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元令嬢、兄を罰する

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 「はぁ……」

 ラミスは国を出る、そう告げた瞬間満面の笑みを浮かべた兄の姿を見て呆れ、ため息を漏らした。
 ラミスには兄が自分がこの国を出て行くことにより、真にマートライト家の当主になれる、と考えているのが手に取るようにわかったのだ。
 
 「お嬢が国出るなら、俺らも出ますわ」

 「えっ?」

 だが、その兄の笑みは途中で固まった。
 新たに現れたのは酷く大柄な鎧を身体に身につけ、大剣を背負った男。
 男の名はヴァリス。
 ラミスが戦場に出なくなり、そして頭の中身が豆腐より柔らかい兄の代わりに戦場で指揮をとる実質の将軍。
 その単体での実力だけでラミスに及び、さらに指揮の能力に関しては戦場から離れてもなお恐れられるラミスをも凌駕する実力を持っている。
 そしてそんな男がこの国を出るとすれば、戦力の低下はラミスが抜けるのとほとんど代わりなく、流石に事態の深刻さに気づいた兄の顔が青くなる。

 「いや、ちょっと……」

 「んじゃ、俺らも」

 「そうですね。お嬢がいないんじゃねぇ……」

 だが兄は制止の声をかけようとして固まった。
 顔は最早半泣きだ。
 というか、鼻水が出ている。
 相変わらず本当に戦闘以外ではポンコツですわね……とラミスは情けなさすぎる兄の顔を見て思わず頭を抱える。

 「はぁ……相変わらず兄さんは……」

 兄は戦闘に関してはかなりの才能を持つ。
 だがそれ以外はポンコツそのもので、当主になってその日にいきなり部下を不当に扱ったなどの冤罪を掛けられた。
 それはマートライト家の爵位に相応しくない高待遇を妬んだ貴族のものだったが、

 ーーー 兄は貴族に真っ向から立ち向かおうとしてほぼ全員の貴族を敵に回した。

 そしてその時からマートライト家の実権はラミスが握っている。
 そうでないと恐らく今これだけ繁栄しているはずなのに、マートライト家は一年で消える。
 だが、それを悔やんでいるのか兄はことあるごとに実権を己のものにしようとして、さらに騒ぎを広げる。
 
 そしてそんな兄にもうマートライト家の家臣は一切の忠誠心を持っていない。
 今では間抜けと堂々と公言されていても誰も気にしない有様なのだから……
 
 その後には今のようにどうしようもなくなり兄は騒ぎ立てるのが何時もの1セットだ。
 
 「まぁ、それでも今回はおいたが酷すぎましたわね……」

 そして何時もならここら辺で私がフォローに入っているのだが、今回はフォローに入るつもりは一切なかった。

 「ら、ラミス!せめて数人で良いから!お願いだからここに残るように……」

 だから私は助けを求めこちらを見てくる兄に殺意をこれでもかというほど詰め込んだ笑顔をみせる。
 
 「流石にテミスに手を出そうとして許してもらえると思いましたか?」
 
 「っ!」

 恐らく兄にはテミスを傷つけようとかそういった気持ちは一切なかっただろう。
 あってもせめて意識を奪う程度だ。
 
 ーーー だが、その程度でも私には一切兄を許すつもりはなかった。

 「本当にこの玉の肌に傷でも着いたらどうするつもりだったんですか!」

 「なっ!」

 玉の肌と言われたのが自分だとすぐに分かったのか今まで兄を嘲笑っていたテミスが顔を真っ赤に染める。
 
 「い、いや、ラミスさ……」

 「こんな女の子みたいなモチモチな肌に!」

 「っ!」

 そして私はテミスがやめてくれと耳打ちしに来た瞬間を狙いテミスを抱きしめて拘束する。
 そしてそのにわかに男の子ものとは信じられないほっぺを揉みしだいた。

 「やめへ!やめへくだはい!」

 「あぁ!もう!本当になんて柔らかい……」

 ラミスはそうしてテミスの頬を揉みしだくというか高尚な行為に没頭し始めそのせいで兄の存在を忘れる。
 だが、そのラミスの言葉をヴァリスが継いだ。

 「まぁ、別にマルク様のことは嫌いでないですよ。正直見ていて面白いし、馬鹿だし面白い」

 「おい!僕に対する敬意は!」

 「はっ?」

 「………もう良いです」

 ヴァリスはしょんぼりするマルクの姿に何を言いたかったのか分からない、というように首を捻りだがあっさりと考えることを放棄する。
 そして常人ならばあっさりと意識を失ってしまいそうな殺意を込めた言葉をマルクに叩きつけた。

 「それでも、俺らの飼い主はお嬢だ。いくらあんただといえ、やり過ぎたら……」

 「っ!」

 そこで言葉を止めたヴァリスにはもう先程までの殺意の片鱗も伺うことは出来なかった。
 だが、マルクにはヴァリスの言葉が本気であることが充分に伝わっていた。
 そしてヴァリスもマルクの神妙に雰囲気に自分の言いたいことが全て伝わった、そう確信して笑う。
 
 「んじゃ、マルク様頑張って」

 「えっ?」

 だが、次の瞬間ヴァリスはマートライト家の寡兵全員の騎士の証である紋章を差し出し、マルクはその光景に間抜けな声を漏らす。

 「まぁ、ということで」

 だがそのマルクの態度を取り合わず、ヴァリスはその場を直ぐに去って行き、そして取り残されたマルクの顔に滝のように汗が流れ出す。
 王国が強国として存在しでき理由、それは王国の軍が精強であったことが理由で、そして王国の軍が精強であった理由それはマートライト家の寡兵が精強だったからだ。
 つまるところ、王国の軍が強かった理由それはマートライト家の寡兵がいたからに過ぎない。
 そしてその最強の寡兵が全て一兵卒も含め王国を後にする、そう告げられたのだ。

 ー あれ、王国積んでません?

 そしてその現状にマルクも王国の危機を悟る。

 「あの、僕もやっぱり王国さろうかなぁ……」

 「お兄様?」

 だが、そのマルクの呟きはラミスの氷の冷たい言葉によって言外に封じ込められた。

 「確かにお兄様はマートライト家を名乗るのがおこがましい程の馬鹿です。けれど仮にもマートライト家を名乗る人間が勝手に当主の座を降りたりはしませんよね。いくら馬鹿でも。」

 「ぐふっ!」

 そして率直な妹の罵倒にマルクの心は折れ、

 「精一杯頑張らせて貰います……」

 真っ白に燃え尽きたマルクにいうことができたのはそれだけだった……
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