貴方と私の愛は違うのでしょう

桃井すもも

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第二十七章

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 玄関ホールから、二階に上がる大階段が延びていた。
 貴族の邸宅は大体が同じような造りをしている。だが、この邸が洒落ているのは、大階段を上ると、そこがちょっとしたギャラリーになっていることだろう。

 邸宅は、何処かの貴族が手放したものをオーランドが買い取って修築したものだった。築年数はそこそこ経ており、良くも悪くも古臭い華やかさがある。

 だがそこは、無骨なほどシンプルな家具で揃えられていた。それが時代遅れに華美な邸内に落ち着きを持たせて、不思議なほど馴染んでいる。

 意外なことに、文官が使うようなそれらの家具は、ウルスラが整えたものだという。

 ロウェナが嫁ぐことになって、オーランドは好きな家具に入れ替えてよいと言ってくれた。だがロウェナはその必要を感じなかった。

 邸内に漂うかつての住人たちの気配、そこには微かにウルスラのものも感じられた。
 苛烈で勝ち気で、夫に近づく女性を呪って蹴散らす、なのに家具は無骨好み。そんな彼女の気配だった。

 そういえば、レイモンドの侯爵邸にも似たような古い時代の空気があった。華やかな侯爵夫人がそれらを明るく和らげて、彼女好みの空間になっていたと思い出す。嫁いだばかりのロウェナは、そこはあまりに気にならなかった。



「ウルスラ様、初めまして。私、とうとうここに参りましたの」

 ウルスラの肖像画の前に立ち、そう言ってロウェナは挨拶をした。

 階段を上がった小スペースには、ローテーブルと小さなソファが置かれている。
 そして壁にはウルスラの肖像画が飾られていた。横にはひと回り大きめのオーランドの肖像画がある。二幅は対のように並んでおり、オーランドだけ大きいのは、ウルスラがそう望んで描かせたからなのだという。

 何処もかしこも前妻の息遣いが残っており、こんな邸宅に足を踏み入れたなら、流石に普通はよい気持ちにならないだろう。

 横髪の癖っ毛も気にしないオーランドでさえ、そこは気にかけて、家財道具の入れ替えを提案したほどだった。

「気になるなら、別の場所に移そうか?」

 ウルスラの肖像画も、オーランドは別の部屋に移すと言った。邸内には、今もまだウルスラの部屋が残されていた。流石に夫人の部屋は別に新しく整えて、ロウェナの荷物はすでに運び込まれている。

「いいえ、このままで良いわ」
「では、君の肖像画を描かせるよ。ここに飾ろう」
「まあ。それでは旦那様は両手に花ね」

 向かって左にウルスラが、右側にオーランドの肖像画が飾られており、彼の隣にロウェナの肖像画を飾ったら、オーランドは真ん中になってしまう。

「ふふ、それも良いかも」
「君は変わってるね?普通は気になるものじゃないか?」
「それではきっと、私は普通ではないのですわ」

 そう言って、ロウェナはウルスラの肖像画を見上げた。

 思った通りの女性だった。鮮やかな金色の巻き髪に濃く青い瞳。巻き髪のウェーブがキツくて、くるくる螺旋に見えている。
 大きな瞳は吊り目がちで、まるでこちらを牽制するように、絵の中のウルスラは凄むような眼差しを向けていた。

 これでは絵師も大変だったろう。彼女に見すくめられて何時間も描き続ける精神力とは、いかほどのものだったろう。

 苛烈な気性であったウルスラは、ロウェナからはどこかあどけなさを残して見えた。真っ直ぐで不器用で一本気で。命懸けで夫を愛し抜いた前妻の姿に、ロウェナは見入った。

「そろそろ、私のほうを見てはくれないか?」

 ロウェナはその言葉に、隣に並ぶオーランドの肖像画に視線を移した。

「そうではなくて、実物だよ」

 その言葉と同時に、後ろから腰を持ち上げられた。

「な、なにをなさるの!?」
「絵ばっかり見ている妻を、いつまでもこんな所に置いてはおけないな」
「貴方様、よくもウルスラ様の絵の前でそんなことを……」
「関係ないよ」

 オーランドはとうとうロウェナを抱きかかえてしまった。それからウルスラの肖像画を見つめて言った。

「彼女は、ちゃんとわかってくれるさ」

 そう言って、ロウェナを抱き上げたまま、左に延びる廊下へ向かって歩き出した。そこは夫妻の寝室がある。

「みんな見てるわ、恥ずかしい」
「そんなの今更だろう?今夜は初夜だぞ?」

 侍女たちが控えている目の前で、オーランドはそう言った。

 今日は二人の婚礼の日だった。二人とも二度目の婚姻式で、小さく執り行おうと言ったのに、従兄弟の王太子殿下まで招かれていた。小さい式では済まなかった。

 直系尊属の王国で、オーランドには公爵家から継ぐ爵位はなかった。だが彼には、母方の祖父から譲られる爵位がある。

 オーランドの母である公爵夫人は一人娘で、本来なら家を継ぐ嫡子であった。だが彼女は公爵との恋愛を貫いて、第二子に生家の爵位を継がせることで婚姻を許されている。

 次男坊のオーランドは、母方の祖父であるノートン伯爵の後継者であった。祖父が存命であることから、まだ爵位を継いでいない。

「呪われ人だなんて呼ばれてるのに、その上、名ばかり伯爵だなんて面倒なだけだよな」

 宮廷貴族の祖父には治める領地はなく、本人も宮仕えの年金暮らしと自身のことを言っている。
 どうやらオーランドの飄々としたところは、この母方の祖父に似たのではないかとロウェナは思っている。

 思いのほか盛大になってしまった二度目の婚姻式を無事に終えて、ロウェナはオーランドの妻になった。
 彼がウルスラと暮らした邸宅に足を踏み入れたのは、この日が初めてのことだった。

 何度か誘われていたのだが、多忙なオーランドの日程が合わず、結局、当日になってしまった。

 荷物だけは先に運んで、ロウェナの私室はすでに整えられている。オーランドの私室を挟んだ向こう側には、ウルスラが使っていた部屋が残されている。


 オーランドとの出会いは偶然だった。だが、あの舞踏会の夜に彼と出会っていなかったら、自分は今頃どうしていたのだろう。

 エイブリンと向き合えたのも、レイモンドとの別れを決意したのも、全てはオーランドから繋がったウルスラの影響があった。

 オーランドに対しては、日に日に温かな情が増しており、それはもはや恋心といってもよいだろう。
 オーランドのことを好きになった。日に日に好きが増していく。だから、もうすぐ深く愛してしまうとわかっている。

 婚姻式でオーランドがウェディングベールを上げたときに、今日ばかりはすっきりと前髪を整えた彼の瞳にロウェナが映った。
 オーランドの瞳は本当に綺麗で、そこに映った自分が澄んだ泉にいるようだった。

 オーランドがロウェナにそっと近づいて、少し長めのキスをした。その時に、ロウェナは風の音を耳にした。
 教会の中にいたのに、ふわりと耳を掠めた風から、ロウェナは聞いたような気がしたのである。

 誰にも渡しちゃ駄目よ。

 それはきっと、ヤキモチ焼きの前妻が、ロウェナとだったら已む無しかと、諦めた末の声だったと、そうロウェナは思うことにした。


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