復讐するは鶴にあり

柘榴

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第4章 懐妊の悲劇

第10話 二人の関係

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 夕方になって多恵の家の前には村人が集まっていた。
 家の前で、腹の裂けた多恵と無残な姿の胎児を抱きながら泣き叫ぶ夫。
 笛吹に続き、異様な事件が発生した。母親が自らの腹を裂き、胎児をそこから引っ張り出して惨殺。そして、その母親も自らの臓器のほとんどを引きずり出し、死亡。
 人間の起こせる事件ではない。村人たちの一部では本当に鈴音様の祟りなのではないかと言う声も上がっているようだ。
「妻はっ! 妻は……出産を心待ちにしていた! これから、ずっと三人で暮らしていこうって、ずっと約束してたんです……その妻がっ、なんで」
「自殺……とか」
「あり得ません! 誰かに、誰かに殺されたんです! 殺されたんだ!」
 事情を聴取する駐在を怒鳴りつける夫。その姿は悲惨だった。
 妻と我が子の骸を抱き、獣の様に泣き叫んでいる。
 あまりにも凄惨な事件。これは、もはや人間に起こせるような事件ではないことは明白なはずだ。
「本当に……祟りなんじゃ、鈴音様の」
「ええ、その通りですよ。鈴音様の御怒りに触れた末路が、あれです」
 私は人ごみの中からひょっこりと顔を出し、その言葉を肯定する。
 村人たちは私に気付くと途端に後ずさりをした。どうやら私は別の意味で嫌われ始めているようだ。
「お前……お前が妻をっ!」
 目の前には血眼になった多恵の夫がいた。
 彼は怒りに身を任せ、私の襟首を掴み上げる。
「おや、証拠でもあるのですか。私がどうやって多恵さんを殺すのです?」
「何かをネタに脅したんだろう! それに逆らえず、妻は!」
 彼の言い分に私はため息を大きくついて落胆する。
 どんなネタで脅したら、こんな凄惨な真似ができるのだ。少なくとも普通の人間では無理なのは明白だろうに。
「脅されたにしろ、ここまでできますか? 自我を保ったまま腹を裂き、我が子を手にかける……いくら脅されていたにしろ、普通の人間の精神状態ならこんな真似できませんよ」
 もっともな意見だった。目の前の凄惨な光景を見れば、普通の人間の所業でないことは確かだ。
 それこそ、神が多恵を操って引き起こした、祟りと言われれば誰もが納得するだろう。
「それに、多恵さんにとってお腹の子供より大切なものなど無いでしょう? それはあなたが良く知っているはずです。多恵さんにとって、ようやく授かったこの子がどれだけ大切だったか」
 その言葉に多恵の夫は黙り込む。多恵がどれだけ子を愛していたかはこの男が一番よく知っているはずなのだ。
 そして、その感情を歪めることなど普通なら到底かなわない。だが私はやってみせた、この左目の義眼に宿った『誤催眠』で。
「しかし、鈴音様の祟りには抗えなかった。人の意思を歪める事など、鈴音様にとっては造作もない事なのです」
 多恵の夫はその場に膝から崩れ落ち、廃人の様な表情になっていた。
「あなた方はいい加減気付くべきです。自分たちの愚鈍さ、そしてこの村の正体に」

 村の中の混乱は次第に大きくなり、村人たちの表情には明らかに恐怖と焦りが同居していた。日が沈む頃には皆家に帰り、戸締りを欠かさないようにした。
「困ったね。ここまで警戒されると私たちも迂闊に近づけないよ。特に私は警戒されてるだろうし」
「まだ、殺すつもりなのか……関係も無い、罪も無い人ばかりを」
「雪や静ちゃんにだって罪は無かった……当たり前だよ。言ったでしょう? 私は村を滅ぼすんだって」
 鶴のの表情に曇りは無かった。彼女は人を殺す事を、演出としか考えていない。
 彼女は、壊れてしまった。だが、そのきっかけを作ったのは俺の祖父。
「……賢は、私を裏切ったりしないよね」
 逆らえない。単純な罪悪感だけではない、彼女に逆らえば殺されることを、俺の本能が感じ取っていたからだ。
「けれどどうしようか。私の条件に合いつつ、加えてこの状況下でも簡単に顔を合わせられる人間……」
 村人たちの警戒も強まっている。
 そんな中で、殺人を行うのは至難の業だ。下手をすれば俺たちの復讐が公になり……どうなるだろう。考えただけでも寒気がする。
 だが、鶴は殺しを止めない。そうなれば、俺もそれに従う以外に道は無い。
「心当たりがある。うちの……爺さんの知り合いで、丁度いいのが。だがその前に一つ、準備をした方がいい」
「準備?」
「念には念を入れるべきだと思う。もし、仮に鶴の正体がバレることになんてなったら……って思うと、俺は……」
 嘘だ。俺は単純に俺自身に被害が及ぶことを恐れていた。
 俺は、死にたくない。この村によって殺されたくない。
「優しいんだね、賢は。賢だけは……この村が変わっても、ずっと変わらないでいてね」
 けれど、鶴は俺の心中も知らずに、昔のような純粋な笑みを浮かべた。
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