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王位に興味はありません

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 やっと二人の会話が終わったかと思えば、まだ話し足りないらしく俺に伝える話があると言う。

「クラウ師団長には、お伝えしようと思うのだが、代々王族にしか継承されない魔力があることはご存知か?」

「いいえ、それがなにか」

 何の話を始めるのかのと、セイグリッドの言葉を聞きながら様子を伺う。

「その魔力を持つ者が王位を継承するというのはもちろん伏せられていてね。今になって王族がその魔力を持つ者の存在が気になり始めたようなのだ」

 王家の内部事情に明るいのは代々バロル家は魔術師団の師団長という特別な立場を務めてきたからなのだろう。

 気になり始めたということは、今の王族には不在であると言っているようなもの。

 それを軽々しく口にしていいとも思えない。

 並べられた石版をひとつずつ確認をするようにセイグリッドは眺めている。

 歩く度にコツコツと靴の音が聖殿内に響く。

 その靴音がやけに俺の耳に残り、不安な気持ちにさせた。

「王宮にいるもの達は、こう考えている。王位を継承できることを本人が知らないのであればわざわざ知らせる必要はない。後ろ盾もなく推すものもいない者だ。捨て置いていいだろうとね」

「そういう問題ではないと思うんですけどね」

 ルーゼウスが一人つぶやく。

「さすがに王となる資格を持つ者の持つ力は強大だ。唆されて悪い道に引きずり込まれて王家に歯向かわれても困る」

 リルが手に擦り寄ってくる。

「放置することはできず、かと言って近くには置きたくない」

 その言葉の身勝手さに気分が悪くなる。

 不安要素はできるだけ目の届く位置で管理をしたい──そう言っているように聞こえたから。

 俺は黙ったままリルの頭を撫で、気分を落ちつかせる。

 ルーゼウスも黙り込んでいる。

 国の政治にまで口を挟めるような魔術師団の師団長だ。宰相と並ぶほど人を扱うことに長けているこの男が無駄話をする為に時間を割くとも思えない。

 聞きたくもないが、俺に関係する話なのだろう。何の目的でこの話を俺にするのか理由を知る必要がある。

「現在の王からしてみれば、いつその血筋に気づき、取って代わられるかわからない。それに王位を狙う輩は王位継承を持つものだけではないからね」

 国の内部で反旗を翻す機会を窺っている者もいるだろうし、ゼネラ帝国のように玉座を狙って仕掛けてくるかもしれない。

「平和な世を維持するには、身近な憂いをひとつずつ摘み取らねばならないのだ。……私の妻は王族でね」

 セイグリッドがため息をつきながら、腕を組み話の流れを少し変えた。

「息子たちは王族の血筋を持っている。しかし、王族の証である金の髪と碧瞳は残念ながら産まれなかった。魔力もこれといって特別なものではない。ルーゼウスは精霊の加護を持った愛し子だが、王位を継げるような特殊な魔力ではない」

 なぜこんなにも王位に拘るのか。

「君が7つの時に引き取られた先は、第七師団の師団長ラズウェル・クラウだったね」

「……はい」

「私も君が持つ王族の特質に早くから気づいていれば良かったのだが、なにぶん慎重な性格でね。事が発覚してから君を養子にしようと動いても、さすがに遅かった」

 ──特質? 養子? 何に気づいたというんだ。

「何が言いたいかと言うと、君が呼んでいる『絶影』もまた王位を継ぐに相応しい魔力であるという事なのだ」

 戯言を言っているようには到底見えない。

 だが、俺に王族の血が流れているのだと突きつけられているのなら、それこそ冗談にしなくてはならない。継承に巻き込まれないためにも。

「なにをご冗談を。王族の方に対して不敬なのでは?」

「ベルサス様は黒い霧を剣に纏わせて帝国兵と戦っていましたよね」

 ルーゼウスが言うのは、俺の振っていた剣を間近で見ていたからそう言うのだろう。

「だったらなんだと言うのか」

 自分の身を守るために身体から溢れ出た魔力だ。どう使おうと俺の勝手だ。

「魔力としての『絶影』を操れるなら、それは特別な力なのだろうと思うんです。それは王族の血を受け継いでいるという事になります」

 淡々と告げる言葉を俺は受け入れたくない。

 俺は母の子であって、王族の子ではないのだ。母はどうして死んだのか俺は知らないし、そもそも死んだかどうかさえもわからない。

「今、国王から伝えられているのは、私の息子と婚姻をして管理下に入ること。リズウェンでも、ルーゼウスでも構わない。王家に歯向かわず、忠誠を誓うというならばよし。しかし、王として立つのであれば……」

 なぜこんな大事になりそうな、話になっているんだ。

 俺は母と二人暮しの平民だったのだ。

 寂れた路地裏で遊び、崩れかけの小さな家ともよべない場所で暮らしていた。同じ年頃の子どもが近くにおらず、いつもひとりで母親が帰るのを待っていた。

 外に出る時はいつもフード付きのケープをつけていた。

 そして、5歳の時に母が亡くなったと家の前で男に言われた。

 地面に絵を描きながら母を待っていただけなのに、訳もわからず、そのまま預けられた先が伯爵家だ。

 そこも取り潰しになり、次に辿り着いた先が第七師団の師団長であるラズウェル・クラウで、その息子として養子になった。

 ラズウェルの婚姻相手が副師団長のエルリック・クラウであり、どちらも男で義父だった。

 男二人に囲まれむさ苦しかったが、今思うととても優しさに溢れた温かな家庭だったと思う。

 その頃の俺は母親が亡くなるわ、連れ去られるわ、川に突き落とされるわ、毛玉を自分が殺したと思い込むわで、俺は人間不信になっていたのだろう。

 名前で呼ばれても返事をしなかった記憶がある。

 ベルサスという名前は母親だけに呼ばれたかったし、ベルと呼ばれるのは毛玉だけでいいと思っていたからだ。

 だからか、ラズウェルとエルリックが頭を悩ませ、せっかくクラウの姓になったのだからと愛称を考えてくれて、二人からはこう呼ばれるようになったのだ。

『クーちゃん』と。

 だから、今はクラウの息子であって王族は関係がない。

「あれれ? クーちゃん? なんでこんな場所にいるの?」

 重苦しい空気の中、聖殿内に場違いな明るい声が響いた。
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