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12 男爵家での日常

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「きゅっ!」

「ん?」

 不意に聞こえた声に、俺は足元に目を向けた。

 1体のホムンクルスが、椅子の足をぺちぺち叩いている。

「あー、もう時間か」

 窓から差す日差しは、いつの間にか夕日に変わっていた。

 加工中の鉄鉱石から手を離して、動きやすい服に手を伸ばす。

「おまえたちは? 一緒に来るか?」

「「きゅっ!!」」

 積み木で遊んでいたホムンクルスも連れて、俺は部屋の外に出た。

--伯爵家。特にあの腐った兄は間違いなく、俺やミルトの居場所をつぶしにくる。

『俺の婿入りは、そのための布石だ』

 そんな思いを胸に、朝と夕方にやると自分で決めた小太刀の訓練。

 焦りは禁物だと言われながらも、俺は毎日、小太刀を振り続けていた。

「フェドナルンド様、練習用の小太刀です」

「うん。ありがとう」

 玄関を守る兵から小太刀を受け取り、訓練場に向かう。

 庭で遊んでいたホムンクルスたちが、俺を見つけて集まってくる。

 もはや、阿吽の呼吸になりつつあった。

「許可された場所以外で遊んでないな?」

「「「きゅっ!!」」」

「魔力が減って、消えそうな者もいないな?」

「「「きゅぁ!!」」」

 ここまでが、おなじみの光景だ。

 そんな道中で、不意に背後から走り来る、誰かの声がした。

「フェドナ、くん……」

 慌てて駆けてきたミルトが、はぁはぁはぁと息を切らす。

 本を抱きしめるように息を整えて、嬉しそうに顔を上げた。

「滅んだ国の本に、面白そうな錬金術の記述を見つけたよ?」

「それはまた、すごい古いものを読んだな」

 そう言ってミルトを褒めながら、チラリとだけ腕時計に目を向ける。

 夕食まで残り2時間。

 普段は夕食時に互いの進捗を話していたが、今日は待ちきれなかったようだ。

「今日も、ずっと図書室にいたのか?」

「う、うん。見たい本がいっぱいあったから……」

 俺も前世がそんな感じだったから、気持ちはすごくわかる。

「無理はしてないか?」

「大丈夫。私は、お姉ちゃんだから。それに、フェドナ君に、早く教えてあげたくて……」

 もじもじしながら、ミルトが恥ずかしそうに微笑んでくれる。

 どうしよう。

 12歳の許嫁お姉ちゃんが可愛すぎる! もしかして天使か!?

「あっ、でも、訓練の時間だよね。……終わるまで、見ててもいい?」

「いや、今日は休みにしておくよ」

 師匠がいるならまだしも、夕方は自主練。

 そもそもが、自分で勝手に決めたノルマだ。

「ミルトが見つけた情報をゆっくり聞かせてくれるか?」

 ちなみにだが、師匠の指導は3日に1度で不定期だ。

 爺さんは毎日森に入り、兵を率いて、魔物を駆除しているらしい。

 現状に焦りを感じているが、無理も言えなかった。

「だっ、だめだよ。毎日コツコツするんでしょ?」

「あー、まあ、そうなんだけどな……」

 ミルトが嬉しそうに持ってきた情報と、ただの自主練。

 どう考えても、ミルトが優先だな。

 そう思っていると、ミルトの頬が膨らんだ。

「フェドナくんがサボらないように、お姉ちゃん見てるね」

「あー、うん。了解」

 可愛いは正義だ。

 可愛すぎる正論には、何人も勝てない。

「いつも通り、小太刀の訓練を頑張るよ」

 最初は冗談のつもりだったが、ミルトお姉ちゃんは、話しやすそうにしている。

 距離も近くなり、彼女のおかげで、錬金術の知識も着実に増えている。

「訓練場に行こうか」

「うっ、うん……」

 ちなみにだが、男爵家の兵士や使用人など、周囲との関係も良好だ。

 ミルトと手をつないで訓練所に入ると、兵たちに微笑ましい視線を向けられた。

 いつもの場所に立ち、小太刀を握る。

「さてと。頑張りますか」

 全身を魔力で覆い、ミルドを守るイメージを膨らませる。

 師匠の教えを思い出しながら、小太刀を振る。

 そんな俺の周囲に集まってきたホムンクルスたちが、二列横隊に並んだ。

「今日もやるのか?」

「「「きゅっ!!」」」

 返事をしたホムンクルスたちが散らばり、思い思いに小枝を拾う。

 俺の動きを真似て小枝を振る。

 そんな姿がコミカルで、可愛く見える。

――好きに遊んでていいよ。

 最初はそう思っていたが、最近はどうにも、面倒な事態になりつつあった。

「ゆっくりやるんだぞ? 出来れば、やらないでくれると――」

「き゛ゃ゛ぅ゛……」

「あー、やっぱり そうなるのか」

 バランスを崩した1体が、地面に激突して消える。

 一斉に大きく跳ねたホムンクルスたちが、慌てて二列横隊に並びなおした。

 全員が俺の方を向き、申し訳なさそうに頭を垂れる。

「悪気はなかったから仕方ない。そうは思うんだけどな」

 俺の真似をして消えるのは、これで4体目だ。

 前列の5体目と6体目の間。

 そこに、隙間があいている。

「消えたのは、6号くんであってるか?」

「「「きゅ……」」」

 あってるらしい。

 休憩中の兵たちが、しょんぼりするホムンクルスたちに温かい目を向けている。

 確かに可愛いが、このまま消え続けるのはまずい。

 そう思っていると、少しだけ離れた場所にいたミルトが、不思議そうに首を傾げた。

「ろくごうくん?」

「あー、今朝の練習で気が付いたんだ。それぞれに自我があるみたいだよ」

 そう言って、1号の頭を撫でる。

 ホムンクルスたちは、俺が生み出した順番で並んでいる。

 一度消えても、俺が作りなおせば復活できる。

「休憩中だった兵士の人に手伝ってもらって、ホムンクルスたちに聞いたんだ」

 その中でも孤児院を出たばかりだと言う新兵が、上手に聞き出してくれた。

 本人曰く、ホムンクルスは素直で、子供たちの世話より簡単らしい。

「えっと、本当に消えちゃうわけじゃないの……?」

「そうらしいよ」

「そうなんだ。よかった」

 ほっとした様子で、ミルトがふわりと微笑んでくれる。

 ホムンクルスたちの前で屈み、みんなの頭を優しくなでた。

「でも、無茶はダメだよ? お姉ちゃんと約束してね?」

「「「きゅっ!!」」」

 わかっているのか、いないのか。

 返事だけはいいからな、こいつら。

「執事の人にお願いして、魔石を貰ってくる?」

「あー、いつもごめんな」

「大丈夫だよ……? 消えたままだと、可哀そうだよね」

 ふわりと笑ってくれるミルトの言葉に、心が痛む。

 本当に消える訳ではないのは安心だが、復活には魔石が必要になる。

 いまの俺に収入源はなく、金もない。

「長距離の伝令で、どうにか貢献出来たらよかったんだけどな」

「えっと、……実験は成功、したよね?」

「まあ、そうなんだけどさ」

 成功したが、音沙汰なしだ。

 仮に話が進むとしても、長距離の伝令は、使う場面が限られる。

 ミルトに話を聞く限り、3カ月に1度くらいだ。

「低ランクの魔石は、庶民でも買える消耗品。そう聞いてはいるけど、ちょっとな」

 ホムンクルスが消える度に、魔石を貰うのは気が引ける。

 そもそもが居候の身で、男爵領は赤字だ。

「えっとね? 本当に気にしなくても、大丈夫だよ?」

「師匠も男爵様も、子供が気にするなって、言ってくれてるけどな」

 前世で 成人済みだった俺としては、いろいろと思うところがある。

 正直 働きたくはないが、伯爵家に対抗する手段も必要だ。

 赤字の拡大は、あの腐った兄を喜ばせることになりかねない。

「役に立てることがあればいいんだけどな」

 小太刀は始めたばかりで、錬金術は手探り状態だ。

 腐った兄はまだしも、伯爵家に対抗するなんて、夢物語でしかない。

 そう思っていると、ミルトが持っていて本を開いてくれた。

「えっとね……?」

 慣れた手つきでページをめくり、とある文を指さしてくれる。

「ここに、ホムンクルスをちょっとだけ強く出来たって、書いてあって……」

「!!!!」

 予想外の言葉に、俺は慌てて本をのぞき込んだ。
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