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第31話 夢の瓦礫

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 次の日、誰よりも朝早く起きれたので、ジノ兄さんの腕から抜けて、練習室に向かう。
 人よりも物覚えだけはいい俺は、もうすでに振りと歌詞は覚えており、あとはひたすら自分のモノにしていく作業だ。
 
 練習開始から暫くして、練習室の扉をコンコンッと誰かがノックした。
 
「はいー」
 
 気づいた俺は振り返り、返事をする。すると、カチャッと扉が開き、上半身だけこちらの部屋に入ったユドンさんがこちらを見ていた。
 
「ユドンさん、おはようございます」
「おはよう。シグレさん、少し早いけどヘアセット、いい?」
「はい、大丈夫です」
「ありがとう、じゃあ、ちょっとシャワー浴びたらヘアメイク室に来てね」
 
 昨夜と打って変わって、しっかりと黒い服を着込んだユドンさんはヘアメイクさんという感じである。少しばかり寝不足そうなところを見て、確実に昨日の自分のせいで迷惑をかけたのだろうと思う。要件を伝えたユドンさんはそそくさと出ていき、扉を締めた。
 
 やはり、迷惑だとおもってるのだろうか。
 
 俺は軽く練習室の機材の電源を切り、練習室の隣のシャワーに駆け込む。これ以上迷惑をかけられない。シャワーで汗を洗い流し、ささっと服を着て、ヘアメイク室に向かう。
 
 ヘアメイク室に行くと、中には準備をし終えたユドンさんが待っていた。ヘアメイク室内はスッキリするシトラスとユーカリの香りが漂い、息を吸い込むだけで心がリラックスする香りだ。
 
「早かったね、焦らせたかな……?」
「いえ! 大丈夫です!」
 
「良かった、じゃあ、この椅子座って」
 
 ユドンさんに案内されるがまま、椅子に座るとヘアメイク用のサロンを着けられる。鏡には寝不足気味で少し肌の荒れた俺がこちらを見ている。
 まず、はじめにスキンケアが始まった。
 スキンケアと共に軽く顔のマッサージもされる。昨日泣きつかれたのもあり、顔が少々浮腫んでいたため助かった。
 しかし、互いに無言で行われるため、なんとも居苦しいのを感じる。
 昨日は当たり障りのない会話があったのに、今日はとても静かだ。加減だけは聞いてくれるが、会話が続くことがない。
 その沈黙が辛くて、俺は口を開いた。
 
「あ、あの、ユドンさん、昨夜はご迷惑お掛けしてすみません」
 
 出てきた言葉は、勿論昨日の謝罪。朝から謝れたとて、ユドンさんにこれもまた迷惑かもしれないが、どうしても謝罪はしないといけないと思ったのだ。
 
「え、いや迷惑なんて一つも掛けられてないの。それより、あの、こっちこそ、ごめんね。俺の身体、怖かったでしょ」
 
 謝る俺に対して、カラーコントロール下地をメイクスポンジ叩き込んでいたユドンさんは大層驚いた表情したあと、逆に謝り返されてしまった。
 
「いやいや、俺の我儘のせいでアクセサリー変えることになって…… ユドンさんは怖くないですよ。あの針は怖かったですが」
「アクセサリーの変更なんてよくあるから気にしないで。俺の身体改造しまくってるから、社長も俺もニードル位じゃ怖いなんて思わなくなったし、しかもニップルだし、ロブでも普通怖いよね、忘れてたよ」
 
 優しくそう言ってくれるが、それが本心なのか大人な対応なのかは区別がつかない。
 
「ピアス、開けたこともなくて」
「なら、余計ニードルは怖いよね、俺なんてこの前安全ピンで太ももにコルセットピアスやられたけど……」
「イッ……! 聞いてるだけで痛いです……」
 
 ユドンさんのピアスの話に、痛さを想像して思わず身体が引き攣る。
 
「あはは、普通そうだよね、それよりも痛いことしてるから俺、痛みは麻痺してるんだよね」 
 
 ユドンさんは困ったように笑ったあと、次に俺の肌にあったファンデーションを手元のパレットとスパチュラで調合し始める。
 
「ユドンさんと、ノウル監督って、どういう関係」
「うーん、はじめは、ジノプロデューサーとシグレさんの関係と同じだよ。元々セファン兄さんからの紹介でしょ?」
 
 急に出てきたセファン兄さんの名前に、俺は目を見開く。 
 
「俺、元々バンドマン志望のアイドル事務所の練習生してたんだ。そんな時に出会ったのがセファン兄さん。で、紹介されたのがノウル社長」
「それは、バンドマンとして、売れたくてですか?」
 
 自分でも随分切り込んだ質問をしたと思う。ただ、ユドンさんは困ったようにか「ハハッ」と笑った。
 
「いや、そんな華やかな夢じゃないよ。その事務所抜けて、ヘアメイクになるために、社長に借金肩代わりしてもらったんだ」
「そうだったんですか……」
 
 借金。この国でアイドルになる際に、余程大きな事務所でない限り、練習生やデビューしたばかりのアイドルに課せられるものだ。
 宿舎や食事、デビュー時に掛かった経費などを払いきるまで、給料は貰えない。
 
 勿論、俺もその借金は背負っており、今はまだ借金が減る気配はなく、もしアイドルを辞めるとしてもこの借金が付き纏うことになる。
 
 ユドンさんは調合したファンデをメイク用の平筆に含ませ、俺の頬に滑らせていく。
 
「借金だけじゃなくて、こうして給料もらえて、仕事もできて、本当に安心してる。この国でバンドが売れるのはアイドル・・・・よりもハードル高いから」
 
 ライブハウスが多い日本とは違い、この国ではライブハウスが少ない上に、アイドルが飽和状態のため、ライブ会場は奪い合い。それはライブハウスが主戦力のバンドにとっては由々しき事態なのだ。
 
 ただ、アイドルにとって、この話は妙に身にしみる内容だ。
 
「まあ、結果ただでさえ当時もバンドマンでタトゥーとピアス多かったのに、今じゃ顔以外殆どね。社長、見た目の割には執念深いから。けど、それでもセファン兄さんには感謝してるよ」
 
「俺も、感謝してます」
 
「シグレさんはジノプロデューサーだもんね。あの人はテレビ局でも次期取締役の一人になると思うよ。アイドルとして生きるなら・・・・・・・・・・・・一番強い味方だと思う」
 
 伸ばしたファンデーションをユドンさんはスポンジで叩きこむ。鏡には少しずつ消えていく顔の粗。眼の下の隈も、出来かけていたニキビも、少しだけあるソバカスもファンデーションの下に隠れていく。
 
「方法はアレだけど、セファン兄さんはすごい。この国のことを良く分かってるし、わかってるからこんな大胆な方法がとれる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 そう言いながらユドンさんは、顔に塗ったファンデーションをティッシュを使い、余分なものを軽くオフする。
 
 話を聞けば聞くほど、セファン兄さんは、やはりすごい人だと思う。
 たしかに、これは一般的に褒められた方法ではないが、人生をいい方へと変えてくれる人なのだ。
 
 だから、俺はもっと頑張らないといけない。
 だから、俺はもっと周りに甘えられる人にならないといけない。
 
 やはり、もっと頑張って、メンバーに、ジウに、貢献できるようになろう。ジウの音楽はすごいって、世の中に知らしめたいし、ラニュイ(もしかしたら、名前変わるかもだけど)のことも世界中の人が知っているグループにしたい。
 夢は大きく、もって、この夢のために、できる全てをやっていこう。落ち込んでいた気持ちを切り替える。
 今は一人きりで寂しいけど、あと少ししたら宿舎に戻って、皆に美味しいご飯を作ろう。
 
 鏡には、朝メイク前の自分とは違い、アイドルになろうとして目を輝かす自分が映っていた。
 
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