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第二十四章
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幼い頃から親しい間柄であったのに、アルベールとキャスリンが婚約を結ばれなかったことには訳がある。
元々、側妃とキャスリンの母は親交が深く、スペンサー侯爵家は王党派であるが、エドワードが生まれてからもアルベールに近い貴族の一つだった。その娘のキャスリンと婚約することで、アルベールの力が僅かでも増すことに王家は慎重だった。
アルベールは国の頂に立つに値する有能な王子であったし、エドワードはまだ幼かった。
シンシアの生家であるブルック侯爵家も王党派で、将来立太子して未来の国王となるエドワードを支持していた。
アルベールにはシンシアを添わせることで、エドワードの治世を支えることを表に示す。
ヘンドリックにしてみても、王妹が母であり公爵は宰相として王に仕えている。今はアルベールの側付きであるが、彼が王席を離れて公爵位を賜った後は、父と共に国政に携わるヘンドリックは、将来エドワードに仕えることとなる。
キャスリンが嫁いだなら、生家のスペンサー侯爵家も中立を保つと見做されるだろう。
王妃と側妃、エドワードとアルベールの関係が良好であるからと、様々な思惑を持つ貴族たちを刺激することは避けねばならなかった。
だがそれは、結果的にはシンシアによって覆されて、様相が変わってしまった。アルベールとキャスリンは同時に婚約者を失った。
「キャスリン、用心しておいたほうがいいぞ」
兄の言葉に、キャスリンはなにも言えなかった。キャスリンもまた、全く予期していないわけではなかった。
「お前が殿下と婚約することで、一連の騒動も最終的な幕引きとなるだろう」
シンシアが、半ば命懸けでひっくり返したことで、キャスリンはともかく、アルベールは今も婚約者が定められていなかった。
元々、アルベールと年齢・身分の釣り合う令嬢は少なかった。低位貴族まで候補を広げれば数は増えるが、アルベールは王位継承権を有する公爵家当主となる。王家の傍流に身分は重要であったし、友好国の王女たちには既に婚約者がいた。
学園を卒業する年齢で婚約者を失った者同士であり、最も身分も家の勢力も適う令嬢はキャスリンくらいしか残っていなかった。
「それに、あの狐狩りでの殿下とお前の姿を見たなら、この先なにがあったとしても仕方あるまい」
兄も狩りに出ていたのに、どこかで二人の姿を目にしたようだった。
「護衛まで置いて戻ってきた殿下に、令嬢や婦人がたが随分はしゃいだようだしな」
白狐を見張らせるからと、アルベールは護衛もヘンドリックも森に置いて単独で戻ってきた。結局、彼らは狐を見失い森を彷徨うハメになったし、アルベールの行為が軽率であったと、アルベール含めてヘンドリックと護衛も数日間、謹慎処分を受けている。
キャスリンはその話に、巻き添えを食ったヘンドリックと護衛が気の毒だと思ったのである。
「謹慎は終わったのですか?」
学園の廊下の先にアルベールを見つけて、キャスリンは足早に背中を追った。
「やあ、キャスリン」
振り向いたアルベールは、元気なのは声だけで目元に薄っすら隈が見えた。
「なんだかお元気そうではないですね」
「父上と宰相にこき使われていた」
謹慎とは、大人しく部屋にいることではなかったらしい。
「まあ、仕方ないかな」
「護衛の方を置いてきたから?」
「ヘンドリックは方向音痴だからな。一人にできなかった」
「確かに」
あれほど優秀なのに、ヘンドリックは超がつく方向音痴であった。学園に入学したその日に、校内で道に迷って教師が探した話は有名である。
狐狩りの日も、白狐のあとを追っていた筈が森で彷徨うことになったのは、ヘンドリックが先頭になって護衛より前にいたからだろう。
「護衛のお方が気の毒です」
「だってよ」
アルベールがそう声をかけると、後ろの物陰からごそりと動く気配がして、護衛がすぐ側にいるのだとわかった。
「ねえ、キャスリン。来月の舞踏会、どうするの?」
「欠席致します。パートナーもおりませんし、少しの間、大人しくしていようかと」
「まあ、気持ちはわかるかな」
このところ騒動続きのキャスリンは、来月の聖夜の舞踏会を参加しないつもりでいた。
「アルベール様は出席なさるんでしょう?」
「エドワードの側にいないとね」
まだ八歳のエドワードは伴う婚約者もなく、何より彼は兄を慕っている。公の場でも、後ろにアルベールがいるだけで心強いようだった。
「私がエドワードの側に控えて見せるのは、父上にしても安心だろう」
アルベールは、ここでも脇に控えて弟を支える姿勢を見せると言っている。
「キャスリン」
気軽な声に彼を見れば、アルベールは青い瞳を細めてこちらを見ていた。この眼差しは危険である。大抵、悪戯めいたことを仕掛けるときの顔である。
「君も参加すると良いよ。ダンスなら一曲お付き合いするよ」
「駄目に決まっているじゃないですか。何のために大人しくしていたのか」
狐狩り以降、キャスリンも社交を控えていた。
兄に言われるまでもなく、アルベールとの噂が立っていたからである。
「噂を気にして?」
「ええ。貴方が派手にやらかしたから」
「後悔してるの?」
「いいえ。貴方のお陰で奇跡を目にしましたもの。一生、あの姿は忘れないわ」
木漏れ日に輝いて見えた白い毛、鳩の血より鮮やかだったルビー色の瞳。
キャスリンは、白狐との神秘な出会いを思い浮かべた。
「そう。良かった」
アルベールの声は、どこか安堵したような響きがあった。
「小さな頃から、貴方様と一緒にいて色々叱られてきたけれど、私、一度も後悔したことはなかったわ」
やんちゃだったアルベールに付き合って、王城の侍女にも侍従にも、何度叱られたことか憶えていない。最近なら、領地の森で湖まで散策して、帰りが遅くてアネットに叱られた。
そんなことを懐かしく思い出して、思わず笑みが浮かんだキャスリンを、アルベールはなにも言わずに見つめていた。
元々、側妃とキャスリンの母は親交が深く、スペンサー侯爵家は王党派であるが、エドワードが生まれてからもアルベールに近い貴族の一つだった。その娘のキャスリンと婚約することで、アルベールの力が僅かでも増すことに王家は慎重だった。
アルベールは国の頂に立つに値する有能な王子であったし、エドワードはまだ幼かった。
シンシアの生家であるブルック侯爵家も王党派で、将来立太子して未来の国王となるエドワードを支持していた。
アルベールにはシンシアを添わせることで、エドワードの治世を支えることを表に示す。
ヘンドリックにしてみても、王妹が母であり公爵は宰相として王に仕えている。今はアルベールの側付きであるが、彼が王席を離れて公爵位を賜った後は、父と共に国政に携わるヘンドリックは、将来エドワードに仕えることとなる。
キャスリンが嫁いだなら、生家のスペンサー侯爵家も中立を保つと見做されるだろう。
王妃と側妃、エドワードとアルベールの関係が良好であるからと、様々な思惑を持つ貴族たちを刺激することは避けねばならなかった。
だがそれは、結果的にはシンシアによって覆されて、様相が変わってしまった。アルベールとキャスリンは同時に婚約者を失った。
「キャスリン、用心しておいたほうがいいぞ」
兄の言葉に、キャスリンはなにも言えなかった。キャスリンもまた、全く予期していないわけではなかった。
「お前が殿下と婚約することで、一連の騒動も最終的な幕引きとなるだろう」
シンシアが、半ば命懸けでひっくり返したことで、キャスリンはともかく、アルベールは今も婚約者が定められていなかった。
元々、アルベールと年齢・身分の釣り合う令嬢は少なかった。低位貴族まで候補を広げれば数は増えるが、アルベールは王位継承権を有する公爵家当主となる。王家の傍流に身分は重要であったし、友好国の王女たちには既に婚約者がいた。
学園を卒業する年齢で婚約者を失った者同士であり、最も身分も家の勢力も適う令嬢はキャスリンくらいしか残っていなかった。
「それに、あの狐狩りでの殿下とお前の姿を見たなら、この先なにがあったとしても仕方あるまい」
兄も狩りに出ていたのに、どこかで二人の姿を目にしたようだった。
「護衛まで置いて戻ってきた殿下に、令嬢や婦人がたが随分はしゃいだようだしな」
白狐を見張らせるからと、アルベールは護衛もヘンドリックも森に置いて単独で戻ってきた。結局、彼らは狐を見失い森を彷徨うハメになったし、アルベールの行為が軽率であったと、アルベール含めてヘンドリックと護衛も数日間、謹慎処分を受けている。
キャスリンはその話に、巻き添えを食ったヘンドリックと護衛が気の毒だと思ったのである。
「謹慎は終わったのですか?」
学園の廊下の先にアルベールを見つけて、キャスリンは足早に背中を追った。
「やあ、キャスリン」
振り向いたアルベールは、元気なのは声だけで目元に薄っすら隈が見えた。
「なんだかお元気そうではないですね」
「父上と宰相にこき使われていた」
謹慎とは、大人しく部屋にいることではなかったらしい。
「まあ、仕方ないかな」
「護衛の方を置いてきたから?」
「ヘンドリックは方向音痴だからな。一人にできなかった」
「確かに」
あれほど優秀なのに、ヘンドリックは超がつく方向音痴であった。学園に入学したその日に、校内で道に迷って教師が探した話は有名である。
狐狩りの日も、白狐のあとを追っていた筈が森で彷徨うことになったのは、ヘンドリックが先頭になって護衛より前にいたからだろう。
「護衛のお方が気の毒です」
「だってよ」
アルベールがそう声をかけると、後ろの物陰からごそりと動く気配がして、護衛がすぐ側にいるのだとわかった。
「ねえ、キャスリン。来月の舞踏会、どうするの?」
「欠席致します。パートナーもおりませんし、少しの間、大人しくしていようかと」
「まあ、気持ちはわかるかな」
このところ騒動続きのキャスリンは、来月の聖夜の舞踏会を参加しないつもりでいた。
「アルベール様は出席なさるんでしょう?」
「エドワードの側にいないとね」
まだ八歳のエドワードは伴う婚約者もなく、何より彼は兄を慕っている。公の場でも、後ろにアルベールがいるだけで心強いようだった。
「私がエドワードの側に控えて見せるのは、父上にしても安心だろう」
アルベールは、ここでも脇に控えて弟を支える姿勢を見せると言っている。
「キャスリン」
気軽な声に彼を見れば、アルベールは青い瞳を細めてこちらを見ていた。この眼差しは危険である。大抵、悪戯めいたことを仕掛けるときの顔である。
「君も参加すると良いよ。ダンスなら一曲お付き合いするよ」
「駄目に決まっているじゃないですか。何のために大人しくしていたのか」
狐狩り以降、キャスリンも社交を控えていた。
兄に言われるまでもなく、アルベールとの噂が立っていたからである。
「噂を気にして?」
「ええ。貴方が派手にやらかしたから」
「後悔してるの?」
「いいえ。貴方のお陰で奇跡を目にしましたもの。一生、あの姿は忘れないわ」
木漏れ日に輝いて見えた白い毛、鳩の血より鮮やかだったルビー色の瞳。
キャスリンは、白狐との神秘な出会いを思い浮かべた。
「そう。良かった」
アルベールの声は、どこか安堵したような響きがあった。
「小さな頃から、貴方様と一緒にいて色々叱られてきたけれど、私、一度も後悔したことはなかったわ」
やんちゃだったアルベールに付き合って、王城の侍女にも侍従にも、何度叱られたことか憶えていない。最近なら、領地の森で湖まで散策して、帰りが遅くてアネットに叱られた。
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