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第十八章
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「レイモンド様、今日はどちらへ?」
「寄り合いだよ。ラグラン伯爵家で集まることになっている」
あれからロウェナは、レイモンドが出掛ける際に、誰とどこで会うとかを確かめるようになった。
「まあ。寄り合いは先週もございましたわね」
時にはこんなふうに、チクリと釘を刺すこともある。
そんなロウェナの変化に、義父母はなにも言わなかった。今も朝餉の席で、若妻が息子の予定を確かめているのを、当然のように聞いている。
これまでもレイモンドは、無断で外出することはなかった。だが、本来の用件以上に時間をかけて帰ってくることがあった。
毎回出がけには、何処其処へ行ってくると言われていたから、これまでのロウェナは帰りが多少遅くても「お疲れ様でした」としか言えずにいた。
だが先日、王城でオーランドと会ってから、彼に今だに纏わりつくようなウルスラの影に触発された。
それはまるで、目の覚めるような体験だった。長く曇っていた視界がようやく霞が晴れてクリアになった、そんな感覚だった。
レイモンドに深く惹かれるあまり、彼を愛して尊重するあまり、ロウェナが犠牲にしていたのは自分自身だった。
ロウェナがいようがいまいが、レイモンドもエイブリンもなんの影響も受けずにいた。それはロウェナが過干渉することなく、黙して耐えていたからだ。
エイブリンにあんなことを言われてまで、どうして自分は何年も我慢なんてしていたのだろう。それを美徳とすら思っていた。
正しいと信じていた自分の考え方が、大きく間違っていたように思ったのは、清々しいほどの悋気で夫を縛ったウルスラを知ったからだろう。
彼女のことは噂では知っていた。だがあまりに強烈なキャラクターから、それこそオーランドの言った物語か小説の登場人物のように思っていた。
だが彼女は確かに実在しており、死して尚、オーランドを愛している。その気配を彼の周りに感じ取って、ロウェナはすっかり目が覚めた。
とてもではないが彼女のようにはなれないだろう。けれど、当たり前に夫の不実を諌めることをしたってよいだろう。
もう十分二人は楽しんだはずだ。もし仮にレイモンドが本心からエイブリンを望むのなら、初めから彼女を婚約者として迎え入れるべきだった。
もしかして、本気で彼女を愛しているのか。
婚約者にできなかったのは、彼女の資質に原因があったのか。レイモンドの心の中はロウェナには読めないことだった。いずれにしても彼は結局、ロウェナを妻に選んだ。
『僕の一番は君だよ』
それは魔法の言葉のように、不安なロウェナを引き止めた。レイモンドの自由に飛び回る心に翻弄される度に、錨のように不安な心を思い留まらせてくれた。
レイモンドもロウェナもエイブリンも、お互い貴族の生まれを理解して、それぞれの道を選んだはずである。
レイモンドはロウェナを妻に、エイブリンは親の定めた縁談に、そしてそれは、ロウェナにしても同じことだった。
親の定めた婚約者が最愛だったことで、ロウェナは悩みの深淵に引きずり込まれてしまったのだろう。
ウルスラという強烈な存在は、夫を愛するあまり自分で自分に目隠しをしていたロウェナから、両目を覆う布を取り払うようだった。
目の前に会ったこともないウルスラがいて、「目隠しなんて取っておしまいなさい」そう言って笑っているようだった。
オーランドと散策した日のことを思い出して、ロウェナは思った。
もう遠慮なんてするものか。
ロウェナはレイモンドの妻であり、彼の子を産んで侯爵家を後世に繋いでいく。
それがロウェナの役目であり願いだった。
だからもう二人には、遠慮なんてするつもりはなかった。
今朝も寄り合いに行くと言ったレイモンドに、それほど「寄り合い」とは頻繁なものかと確かめた。
敢えて義父母のいる朝餉の席で言ったのも、それが妻として当然のことだという意味だった。領地から戻ったばかりの義父にしても、息子がいつまでもふらつくことには考えがあるだろう。
意外なことにレイモンドは、口煩くなったロウェナを疎ましく思うような素振りを見せなかった。
最初は確かに驚いたようだったが、それも二度三度と続くうちに、当たり前のように答えてくれるようになった。
まるで聞き分けの良かった妻が、行き成り嫉妬めいた束縛をするようになったことを、どこかで愉しんでいるようにも見えた。
だが今日の彼は少しばかり様子が違った。
ロウェナはその空気をすぐに察した。
エイブリンは悔し紛れの虚言を言ったのではなかっただろう。二人は今もどこかで繋がりを断たずにいる。
それを義父も義母も薄々感じているからこそ、ロウェナがレイモンドの行動に介入し始めたことを認めているのだろう。
「遅くならずに帰ってくるよ」
レイモンドは、「行かない」とは言わなかった。
寄り合いは確かにあるのかもしれないが、ロウェナはその事実を確かめようとまでは思っていなかった。
どこかで今もレイモンドを信じている。
ロウェナを一番と言った彼は、生家の侯爵家も自身の未来も大切だからこそロウェナを選んだ。
その彼が、本気でエイブリンを求めているとは思えなかった。それではなぜ彼女と切れずにいるのか、そこだけは理解のできないことだった。
エイブリンにも夫がいる。盲目な恋に流されるあまり、全てを捨てようなんて思ってはいないだろう。少なくともレイモンドは。
この世にいないウルスラから叱咤激励されるような気分だった。そして彼女を今も忘れずにいるオーランドに会えたことを良かったと思った。
だがそんなロウェナを、神は今度こそ本当に確かめようとしたのだろう。
「寄り合いだよ。ラグラン伯爵家で集まることになっている」
あれからロウェナは、レイモンドが出掛ける際に、誰とどこで会うとかを確かめるようになった。
「まあ。寄り合いは先週もございましたわね」
時にはこんなふうに、チクリと釘を刺すこともある。
そんなロウェナの変化に、義父母はなにも言わなかった。今も朝餉の席で、若妻が息子の予定を確かめているのを、当然のように聞いている。
これまでもレイモンドは、無断で外出することはなかった。だが、本来の用件以上に時間をかけて帰ってくることがあった。
毎回出がけには、何処其処へ行ってくると言われていたから、これまでのロウェナは帰りが多少遅くても「お疲れ様でした」としか言えずにいた。
だが先日、王城でオーランドと会ってから、彼に今だに纏わりつくようなウルスラの影に触発された。
それはまるで、目の覚めるような体験だった。長く曇っていた視界がようやく霞が晴れてクリアになった、そんな感覚だった。
レイモンドに深く惹かれるあまり、彼を愛して尊重するあまり、ロウェナが犠牲にしていたのは自分自身だった。
ロウェナがいようがいまいが、レイモンドもエイブリンもなんの影響も受けずにいた。それはロウェナが過干渉することなく、黙して耐えていたからだ。
エイブリンにあんなことを言われてまで、どうして自分は何年も我慢なんてしていたのだろう。それを美徳とすら思っていた。
正しいと信じていた自分の考え方が、大きく間違っていたように思ったのは、清々しいほどの悋気で夫を縛ったウルスラを知ったからだろう。
彼女のことは噂では知っていた。だがあまりに強烈なキャラクターから、それこそオーランドの言った物語か小説の登場人物のように思っていた。
だが彼女は確かに実在しており、死して尚、オーランドを愛している。その気配を彼の周りに感じ取って、ロウェナはすっかり目が覚めた。
とてもではないが彼女のようにはなれないだろう。けれど、当たり前に夫の不実を諌めることをしたってよいだろう。
もう十分二人は楽しんだはずだ。もし仮にレイモンドが本心からエイブリンを望むのなら、初めから彼女を婚約者として迎え入れるべきだった。
もしかして、本気で彼女を愛しているのか。
婚約者にできなかったのは、彼女の資質に原因があったのか。レイモンドの心の中はロウェナには読めないことだった。いずれにしても彼は結局、ロウェナを妻に選んだ。
『僕の一番は君だよ』
それは魔法の言葉のように、不安なロウェナを引き止めた。レイモンドの自由に飛び回る心に翻弄される度に、錨のように不安な心を思い留まらせてくれた。
レイモンドもロウェナもエイブリンも、お互い貴族の生まれを理解して、それぞれの道を選んだはずである。
レイモンドはロウェナを妻に、エイブリンは親の定めた縁談に、そしてそれは、ロウェナにしても同じことだった。
親の定めた婚約者が最愛だったことで、ロウェナは悩みの深淵に引きずり込まれてしまったのだろう。
ウルスラという強烈な存在は、夫を愛するあまり自分で自分に目隠しをしていたロウェナから、両目を覆う布を取り払うようだった。
目の前に会ったこともないウルスラがいて、「目隠しなんて取っておしまいなさい」そう言って笑っているようだった。
オーランドと散策した日のことを思い出して、ロウェナは思った。
もう遠慮なんてするものか。
ロウェナはレイモンドの妻であり、彼の子を産んで侯爵家を後世に繋いでいく。
それがロウェナの役目であり願いだった。
だからもう二人には、遠慮なんてするつもりはなかった。
今朝も寄り合いに行くと言ったレイモンドに、それほど「寄り合い」とは頻繁なものかと確かめた。
敢えて義父母のいる朝餉の席で言ったのも、それが妻として当然のことだという意味だった。領地から戻ったばかりの義父にしても、息子がいつまでもふらつくことには考えがあるだろう。
意外なことにレイモンドは、口煩くなったロウェナを疎ましく思うような素振りを見せなかった。
最初は確かに驚いたようだったが、それも二度三度と続くうちに、当たり前のように答えてくれるようになった。
まるで聞き分けの良かった妻が、行き成り嫉妬めいた束縛をするようになったことを、どこかで愉しんでいるようにも見えた。
だが今日の彼は少しばかり様子が違った。
ロウェナはその空気をすぐに察した。
エイブリンは悔し紛れの虚言を言ったのではなかっただろう。二人は今もどこかで繋がりを断たずにいる。
それを義父も義母も薄々感じているからこそ、ロウェナがレイモンドの行動に介入し始めたことを認めているのだろう。
「遅くならずに帰ってくるよ」
レイモンドは、「行かない」とは言わなかった。
寄り合いは確かにあるのかもしれないが、ロウェナはその事実を確かめようとまでは思っていなかった。
どこかで今もレイモンドを信じている。
ロウェナを一番と言った彼は、生家の侯爵家も自身の未来も大切だからこそロウェナを選んだ。
その彼が、本気でエイブリンを求めているとは思えなかった。それではなぜ彼女と切れずにいるのか、そこだけは理解のできないことだった。
エイブリンにも夫がいる。盲目な恋に流されるあまり、全てを捨てようなんて思ってはいないだろう。少なくともレイモンドは。
この世にいないウルスラから叱咤激励されるような気分だった。そして彼女を今も忘れずにいるオーランドに会えたことを良かったと思った。
だがそんなロウェナを、神は今度こそ本当に確かめようとしたのだろう。
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