貴方と私の愛は違うのでしょう

桃井すもも

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第二十四章

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 それからのひと月を、ロウェナはレイモンドと寝室を別にして私室で過ごした。

 あの後もしばらくは、義母は消沈していた。華やぎの源を失った邸内は、漂う空気も沈むようだった。

 そんな義母に代わって、ロウェナが夫人の家政を熟した。
 呼ばれていた茶会も断って、当面の社交を控えることとなった。ウィンダム侯爵家は、今は沈黙の家となっていた。

 義父は冬が来る前に領地に赴く予定だったが、それらを全て取りやめた。
 あれから連日、レイモンドを伴って外出していた。その中には、ゴドリック子爵との話し合いもあったと思われる。

 ゴドリック子爵が侯爵家を訪れることはなかった。だが何があったかはすぐにわかった。

 エイブリンは、間もなく離縁となった。

 子爵は、後妻のエイブリンを、彼なりに尊重していたようだった。
 亡くした妻に愛情を残していた彼が再婚したのは、幼い息子のためもあっただろう。

 だが彼は、エイブリンの生家が一時的に困窮していることを承知で彼女を娶り、伯爵家への経済的な援助をした。
 そこには子爵の伯爵家に対する恩義があったという。

 子爵家は歴史の浅い新興貴族である。その彼が新たな事業を始めた際に、エイブリンの父であるオズロー伯爵が彼の顧客となった。

 爵位や家の成り立ちに拘らず、顧客となってくれた伯爵への恩があったことで、彼はエイブリンとの縁談を受け入れた。

 エイブリンは、子爵に買われたように思っただろうが、それは事実ではない。伯爵は信頼を寄せて子爵に末娘を託したのを、彼女はレイモンドとの恋愛をやめようとはしなかった。

 エイブリンの身は引き受けたが、托卵を受け入れるつもりはないと子爵は言ったという。

 腹の子が子爵とレイモンド、どちらの子かわからないことで、子爵家と伯爵家、そしてウィンダム侯爵家の三家で話し合いがなされた。

 その結果の離縁だった。
 エイブリンは子爵家から籍を抜かれて生家に戻った。出産は生家ですることとなり、生まれた子がどちらの子だとしても、伯爵家の子として育てることで三家は合意となった。

 ロウェナはそのことを、義父から直接聞かされた。

「お義父様、よろしいのですか?生まれたお子が、もしレイモンド様の子でしたら」

「構わない」

 ロウェナにはレイモンドの子を懐妊していないか確認する期間を設けた義父は、エイブリンの産む子を引き取らないと言った。

「貴族に血の存続は最も重要なことだ。私もそう思っている。だからこそだ」

 後継に恵まれず、夫が市井に儲けた庶子を迎え入れる話は少なくない。だがエイブリンは高位貴族の令嬢で、生まれる子の血筋に問題はなかった。
 そうであるのに、義父はエイブリンの子を受け入れないと言っている。

「君もレイモンドも若い。やり直しはまたできるだろう、お互いに」

 義父の言葉は曖昧で、レイモンドとの離縁を認めているのかどうか読み取ることはできなかった。


 晩秋を迎えて、薄曇りの日だった。
 遠くに雨雲らしきものが見えていた。間もなく雨が降るかと、ロウェナは窓から空を見上げた。

 ひと雨ごとに秋は深まり朝夕は冷えて、間もなく冬が来ると感じさせた。雨が降ると、エイブリンの来訪した日を思い出す。

 あの日、やりかけだった刺繍はしばらく手付かずになっていた。義母の代わりに家政に忙しくしていたし、刺しかけの秋明菊を見ると過去に引き戻されるような気がした。

 だが、やりかけというのはどうにも気になるもので、ロウェナは丁度手隙きになったこの日、刺繍を仕上げることにした。

 やる気は出たのに生憎の曇天で、あの日のように雨まで振りそうだった。
 雨雲が来るまでに終えてしまおう。そう思って、窓辺に引っ張ってきた椅子に座った。
 その時だった。

「あ」

 覚えのある感覚に、ロウェナは動きを止めた。
 座っていてもわかる湿った感触。以前であれば、その度に残念な気持ちにさせられた。

「ああ」

 自分の口から漏れ出た声は、安堵なのか寂寥なのかロウェナにもよくわからなかった。
 はっきりわかったのは、レイモンドとの人生が二つに別れたということだった。

 ロウェナはきっと、レイモンドとは離縁となる。自分で願ったことだった。今もその気持ちに変わりはなかった。レイモンドとやり直す選択は、もう心のどこを探しても見つからなかった。

 だが、あまりに長く彼へ愛を注いでいた。全身全霊を傾けた愛情は、失うことにも痛みを残した。

 レイモンドとの未来しか見ていなかったロウェナは、月の穢れが来るたびに指を折って数えていた。
 数えた指は、今日で七本目になっていた。



 玄関ホールから扉の外に出ると、思った以上に風が冷たくて驚いた。
 ここ数日は庭園にも出ていなかったから、庭木が美しい紅葉を迎えていたのも、鑑賞することができなかった。

 最後に少しだけ、庭を歩いてみようか。
 ロウェナは、戯れにそんなことを思った。

 レイモンドとは離縁となった。
 義父はエイブリンの婚家や生家との話し合いと同時に、ロウェナの生家とも話をしていた。

 そして先日、ロウェナの身にレイモンドの子が宿っていないことが確かとなって、義父は二人の離縁を認めてくれた。

 春に嫁いで、間もなく冬がやってくる。あまりに短い結婚生活だった。

 離縁した身で寄り道なんてと、ロウェナは散策を諦め馬車に向かって歩き出した。
 その時だった。

「ロウェナ」

 背後から呼び止められて、ロウェナは振り返った。別れの挨拶なら、すでに済ませていた。
 義父母は最後までロウェナを尊重してくれた。使用人はつい先ほどまで、若夫人として接してくれた。

 離縁の誓約書に署名を終えて、ロウェナはその足で侯爵家を出たのだった。

 晩秋の陽光を浴びて、愛し抜いたかつての夫が立っている。
 緩やかにうねる金の髪が、相変わらず綺麗だと思った。青い瞳だけが色を深めたようにロウェナを見ていた。

「ロウェナ……」

 レイモンドがロウェナに一歩ずつ歩み寄ってくる。歩み寄るのはいつだって、ロウェナのほうだったのに。

「君を、愛していたんだ」

 レイモンドの笑顔はどんなだったかと思い浮かべた。思い出の彼は、いつでも眩しい笑みを浮かべていた。

「私も、貴方を愛しておりました」

 その言葉に、レイモンドはぐっとなにかを噛み締めるような顔をした。ほんのひと月の間に、彼は老成したように、かつての眩しさには暗い影が滲んでいた。

「きっと貴方の愛と、私の愛とは違っていたのでしょう」

 レイモンドには彼の思う愛し方があった。だがそれは、ロウェナとは違っていた。

「ありがとうございました。レイモンド様」

 レイモンドの瞳を見つめてロウェナは言った。初めてレイモンドに会った頃の自分を胸の中に抱きしめるように、

「さようなら」

 そう言ってからレイモンドに背を向けると、馬車に向かって歩き出した。












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