4 / 33
第四章
しおりを挟む
昼食を終えて兄が立ち上がると、ほかの面々も一斉に立ち上がった。
コートニーも席を立って、ベネディクトの後になって通路へ出た。出口へ向かって通路を歩いていると、ふと窓辺の席に座っている青年に目がいった。
窓から差し込む日を浴びて、淡い金色の巻き毛が明るく見えた。ジョゼフが窓際で一人、食事をしていた。
ジョゼフは丁度、ピーカンタルトを口に運ぶところだった。
隣の席にいたなら、コートニーはきっと言っただろう。そのピーカンタルト、とっても美味しいわよ、と。
席が近いというだけで、隣や前の席の生徒たちと親しくなるのはよくあることだ。
コートニーも、席替えでジョゼフの後ろの席になるまでは、彼とはそれほど会話を交わす仲ではなかった。
ただ、どこか自分と似ている彼の生い立ちに、勝手に親近感を抱いていた。よくよく考えてみれば、似ているどころかどちらかといえば逆の立場である。
コートニーは後妻の子として受け入れられて、大切にされている。婚約は公爵家嫡男と結ばれており、ゆくゆくは公爵夫人となる。
対してジョゼフは、長子でありながら後継にはなれず、彼には今も婚約者がいない。
弟はすでに婚約者もおり、生徒会で活動するほど活発な学園生活を送っている。
巻き癖のある髪も、中途半端な緩い巻き毛に焦げ茶色であるコートニーと、淡く燦めくような金髪のジョゼフとは真逆である。
生い立ちも姿形も異なっているのに、コートニーはどうしてか、ジョゼフに似た者同士のような親しみを抱いている。
「このところ忙しくて、すまない」
窓辺を見つめていたコートニーに、ベネディクトが言った。
「先週の茶会も、急にキャンセルしてしまっただろう?」
「あ、いえ、お気になさらないでください。ベネディクト様がお忙しいのは存じておりますから」
先週の休日は、ベネディクトとの茶会の日であった。婚約してから月に二度、婚約者の茶会がある。茶会は互いの邸を代るがわる行き来して、先回は公爵邸に招かれる予定だった。
だが前の日に、急な予定が入ったからと断られていた。
生徒会の関係で、何やら用事ができたらしい。どんな用事であるかまでは聞かされてはいなかった。
「そこはヘソを曲げてほしいかな」
「え?」
「いや、急だったからさ。ちょっとは怒ってくれても構わなかった」
「ふふ、私がベネディクト様を怒るなんて」
ベネディクトは紳士である。コートニーに限らず婦人には特に優しく、誰に対しても礼節をもって接する。高位貴族の嫡男だからと、無闇に人を見下すような素振りをしない。
そう思ったところで、ふと今朝のことを思い出した。追い越し際のジョゼフとの接触に、彼が気づかないはずはない。今だって、こんなにゆったりして見えて、彼は全方位に気を配っている。
「君だけは、私のことを怒ってくれていいんだよ。できれば、もっと我が儘を言ってほしいかな」
我が儘、と言われてコートニーは困った。コートニーは、我が儘の仕方がよくわからない。十歳という、はっきりと自我の芽生えた年齢で、後妻として迎えられた母の付随物のように引き取られた。
我が儘なんてそんなこと、使用人にも言えずにいる。
「君になら、困らせられてもいいな。その、振り回されたりして」
「振り回す?」
「君を追いかけてみたいんだ」
背の高いベネディクトが、少し腰を落としてコートニーの耳元で囁いた。吐息が頬にかかったようで、コートニーは一瞬で頬が紅くなってしまった。
きっとベネディクトは、こんなふうにコートニーを揶揄って楽しんでいるのだろう。
その時、急に右手を握られた。ベネディクトが手を繋いできた。
「ベ、ベネディクト様、ここは、」
「学園だって構わないだろう。婚約者ならみんなしていることだ」
ベネディクトはこの頃、こんな接触をすることが増えていた。コートニーを婚約者として大切にしてくれている。
「小さい手だな」
「え?」
「小さくて柔らかくて」
「⋯⋯ベネディクト様の手が大きいんです」
「ええ?そうかなあ」
ベネディクトが繋いだ手に力を込めて、きゅっと握られた。コートニーは、それにはなすがままになっていた。
教室の入り口で、ベネディクトと別れた。
彼の教室はここより更に奥のほうにある。
ベネディクトの横に、今度はハリエットが並んで歩いてゆく。
ハリエットは、嫡男である兄の婚約者である。将来兄の助けになるようにと、彼女もまた「領地経営科」で学んでいる。
同じ嫡男に嫁ぐのに、「一般科」で学ぶコートニーとは心構えが大違いである。
コートニーが間違えているわけではない。
夫人としての教育は公爵夫人から習っているし、夫人は夫の執務に関わるよりも、家政を引き受け家内を取り仕切る。そもそも役割が違うのである。
格上の侯爵家から嫁いでくるにも関わらず、ハリエットは兄を尊重しているし愛情を抱いている。
兄との婚約も、ハリエットから求められてのことだと聞いている。
ハリエットの金色の髪が揺れている。
コートニーが嫁いで家を出て、ハリエットが迎え入れられる時には、伯爵家は黄色一色になって焦げ茶の異物はなくなるのだろう。
誰にもなにも言われたわけではないのに、コートニーには遠慮がある。
それがきっと、我が儘を言えないことの原因の一つなのだろう。
コートニーも席を立って、ベネディクトの後になって通路へ出た。出口へ向かって通路を歩いていると、ふと窓辺の席に座っている青年に目がいった。
窓から差し込む日を浴びて、淡い金色の巻き毛が明るく見えた。ジョゼフが窓際で一人、食事をしていた。
ジョゼフは丁度、ピーカンタルトを口に運ぶところだった。
隣の席にいたなら、コートニーはきっと言っただろう。そのピーカンタルト、とっても美味しいわよ、と。
席が近いというだけで、隣や前の席の生徒たちと親しくなるのはよくあることだ。
コートニーも、席替えでジョゼフの後ろの席になるまでは、彼とはそれほど会話を交わす仲ではなかった。
ただ、どこか自分と似ている彼の生い立ちに、勝手に親近感を抱いていた。よくよく考えてみれば、似ているどころかどちらかといえば逆の立場である。
コートニーは後妻の子として受け入れられて、大切にされている。婚約は公爵家嫡男と結ばれており、ゆくゆくは公爵夫人となる。
対してジョゼフは、長子でありながら後継にはなれず、彼には今も婚約者がいない。
弟はすでに婚約者もおり、生徒会で活動するほど活発な学園生活を送っている。
巻き癖のある髪も、中途半端な緩い巻き毛に焦げ茶色であるコートニーと、淡く燦めくような金髪のジョゼフとは真逆である。
生い立ちも姿形も異なっているのに、コートニーはどうしてか、ジョゼフに似た者同士のような親しみを抱いている。
「このところ忙しくて、すまない」
窓辺を見つめていたコートニーに、ベネディクトが言った。
「先週の茶会も、急にキャンセルしてしまっただろう?」
「あ、いえ、お気になさらないでください。ベネディクト様がお忙しいのは存じておりますから」
先週の休日は、ベネディクトとの茶会の日であった。婚約してから月に二度、婚約者の茶会がある。茶会は互いの邸を代るがわる行き来して、先回は公爵邸に招かれる予定だった。
だが前の日に、急な予定が入ったからと断られていた。
生徒会の関係で、何やら用事ができたらしい。どんな用事であるかまでは聞かされてはいなかった。
「そこはヘソを曲げてほしいかな」
「え?」
「いや、急だったからさ。ちょっとは怒ってくれても構わなかった」
「ふふ、私がベネディクト様を怒るなんて」
ベネディクトは紳士である。コートニーに限らず婦人には特に優しく、誰に対しても礼節をもって接する。高位貴族の嫡男だからと、無闇に人を見下すような素振りをしない。
そう思ったところで、ふと今朝のことを思い出した。追い越し際のジョゼフとの接触に、彼が気づかないはずはない。今だって、こんなにゆったりして見えて、彼は全方位に気を配っている。
「君だけは、私のことを怒ってくれていいんだよ。できれば、もっと我が儘を言ってほしいかな」
我が儘、と言われてコートニーは困った。コートニーは、我が儘の仕方がよくわからない。十歳という、はっきりと自我の芽生えた年齢で、後妻として迎えられた母の付随物のように引き取られた。
我が儘なんてそんなこと、使用人にも言えずにいる。
「君になら、困らせられてもいいな。その、振り回されたりして」
「振り回す?」
「君を追いかけてみたいんだ」
背の高いベネディクトが、少し腰を落としてコートニーの耳元で囁いた。吐息が頬にかかったようで、コートニーは一瞬で頬が紅くなってしまった。
きっとベネディクトは、こんなふうにコートニーを揶揄って楽しんでいるのだろう。
その時、急に右手を握られた。ベネディクトが手を繋いできた。
「ベ、ベネディクト様、ここは、」
「学園だって構わないだろう。婚約者ならみんなしていることだ」
ベネディクトはこの頃、こんな接触をすることが増えていた。コートニーを婚約者として大切にしてくれている。
「小さい手だな」
「え?」
「小さくて柔らかくて」
「⋯⋯ベネディクト様の手が大きいんです」
「ええ?そうかなあ」
ベネディクトが繋いだ手に力を込めて、きゅっと握られた。コートニーは、それにはなすがままになっていた。
教室の入り口で、ベネディクトと別れた。
彼の教室はここより更に奥のほうにある。
ベネディクトの横に、今度はハリエットが並んで歩いてゆく。
ハリエットは、嫡男である兄の婚約者である。将来兄の助けになるようにと、彼女もまた「領地経営科」で学んでいる。
同じ嫡男に嫁ぐのに、「一般科」で学ぶコートニーとは心構えが大違いである。
コートニーが間違えているわけではない。
夫人としての教育は公爵夫人から習っているし、夫人は夫の執務に関わるよりも、家政を引き受け家内を取り仕切る。そもそも役割が違うのである。
格上の侯爵家から嫁いでくるにも関わらず、ハリエットは兄を尊重しているし愛情を抱いている。
兄との婚約も、ハリエットから求められてのことだと聞いている。
ハリエットの金色の髪が揺れている。
コートニーが嫁いで家を出て、ハリエットが迎え入れられる時には、伯爵家は黄色一色になって焦げ茶の異物はなくなるのだろう。
誰にもなにも言われたわけではないのに、コートニーには遠慮がある。
それがきっと、我が儘を言えないことの原因の一つなのだろう。
3,549
あなたにおすすめの小説
私たちの離婚幸福論
桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
皆様どうぞ私をお忘れください。-エリザベートが消した愛-
桃井すもも
恋愛
旧題:エリザベートが消した愛
手渡された小瓶を目の前に掲げれば、窓から差し込む午後の日射しに照らされて、琥珀色の液体が燦いて見えた。
「貴女様には何色に見えますか?」
「琥珀色ですわ」
「貴女の心が澄んでいらっしゃるからでしょう」
「司祭様には何色に見えまして?」
司祭はその問いには答えなかった。
祈りが捧げられた液体は、見る人により色を変えるのだろうか。
エリザベート・フィンチ・ストレンジはストレンジ伯爵家の息女である。
冬の終わりのある日、エリザベートは教会で小瓶に入った液体を呷った。琥珀色の液体は、エリザベートの心から一つだけを消してくれた。
誰も何も変わらない。ただ、エリザベートが心を一つ手放して、その分身体が軽くなった。そんなささやかな変化であった。
だから婚約者であるデマーリオのシトリンの瞳を思い浮かべても、エリザベートの心は騒がなかった。
◆この度、多くの読者様のご愛読を頂き『エリザベートが消した愛』が書籍化の運びとなりました。
【書籍名】皆様どうぞ私をお忘れください。
-エリザベートが消した愛-
【イラスト】もか先生
【出版社】アルファポリス
【レーベル】レジーナブックス
【刊行日】 2026年1月30日
◆皆様のご声援を賜り「第18回恋愛小説大賞」にて優秀賞を頂戴することが出来ました。誠に有難うございます。
この場をお借りして、読者の皆様方、アルファポリス編集部の皆様方に厚く御礼申し上げます。
◆Web限定の特別番外編SS
『ポーラの道標(みちしるべ)』
アルファポリスさん・レジーナブックスさんサイトにて公開されております。
エリザベートの娘であるポーラを中心に、登場人物のその後についてを描かせて頂きました。
《レジーナブックスさんリンク》
https://regina.alphapolis.co.jp/book/detail/13086
連載ページはこちら⇒鍵マーク
《レジーナブックスさん番外編リンク》
https://regina.alphapolis.co.jp/extra/search
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
愛されない花嫁はいなくなりました。
豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。
侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。
……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる