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英雄の帰還

ライム

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 「次元に裂け目が開き、そして魔族と名乗る化け物どもが現れてからはや二年。今の我々の生活があるのは1人の英雄が存在していたからだ」

 そこは多くの人に囲まれた広場だった。
 そしてその中止で1人の中年の男が熱く身体全身を使って周囲の人間へと何事かを語る。
 その男はサーゼル。
 国王で、そして魔族と呼ばれた正体不明の敵に襲われた王国を見事守り抜いた賢王と呼ばれる男。

 ーーー だが、その男が賢王と呼ばれる人間でないことを私、ライムは知っていた。

 「しかしその英雄は二年前、行方をくらました。ただ1人の婚約者、ライムを残して」

 そこで人々が私の方へと視線をよこす。
 だがその視線には二年前のような同情や哀れみなどは籠っていなかった。
 代わりには困惑と、怒りが込められた視線に私は晒される。
 その視線は容赦なく私の心の絶望を広げて行く。
 私の婚約者、カルバスが行方不明になってから生まれた絶望がどんどんと広がって行くのを感じる。
 だが、それが仕方ないことを私は知っていた。
 
 例え、この視線を受けるのが筋違いであったとしても。

 「そして我らは後に残された婚約者を守ろうと決意した。だが、彼女は我々を裏切り不当な理由で我が国の令嬢の命を手にかけた!

 よって私、国王サーゼルはここに裁判を開くことを表明する!」

 そう、この裁判を私は逃れることはできないだろう。
 私はこの裁判で有罪だと判定され、そして英雄の婚約者としての立場を奪われる。
 
 ーーー 私に全く心当たりのない冤罪によって。

 「っ!」

 私はこの先に待つ最悪の未来、それを想像して唇を噛み締めた。
 そんなことしか、もう私にはできなかった………



 ◇◆◇



 「そうです!私はこの女が1人の女性を殺す場面を目にしました!」

 それからどんどんと裁判は進んでいった。
 私と全く縁も所縁もない人間が、私の罪を目撃したと証言し、その度に私は悪者として周囲からの視線がきつくなる。

 ーーー そしてその中で2人の人間が、目に欲望のぎらぎらとした炎を浮かべながら笑っていた。

 1人は国王サーゼル。
 もう1人は同じく王族で王太子のマーザス。
 
 そしてその2人が私の身体を目的としてこの冤罪を私になすりつけようとしていたことを私は知っていた。
 私だってこのね二年間、ただ冤罪を擦り付けられることを手をこまねいて見ていたわけではなかった。
 だが、冤罪を証明するにはあまりにも婚約者の英雄のいない私の力は小さかった。
 二年間、必死に抗って抗って抗って、そして負けた。
 それが今の私の惨めな姿だった。
 
 だけど、何故か私の胸にはそれ程大きな絶望はなかった。

 おそらくこの裁判が終われば私は平民にされ、そして王太子と国王にあの人に捧げようと守ってきた純潔を散らされることになる。
 そしてそんなことを許すわけにはいかない私はこの裁判が終わる時とともに舌を噛んで死ぬつもりだ。
 
 だが、死を目前としながらも私の胸にあったのはただ1つどうしようもない虚無感だった。
 
 「カルバス……」

 そしてその虚無感の理由を私は知っていた。
 知らないわけがなかった。
 何故ならその虚無感は愛しの人が帰ってこなくなってから常にずっと絶えず付き纏って来ていたものなのだから。

「よって英雄の婚約者ライム、このものを有罪とする。だが婚約者は英雄でありその栄誉を考慮してライムとの英雄の婚約を破棄し、平民に落とすものとする」

 そして最後裁判が終わりかける中、私は死ぬ為に舌を噛もうとする。
 もう直ぐ死ぬ、そう分かりながら何故か私は驚くほど冷静だった。
 いや、死ぬことになんてもう何の感情もわかないのかもしれない。
 今まで必死に愛する人が生きていると信じてここまで生き抜いて来た。 
 だから、愛する人のいないこの世界などには何の執着も無いのだろう。

 ただ、最後にあの人を一目見たかった。

 その思いと共に私は舌をかみちぎろうと口に力を入れようとして……

 ーーー その時、1人の翼竜に乗った男がこの場に姿を現した。

 翼竜の翼の上下によって起こる風圧と、そしてその男から感じる圧倒的な存在感にこの場にいる全ての者の注目がその男に集められる。

「嘘……」

 そしてその中で1人、私は涙を流していた。
 
 ー まだ、そうだと決めつけるのは早い。

 そう、自分の冷静な部分が囁いているのが分かる。
 そして実際こんなタイミングであの人か帰ってくるなど、そんな奇跡が起こる可能性はとても低い。
 だから幾らその翼竜に乗る姿が見知った姿で、その上に乗る男があの人に似ていいても絶対にその名を口にしてはならないと私は自分に言い聞かせる。
 その名を口にした途端、恐らく私は自殺する勇気がなくなってしまう。
 そしてその結果あの2人にどのような辱めを受けるのか、わからないのだ。

 「カルバス?」

 だが、そう言い聞かせながらもいつの間にかその名を私の口は告げていた。

 ー 遅くなってすまない。今帰った。

 「っ!」

 ーーー 次の瞬間、確かに私の耳にその声が聞こえた。

 「あぁ………」

 そしてようやく私は確信する。
 翼竜に乗って現れた男、彼は間違いなく私の待ち望んでいた人で、
 
 「お帰りなさい……」

 ーーー 英雄が、二年間の空白を経てとうとう帰還したことを。
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