貴方と私の愛は違うのでしょう

桃井すもも

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第二十二章

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 エイブリンが滞在していたのは、それほど長い時間ではなかった。

 いろいろ会話をしたような気がしたが、思い返せば彼女とは、それほど多く話してはいなかった。

 感情がすべて顔に出て表情豊かで、それが言葉以上に多くを語って、随分と話をしていたような気がしたのだろう。

 それからロウェナは、私室で休んでいる義母を訪ねた。
 やはり義母は寝台で横になっており、軽く入眠していたようだ。お陰で玄関ホールの騒ぎにも気がつかないでいてくれた。

 クロエが指示して、義母の侍女たちはエイブリンの来訪を義母には伝えずにいた。
 体調の思わしくないところに、あの騒ぎを聞かせたくはなかった。

 だが、報告はしなければならない。義父とレイモンドが帰宅したら、話をしない訳にはいかなかった。その前に、掻い摘んででも義母には事のあらましを伝えておかなくてはと、そう思った。

「お義母様。ロウェナです」

「まあ、ロウェナ。ああ、私、寝てしまったのね。ちょっと横になるつもりだったのに。ふふ、それでつい、うとうとしてしまったわ」

 ロウェナの訪れに、寝台から身を起こした義母は、朝よりも顔色がよくなっていた。レイモンドが似た、華やぎのある顔でロウェナに微笑んだ。

 そんな義母を、ロウェナはせめてもう少し休ませてあげたいと思った。柔らかい笑顔を曇らせたくなかった。

 だが、先にロウェナからなにかを察したのは義母のほうだった。

「どうしたの?なにかあったのかしら」

 ロウェナに微笑んでいた義母に、先ほどの出来事についてを打ち明けなければならなかった。



「それで、腹の子は確かにお前の子だと、そういうことで間違いないのだな」

 義父母とレイモンドとロウェナは、家族が寛ぐティーラウンジではなく、義父の執務室にいた。

 義母に話を終えて少ししたころ、義父とレイモンドが帰ってきた。
 丁度、午後のお茶の頃合いであったが、エドガーから報告を受けた義父は、すぐに家族を集めた。

 そこで義父が確かめたのは、エイブリンの話が事実かということだった。

「そうかもしれません。生まれてみねばわかりませんが」

 レイモンドに慌てる様子はなかった。
 隣にはロウェナが座っており、義父母と向かい合わせになっていた。

「そうかもって、なにを言っているの。もう少し分別のある息子だと思っていたわ……」

 本調子ではない義母は、いつもより勢いを失って、言葉は尻つぼみになっていた。

 義父はそんな義母を見てから、レイモンドに尋ねた。

「それで、どうするつもりだった。お前、知っていたのか?」

「いいえ、今、初めて知りました。彼女と最後に会ったのは、ひと月も前、ああ、あの時のか」

 あの時のか、と言ったレイモンドの言葉を、ロウェナは隣で聞いていた。義母は眉をしかめて、感情を抑えた声音で確かめた。

「その子供、どうするの」
「私の子なら、ここで育ててやらねば」
「本気で言っているの?相手は夫がいるのよ?どちらの子かもわからないじゃない」
「子爵と僕らは髪色が違う。まあ、瞳は彼も青いから、そこはどっちか見分けがつかないでしょうが」

 レイモンドは、エイブリンと自分とを「僕ら」と言った。学生時代からの恋人を隠すつもりは毛頭ないようだった。

 彼ならもっと、上手く立ち回ることができたのではないか。そうさせたのは、聞き分けの良かったロウェナにも原因があったのだろうか。

「子爵と話をせねばならないな」
「子爵の子かもしれないではないですか。生まれてみなければわかりませんよ」

 義父の言葉に、レイモンドはそう返した。
 まるで、領地のことを話すような口調だった。

「夫人は、もう二度とこの邸に入れさせませんよ」
「ええ、彼女は子爵の夫人ですから、それも仕方ないでしょう」
「お前、子爵がそのまま受け入れると思っているの?」

 義母はレイモンドを「お前」と呼んで詰った。
 子爵もいずれは事実を知る。今日のうちに義父は何某かの連絡をするだろう。エイブリンが自分から話すかはわからなかった。

 両家での話し合いになるのだろうか、それとも、義父が一方的に決めるのか。それくらいの力が義父にはあり、爵位の差は言うまでもないことだった。

 いっそ、市井に囲った妾であれば話は早かったのだろう。それが貴族の夫人であったから、互いの家にも関わることとなった。

「いずれにしても、子は嫡子ではないんです」

 レイモンドが言った通り、ゴドリック子爵家にはすでに先妻の忘れ形見である嫡男がいる。エイブリンの産む子が子爵の子だとしても、嫡子にはなり得ない。

 レイモンドはそこで、ロウェナを見た。頬に彼の視線を感じたが、ロウェナは前を向いたままだった。

 その姿をどう思ったのだろう。レイモンドは、いつものように語りかけてきた。

「ロウェナ。君の産む子が侯爵家を継ぐんだ」

「当たり前です!」
 そう言ったのは義母だった。

「ですが母上、彼女の子が僕の子なら、子爵家などに置いてはおけませんよ。僕の血を子爵に預けるなんて考えられない」

 レイモンドの言葉を聞く義父は、いつもの厳めしい表情のまま息子を見つめていた。

「ねえ、ロウェナ。君に頼むよ。君ならしっかり育てられる。僕の子なんだ、わかってくれるね?」

 レイモンドには、拒否も否定も考えつかないことなのだろう。生まれたときからかしずかれて、聡明だった少年は優秀だった。

「駄目」だとか「認めない」などと否定されることを知らない。美しい蝶が翅を広げて飛び回るように、自由に身勝手に狡猾に成長した。

「お迎えになればよろしいですわ。お子も、それからエイブリン様も」

 この席で、誰も彼女の名を口にしてはいなかった。ロウェナだけが、「夫人」ではなく名前で呼んだ。

「ロウェナ?」
「エイブリン様がどちらのお子をご懐妊なさったのか存じませんが、よろしいのではないでしょうか」
「ロウェナ、なにを言ってる?」

 ロウェナはそこで、ここにきて初めてレイモンドの顔を見た。婚約の日に会ってから、一日も変わらず愛しく見つめ続けた男の顔を、じっと見た。

「エイブリン様に、産んで育てていただけばよろしいでしょう。まさか、そんなことも考えず、彼女に子種を授けたの?」

「ロウェナ、彼女はそんなのではない。君が僕の妻だ、何も変わらないことだ、君が一ば」

「一番なんて要らないわ」

 ロウェナはレイモンドの言葉を遮った。胡散臭い「一番」なんていらなかった。横並びに幾つもあるような一番とは、何番目のものなのか。

 ロウェナはそこで、義父へ向き直った。

「お義父様にお頼みいたします。どうかレイモンド様との離縁をお許しくださいませ」

「ロウェナ!なにを言ってるんだ」

 レイモンドがロウェナの腕を掴んだ。力が強くて痛みを感じたが、構うことはしなかった。

「ロウェナ……」

 義母は、ロウェナになにかを言おうにも、その先を続けられずにいるようだった。

「君にだって、僕の子がいるかもしれないじゃないか」

 こんな場で、昨夜の房事を持ち出したレイモンドを、ロウェナは見据えた。その表情がどんなだったのか、レイモンドは腕を掴んでいた手を緩めた。

「私が産むなら私の子ですわ。決して羽虫には育てません。当たり前の人の子として、私が大切に育てます」

 ロウェナを魅了し惑わし続けた、麗しい蝶だったレイモンドが、途端に羽虫のように見えていた。





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