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第二十五章
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「姉上、お帰り」
生家に戻ったロウェナに、ダニエルは開口一番、そう言った。
そんな彼は、レイモンドとの婚姻の日にロウェナに言っていた。
『姉上、駄目ならいつでも帰っておいでよ』
ダニエルは、学園で目にしたレイモンドとエイブリンの姿に嫌悪感を抱いていた。ロウェナのことを心配もしていたし、レイモンドの不誠実さには怒りも感じていたようだった。
それでもレイモンドを深く愛していたロウェナは彼との結婚を望んでいたし、両家もそれでよしとしていた。
もし仮に、エイブリンの懐妊騒ぎがなかったら、ロウェナは今もレイモンドの妻として侯爵家にいたのだろう。
それ以上を考えると、義母はどうしているかとか、後ろ髪を引かれそうでやめにした。
ほんの数カ月前まで令嬢だったロウェナは、もう以前のロウェナではなくなっていた。
レイモンドに愛された身体は生娘ではなかったし、両親はそんなロウェナのためにも、すぐに次の縁談を見繕うだろう。
エイブリンはゴドリック子爵の後妻になることを厭うていたようだが、一度嫁いで離縁しているロウェナには、そういった気持ちはなかった。
後妻でも、少しくらい年齢が離れていても、当たり前の貴族の夫婦として暮らせたら御の字だろう。
自分で決めて別れてしまったが、好きだった人と結婚できた。それは幸福なことだと思う。
だからもう、結婚生活に多くは望まず、与えられた空間でできるだけ自分らしくいられたらよい。
短い間ではあったが、名家である侯爵家で家政を熟していた経験は、きっと次の婚姻でも役に立つだろう。
少しの間、恐らく年内は両親もそっとしておいてくれるだろうとロウェナは考えていた。
来春にはダニエルが学園を卒業する。弟が結婚するまでには、なんとか身の振り方を決めておこうと思った。
母の家政を手伝いながら、しばらくは穏やかな日が続いた。
初雪が降り、窓から庭園の雪景色を眺めながら、侯爵邸の冬の風景を見る前に戻ってしまったなどと思う。
だが、十分すぎるほど悩み続けていたためか、後悔は一つもなかった。気持ちは思いのほかすっきりとしていたし、そんなロウェナを急かすこともしないでくれる両親に、恵まれたと思いながら過ごした。
もう月の穢れが来ても、心が沈むことはなくなった。
健康なはずなのだが、あれだけ愛されても身籠ることはなかったと、ふとした瞬間に不安になる。だがそんな感情も、日にち薬が効くように、日に日に薄らいでいった。
冬籠りのような暮らしは、ロウェナの心を確実に癒して、家族と暮らす毎日は、かつての侯爵家での暮らしを記憶のままに、過去は過去だと思わせてくれた。
朝夕の日が長くなったと思った頃に、春の兆しを感じた。
庭園に、雪を割って雪割草が顔を現した。名前通りの花だと思って近くに寄ってみれば、なぜなのか涙が零れた。
どんなに凍える冬であっても、必ず春は訪れる。花を終えて枯れてしまっても、また新たな芽吹きが訪れる。
雪割草がロウェナを励ます。冬の後には春が来る。どれほど長い夜だとしても、必ず朝は訪れ日が昇る。そんな当たり前のことを思い出して、泣けてしまった。
嫁ぐばかりが人生ではないし、再婚が無理なら新たな道を探すことも考えようかと思った矢先に、ロウェナは父から持ちかけられた。
「再婚、ですか?」
「ああ、あちらも前妻を亡くされておられる。互いに再婚となるが、悪い話ではないと思うぞ」
「はあ」
同席していた母も弟も反対しないところを見ると、父と同じ考えなのだろう。
「少しばかり歳は離れているが、まあ、もっと離れた夫婦だって珍しくはないことだし」
「受けてみないか」と言った父に、ロウェナはお相手についてを尋ねた。
ロウェナはその縁談を受け入れた。
すると両親は、そのまま話をどんどん進めて、あれよあれよという間に双方の顔合わせをすることとなった。
気がつけば、春の盛りを迎えていた。
そうだ、こんなうららかな春の日に、レイモンドに嫁いだのだと、久しぶりに彼のことを思い出した。
これから再婚するかもしれない男性と会うのに、前夫を思い出すのは不謹慎かと思ったが、レイモンドのことは、ちゃんと思い出となっていた。
「姉上、もっと明るい色にしたらよかったのに」
ダニエルが、ロウェナのドレスを見てそんなことを言った。彼はこういう細かいところによく気がつく。
「二度目のご縁なのよ。若いご令嬢と同じに考えては恥ずかしいわ」
「姉上だって、まだまだ若いじゃない。そんなことを言ったら、王太子殿下の婚約者は姉上より年上だよ」
ダニエルは、王太子の婚約者である公爵令嬢のことを持ち出してロウェナと比べた。なんと不敬なことをと思ったが、彼なりに離縁したロウェナを気遣っている。
「今度は大丈夫だよ」
「二度あることは三度あるそうよ」
「だったら三度目は、もっと幸せになるんじゃない?」
ダニエルのそんな冗談に、ロウェナは思わず笑ってしまった。
さあ、気を引き締めないと。縁談のお相手がそろそろ到着するだろう。
初めになんとご挨拶をするべきか。父の話では、あちらからロウェナとの縁を願ってくれたという。
ダニエルの言ったように、春らしい明るい色のドレスも考えなかったわけではない。だが離縁したばかりでは、再婚相手に、はしたないと思われるのも情けない。
一度修羅場をくぐったことだし、そんな自分であればと落ち着きのある濃紺のドレスにした。
落ち着きというよりも無難と言ったほうが正しい気もする。幸い、淡い乳白色の真珠の耳飾りが明るく見えていたから、それで良しとした。
いよいよ馬車が着いて、ロウェナは玄関ホールで扉が開くのを待っていた。
待ちながら、まだ挨拶をなんと言おうか迷っていた。
やはりここは無難に「ご機嫌よう」かしら。それでは、ドレスも挨拶も無難になってしまうわ。
そんなことを考えていると、扉が開かれ待ち人が中へ通された。
慌ててロウェナは背筋を伸ばして、少し澄ました顔をしてみた。
それなのに、彼はロウェナを見るやいなや言った。
「ああ、久しぶり。ロウェナ嬢」
ロウェナに真っ白な歯を見せて笑った。
「ご機嫌よう。ポートレット公爵ご令息様」
「ええ?前にも言ったろう?名前で呼んでくれと」
ツカツカツカと長い足であっという間にロウェナの前に来たオーランドは、
「宜しく、未来の奥さん」
そう言って、ロイヤルブルーの瞳を細めてロウェナを見つめた。
生家に戻ったロウェナに、ダニエルは開口一番、そう言った。
そんな彼は、レイモンドとの婚姻の日にロウェナに言っていた。
『姉上、駄目ならいつでも帰っておいでよ』
ダニエルは、学園で目にしたレイモンドとエイブリンの姿に嫌悪感を抱いていた。ロウェナのことを心配もしていたし、レイモンドの不誠実さには怒りも感じていたようだった。
それでもレイモンドを深く愛していたロウェナは彼との結婚を望んでいたし、両家もそれでよしとしていた。
もし仮に、エイブリンの懐妊騒ぎがなかったら、ロウェナは今もレイモンドの妻として侯爵家にいたのだろう。
それ以上を考えると、義母はどうしているかとか、後ろ髪を引かれそうでやめにした。
ほんの数カ月前まで令嬢だったロウェナは、もう以前のロウェナではなくなっていた。
レイモンドに愛された身体は生娘ではなかったし、両親はそんなロウェナのためにも、すぐに次の縁談を見繕うだろう。
エイブリンはゴドリック子爵の後妻になることを厭うていたようだが、一度嫁いで離縁しているロウェナには、そういった気持ちはなかった。
後妻でも、少しくらい年齢が離れていても、当たり前の貴族の夫婦として暮らせたら御の字だろう。
自分で決めて別れてしまったが、好きだった人と結婚できた。それは幸福なことだと思う。
だからもう、結婚生活に多くは望まず、与えられた空間でできるだけ自分らしくいられたらよい。
短い間ではあったが、名家である侯爵家で家政を熟していた経験は、きっと次の婚姻でも役に立つだろう。
少しの間、恐らく年内は両親もそっとしておいてくれるだろうとロウェナは考えていた。
来春にはダニエルが学園を卒業する。弟が結婚するまでには、なんとか身の振り方を決めておこうと思った。
母の家政を手伝いながら、しばらくは穏やかな日が続いた。
初雪が降り、窓から庭園の雪景色を眺めながら、侯爵邸の冬の風景を見る前に戻ってしまったなどと思う。
だが、十分すぎるほど悩み続けていたためか、後悔は一つもなかった。気持ちは思いのほかすっきりとしていたし、そんなロウェナを急かすこともしないでくれる両親に、恵まれたと思いながら過ごした。
もう月の穢れが来ても、心が沈むことはなくなった。
健康なはずなのだが、あれだけ愛されても身籠ることはなかったと、ふとした瞬間に不安になる。だがそんな感情も、日にち薬が効くように、日に日に薄らいでいった。
冬籠りのような暮らしは、ロウェナの心を確実に癒して、家族と暮らす毎日は、かつての侯爵家での暮らしを記憶のままに、過去は過去だと思わせてくれた。
朝夕の日が長くなったと思った頃に、春の兆しを感じた。
庭園に、雪を割って雪割草が顔を現した。名前通りの花だと思って近くに寄ってみれば、なぜなのか涙が零れた。
どんなに凍える冬であっても、必ず春は訪れる。花を終えて枯れてしまっても、また新たな芽吹きが訪れる。
雪割草がロウェナを励ます。冬の後には春が来る。どれほど長い夜だとしても、必ず朝は訪れ日が昇る。そんな当たり前のことを思い出して、泣けてしまった。
嫁ぐばかりが人生ではないし、再婚が無理なら新たな道を探すことも考えようかと思った矢先に、ロウェナは父から持ちかけられた。
「再婚、ですか?」
「ああ、あちらも前妻を亡くされておられる。互いに再婚となるが、悪い話ではないと思うぞ」
「はあ」
同席していた母も弟も反対しないところを見ると、父と同じ考えなのだろう。
「少しばかり歳は離れているが、まあ、もっと離れた夫婦だって珍しくはないことだし」
「受けてみないか」と言った父に、ロウェナはお相手についてを尋ねた。
ロウェナはその縁談を受け入れた。
すると両親は、そのまま話をどんどん進めて、あれよあれよという間に双方の顔合わせをすることとなった。
気がつけば、春の盛りを迎えていた。
そうだ、こんなうららかな春の日に、レイモンドに嫁いだのだと、久しぶりに彼のことを思い出した。
これから再婚するかもしれない男性と会うのに、前夫を思い出すのは不謹慎かと思ったが、レイモンドのことは、ちゃんと思い出となっていた。
「姉上、もっと明るい色にしたらよかったのに」
ダニエルが、ロウェナのドレスを見てそんなことを言った。彼はこういう細かいところによく気がつく。
「二度目のご縁なのよ。若いご令嬢と同じに考えては恥ずかしいわ」
「姉上だって、まだまだ若いじゃない。そんなことを言ったら、王太子殿下の婚約者は姉上より年上だよ」
ダニエルは、王太子の婚約者である公爵令嬢のことを持ち出してロウェナと比べた。なんと不敬なことをと思ったが、彼なりに離縁したロウェナを気遣っている。
「今度は大丈夫だよ」
「二度あることは三度あるそうよ」
「だったら三度目は、もっと幸せになるんじゃない?」
ダニエルのそんな冗談に、ロウェナは思わず笑ってしまった。
さあ、気を引き締めないと。縁談のお相手がそろそろ到着するだろう。
初めになんとご挨拶をするべきか。父の話では、あちらからロウェナとの縁を願ってくれたという。
ダニエルの言ったように、春らしい明るい色のドレスも考えなかったわけではない。だが離縁したばかりでは、再婚相手に、はしたないと思われるのも情けない。
一度修羅場をくぐったことだし、そんな自分であればと落ち着きのある濃紺のドレスにした。
落ち着きというよりも無難と言ったほうが正しい気もする。幸い、淡い乳白色の真珠の耳飾りが明るく見えていたから、それで良しとした。
いよいよ馬車が着いて、ロウェナは玄関ホールで扉が開くのを待っていた。
待ちながら、まだ挨拶をなんと言おうか迷っていた。
やはりここは無難に「ご機嫌よう」かしら。それでは、ドレスも挨拶も無難になってしまうわ。
そんなことを考えていると、扉が開かれ待ち人が中へ通された。
慌ててロウェナは背筋を伸ばして、少し澄ました顔をしてみた。
それなのに、彼はロウェナを見るやいなや言った。
「ああ、久しぶり。ロウェナ嬢」
ロウェナに真っ白な歯を見せて笑った。
「ご機嫌よう。ポートレット公爵ご令息様」
「ええ?前にも言ったろう?名前で呼んでくれと」
ツカツカツカと長い足であっという間にロウェナの前に来たオーランドは、
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そう言って、ロイヤルブルーの瞳を細めてロウェナを見つめた。
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