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第二十六章
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「準王族のお方でも、釣書なんてお出しになるのですね」
「そりゃそうだろう。経歴紹介は夫選びの需要ポイントだろう?」
花の盛りを迎えた母自慢の庭園を、二人で並んで歩く。
婚約したばかりのカップルとは、なぜ庭園を歩くのだろう。婚約後によくある恒例行事のように、オーランドと一緒に歩きながら、ロウェナはそんなことを考えた。
父の言った、妻を亡くした少し年上の男性とはオーランドだった。
彼はロウェナよりも六歳年上である。
金色の髪は襟足で短く整えているのに、前髪は中途半端に長かった。ロイヤルブルーの瞳は、彼が王家の血筋にあると教えている。
背の高いオーランドに、長い間レイモンドに馴染んでいたロウェナは、彼を見上げてその違いを感じていた。
横髪が跳ねているわ。
寝癖なのか癖毛なのか、どちらにしても公爵家の次男坊は、頓着しない気質のようだ。
だがロイヤルな血筋は、そんな彼に消し切れない品位を漂わせている。
蠱惑的な魅力を撒き散らしていた、レイモンドばかりを見つめていたロウェナだった。それでもオーランドが整った見目をしていることはわかっていた。
彼もそうわかっているのだろうが、どうやら殊更飾る気はないようだ。どこからどう見ても男やもめの姿である。
だが婚約誓約書に記した彼の署名は、わずかに右肩上がりの生真面目そうな書体だった。
「どうして、このご縁をお望みになられたのですか?」
「え?君が可愛らしかったからさ」
「……嘘つき」
適当なことを言ったオーランドに、ついついロウェナも軽口になってしまった。
初めて会った場面がエイブリンと対峙していたところで、恥ずかしい女の戦いを目撃されていた。
一度恥をかいているからか、彼が高貴な身分であるとわかりながら、気を遣わずに会話ができる。
それは、どちらかといえば慎重な質のロウェナとしては、自分でも意外に思うことだった。
「言い出せば、いろいろあるよ」
「言い出せばって、まるで文句のようですわね」
「はは、確かに」
春風がオーランドの前髪を揺らした。その長い髪をすっきりと上げたなら、綺麗な青い瞳が現れるだろう。ロウェナはその瞳を、以前にも美しいと思って見たことがある。
「可愛いと思ったのは本当だよ」
「……」
「それから、勇敢だとも思った」
「……」
「後は何かな、話しやすいし気を遣わないし、それから後はなんだ?ええっと、気丈であるし、しっかりしている」
まるでときめきのない言葉をオーランドが並べていく。あまり褒められたような気がしなかった。
「それに君は、私を恐れなかった」
呪われオーランド。彼の二つ名を知らない貴族はいないだろう。
「なにより君とは、本心から話ができる」
「本心?」
「亡くなった妻のこともそうだった」
ウルスラのことを、ロウェナは忘れてはいなかった。
侯爵家に乗り込んできたエイブリンと向き合うときにも、そばにウルスラがいてくれると想像した。
レイモンドと離縁について話すときにも、彼女が肩のあたりにいて「流されては駄目よ」と言っているような気がした。
「今度、」
「ん?」
「今度、ウルスラ様のお姿を見せてはいただけないでしょうか」
オーランドは、公爵邸とは別の邸宅に住んでいる。そこが、彼がウルスラとの結婚に際して購入したものだとロウェナは聞いていた。
邸内には、ウルスラの肖像画が飾られているだろう。オーランドはきっと、ウルスラの死後もその絵を眺めて、亡き妻を思い出していたのではないか。
二人とも再婚となる。燃えるような愛を得てからの婚姻ではない。だから互いに、前の伴侶に対しての悋気めいた感情はないと思われた。
そのことで、ロウェナはむしろ気が楽になっていた。
深すぎる愛は、時に自分自身の心を縛り、頑なにさせてしまう。レイモンドとの暮らしは確かに甘美な思い出が多かった。だが同時に、自分を時に嫌な女にさせた。
ロウェナは、自身の本来の気質がもっとさっぱりしたものだということを、オーランドと一緒にいると思い出せるのだった。
「呪われるぞ?怖くないのか?」
そんなことを本気で思っていたなら、彼は婚姻の申し込みなんてしなかっただろう。
「構いませんわ。もしかしたら、もうすでに呪われているのかもしれないし」
「君が?ウルスラに?」
「ええ、そう」
ちらりとオーランドを見てみれば、彼は面白そうにロウェナを見下ろしていた。
「三人暮らしになるつもりで、貴方様に嫁ぎます」
「ははは」
オーランドが行き成り笑い出して、後ろに付いていた侍女が驚いてしまった。彼女は初めて目にした高貴な呪われ人に、畏れ多いというように傅いていた。
「妻になってくれるんだね?」
「先ほどご署名なさったのに、今更お聞きになるのですか?」
「何度でも確かめるさ。逃がしたくはないからね」
「え?」
オーランドはそこで立ち止まった。ロウェナも釣られて歩みを止めた。
「君に惹かれたことは本当だよ」
「惹かれた?」
「可愛くて勇敢で、毅然としているし情け深い。なにより」
なにより、と言ってからオーランドはロウェナを見つめて続けた。
「とても魅力的だと思った」
甘い言葉を得意としたレイモンドに慣らされていたはずなのに、ロウェナはひと言も言えぬまま、顔が真っ赤に染まっていくのを止められなかった。
「ば、ば、馬鹿」
「え?」
こんなところで侍女もいる目の前で、このお方ときたらそんなことを言うなんて。
恥ずかしいあまり、オーランドをバカ呼ばわりしてしまった。
「ははははっ」
多分、オーランドは他者からバカなんて言われたことはなかったのだろう。そんな不敬を働くのは、ロウェナ以外は……
そう思ったところでロウェナは気づいた。
きっとウルスラは、彼に馬鹿を連発していたのではないか。
ヤキモチを焼く度に馬鹿馬鹿と言っていた。その姿が見えるような気がして、オーランドを見上げた。
「ああ、ごめん、ちょっと笑いすぎてしまった」
目尻に滲んだ涙を指で拭って、オーランドが謝った。
「オーランド様」
「なんだい?」
「ふつつか者ですけれど、よろしくお頼みいたします」
オーランドはその言葉に、「ああ」と短く返事をすると真顔になった。
「力の限り、君を幸せにする」
オーランドが、童話の凛々しいナイトに見えたのは、二度目の恋のはじまりだったのか。
「そりゃそうだろう。経歴紹介は夫選びの需要ポイントだろう?」
花の盛りを迎えた母自慢の庭園を、二人で並んで歩く。
婚約したばかりのカップルとは、なぜ庭園を歩くのだろう。婚約後によくある恒例行事のように、オーランドと一緒に歩きながら、ロウェナはそんなことを考えた。
父の言った、妻を亡くした少し年上の男性とはオーランドだった。
彼はロウェナよりも六歳年上である。
金色の髪は襟足で短く整えているのに、前髪は中途半端に長かった。ロイヤルブルーの瞳は、彼が王家の血筋にあると教えている。
背の高いオーランドに、長い間レイモンドに馴染んでいたロウェナは、彼を見上げてその違いを感じていた。
横髪が跳ねているわ。
寝癖なのか癖毛なのか、どちらにしても公爵家の次男坊は、頓着しない気質のようだ。
だがロイヤルな血筋は、そんな彼に消し切れない品位を漂わせている。
蠱惑的な魅力を撒き散らしていた、レイモンドばかりを見つめていたロウェナだった。それでもオーランドが整った見目をしていることはわかっていた。
彼もそうわかっているのだろうが、どうやら殊更飾る気はないようだ。どこからどう見ても男やもめの姿である。
だが婚約誓約書に記した彼の署名は、わずかに右肩上がりの生真面目そうな書体だった。
「どうして、このご縁をお望みになられたのですか?」
「え?君が可愛らしかったからさ」
「……嘘つき」
適当なことを言ったオーランドに、ついついロウェナも軽口になってしまった。
初めて会った場面がエイブリンと対峙していたところで、恥ずかしい女の戦いを目撃されていた。
一度恥をかいているからか、彼が高貴な身分であるとわかりながら、気を遣わずに会話ができる。
それは、どちらかといえば慎重な質のロウェナとしては、自分でも意外に思うことだった。
「言い出せば、いろいろあるよ」
「言い出せばって、まるで文句のようですわね」
「はは、確かに」
春風がオーランドの前髪を揺らした。その長い髪をすっきりと上げたなら、綺麗な青い瞳が現れるだろう。ロウェナはその瞳を、以前にも美しいと思って見たことがある。
「可愛いと思ったのは本当だよ」
「……」
「それから、勇敢だとも思った」
「……」
「後は何かな、話しやすいし気を遣わないし、それから後はなんだ?ええっと、気丈であるし、しっかりしている」
まるでときめきのない言葉をオーランドが並べていく。あまり褒められたような気がしなかった。
「それに君は、私を恐れなかった」
呪われオーランド。彼の二つ名を知らない貴族はいないだろう。
「なにより君とは、本心から話ができる」
「本心?」
「亡くなった妻のこともそうだった」
ウルスラのことを、ロウェナは忘れてはいなかった。
侯爵家に乗り込んできたエイブリンと向き合うときにも、そばにウルスラがいてくれると想像した。
レイモンドと離縁について話すときにも、彼女が肩のあたりにいて「流されては駄目よ」と言っているような気がした。
「今度、」
「ん?」
「今度、ウルスラ様のお姿を見せてはいただけないでしょうか」
オーランドは、公爵邸とは別の邸宅に住んでいる。そこが、彼がウルスラとの結婚に際して購入したものだとロウェナは聞いていた。
邸内には、ウルスラの肖像画が飾られているだろう。オーランドはきっと、ウルスラの死後もその絵を眺めて、亡き妻を思い出していたのではないか。
二人とも再婚となる。燃えるような愛を得てからの婚姻ではない。だから互いに、前の伴侶に対しての悋気めいた感情はないと思われた。
そのことで、ロウェナはむしろ気が楽になっていた。
深すぎる愛は、時に自分自身の心を縛り、頑なにさせてしまう。レイモンドとの暮らしは確かに甘美な思い出が多かった。だが同時に、自分を時に嫌な女にさせた。
ロウェナは、自身の本来の気質がもっとさっぱりしたものだということを、オーランドと一緒にいると思い出せるのだった。
「呪われるぞ?怖くないのか?」
そんなことを本気で思っていたなら、彼は婚姻の申し込みなんてしなかっただろう。
「構いませんわ。もしかしたら、もうすでに呪われているのかもしれないし」
「君が?ウルスラに?」
「ええ、そう」
ちらりとオーランドを見てみれば、彼は面白そうにロウェナを見下ろしていた。
「三人暮らしになるつもりで、貴方様に嫁ぎます」
「ははは」
オーランドが行き成り笑い出して、後ろに付いていた侍女が驚いてしまった。彼女は初めて目にした高貴な呪われ人に、畏れ多いというように傅いていた。
「妻になってくれるんだね?」
「先ほどご署名なさったのに、今更お聞きになるのですか?」
「何度でも確かめるさ。逃がしたくはないからね」
「え?」
オーランドはそこで立ち止まった。ロウェナも釣られて歩みを止めた。
「君に惹かれたことは本当だよ」
「惹かれた?」
「可愛くて勇敢で、毅然としているし情け深い。なにより」
なにより、と言ってからオーランドはロウェナを見つめて続けた。
「とても魅力的だと思った」
甘い言葉を得意としたレイモンドに慣らされていたはずなのに、ロウェナはひと言も言えぬまま、顔が真っ赤に染まっていくのを止められなかった。
「ば、ば、馬鹿」
「え?」
こんなところで侍女もいる目の前で、このお方ときたらそんなことを言うなんて。
恥ずかしいあまり、オーランドをバカ呼ばわりしてしまった。
「ははははっ」
多分、オーランドは他者からバカなんて言われたことはなかったのだろう。そんな不敬を働くのは、ロウェナ以外は……
そう思ったところでロウェナは気づいた。
きっとウルスラは、彼に馬鹿を連発していたのではないか。
ヤキモチを焼く度に馬鹿馬鹿と言っていた。その姿が見えるような気がして、オーランドを見上げた。
「ああ、ごめん、ちょっと笑いすぎてしまった」
目尻に滲んだ涙を指で拭って、オーランドが謝った。
「オーランド様」
「なんだい?」
「ふつつか者ですけれど、よろしくお頼みいたします」
オーランドはその言葉に、「ああ」と短く返事をすると真顔になった。
「力の限り、君を幸せにする」
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