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第二十八章
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夫に伴われて参加した舞踏会で、ロウェナは懐かしい姿を目にした。
人波の隙間から、緩い巻毛の後ろ姿が見えた。
何年も愛しく見つめた姿だったから、記憶は薄らいでも消えることはなかった。
あれはレイモンドに間違いない。どうやら彼は、社交シーズンに合わせて、領地から王都に戻ってきたようだった。
「どうしたんだ?」
一方向を見ていたロウェナに、オーランドが尋ねた。
「ええ、ごめんなさい。前の夫が見えたから」
再婚同士のよいところは、こんなふうに以前の結婚についてを隠さずに語れることだろう。
ロウェナの夫だったレイモンドは、魅惑的な色香のある青年貴族として知られていた。オーランドにしても、前妻の武勇伝なら枚挙にいとまがない。
「へえ」
見たままを言ったロウェナに、オーランドは短い返事をしただけだった。
王家主催の舞踏会には、王国の貴族たちが集結するから、こんな再会もあって当然だった。
「挨拶しなくてよいのか?」
オーランドにしては珍しく、それはどこか皮肉を含んだ言葉だった。
「しません」
「ふうん」
六つ年上の夫が、無頓着に見えて実は繊細な質であることは、再婚してからすぐに気がついた。
そんな彼は、散々前妻の悋気に悩まされていた筈なのに、意外な独占欲を見せることがある。
ロウェナは特別美しいというわけではない。貴族らしく整ってはいるが、貴族とは大抵が整った姿をしている。
だがロウェナの場合は、少しばかり肉感的な身体が人目を引いてしまう。
豊かな胸はドレス選びに気を使うし、胸が豊満である割に腰が細い。子供を産んでから張り出した尻は肉付きがよくなった。それが密かな淫らさを漂わせている。
澄まして見せる顔立ちに、欲をそそる肢体のアンバランス。それを夫であるオーランドが、気がつかないはずはない。
初めから気は合っていたが、二人の夫婦仲は良かった。
淡白なのは見かけだけで、オーランドはロウェナを熱く甘く愛してくれた。ロウェナの愛なら前例ありの筋金入りだった。そんな二人には、多くの子が授かった。
結婚してから十年のうちに、四人の子宝に恵まれた。全員が年子であるのも睦まじさの表れだろう。
オーランドは、宰相の事務官から今現在は補佐官となっている。次の宰相は彼と目されており、それは国王となった従兄弟の望むところでもあった。
ますます多忙となった夫には、前の婚姻での悔いがある。
もっとそばにいてやればよかった。
そうならば、彼女の短い人生は、もう少し穏やかなものになったのかもしれない。ウルスラの早すぎる死に、夫はそんな内心を吐露したことがある。
ロウェナの懐妊を喜ぶあまり涙ぐんだ夫は、それから妻を毎年懐妊させるくらいには、いろいろ欲深い夫と言えるだろう。
男児を筆頭に女児・男児・女児と代わるがわる子を産んだロウェナのことを、オーランドは産み分け上手と言って、王太子時代の従兄弟に自慢をしている。
妃との間に王女ばかり続いて生まれていた夫の従兄弟から、「ご教授願いたいことがある」とロウェナが参内を乞われたことは、今はすっかり笑い話になっている。
「さあ、面倒臭いことは終わったから、帰ろうか」
一頻り貴族たちとの挨拶を終えたオーランドが、まだ宴も酣のうちに帰ると言い出した。
次期宰相と噂されるオーランドに交流を求める貴族は多い。かつて『呪われオーランド』と言った口で、これからの縁を願う。全く勝手なことだと呆れてしまう。
そんな貴族たちに囲まれることを、オーランドは心底面倒に思うようだった。
本当なら、今も宰相のそばにいるべきところを、「私は妻と参加してるんだ」と言って阿るつもりもないらしい。
ロウェナと再婚したことで、オーランドの呪い伝説は払拭された。
ロウェナは前妻に呪い殺されることはなかったし、再婚の翌年からころころ四人の子を立て続けに産んでいた。
オーランドも、それまで頓着しなかった身だしなみも整って、元来の美丈夫が蘇った。
互いに死別や離縁という疵がある。物事は、少し欠けていたほうが丸く収まるものだなどと何処かの誰かが言い出して、二人は不運を乗り越えたおしどり夫婦なんて呼ばれている。
レイモンドの噂を聞くことは、ここ何年もなかった。自分の家庭を守ることに心を傾けていたから、思い出すことがほとんどなかった。
ただ、侯爵家を出た季節と同じ晩秋が巡ってくると、あの色づいた葉が落ちる侯爵家の庭園とともに最後に見たレイモンドが思い出された。
微かに感じた胸の痛みも、年月を経るごとに薄らいで、今年の秋には、とうとう一度も思い出すことはなかった。
だから、先ほど見かけた後ろ姿に、懐かしい記憶が蘇った。
帰ると言った夫に腰を抱き寄せられて、ロウェナは会場を出口に向かって歩いていた。
途中で夫が度々声をかけられて、挨拶しながら出口に向かう。
明け放たれた扉が近づいてきた。ようやく会場から出られると思ったところで、再び後ろから声をかけられた。
だがそれは、オーランドを呼ぶものではなかった。
「ロウェナ……」
懐かしい声に、ロウェナは立ち止まった。オーランドがそんなロウェナを見下ろした。
「ロウェナ」
再び呼ぶその声は先ほどよりも近くなって、思わず振り向いてしまった。
十年ぶりに間近で会った。前夫のレイモンドがこちらに歩いてくる。
人々の間を掻き分けるようにして、レイモンドがロウェナの前に辿り着いた。
「失礼しました、ノートン伯爵。少しだけ会話をお許しいただけますか」
レイモンドは初めにオーランドに挨拶をした。彼は、夫が先ごろ爵位を継いでノートン伯爵となっていたことを知っているようだった。
そんな彼は今も爵位は継承しておらず、変わらずウィンダム侯爵家の令息の身である。
「ああ、構わないよ」
オーランドは、レイモンドにそう答えたが、ロウェナを抱き寄せた腕を離すことはしなかった。むしろ更に引き寄せて、妻に声をかけた前夫にわかりやすく牽制した。
人波の隙間から、緩い巻毛の後ろ姿が見えた。
何年も愛しく見つめた姿だったから、記憶は薄らいでも消えることはなかった。
あれはレイモンドに間違いない。どうやら彼は、社交シーズンに合わせて、領地から王都に戻ってきたようだった。
「どうしたんだ?」
一方向を見ていたロウェナに、オーランドが尋ねた。
「ええ、ごめんなさい。前の夫が見えたから」
再婚同士のよいところは、こんなふうに以前の結婚についてを隠さずに語れることだろう。
ロウェナの夫だったレイモンドは、魅惑的な色香のある青年貴族として知られていた。オーランドにしても、前妻の武勇伝なら枚挙にいとまがない。
「へえ」
見たままを言ったロウェナに、オーランドは短い返事をしただけだった。
王家主催の舞踏会には、王国の貴族たちが集結するから、こんな再会もあって当然だった。
「挨拶しなくてよいのか?」
オーランドにしては珍しく、それはどこか皮肉を含んだ言葉だった。
「しません」
「ふうん」
六つ年上の夫が、無頓着に見えて実は繊細な質であることは、再婚してからすぐに気がついた。
そんな彼は、散々前妻の悋気に悩まされていた筈なのに、意外な独占欲を見せることがある。
ロウェナは特別美しいというわけではない。貴族らしく整ってはいるが、貴族とは大抵が整った姿をしている。
だがロウェナの場合は、少しばかり肉感的な身体が人目を引いてしまう。
豊かな胸はドレス選びに気を使うし、胸が豊満である割に腰が細い。子供を産んでから張り出した尻は肉付きがよくなった。それが密かな淫らさを漂わせている。
澄まして見せる顔立ちに、欲をそそる肢体のアンバランス。それを夫であるオーランドが、気がつかないはずはない。
初めから気は合っていたが、二人の夫婦仲は良かった。
淡白なのは見かけだけで、オーランドはロウェナを熱く甘く愛してくれた。ロウェナの愛なら前例ありの筋金入りだった。そんな二人には、多くの子が授かった。
結婚してから十年のうちに、四人の子宝に恵まれた。全員が年子であるのも睦まじさの表れだろう。
オーランドは、宰相の事務官から今現在は補佐官となっている。次の宰相は彼と目されており、それは国王となった従兄弟の望むところでもあった。
ますます多忙となった夫には、前の婚姻での悔いがある。
もっとそばにいてやればよかった。
そうならば、彼女の短い人生は、もう少し穏やかなものになったのかもしれない。ウルスラの早すぎる死に、夫はそんな内心を吐露したことがある。
ロウェナの懐妊を喜ぶあまり涙ぐんだ夫は、それから妻を毎年懐妊させるくらいには、いろいろ欲深い夫と言えるだろう。
男児を筆頭に女児・男児・女児と代わるがわる子を産んだロウェナのことを、オーランドは産み分け上手と言って、王太子時代の従兄弟に自慢をしている。
妃との間に王女ばかり続いて生まれていた夫の従兄弟から、「ご教授願いたいことがある」とロウェナが参内を乞われたことは、今はすっかり笑い話になっている。
「さあ、面倒臭いことは終わったから、帰ろうか」
一頻り貴族たちとの挨拶を終えたオーランドが、まだ宴も酣のうちに帰ると言い出した。
次期宰相と噂されるオーランドに交流を求める貴族は多い。かつて『呪われオーランド』と言った口で、これからの縁を願う。全く勝手なことだと呆れてしまう。
そんな貴族たちに囲まれることを、オーランドは心底面倒に思うようだった。
本当なら、今も宰相のそばにいるべきところを、「私は妻と参加してるんだ」と言って阿るつもりもないらしい。
ロウェナと再婚したことで、オーランドの呪い伝説は払拭された。
ロウェナは前妻に呪い殺されることはなかったし、再婚の翌年からころころ四人の子を立て続けに産んでいた。
オーランドも、それまで頓着しなかった身だしなみも整って、元来の美丈夫が蘇った。
互いに死別や離縁という疵がある。物事は、少し欠けていたほうが丸く収まるものだなどと何処かの誰かが言い出して、二人は不運を乗り越えたおしどり夫婦なんて呼ばれている。
レイモンドの噂を聞くことは、ここ何年もなかった。自分の家庭を守ることに心を傾けていたから、思い出すことがほとんどなかった。
ただ、侯爵家を出た季節と同じ晩秋が巡ってくると、あの色づいた葉が落ちる侯爵家の庭園とともに最後に見たレイモンドが思い出された。
微かに感じた胸の痛みも、年月を経るごとに薄らいで、今年の秋には、とうとう一度も思い出すことはなかった。
だから、先ほど見かけた後ろ姿に、懐かしい記憶が蘇った。
帰ると言った夫に腰を抱き寄せられて、ロウェナは会場を出口に向かって歩いていた。
途中で夫が度々声をかけられて、挨拶しながら出口に向かう。
明け放たれた扉が近づいてきた。ようやく会場から出られると思ったところで、再び後ろから声をかけられた。
だがそれは、オーランドを呼ぶものではなかった。
「ロウェナ……」
懐かしい声に、ロウェナは立ち止まった。オーランドがそんなロウェナを見下ろした。
「ロウェナ」
再び呼ぶその声は先ほどよりも近くなって、思わず振り向いてしまった。
十年ぶりに間近で会った。前夫のレイモンドがこちらに歩いてくる。
人々の間を掻き分けるようにして、レイモンドがロウェナの前に辿り着いた。
「失礼しました、ノートン伯爵。少しだけ会話をお許しいただけますか」
レイモンドは初めにオーランドに挨拶をした。彼は、夫が先ごろ爵位を継いでノートン伯爵となっていたことを知っているようだった。
そんな彼は今も爵位は継承しておらず、変わらずウィンダム侯爵家の令息の身である。
「ああ、構わないよ」
オーランドは、レイモンドにそう答えたが、ロウェナを抱き寄せた腕を離すことはしなかった。むしろ更に引き寄せて、妻に声をかけた前夫にわかりやすく牽制した。
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