貴方と私の愛は違うのでしょう

桃井すもも

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第三十章

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 艶のある金色の髪は緩くうねって、それが父に似たのか母似であるのか、ジュリアンはわからない。
 ただ、母はエメラルド色の瞳をしており、自分の青く澄んだ瞳の色は父譲りなのだと思っている。

 だが、ジュリアンは実父に会ったことはない。それは彼が、母の不貞の末に生まれた子であるからだ。

 ジュリアン・ダグラス・オズロー。

 彼は、オズロー伯爵家の子息である。

 母の世代の貴族なら、ジュリアンの顔を一目見れば何か思い当たるだろう。
 母に言わせれば、ジュリアンは実父の生き写しであるというから。

 ジュリアンが名乗っているのは、母の生家の名である。
 不貞の末に子を孕み、夫から離縁されて生家に戻った母は、その翌年にジュリアンを産んだ。
 貴族の血を引きながら、生まれながらに私生児であるジュリアンを、母の兄が養子に迎えてくれた。

 義父となった伯父は、当時はすでに結婚しており、男児にも恵まれていた。
 それでも子を持つ親として、妹が離縁の末に産み落とした子を憐れに思ったのだろう。

 伯爵家の末娘である母に、家族は今も変わらず甘い。

 だがもしかしたら、伯父はジュリアンに流れる父方の血に、貴族らしい価値を見いだしていたのかもしれない。

 ジュリアンは、ウィンダム侯爵の若かりし頃の落としたねである。母の夫だったゴドリック子爵とは似ても似つかない顔立ちだというから間違いないだろう。

 というよりも、ジュリアンはあまりにウィンダム侯爵に似すぎていた。母は今も尚、かつての恋人を忘れられずに、成長するに従ってジュリアンと侯爵を重ねていた。

「レイモンド様」

 母はジュリアンを見つめて、度々そう呼ぶ。

「やめてください、僕はジュリアンです」

 十八歳となったジュリアンは、かつての実父にますます似てきたようで、母はわかっているのか、ジュリアンの名を言い間違える。

 物心がついた頃から、ジュリアンの両親は伯父夫妻だった。産んだだけで、あとは家族任せのエイブリンは、同じ屋敷に住む叔母と思って育った。

 彼女のことを、「母」とは一度も呼んだことはない。母もまた、ジュリアンを「息子」と思っていないのではないか。

 幼い頃もジュリアンに、母は不思議な眼差し向けていた。そして時折、心が不安定になるらしく、そんな時にはジュリアンを抱き寄せた。

 義母となった伯母からも、ジュリアンは大切に育ててもらった。彼女とは血の繋がりはなかったが、義妹であるエイブリンの子を、醜聞ごと引き受けてくれた。

 その義母から向けられる愛情と実母の愛は、どこか違うようだった。
 母を嫌いなわけではないのに、言いようのない嫌悪を抱いた。

 伯爵家の屋敷の中で、母だけがいつまでも令嬢のような気持ちで生きている。

 伯父夫妻が家を継いだ今はもう、母は令嬢などではない。戸籍の身分は平民であり、伯父の庇護のもとに社交も仕事も何もせず、ただ家に居て生きている。

 そんな母も、令嬢の頃は華やかな見目をしていたらしい。今は伯母よりも年上に見えるのは、社交界から遠のいて久しいからか。

 身分を言うなら、ジュリアンも同じことだった。
 伯父夫妻の養子になったからと言って、彼には譲られる爵位はない。
 だからジュリアンは、幼い頃から勤勉に学んだ。

「ジュリアン。よく学ぶんだぞ。お前の血には、高貴と愚かしさの両方が入り混じっている。だが、生まれ持った質も生き方で変わるものだ」

 祖父はよくそんなことを言った。

 母を娶り経済的な支援をしてくれた夫を裏切り、道ならぬ関係を清算できなかった母にも、貴族の血が流れている。
 実父に至っては、建国の祖から続く旧家の生まれである。だがその彼は……

 ジュリアンは、文官になることを目指している。譲られる爵位も領地もないのだし、自分で身を立てて生きていかなければならない。

 小柄であるジュリアンは、騎士には向かない。
 だが、勉学は好きであるし得意でもあった。
 商会を興すほどの経験はないし、商売には然程興味もなかった。

 伯父は領地の代官にならないかと言ってくれたが、それでは今の代官から仕事を奪うことになる。

 もう誰からも、何も奪いたくはなかった。
 自分の存在が、誰かを傷つけ大切なものを奪ってしまった。

 生きていることは、ジュリアンにとっては、どこか償いのようなものだった。

 自身の出生については祖父から全てを聞かされていた。誰の迷惑にもならず、生きていかなければならない。そう思ったのは、随分幼い頃である。

 文官なら王城に宿舎があるし、そうなればこの屋敷から出ていける。ものを考えることも読み書きも性に合っているし、なによりしがらみがない。
 社交界に出なくてもいい。貴族家出身の平民として、これから長く続く人生を独りで生きていこう。

 悲壮なものを抱いていたわけではなかった。ただ、そのほうが生きやすく思えた。

 そんなジュリアンは、人生とはままならないものだと知ることになる。

 貴族の子女が通う貴族学園に、ジュリアンも通っていた。学園には、かつての母の不祥事を知る者は確かにいた。

 だが、ジュリアンは伯爵家の子息として養育されて、しかも彼が侯爵家の血縁であることは明らかだった。

 なにより、実父譲りの蠱惑的な見目は、不思議と人心を掴んでしまう。そんなジュリアンは、本人が望まずにいるのに、天性の人誑しであった。

 だからこんなふうに、不思議な縁ができてしまう。


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