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魅了に溺れた者たち
しおりを挟む――……。
「おい、まだ目を覚まさないぞ」
「落ち着いてください、そろそろのはずです」
近くで騒ぐ声に目を開ける。
最初に目に入ったのは古びた天井。
視線を倒すと側で怒鳴り合う男たちが目に入った。
一人は魔法省の私に強い悪意を持つ職員、もう一人は私が魅了をかけた少年だった侯爵子息。
どうして二人がここにと思考をまとめる時間もなく、侯爵子息が私が目を覚ましたことに気づいて顔を覗き込んできた。
思わず喉の奥が恐怖で引き攣る。
私の怯えに気づいているのかいないのか、愛おし気な笑みを浮かべて頬を撫でる。
その目に宿った見覚えのある狂気に怖気が走った。
「ちょっと、抜け駆けは無しですよ」
魔法省の職員が咎めると侯爵子息が憎々しげな眼を向ける。
「どの口が抜け駆けだと言う。
無垢だった彼女の純潔を奪った下郎が」
険悪な雰囲気が辺りを覆う。
どうしてこの二人が共にいるのかわからないけれど危険な空気を感じた。
そもそもここはどこなのか、なぜここにいるのか、何もわからない。
身を捩ると金属の音がして逃げられないことに気づく。
鎖の着けられた手を持ち上げて首元を触ると、そこにも枷が着けられていた。
中央にあるつるりとした感触は恐らく何かの魔石、であれば魔封じである可能性が高い。
用意周到なのはこの前魔法で眠らせたからなのか、計画して私を連れてきたのは確かだった。
協力者らしき二人は睨み合いを続けている。
横たえられていたベッドから感じる魔力が気持ち悪くて顔を顰める。
見上げる天井には魔法陣が描かれていた。書かれた文字からすると隠蔽の魔法。
私がここにいることを隠すための魔法陣なのか、床を見るとそこにも同じような魔法陣が描かれている。
わざわざ二重に隠蔽の魔法を施すなんて手が込んでいる。
天井の魔法陣には手が届かず、床の魔法陣だけを消しても全ての魔法は解けない。
視線を水平に戻すと二人がこちらを見ていた。
「理解したなら大人しくしてろよ」
魔法省の職員は私が仕掛けられた魔法陣の内容を読み取ったのをわかって釘を刺してきた。
「ああ、ミリアレナ、不自由を掛けて申し訳ないけれど我慢してくれ。
君の居場所を知られるわけにはいかないんだ」
黙っていろと告げる男たちに沈黙で答える。
職員は不機嫌そうに、侯爵子息は愛おし気な笑みで私を見つめ返した。
ここまで手の込んだ隠蔽を施しているのなら王都からそれほど離れていないと予想を立てる。
もしかしたら王都の中である可能性すらあった。
どうにかして外に出るか魔法陣を破れば誰かが見つけてくれるかもしれない。
少なくとも魔法省の人間は必ず私を探しているはずだ。
それから……。
――誰かの影を浮かべそうな思考を振り払う。
期待を浮かべるなんてありえない。
機会を窺う思考から意識を逸らす。気づかれたら何をされるかわからない。ただでさえ枷で自由が効かない今、下手に動けば発見が難しくなることも考えられた。
笑みを浮かべていた侯爵子息が目を眇める。
「ミリアレナ……」
片膝を腰の近くに乗せ覗き込んでくる。男の重さにベッドが軋んだ。
身を引きかけた私の動きを首の枷へ指を引っ掛け止めた。
「誰かのことを考えていた?」
「いいえ」
思い浮かべてなんていない。見つけてくれる期待なんてしていない。
否定を返した私の瞳をじっと見つめる。
枷を持ち上げる指がゆっくりと離され……、手枷を掴んだ。
長さに余裕のあった鎖を引っ張りベッドの上にある鉤型の突起へ掛けた。
見下ろす瞳が暗さを増し、腰を跨いだ足が腿を押さえる。
「やっぱり離れるべきじゃなかったんだ」
虚ろな響きを宿した呟きに身の危険を感じた。
「今回は眠らせられないよ。
彼にも協力してもらって着けたその魔封じはかなり強力な物だ」
やっぱりと悔しさに唇を結ぶ。
けれど魔封じがある限り魅了をかけることもできないのにどうして彼らが私を捕らえたのかがわからない。
「魅了も封じられているのに不思議?」
見下ろす瞳に交じる愉悦。答えを待たずに話を続ける。
「魅了なんて関係ないからだよ。
この前君に魅了を掛けてもらって確信した。
僕の目に映ったのはあの日の君だった。僕はただ君が好きだっただけで、魅了の力は関係ないんだって」
願った通りに恋焦がれたあの日のミリアレナを見たと語る。
恍惚とした表情を浮かべる彼に激しい嫌悪感が湧いた。
そうであればあの日のミリアレナに劣情を抱いて行為に及ぼうとしたことになる。
いいえ、実際に彼の夢の中では幼かったミリアレナを犯していたのでしょう。
眠りの魔法で逃げた私を捕らえて、また魅了を掛けさせあの日遂げられなかった本懐の続きをしようと考えたということなのか。
けれど、そうであれば魔封じを着けた理由がわからない。
「じゃあ、どうしてこんなことを……?」
「君が欲しいからだよ」
話の整合性が取れていない。
あの日の幼いミリアレナを犯す疑似体験に耽りたいからではないの……?
「誰も彼も言うんだ、幼く自分を守る術もないのに魅了に掛けられたなんてかわいそうって。
魅了のせいでおかしくなった、そのせいで他の女に興味を持てないんだって」
いつまでも付いて回る噂。
結婚する年齢になっても婚約者すら作るのを拒否していたと語る。偏にミリアレナが忘れられなかったからと。
両親や周囲は魅了のせいだと陰口を叩き、魅了の魔女の話を吹聴する。
違うんだと叫び出しそうになりながら憤りを胸に抱いて成長したと語った。
「でも、違ったんだ。
魅了を掛けられてはっきりした。
僕の想い人はあの時から変わっていない。
初めて見た瞬間から僕は君の虜だ」
幼い頃に見た執着が宿った目に背筋がぞわりと震えた。
「周りが認めなくても良いんだよ。
僕の真実の想いはミリアレナが知っていてくれれば、それで十分だから」
だから……、と低く呟く。
「僕の物になってよ。
邪魔が入らないこの場所で、ずっと」
暗い瞳で見下ろす彼には、もう正気は残っていなかった。
「俺の番も忘れないでくださいよ」
職員の男が横から口を挟む。
信じられないセリフに男を見ると平静に見えた瞳の奥に仄暗い執着と、劣情が見えた。
ここで、監禁されて、この二人に欲望をぶつけられることになるのかと恐怖と絶望が襲ってくる。
「さあ、初めてをやり直そう」
胸元に伸びた手がドレスのレースを引きちぎり、胸元を露わにしていく。
現れた刻印を忌々しそうに見つめながら胸へ手を伸ばした。
【共通ルート 終了】
◇ ルート分岐 ◇
【神官ルート】 次話「心に浮かぶ人」へ
【魔法騎士ルート】 次章「救いの手」へ
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