彼に自分が望まれているなんて思えない。
そう口にすると、彼は困ったように微笑んだ。
「確かに、私は小さな違和感を見ないことにして、クレアを深窓の令嬢だと信じ込んでいた……けれど、私は君が『おしとやかな令嬢だから可愛い』と考えていたわけじゃないよ。クレアだから可愛いんだ。君ならおしとやかでも、剣を振り回していてもなんでもいい」
サイファスは、とんでもないことを口にしている。
こんな自分を、ありのままの傍若無人なクレアの姿を可愛いなどと言う。普通ではない。
不意を突かれたクレアは、また口を噤んでしまった。
混乱に飲み込まれる中、不思議な感情がわき上がってくる。温かいような、面映ゆいようなそれは、今までに感じたことがないものだった。
かろうじて声を振り絞り、サイファスに答える。
「お前……すごい趣味だな」
「そうかな、クレアは魅力的だよ? ライバルもいる」
そう告げると、サイファスは屋敷の方へ視線を移した。
彼は何かを盛大に勘違いをしている。
サイファスのような趣味の持ち主なんて、そうそういないだろうに。
「クレアは辺境伯家にとっても、理想的な女性だ。血を見て怯えないし、ルナレイヴの地について自ら学んでいる。兵士たちにも打ち解けているしね」
「いや、普通に考えておかしいだろ。こんなのが辺境伯夫人とか……!」
血迷った残虐鬼を正すため、クレアは必死に言いつのる。
「そんなことはないよ。我々は深窓の令嬢が来ても、全力で守るつもりだったけれど……マルリエッタより強い君なら大歓迎さ。とはいえ、大切なクレアが危ない目に遭うのは嫌だから、私に君を守らせてもらえるとありがたいな」
「そうじゃなくて」
全く動じないサイファスを前に、クレアは、「自分の方がおかしなことを言っているのか?」という錯覚に捕らわれた。
しかし、サイファスは、さらにずれた発言を繰り出す。
「私の何がいけなかった? 全部言って! 直すから!」
「えっ……!?」
黒い薔薇を手にしたまま、クレアは必死な顔のサイファスを見つめる。
別れを一方的に切り出した相手にすがるように、彼はクレアの両肩に手を置いて訴えた。
しかも、そのタイミングで屋敷の方からマルリエッタが歩いて来るのが見えた。
昨日まで休んでいたとは思えない足取りで、薔薇の生け垣に囲まれた庭をずんずん進んでいる。
彼女はクレアの前まで来ると、怒った様子で口を開いた。
「クレア様、私は申し上げましたよね? サイファス様を傷つけることがあれば、許しませんと!」
「おいおい。俺はサイファスを傷つけないために、ここを出て行こうとしたんだぞ?」
「そんなこと、サイファス様は望んでおられません。どうして、それがわからないのですか?」
「どうしてと言われてもなあ……」
声を荒らげて力説するマルリエッタに向かって、クレアは提案した。
「いっそ、マルリエッタがサイファスと結婚したら……」
「ふざけないでください! 私にとって、サイファス様は尊敬する上司で恩人。恐れながら申し上げると、兄のように大切な存在なのです! 結婚するだなんて考えたこともございません!」
「俺はてっきり……」
「見当違いの詮索をしている暇があったら、さっさとサイファス様との絆を深めてくださいませ!」
クレアはマルリエッタに弱い。今のように、感情的になられると余計に。
「……二対一って卑怯じゃないか?」
思わず口を突いて出た言葉は、ずいぶんと間の抜けたものだった。
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