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英雄の帰還
カルバス Ⅲ
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「巫山戯るな!殺してやる!」
「お前が、家族を!」
「畜生!何でこんな人間を俺たちは……」
俺の一言に民衆の怒りは爆発した。
そしてその怒りは全てサーゼルの元へと向かう。
一人一人は決して大したものではないが、民衆全員分の殺意にサーゼルが動揺を漏らす。
実際、民衆から向けられる殺意は俺から見ても大したものだった。
決して戦場で人を殺して来た訳でもない、彼らは明らかに普通の人間なのだ。
そしてそんな人間がいくら集団だとしてもこんな殺意を放つのは普通不可能だろう。
だが魔族に襲われた記憶、それはその不可能なはずのことを成し遂げてもおかしくないそんな類のものだった。
突然現れた魔族、それに王国の人々はそれまでの日常を、家族を、友人を、全てを失った。
「っ!」
そしてその全ての恨みは今、サーゼルに集まっていた。
そして顔は引き攣った様子に俺はようやくサーゼルがあることに気づいたことを悟る。
つまり、魔族の襲撃のきっかけとなったサーゼルは例えそれが故意でなかったとしても死を免れることは出来ないということ。
ようやく気づいた自分の絶体絶命の危機にサーゼルは顔を青ざめ、そして俺の方へと顔を向けた。
「巫山戯るな、カルバス!約束が違うぞ!
英雄は、嘘をつかないんじゃないのか!」
それはお前に言われたくない、そうサーゼルに返したくなるような言葉だった。
今までライムの働きで王国が持ち直して来たのを全て自分の偉業として賢王の名を得て、最終的にはライムに冤罪を掛けようとしたサーゼル。
さらに俺は一度サーゼルに殺しかけられている。
そんな人間の言葉など俺は無視した方が良かったのかもしれない
「そうだな……」
だがいつの間にか俺はそう力なく言葉を漏らしていた。
頭に蘇るのは日々自分が英雄だと信じて剣を手にし魔族に突撃していた自分の姿。
あの時心を占めていた情熱、その半分でも今の俺には存在するだろうか。
今の俺は正直、自分のことを英雄だと何て思っていなかった。
「お前に私を裁くことなど出来ない!わたしは賢王だぞ!直ぐにこの周りの屑どもを黙らせろ!」
そしてそんな俺の様子に我が意を得たとばかりに喚き始めたサーゼルがさらに民衆の怒りに油を注ぐが、その光景にも俺の心が動くことはなかった。
ー 巫山戯るな!民衆に向かって何てこと!
ー 英雄としてお前のことは絶対に許せない。
今までなら口にしていただろう言葉は俺の頭に次々と浮かんでくる。
だが、その言葉に感情が宿ることはなかった。
ただ淡々とした全く心に響かない言葉が頭に浮かんでそして消えてゆく。
そう、もう俺は英雄ではない。
もうサーゼルを英雄として裁くことは無い。
ー だから、今からサーゼルを地獄に落とすのは全て私怨だ。
「巫山戯るな。そんな言葉で俺から逃げられるとでも思ったか?」
そう告げてサーゼルに笑いかけた俺の顔には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
◇◆◇
どうしようもない魔界という地獄で俺の心の支えとなったもの、それは決して自分が英雄であるなんていうそんな気持ちではなかった。
それは酷く当たり前の結末。
つまり俺は決して英雄などではなかったのだ。
ただ英雄だと周りにもてはやされるまま勝手に思い上がっていた、ただそれだけの人間。
そしてそんなメッキは直ぐに剥がれた。
それから俺は必死に自分をこんな場所に落とした人間を恨み、生き延びようしたり、魔族に対する怒りを活力に元の世界に戻ろうとしていた。
だがどれも全て最後まで俺の心の支えとなることはなかった。
ただ必死に抱えようとして、抱えきれずぼろぼろとそれらのメッキは剥がれていった。
ーーー そしてその時、新たに俺がこの場所に戻ってくる活力となったもの、それは今まで俺が忘れていたはずのものだった。
「なぁ、俺はその時本当に自分のことを心底屑だと思ったよ……そう、サーゼルお前さえ比較にならないな」
この場に似合わらない、俺の酷くのんびりとした声がその場に響く。
だが、誰1人として突然場違いな自分語りを始めた俺を咎められる者はいなかった。
「な、何を……」
唯一、サーゼルだけがそう何とか口を開く。
しかし発せられたのはその一言だけだった。
この場にいる全員が、俺の発するかつてない怒気に圧倒されていた。
怒り狂っていたはずの民衆や貴族も。
喚き続けていたはずのサーゼルも。
「本当に今まで俺みたいな人間を思ってくれていた人間残して消えて、さらに俺はその存在を忘れていたんだ。もう、呆れて笑いすらも出ないだろう?その癖最後にはその存在に助けられてこの世界に帰ってきたんだぜ。本当に屑だよ。
だからさ、俺は決めたんだよ。もう、絶対に彼奴を、ライムを裏切らないってな」
次第にその怒気には魔力が込められていき、物理的な力を持って空間が揺らぎ始める。
しかし、それでも未だ怒気はさらに強まって行く。
止まることなく、どんどん密度を上げて行く。
「っ!」
そしてその全てが凝縮され、サーゼルへと向けられた。
サーゼルの足元に汚らしい水溜りが広がり、そしてサーゼルは恐怖で無意識を俺から距離を取ろうと後ざる。
「なぁ、お前はこんなことをしでかしていきて帰られると思ったか?」
「ひいっ!」
だが、俺は一瞬でサーゼルとの距離を詰めその胸倉を掴む。
そして腕の力だけでサーゼルを持ち上げて、胸の内で広がる怒りを全てその恐怖で歪んだ顔に叩きつけた。
「知らなかったか?だったら教えてやるよ。
ーーー ライムは、俺の女だ!」
その声は広場全体に広まり、全ての人間が言葉を失う。
そしてサーゼル以外の全ての人間はあることを悟る。
サーゼルと、そして意識を失って倒れている王子その2人の王族は決してやってはいけない禁忌を犯したことを。
彼らは絶対に触れてはならない英雄の逆鱗に触れてしまったことを……
「お前が、家族を!」
「畜生!何でこんな人間を俺たちは……」
俺の一言に民衆の怒りは爆発した。
そしてその怒りは全てサーゼルの元へと向かう。
一人一人は決して大したものではないが、民衆全員分の殺意にサーゼルが動揺を漏らす。
実際、民衆から向けられる殺意は俺から見ても大したものだった。
決して戦場で人を殺して来た訳でもない、彼らは明らかに普通の人間なのだ。
そしてそんな人間がいくら集団だとしてもこんな殺意を放つのは普通不可能だろう。
だが魔族に襲われた記憶、それはその不可能なはずのことを成し遂げてもおかしくないそんな類のものだった。
突然現れた魔族、それに王国の人々はそれまでの日常を、家族を、友人を、全てを失った。
「っ!」
そしてその全ての恨みは今、サーゼルに集まっていた。
そして顔は引き攣った様子に俺はようやくサーゼルがあることに気づいたことを悟る。
つまり、魔族の襲撃のきっかけとなったサーゼルは例えそれが故意でなかったとしても死を免れることは出来ないということ。
ようやく気づいた自分の絶体絶命の危機にサーゼルは顔を青ざめ、そして俺の方へと顔を向けた。
「巫山戯るな、カルバス!約束が違うぞ!
英雄は、嘘をつかないんじゃないのか!」
それはお前に言われたくない、そうサーゼルに返したくなるような言葉だった。
今までライムの働きで王国が持ち直して来たのを全て自分の偉業として賢王の名を得て、最終的にはライムに冤罪を掛けようとしたサーゼル。
さらに俺は一度サーゼルに殺しかけられている。
そんな人間の言葉など俺は無視した方が良かったのかもしれない
「そうだな……」
だがいつの間にか俺はそう力なく言葉を漏らしていた。
頭に蘇るのは日々自分が英雄だと信じて剣を手にし魔族に突撃していた自分の姿。
あの時心を占めていた情熱、その半分でも今の俺には存在するだろうか。
今の俺は正直、自分のことを英雄だと何て思っていなかった。
「お前に私を裁くことなど出来ない!わたしは賢王だぞ!直ぐにこの周りの屑どもを黙らせろ!」
そしてそんな俺の様子に我が意を得たとばかりに喚き始めたサーゼルがさらに民衆の怒りに油を注ぐが、その光景にも俺の心が動くことはなかった。
ー 巫山戯るな!民衆に向かって何てこと!
ー 英雄としてお前のことは絶対に許せない。
今までなら口にしていただろう言葉は俺の頭に次々と浮かんでくる。
だが、その言葉に感情が宿ることはなかった。
ただ淡々とした全く心に響かない言葉が頭に浮かんでそして消えてゆく。
そう、もう俺は英雄ではない。
もうサーゼルを英雄として裁くことは無い。
ー だから、今からサーゼルを地獄に落とすのは全て私怨だ。
「巫山戯るな。そんな言葉で俺から逃げられるとでも思ったか?」
そう告げてサーゼルに笑いかけた俺の顔には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
◇◆◇
どうしようもない魔界という地獄で俺の心の支えとなったもの、それは決して自分が英雄であるなんていうそんな気持ちではなかった。
それは酷く当たり前の結末。
つまり俺は決して英雄などではなかったのだ。
ただ英雄だと周りにもてはやされるまま勝手に思い上がっていた、ただそれだけの人間。
そしてそんなメッキは直ぐに剥がれた。
それから俺は必死に自分をこんな場所に落とした人間を恨み、生き延びようしたり、魔族に対する怒りを活力に元の世界に戻ろうとしていた。
だがどれも全て最後まで俺の心の支えとなることはなかった。
ただ必死に抱えようとして、抱えきれずぼろぼろとそれらのメッキは剥がれていった。
ーーー そしてその時、新たに俺がこの場所に戻ってくる活力となったもの、それは今まで俺が忘れていたはずのものだった。
「なぁ、俺はその時本当に自分のことを心底屑だと思ったよ……そう、サーゼルお前さえ比較にならないな」
この場に似合わらない、俺の酷くのんびりとした声がその場に響く。
だが、誰1人として突然場違いな自分語りを始めた俺を咎められる者はいなかった。
「な、何を……」
唯一、サーゼルだけがそう何とか口を開く。
しかし発せられたのはその一言だけだった。
この場にいる全員が、俺の発するかつてない怒気に圧倒されていた。
怒り狂っていたはずの民衆や貴族も。
喚き続けていたはずのサーゼルも。
「本当に今まで俺みたいな人間を思ってくれていた人間残して消えて、さらに俺はその存在を忘れていたんだ。もう、呆れて笑いすらも出ないだろう?その癖最後にはその存在に助けられてこの世界に帰ってきたんだぜ。本当に屑だよ。
だからさ、俺は決めたんだよ。もう、絶対に彼奴を、ライムを裏切らないってな」
次第にその怒気には魔力が込められていき、物理的な力を持って空間が揺らぎ始める。
しかし、それでも未だ怒気はさらに強まって行く。
止まることなく、どんどん密度を上げて行く。
「っ!」
そしてその全てが凝縮され、サーゼルへと向けられた。
サーゼルの足元に汚らしい水溜りが広がり、そしてサーゼルは恐怖で無意識を俺から距離を取ろうと後ざる。
「なぁ、お前はこんなことをしでかしていきて帰られると思ったか?」
「ひいっ!」
だが、俺は一瞬でサーゼルとの距離を詰めその胸倉を掴む。
そして腕の力だけでサーゼルを持ち上げて、胸の内で広がる怒りを全てその恐怖で歪んだ顔に叩きつけた。
「知らなかったか?だったら教えてやるよ。
ーーー ライムは、俺の女だ!」
その声は広場全体に広まり、全ての人間が言葉を失う。
そしてサーゼル以外の全ての人間はあることを悟る。
サーゼルと、そして意識を失って倒れている王子その2人の王族は決してやってはいけない禁忌を犯したことを。
彼らは絶対に触れてはならない英雄の逆鱗に触れてしまったことを……
応援ありがとうございます!
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