キャスリン・アダムス・スペンサーの忘却

桃井すもも

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第十九章

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 季節は初冬を迎えていた。
 王都に戻ってきてからキャスリンは、通学以外は引きこもりのような生活を送っていた。

 今やキャスリンは、名実ともに立派な傷物令嬢となっていた。階段落ちで記憶をなくしたていにしたのも災いして、頭のネジがどこかしら可怪しくなっているかもしれないだなんて失礼な噂まであった。

 領地で助祭に扮したアルベールと語らう時間が、心の整理となっていた。だが、ヘンドリックを失った喪失感は、今もまだ胸の奥に小さく残っていた。

 アルベールは、キャスリンの言葉に静かに傾けて、彷徨うキャスリンの心が悲観に過ぎるときには引き戻してくれた。
 ヘンドリックとの未来を見直す道がないのかと、諭してくれたこともある。

 早々に手放したのは、キャスリンのほうだったのか。それはシンシアのことを考えるときに、いつも思うことだった。

 両親は、新たな婚約をキャスリンに用意することはなく、心身共に傷ついたキャスリンを今も案じているようだった。追試の結果が散々でも、なにも言われなかった。
 兄だけが「情けなさ過ぎて同情したくなる」と言った。

 興味本位の令嬢たちの絶好の事情聴取の場になるだろうと、お茶会といった社交も全てお断りをすれば、案外日々は平和に過ぎていった。

 平和が過ぎて、このまま年を取るのだろうか。このまま邸の自室で一日一日老いを迎えるのだろうか。キャスリンはこの頃、そんなことを考えている。

 いつか鏡に映る自分の髪に白いものを見つけてしまう、そんな日がやってくるのは非現実的なことではない。


「え?狐狩りへ?」

 冬は狐狩りのシーズンで、始まりは王家主催の華やかな催しとなる。その誘いは、隠居めいた暮らしをしていたキャスリンには、小さなさざ波のように感じられた。 

「うん。エドワードと約束してね、兎を狩って襟巻きにしてあげるって」

 八歳の異母弟の為に兎を狩るというアルベールに、キャスリンは憂い顔を見せた。

「狩りは嫌い?」
「ええ。どうしても追われて狩られるほうの気持ちになってしまうの」
「ああ、なんだかわかるね。君って狩るより狩られる側っぽいよね」
「酷い言い草だわ」
「フランシス殿なんて、狩りの名手じゃないか」
「お兄様と私では心の清らかさが違うのよ」

 狩りには狩りの役割があり、無闇に殺生へ反対するわけではないが、狩りを娯楽として楽しむ気持ちにはなれなかった。

「社交場に出るのが怖い?」
「怖くないと言えば嘘になるわ。面倒というほうが当たっているかも」

 王家主催の狐狩りは、夏のファイナルの舞踏会同様、貴族にとって華やかな娯楽の一つである。このあとは来月の聖夜の舞踏会で年内の催し物は終わりとなる。

「五月蝿い貴族の目が嫌なら、私のテントにいれば良いよ」
「そんなとこにいたら、余計に目立ってしまうわ」

 狩りの開催場所には幾つもテントが張られて、そこで婦人らは茶会のように集いながら殿方が狩りを終えるのを待つ。

 去年は母と一緒に、ヘンドリックが狩りに出るのを見送った。
 三年ばかりの婚約だったのに、なにをするにもヘンドリックとの記憶が思い出される。べったりな関係ではなかったと思っていたが、一緒に過ごす時間は意外と多かったのだと気づいてしまう。

「もし白狐を狩ったら君に贈るよ」

 白狐は希少である。目にすることも稀なのに、それを僅かな時間で狩るなんて余程の幸運の持ち主だろう。

「白狐が可哀想だわ。ご遠慮致します」

 つれない言葉を返したキャスリンを、アルベールは淋しげな顔をして見た。

「やめて下さらない?私が貴方をイジメているみたいじゃない」
「私としてはイジメられている気分だけれどね」

 鋼鉄の心臓を持つ王子は、天性の嘘つきだと思った。

 キャスリンはこの時、放課後の学園の廊下でばったり偶然アルベールと出くわした。アルベールには必然的にヘンドリックが侍るから、無意識のうちにその姿を確かめてしめていた。
 ヘンドリックやシンシアとは、今も交流をしないままであった。

「いないよ。私だけだ」

 キャスリンの気持ちを知ってか、アルベールはヘンドリックが側にいないと言った。

 キャスリンは、帰宅する生徒たちの波がおさまる頃合いに教室を出ていたから、下校時間から随分時間が経っていた。

「アルベール様は何かご用があったの?こんな時間まで残っていらして」

 アルベールには、城に戻れば執務がある。エドワードが立太子するまでは、王太子の執務を代行している。そんな多忙な身であるにも関らず、アルベールは静養するキャスリンの側にいてくれた。

「君を狐狩りに誘いたくて。休みの日もどこにも出てないんだろう?」

 アルベールは、そのことを告げるためにキャスリンの帰りを待っていたらしい。

 それからアルベールと並び歩いて、エドワード殿下に兎の襟巻きを贈る話だとか、白狐の話をした。

「母上も、君の顔を見たがっている」

 その言葉は胸に響いた。側妃にはすっかり心配を掛けてしまった。

「私もお会いしたいわ」

 アルベールは面立ちが側妃に似ている。こちらを見下ろす顔に側妃を重ねて微笑めば、アルベールも王子らしい微笑みを返してきた。そのかんばせが麗しくて、ここに絵師がいたなら筆が疼くだろうと思った。

 麗しい微笑みに騙された訳ではない。だが、うっかり失念していたのは確かである。
 アルベールが意味のない行動をする筈がなかった。キャスリンと出くわしたのは偶然ではない。彼は全ての行動に目的を持って、目的を持ったならそれを必ず成し遂げる。

「招待状⋯⋯」

 アルベールと別れて邸に戻れば、もう既に狐狩りの招待状が届いていた。


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