ツンデレからデレを引いたような女のせいで、高校生活が憂鬱なんだが

逸真芙蘭

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馬鹿なの?

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 橘はデパートを出てから、駅近くの、家電量販店に向かった。冷蔵庫やら、洗濯機やら、白物家電を見て回っている。……何しに来たんだよ。
 店を冷やかしに来たのかと思ったら、そうではないらしく、主要な家電を一通り見て、店員を呼んで、書類を書き始めた。どうやら、契約書一式を書くらしい。

「なんだそれ、お使いなのか? 妙なお使い頼まれるな」
 女子高生一人に、やらせるような買い物ではないと思うんだが。
「お使いではないわ。自分の買い物よ」
「なに? 一人暮らしでも始めるわけ?」
「まあ、そのようなものね。……ここのお店は無料で届けてくれるらしいから、花丸君の手を借りないですんだわ」
 ……有料だったら、俺に持たせる気だったのかよ。つぶれるぞ。そして一生この女を呪う自信がある。

 家電量販店を出てからは、買い物も大体すんだのか、疲れたのかは知らないが、橘の歩くスピードも落ち、ゆっくりと付近の店を見て回った。

 荷物はほとんど、ロッカーに預けてきてあったので、午前中よりは、楽に動くことができた。
 ぶらりぶらりと雑貨屋を見ていたところ、
「少し休憩しましょうか」
 と橘に言われる。

 どうせ、否定しても、肯定しても、橘は、「私は一人で行く気だったのだけれど。でも、花丸くんがそんなに一緒に行きたいというのなら、行ってあげても構わないわよ」とか、尊大な態度で言うに違いないので、何も言わないでいた。
 そうしたら、橘は、
「人が話しかけているというのに、無視するとはどういうことかしら。だからあなたにはいつまで経ってもお友達の一人もできないのよ」
 ……なにこれ。無理ゲーじゃん。

「……お前が俺に気を使ったことなんて今まで一度もなかったじゃないか」
「何を言っているのかしら。私は四六時中あなたに気を使って生活をしているのだけれど。お友達の居ないあなたが、思いつめて、人生からフェードアウトしないように、あなたに首輪をつける心持ちでいつもいるのよ。感謝なさい」
「首輪をつけられてまともにいられるやつが居たら、見てみたいよ」
「そんなことより、私の質問に答えてもらえるかしら」
「なんだよ」
「無視した上に、話まで忘れるなんて、あなたほんと最低ね。……休憩するの? しないの?」
「素直に疲れたって言えばいいだろう。どうせ俺に決定権なんかないんだから」
「主従関係がはっきりしていても、下の者の意見を聞くのが私の方針よ」
「うん。俺はまず、お前の手下ではないがな。あと意見を聞いても、それを考慮しなかったら、無意味だと思うぞ」
「何をいまさら、腑抜けたことを言っているのかしら。トップがこの上なく優秀ならば、独裁ほど素晴らしいものはないのよ」
「ああ、そうですか」
「でも、私は独裁者ではないので、あなたに決定の権利を与えるわ。答えは二択、今から最上階のカフェに向かうか、パンケーキ屋に行くか」
 どこかで休むことは決定なんですね。 

 というわけで、俺の権利を「尊重」してくれた、橘の計らいによって、カフェに来ている。夕日に照らされた、中京の街並みが、よく見渡せた。

「不思議なものね」
 コーヒーカップをテーブルの上に置き、窓の外をみやって、橘はポツリと呟いた。
「何が」
「ここから見渡せる範囲にどれだけの人間がいると思う?」
「さあな。愛知県の人口は七百万を超えているだろう。名古屋だけでも二百万いる。途方もない数の人間がいるってことは確かだな」
「そうね。そして、一生かけてもその人達と出会うことはない。市内に住んでいる人たちでさえ」
「まあ、そりゃな」
「一人の人間にとって、自分の人生というのは、宇宙の物語そのものよ。どんな壮大な物語であっても、一人の人間の一生で完結するの」
「……何が言いたいんだ?」
「宇宙の視座に立てる人間なんて、存在し得ないということよ」
「すべては、主観のうちに終わるってことか」
「大まかにいえばね。でもそれは、ひとりひとりに、壮大な物語があるってことなのよ」
「……なんとなく言いたいことはわかったが、それがどうかしたのか?」
「この街に広がる、二百万の宇宙の一部しか、私は知ることができない。誰の物語を覗くか、それに関わるか、というのは自分では選べない。そう思うと、不思議な感じがするし、少し寂しい気もする」
「とても、人嫌いの人間が言う言葉とは思えないな」
「あら、私は別に人が嫌いというわけではないわよ。愚かな人間が嫌いなだけよ」
「じゃあ、俺とはどうして関わろうとするんだ?」
「だって、あなたは愚かな人間ではないもの。そう、愚かななんかではない」
 なんだろう。俺が、人間ではない、と言われているような気がするんだが。

「……結局何が言いたいんだよ」
「誰かが、誰かに出会って、関係を結ぶというのは、奇跡みたいなものということよ」
「お前って結構ロマンチストなんだな」
「別に、儚い夢など見ないわ。奇跡が起こったあとで、それをどうするかは現実主義の仕事よ。私は別に起こりもしない出来事に、夢を見ることはしないもの」

 橘は、別に俺になにか言葉を求めていたというわけではないらしく、コーヒーカップの残りを飲んだら、すっくと立ち上がり、
「出るわよ花丸くん。日が沈んでから、あなたと街を歩いているところを誰かに見られでもしたら、私の人生が破滅してしまうので、早く帰りましょう」
 といって、店の出口へと向かっていった。

 駅ビルの一階まで降りてきたところで、ロッカーから、橘の荷物を取り出した。
「これ、一人で運んでいけるか?」
 と両手に溢れんばかりの品を抱えて、橘に尋ねる。

「何を言っているのかしら、花丸くん。まさか、ここに来て、自分の責任を放棄する気なのかしら。あなたは今日一日私のポーターなのだから、こんなところで帰られると思わないで頂戴」
「なんだよ。家まで送らせる気なのかよ」
 と抗議の声を上げたところ、
「何をそう興奮しているのか知らないけれど、別に家には上げないわよ」
「俺はどちらかというと速攻帰りたいんだが」
「社会人になったらそんなことでは通用しないわよ。あなたは社畜になるのだから」
 それ確定ですか。そうですか。……滅びろ世界。

 こうなってしまっては、いくら文句を言っても、橘にはかなわないので、渋々従うことにする。


 地下鉄に乗って、十数分。橘が住んでいるというマンションまでやってきた。
 マンションのエントランスに入る際に彼女は、
「あなたは、ただでさえ不信者ヅラをしているのだから、あまり挙動不審にならないで頂戴。今日この場に限って、あなたが私の横で、人として振る舞うことを許可するわ」
「お前の中じゃ、いつも俺はなんなんだよ?!」
「聞きたいの?」
 橘はそう言って、ニヤリと笑った。
「……じゃあ、いいや」
 どうせろくなもんじゃない。

 マンションのエントランスに入って、ふと横を見たら、定礎板とその下に竣工の日付が書かれた板があった。見ると、ここは今年に入ってからできたマンションらしい。
 それを受けて、
「お前、最近ここにこしてきたのか?」
 と橘に尋ねた。
「そうよ」
「電気屋で聞いたかもしれんが、一人で住んでんのか」
「……花丸くん。か弱くて可愛い女の子が一人で住んでいるなんて情報、迂闊に話せると思うの? こんな話が漏れでもしたら、花丸くんみたいな下衆が、私の家に侵入してくるかもしれないじゃない」
「お前のマンションのセキュリティーは飾りなのかよ」
 オートロックで、その上、コンシェルジュが睨みを聞かせるエントランスを突破するのでさえ一苦労だ。
「あら。花丸くんなら、私のお風呂上がりを覗くためなら、バルコニーから侵入するくらいやってのけるでしょう」
「お前んち何階だよ」
 橘はその質問には答えずに、エレベーターに乗り込んだ。
 置いていかれまいと、俺もあとに続く。橘は最上階のボタンを押した。

 流石に重たい荷物を運んで、息が切れている。深呼吸をして息を整えようとしたところ、ふいに橘が、
「密室に入った途端、私の匂いをかごうとするのやめてもらえるかしら」
「ちっげーよ! 誰がお前の匂いなんか……」
「違うの。そうではなくて、今日は汗をかいたので、あまり嗅がれたくないのよ」
「あ……そう、すまん」
 なんで謝っているんだ?

 沈黙。……このエレベーター遅くないか?
 密室での無音に耐えられなくなった俺は口を開いた。
「別に臭わんぞ。むしろいい匂いだ」
 橘は静かにこちらを向いて、
「馬鹿なの? 死ぬの?」
 と冷たい視線を向けてきた。
 ……
 チーンと虚しく、エレベータは音を立てて、最上階に到達した。
 早く帰りたい。

 エレベータを降りて、荷物を橘の部屋の前まで運ぶ。
「どこに置けばいいんだよ」
 橘は俺に背を向け、鍵穴に鍵を挿している。
「玄関においてもらえれば十分よ」
「家には上げないんじゃなかったのか」
「下は脱がせないわ。ほんの先っちょだけよ」
「……」
「何か?」
「別に」

 ガチャりと戸を開け、俺を部屋の中に入れた。
 言われたとおり、荷物を玄関に下ろす。
 意識して見ようと思ったのではないのだが、部屋の奥のほうが目に入ってきた。とても生活感のある部屋とは言えなかった。橘がきれい好きなのか、それとも引っ越してきたばかりのせいなのかはよくわからない。
「どれだけ見ても、下着なんて落ちてないわよ」
 ぼーっと突っ立っていた俺に、橘は言った。
「ちげーよ。きれいな部屋だなと思って」
「そう。でも、おだてても部屋には上げないわよ」
「わかってるよ。てか、入りたくねえし」
 上がったら最後、生きて出られない気がする。
「じゃあ、俺帰るわ」
「あらそう。あまりウロウロしていると通報されるから、早く敷地外に出なさい」
 俺は背を向けたまま手を振って、部屋をあとにした。
 廊下を歩いて、エレベーターホールに向かう際、橘が俺を見送っているような気がして、振り向いたのだが、そこに彼女の姿はなかった。
 あいつが俺に手なんか振らんか。

 エレベータに乗ってから、スマホが鳴った。見るとラインにメールが来ているらしい。
 スパムだろうか。俺の連絡先を知っているのは、家族くらいだ。そして家族はめったに連絡をしてこない。畢竟、俺のスマホが鳴ったたときは、十中八九、迷惑メールである。
 開いたところ、発信者は「橘美幸」であった。本名で登録してあるところが、彼女らしい。

『私に欲情したせいで、帰り道に痴漢などしないでください。そんな人と付き合っていた、私の評判が地に落ちます』
 ……結局、迷惑メールであることには変わりないか。
 端末をポケットにしまおうとしたところ、再び鳴った。
 一度に送れよ、とぶつくさ文句を言いながら見たところ、

『今日はありがとう。また明日』

「これくらい、口で言えよ」
 そういう俺は、一体どんな顔をしていただろうか。
 よく、神のみぞ知る、と言うが、俺は神など信じないので、俺がどんな顔をしていたのかは誰も知らない。
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