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第五十一話「折山 朔太郎」
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「グウォォォォォォッッ!!」
凶暴にして巨大な両鎚を天に掲げーー
ーーズドドォォォォン!!
具現化した禍々しい瘴気を纏ったままの両拳が地面に打ち下ろされる!
「朔太郎っ!」
「朔太郎くんっ!」
女達が悲鳴を上げ、大地を震撼させるほどの超弩級の拳が地面を抉って砂煙を巻き上げるが、今更そんな大振りの雑な攻撃を食らうほど俺は間抜けでもノロマでも無い。
ーートンッ!
後方に半歩飛び退いて、攻撃で下がった巨神の上半身……その顎先を狙う!
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
ーーちぃっ!
ひとつ前に放たれた一撃とは違う衝撃……
本日二度目の正真正銘ホンモノの極致地震が瞬間、発生したかと思うと、拳を低く構えていた俺の視界は大きく上下にブレていた。
ーードドドドドドドッ……
ーーガシャ!ガシャ!
またもや周囲の木々や鉄筋コンクリートの校舎が大きく激しく左右に振れて軋んだ雑音を響かせる!!
ーーくっ……そっ!
「ウガァァァーーーー!!」
マグニチュード?震度?……兎に角、立っていられない程の揺れが、天都原学園の敷地内という超局地的な事象で発生している……
そして、災害を起こした張本人は、唯一その事象に影響され無い動きで、土塊に塗れた巨大な鉄拳を振り上げて俺に追い打ちを振り下ろすっ!!
ブオォォォォーーーーンッ!!
”天上天下唯我独尊!!”
巨拳にそう刻み込まれているかの様な暴君の凶器が、膝を安定できない俺の視界に迫っていた。
「っ!!」
ドシャァァッーーーー!
局地的激震の最後を締める衝撃が鼓膜を叩き付け、大地をガラス細工の様に粉砕した巨神の拳が俺ごと地面に……
「ははぁっ!無様だなぁ折山ぁっ!コレが”大禍津神”だよぉぉっ!!」
その惨事に……勝ち誇った蜂蜜金髪の優男が叫ぶ声が響きわたった。
「うそ……うそでしょ!?」
波紫野 嬰美と東外 真理奈が立ち尽くし。
「さ……くたろ……くん……」
その嬰美に護られるように後ろに立った少女が……
サラサラと月光にゆれ輝く……
栗色の髪の毛先をカールさせたショートボブが愛らしい少女の顔が……
その顔色からすっかり血の気を失せさせて……佇んでいた。
グラッ……
「なっ!なに!?……」
だがそこで呆けていた面々は直ぐに気づく……
ーーそうだ……大地に拳をめり込ませた巨神……いや……めり込ま”された”……巨神の状態に!
グラッ……グラ……
巨大な体躯が前のめりになったまま不安定に揺れ……
「グゥゥ…………コォッ!……グォォ!…………」
振り下ろしたのでは無い!
下げさせられた右腕を……立ったまま極められていた!
「なにが”大禍津神”だ、ただの地震だろうが……」
俺は……折山 朔太郎は、巨神の大地に届くように降ろされた右腕を逆関節から、全身を全体重を乗せてもたれ掛かるように、抱え込むように極めていた。
「朔太郎くんっ!」
一転して蛍が歓喜の声を上げる。
「グゥオォォォォオォォォォーーーーーー!!」
メキメキメキッ!!
力任せに暴れようとする相手を、俺はその腕を両手で抱え込むように肘関節を極めてそのまま締め上げるっ!
「ガッ!…………ウガァ……ァァ……」
「う……ウソだっ!あり得るわけがないっ!あの岩家はっ!禍津神の膂力は!……トレーラーや戦車さえ軽く投げ捨てるんだぞっ!!それを生身の人間如きがっ!」
御端 來斗は相も変わらず腰砕けたままで、唾を飛ばして叫ぶ。
メキッ!メキキッ!……
「ウゥ……ガァァ…………」
「あれは……関節……」
「だね……けど、あんな化け物の肘を簡単に極められる訳がない……あれは……肘じゃ無くて指だよ……」
波紫野 剣が姉の言葉に回答するが、その視線はまるで信じられないモノを目の当たりにしているかのように驚きに染まり、鋭く細められていた。
ーーそうだ……俺は巨神の一撃を……あの時
ーー
ー
ブォォォォーー!!
俺は息も出来ない程の空気圧を浴びながらも、巨大な拳をーー
ーーチッ!チチッ…………
前に伸ばした掌で捉えて受け流した。
「くっ!」
完璧に流したはずの力の奔流……だがそれでも俺の掌は擦れて熱を帯び、表面の薄皮がズル剥けていった。
ーーガッ
そして俺はそれを存分にやり過ごしながら、流れる巨木のような腕の肘辺りで左手を伸ばして……引き落とした!
途端に、ガクンと放った腕に巻き込まれるように地面に吸い寄せられる巨体。
ーー落体
そう、これは相手の重心と力を利用した体崩しの技だ。
ーーガキッ!
そして俺は直ぐに下に向けて伸びきった相手の肘関節を逆から抱きつくように締め上げる!
だが、身の丈が俺の倍では効かない相手を抑えるにはコレでは不十分……
巨神の大木のような腕に自分の両腕を巻き付けた俺は、左腕で上方、肘を絡め取り、右腕で手首……いやもっと先……俺の五指でやっとという程の小指を握り込んで反らせた。
「ウッ!……ガァァ!…………」
前屈みに右拳を地表スレスレまで伸ばしきった禍津神とやら、その腕に纏わり付いた俺は抱きつくように全身を使い、巨神の伸びきった腕を小指、手首、肘……肩……
つまりは、下から付け根まで連なる直線を弓の如く反らせて締め上げてーー
この化物を制圧したのだった!
ーー
ー
「見たこと無い……あんな……」
東外 真理奈が大きな黒い瞳を見開いていた。
「フン、だろうな……だがあれは武術の技だ、折山 朔太郎は……」
ーーっ!?
ベンチに仰け反ったままの西島 馨が呟いた言葉に面々は注目する。
バキバキバキィィーーーーッッ!!
「ヴゥヴォォォォォォォォォーーーーーーンッッ!!」
「なっ!なんだ!?あれはっ!?」
他の皆と同様に西島 馨を注視していた波紫野 剣が、けたたましい破裂音と断末魔の様な巨神の叫び声に振り返り絶句する!
「ヴォォッヴォォッッ!!」
そこには……
地面に向けて伸びた右腕を極められ、弓のように逆関節に反らされていた腕が……
見るも無惨に肘関節と逆側に九十度以上折れ曲がり、その頑強な皮膚から……
関節を外され破壊された肩、一段盛り上がって頭より高くなったそこから……
共に突き出した骨が、若木のように裂けてササクレだった切断面を外気に晒していた。
「な……んだ……ってんだ……どうやったら……人体がああなるんだ……」
地ベタに伏して、近くの大樹に寄りかかった永伏 剛士が信じられないと言葉を漏らす。
「ヴォォ……ヴォ……」
そして完全に右腕……いや、右上半身を破壊された巨神の、強引に捲り上げられた右半身に呼応して、対照的に巨体の左側が地面に沈んでいく……
「ありゃあ、”巻き尺”だな」
殆ど言葉を発さない西島 馨の代わりに、舎弟の森永が何故か得意そうに語りだす。
「巻き……尺……?」
そして驚いて目を見開く面々を代表して波紫野 剣が問うた。
「”巻き尺”ってぇのはな……相手の腕をとって逆関節を極め小指を折る!わかるかお坊ちゃん達?小指ってのはなぁ、五指の中で一番脆いくせに折れると拳……いや腕全体の力がな、フニャッと抜けるんだよなぁ」
「…………」
森永のどや顔な説明もお坊ちゃんという言葉も取りあえず流して黙って聞く六神道、波紫野 剣。
「でだ、力が抜けた腕の関節を自身の脇に巻き込んで引き倒して肘関節を逆方向に折るっ!……って今の場合は相手があんな化物だから、引き倒すと言うより朔の野郎自身がへし折った腕ごと上に跳んで巻き上がったけどなぁ……」
”折るっ!”と叫んだ箇所で、ビシリと自身の二つの腕を交差させなにやら表現する小太り男。
「さ・ら・に……折れた腕を咄嗟に引き下げて引っこ抜き、それを今度は逆にかち上げて肩関節壊して半身を完全に殺す!つ・ま・り・だぁ……相手の腕を取ってから、指→腕→肩と、巻き込むように連続した攻撃を加えて半殺しにするさまからなぁ、闇世界の間じゃあ、朔のアレは”巻き尺”と呼ばれて恐れられてんだぁよっ!」
ーー!!
言葉無く静まりかえるその場……
これまでの交流から、朔太郎を知った、感じた者たちは……
東外 真理奈は……
波紫野 嬰美は……
永伏 剛士は……そして……
波紫野 剣は……
それが知った”つもり”であったことを思い知らさせる。
ズズゥゥーーーーンッッ!!
大地が揺れ、巨神が地に塗れる音が聞こえる……
見るも凶悪……幾重にも重ねた最悪な技を次々と繋げて、ぐるぐると相手を巻き取る様はまさしく”地獄の巻き尺”!
凄絶な連続技は確かに殺人業と言えた。
「ふふ、すっごいわぁぁっ!やーっぱりね……朔太郎くんはね……ふふ……」
ただひとり……椎葉 凛子だけが俺の本質を見抜いていたのだろうか、下がり気味の瞳をウルウルと潤ませて俺を見ていた。
「因みにあれは折山 朔太郎オリジナルの殺人業だ」
森永のどや顔も……すっかり誰も気に掛けなくなったようだ。
「ヴォォ……ヴォ……」
「…………」
俺は足元の巨体を見下ろしながら告げる。
「岩家……いや、古の邪神”禍津神”っていったか?」
「ヴォォッーー!!」
土塊に塗れさせていた顔面を無理に持ち上げ、革ベルトで塞がれた視線を俺に向ける古の邪神。
「何度目だ?神様……人間如きに跪かされるのは」
俺の口元は自然と歪む……
ーーああ……これじゃぁ……また馨さんに……西島 馨にどやされる……
だが俺は……俺の口元が緩むのを抑えられない。
「しっ!信じられるかっ!ウソだっ!あり得るわけがないっ!禍津神を人間如きがっ!…………こんな圧倒的に……ウソだぁぁっ!!」
御端 來斗は取り乱し、他の六神道の面々も立場は全くの逆だが、彼の言葉と同じような感想だと顔に書いてある。
「…………」
ーーまぁな……
ーー圧倒的かと言われれば……”否”だ!
ーー現に俺は満身創痍で、いつ死んでもおかしくない闘いをしている
ーーだが……
ーー人が……人の業のみで神を倒す……あり得るのか?……と聞かれれば
ーーその答えは”然”だ!
そして俺はこう答える。
「神?……何言ってんだ、世界チャンピオン?大統領?王様か?挙げ句は神様ね……だが、そんな”肩書き”が喧嘩に関係あるかよっ!」
ーー!!
そこにいる全員が俺を見る。
”それしか”できない、どうしようも無い俺を……奇異な目で見る。
「さく……たろうくんっ!」
そして、少女は俺の名を呼んだ。
「…………」
ーーああ、もうすぐだ……もうすぐ約束は果たせる……
俺はその結果に……顛末に……その時、幾分かの寂しさを感じていたのかもしれない。
「ふん……あれが折山 朔太郎って半端なガキだ」
西島 馨が不機嫌そうなへの字口の端を上げて珍しく上機嫌で呟く。
「ヴォォォォッーーーーッッ!!」
足元で巨神の咆哮が響いていた。
「喚くなって……俺はな……昔から……神様、あんたらが大きらいなんだよ!」
第五十一話「折山 朔太郎」END
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