30 / 42
第三十章
しおりを挟む
艶のある金色の髪は緩くうねって、それが父に似たのか母似であるのか、ジュリアンはわからない。
ただ、母はエメラルド色の瞳をしており、自分の青く澄んだ瞳の色は父譲りなのだと思っている。
だが、ジュリアンは実父に会ったことはない。それは彼が、母の不貞の末に生まれた子であるからだ。
ジュリアン・ダグラス・オズロー。
彼は、オズロー伯爵家の子息である。
母の世代の貴族なら、ジュリアンの顔を一目見れば何か思い当たるだろう。
母に言わせれば、ジュリアンは実父の生き写しであるというから。
ジュリアンが名乗っているのは、母の生家の名である。
不貞の末に子を孕み、夫から離縁されて生家に戻った母は、その翌年にジュリアンを産んだ。
貴族の血を引きながら、生まれながらに私生児であるジュリアンを、母の兄が養子に迎えてくれた。
義父となった伯父は、当時はすでに結婚しており、男児にも恵まれていた。
それでも子を持つ親として、妹が離縁の末に産み落とした子を憐れに思ったのだろう。
伯爵家の末娘である母に、家族は今も変わらず甘い。
だがもしかしたら、伯父はジュリアンに流れる父方の血に、貴族らしい価値を見いだしていたのかもしれない。
ジュリアンは、ウィンダム侯爵の若かりし頃の落とし胤である。母の夫だったゴドリック子爵とは似ても似つかない顔立ちだというから間違いないだろう。
というよりも、ジュリアンはあまりにウィンダム侯爵に似すぎていた。母は今も尚、かつての恋人を忘れられずに、成長するに従ってジュリアンと侯爵を重ねていた。
「レイモンド様」
母はジュリアンを見つめて、度々そう呼ぶ。
「やめてください、僕はジュリアンです」
十八歳となったジュリアンは、かつての実父にますます似てきたようで、母はわかっているのか、ジュリアンの名を言い間違える。
物心がついた頃から、ジュリアンの両親は伯父夫妻だった。産んだだけで、あとは家族任せのエイブリンは、同じ屋敷に住む叔母と思って育った。
彼女のことを、「母」とは一度も呼んだことはない。母もまた、ジュリアンを「息子」と思っていないのではないか。
幼い頃もジュリアンに、母は不思議な眼差し向けていた。そして時折、心が不安定になるらしく、そんな時にはジュリアンを抱き寄せた。
義母となった伯母からも、ジュリアンは大切に育ててもらった。彼女とは血の繋がりはなかったが、義妹であるエイブリンの子を、醜聞ごと引き受けてくれた。
その義母から向けられる愛情と実母の愛は、どこか違うようだった。
母を嫌いなわけではないのに、言いようのない嫌悪を抱いた。
伯爵家の屋敷の中で、母だけがいつまでも令嬢のような気持ちで生きている。
伯父夫妻が家を継いだ今はもう、母は令嬢などではない。戸籍の身分は平民であり、伯父の庇護のもとに社交も仕事も何もせず、ただ家に居て生きている。
そんな母も、令嬢の頃は華やかな見目をしていたらしい。今は伯母よりも年上に見えるのは、社交界から遠のいて久しいからか。
身分を言うなら、ジュリアンも同じことだった。
伯父夫妻の養子になったからと言って、彼には譲られる爵位はない。
だからジュリアンは、幼い頃から勤勉に学んだ。
「ジュリアン。よく学ぶんだぞ。お前の血には、高貴と愚かしさの両方が入り混じっている。だが、生まれ持った質も生き方で変わるものだ」
祖父はよくそんなことを言った。
母を娶り経済的な支援をしてくれた夫を裏切り、道ならぬ関係を清算できなかった母にも、貴族の血が流れている。
実父に至っては、建国の祖から続く旧家の生まれである。だがその彼は……
ジュリアンは、文官になることを目指している。譲られる爵位も領地もないのだし、自分で身を立てて生きていかなければならない。
小柄であるジュリアンは、騎士には向かない。
だが、勉学は好きであるし得意でもあった。
商会を興すほどの経験はないし、商売には然程興味もなかった。
伯父は領地の代官にならないかと言ってくれたが、それでは今の代官から仕事を奪うことになる。
もう誰からも、何も奪いたくはなかった。
自分の存在が、誰かを傷つけ大切なものを奪ってしまった。
生きていることは、ジュリアンにとっては、どこか償いのようなものだった。
自身の出生については祖父から全てを聞かされていた。誰の迷惑にもならず、生きていかなければならない。そう思ったのは、随分幼い頃である。
文官なら王城に宿舎があるし、そうなればこの屋敷から出ていける。ものを考えることも読み書きも性に合っているし、なによりしがらみがない。
社交界に出なくてもいい。貴族家出身の平民として、これから長く続く人生を独りで生きていこう。
悲壮なものを抱いていたわけではなかった。ただ、そのほうが生きやすく思えた。
そんなジュリアンは、人生とはままならないものだと知ることになる。
貴族の子女が通う貴族学園に、ジュリアンも通っていた。学園には、かつての母の不祥事を知る者は確かにいた。
だが、ジュリアンは伯爵家の子息として養育されて、しかも彼が侯爵家の血縁であることは明らかだった。
なにより、実父譲りの蠱惑的な見目は、不思議と人心を掴んでしまう。そんなジュリアンは、本人が望まずにいるのに、天性の人誑しであった。
だからこんなふうに、不思議な縁ができてしまう。
ただ、母はエメラルド色の瞳をしており、自分の青く澄んだ瞳の色は父譲りなのだと思っている。
だが、ジュリアンは実父に会ったことはない。それは彼が、母の不貞の末に生まれた子であるからだ。
ジュリアン・ダグラス・オズロー。
彼は、オズロー伯爵家の子息である。
母の世代の貴族なら、ジュリアンの顔を一目見れば何か思い当たるだろう。
母に言わせれば、ジュリアンは実父の生き写しであるというから。
ジュリアンが名乗っているのは、母の生家の名である。
不貞の末に子を孕み、夫から離縁されて生家に戻った母は、その翌年にジュリアンを産んだ。
貴族の血を引きながら、生まれながらに私生児であるジュリアンを、母の兄が養子に迎えてくれた。
義父となった伯父は、当時はすでに結婚しており、男児にも恵まれていた。
それでも子を持つ親として、妹が離縁の末に産み落とした子を憐れに思ったのだろう。
伯爵家の末娘である母に、家族は今も変わらず甘い。
だがもしかしたら、伯父はジュリアンに流れる父方の血に、貴族らしい価値を見いだしていたのかもしれない。
ジュリアンは、ウィンダム侯爵の若かりし頃の落とし胤である。母の夫だったゴドリック子爵とは似ても似つかない顔立ちだというから間違いないだろう。
というよりも、ジュリアンはあまりにウィンダム侯爵に似すぎていた。母は今も尚、かつての恋人を忘れられずに、成長するに従ってジュリアンと侯爵を重ねていた。
「レイモンド様」
母はジュリアンを見つめて、度々そう呼ぶ。
「やめてください、僕はジュリアンです」
十八歳となったジュリアンは、かつての実父にますます似てきたようで、母はわかっているのか、ジュリアンの名を言い間違える。
物心がついた頃から、ジュリアンの両親は伯父夫妻だった。産んだだけで、あとは家族任せのエイブリンは、同じ屋敷に住む叔母と思って育った。
彼女のことを、「母」とは一度も呼んだことはない。母もまた、ジュリアンを「息子」と思っていないのではないか。
幼い頃もジュリアンに、母は不思議な眼差し向けていた。そして時折、心が不安定になるらしく、そんな時にはジュリアンを抱き寄せた。
義母となった伯母からも、ジュリアンは大切に育ててもらった。彼女とは血の繋がりはなかったが、義妹であるエイブリンの子を、醜聞ごと引き受けてくれた。
その義母から向けられる愛情と実母の愛は、どこか違うようだった。
母を嫌いなわけではないのに、言いようのない嫌悪を抱いた。
伯爵家の屋敷の中で、母だけがいつまでも令嬢のような気持ちで生きている。
伯父夫妻が家を継いだ今はもう、母は令嬢などではない。戸籍の身分は平民であり、伯父の庇護のもとに社交も仕事も何もせず、ただ家に居て生きている。
そんな母も、令嬢の頃は華やかな見目をしていたらしい。今は伯母よりも年上に見えるのは、社交界から遠のいて久しいからか。
身分を言うなら、ジュリアンも同じことだった。
伯父夫妻の養子になったからと言って、彼には譲られる爵位はない。
だからジュリアンは、幼い頃から勤勉に学んだ。
「ジュリアン。よく学ぶんだぞ。お前の血には、高貴と愚かしさの両方が入り混じっている。だが、生まれ持った質も生き方で変わるものだ」
祖父はよくそんなことを言った。
母を娶り経済的な支援をしてくれた夫を裏切り、道ならぬ関係を清算できなかった母にも、貴族の血が流れている。
実父に至っては、建国の祖から続く旧家の生まれである。だがその彼は……
ジュリアンは、文官になることを目指している。譲られる爵位も領地もないのだし、自分で身を立てて生きていかなければならない。
小柄であるジュリアンは、騎士には向かない。
だが、勉学は好きであるし得意でもあった。
商会を興すほどの経験はないし、商売には然程興味もなかった。
伯父は領地の代官にならないかと言ってくれたが、それでは今の代官から仕事を奪うことになる。
もう誰からも、何も奪いたくはなかった。
自分の存在が、誰かを傷つけ大切なものを奪ってしまった。
生きていることは、ジュリアンにとっては、どこか償いのようなものだった。
自身の出生については祖父から全てを聞かされていた。誰の迷惑にもならず、生きていかなければならない。そう思ったのは、随分幼い頃である。
文官なら王城に宿舎があるし、そうなればこの屋敷から出ていける。ものを考えることも読み書きも性に合っているし、なによりしがらみがない。
社交界に出なくてもいい。貴族家出身の平民として、これから長く続く人生を独りで生きていこう。
悲壮なものを抱いていたわけではなかった。ただ、そのほうが生きやすく思えた。
そんなジュリアンは、人生とはままならないものだと知ることになる。
貴族の子女が通う貴族学園に、ジュリアンも通っていた。学園には、かつての母の不祥事を知る者は確かにいた。
だが、ジュリアンは伯爵家の子息として養育されて、しかも彼が侯爵家の血縁であることは明らかだった。
なにより、実父譲りの蠱惑的な見目は、不思議と人心を掴んでしまう。そんなジュリアンは、本人が望まずにいるのに、天性の人誑しであった。
だからこんなふうに、不思議な縁ができてしまう。
4,333
あなたにおすすめの小説
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
ガネット・フォルンは愛されたい
アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。
子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。
元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。
それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。
私も誰かに一途に愛されたかった。
❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。
❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚
きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」
新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。
それもそのはず。
2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。
でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。
美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。
だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。
どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったオノールに、やがてクラウディオの心は……。
すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?
焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる