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消えてしまいたい

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 魔法省の人に言われた言葉が頭の中でぐるぐると回る。
 魅了の魔女へ気持ちを傾けるようではあの神官も終わりだなと、娼館への道すがら言われた言葉。
 あの人が一言他の神官や神殿へ苦言をすれば神官様の立場がぐっと悪くなる。
 私のせいで――。
 昔にも感じた自己嫌悪と消えてしまいたい気持ちで一杯になる。

 消えてしまいたい――。

 そう考えたところではっと手首の刻印に目を落とす。

『普通の子として生きていきたくなったら俺に言いな?』

 思い出した言葉に縋るような気持ちで立ち上がる。
 消えてしまえば――、ここからいなくなれば誰にも迷惑を掛けないでいられる。
 衝動に突き動かされるままミリアレナは外へ飛び出していた。





 辿り着いた建物の前で本当にこれでいいの?と自問する。
 自分のために利用していいのか。
 わからなくなって駆けてきた息を整えながら考える。
 頼っていいと初めて言ってくれた人。
 刻まれた刻印を見つめて葛藤する。
 そのとき聞こえてきた足音に思わず建物の影に隠れた。

「報告書のために残業とかダルいよなー」

「魔獣討伐よりはましだろ」

「今日もその両方をこなしてきた団長の前で同じこと言えんのか」

 複数人の声が聞こえる。ここの場所からして騎士たちの声でしょう。

「そういえばエイナードの噂聞いたか?」

 探し人の名前が聞こえ、耳を澄ませて息を潜める。

「ああ、どっかの娼館に通い詰めてるって噂か?」

「違えよ、なんか『魅了の魔女』に興味があるって話」

 自分を示す呼称が聞こえたことにびくりと震える。

「んなわけないだろ、『魅了の魔女』なんて危険分子、騎士団の敵だ。
 あれでいて仕事に真面目なエイナードがそんな相手に興味持つわけないって」

「んー、まあ興味っつうかなんかの雑談の時に『魅了の魔女』に同情的なこと言ってたらしいってだけだけどな」

「『魅了の魔女』に同情?
 そりゃ何にもわからないガキの頃に力が発現したのは不幸なことだと思うけど。
 その後の魔法省での事件聞いたら危なくて同情できねえだろ」

「違いない。 お前も適当な噂広げんなよ。
 それがアイツの足を引っ張りたいヤツの耳に入ったら嬉々として今の地位を引きずり下ろしにかかるぞ」

「そうだぞ、『魅了の魔女』なんてどうせ関わることないんだから聞き流しとけばいいんだよ」

 そうだなと返す声が雑談をしながら遠ざかっていく。
 握りしめた手が酷く冷たい。

 騎士たちの声が聞こえなくなるまでその場から動けなかった。
 誰も、『魅了の魔女』を忘れてない。
 今もまだ危険な力を持った監視対象。
 わかってた。わかってたはずだったのに。
 どうして助けを求められるなんて思っていたんだろう。
 私が関われば迷惑なだけなのに。
 助けてほしいなんて。
 自分のことしか考えていない。

「最低ね、私」

 自分で自分を非難する。
 嫌悪感に震えが止まらない。

 日が落ち夜風に身体が冷え切った頃、ようやく足が動き出す。
 ここにいてはいけない。
 離れなければと動きの鈍くなった足で来た道を戻る。
 帰るところなんて、ひとつしかなかった。


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