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生真面目騎士様の長い夜(2)

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「んっ……」
 リズベスから拒絶されないのをいいことに、ヒューバートは何度も唇を啄む。それこそ息継ぎをする間も与えぬほどに繰り返していると、流石に息苦しくなったのか、リズベスの唇がかすかに緩んだ。
 そこへ、すかさず舌をねじ込む。
 歯列を舐めあげ、その更に奥へと入り込む。とにかくリズベスの全てを感じ取りたくて、ヒューバートはその口腔内に余すところなく舌を這わせた。
「んふ、ふぁ……ふ」
 息が苦しいのか、リズベスの手がヒューバートのシャツをぎゅっと握りしめる。それが、自分に縋ってくれているようで、たまらなく興奮する。寸分も離れていたくなくて、リズベスの腰に回した手に力を込め、さらに奥へ舌を探り入れた。
 一番奥で縮こまっていた彼女の舌を、無理やり吸い出して絡め取り、思い切り吸い上げる。唾液すらも甘くて、癖になりそうだ。
「はあ、リズ……リズ……」
 くぐもった声で、名前を呼ぶと、リズベスがびくんと体をこわばらせる。強く身体を押し付けているせいで、熱くなったヒューバートの欲望の証が、その刺激でさらに昂りを増す。
「……ん、ひゃ、やぁ……」
 薄いネグリジェを通して、さすがにリズベスもそれがいかなるものか分かったのだろう。身をよじって逃げ出そうとするが、男の力に敵うものではない。

 しかし、その仕草はヒューバートの頭に冷水をかけたかのように効果はあった。
「――す、すまない……」
 それが、どの部分に対する謝罪だったのか、ヒューバートにさえよくわからない。ただ、ヒューバートにわかるのは、今、言ってしまわなければ、リズベスはもう二度と自分の前に姿を現さないのではないかという恐ろしいほどの不安だけだった。
 逃げられないように抱きしめたリズベスの耳元に、そっと口を寄せる。今、顔を見たら、自分はもっと暴走してしまうかもしれない。それが怖くて、リズベスが今どんな顔をしているのかを確かめることもできないまま、ヒューバートは囁くように告げた。
「リズ、俺は、おまえが好きだ」
 その言葉に、リズベスは首を振った。反射的にリズベスの顔を覗き込むと、青い瞳には涙が溜まり、信じられないものを見るような眼でヒューバートの肩を見つめている。視線すら合わせてもらえないことに、ヒューバートは絶望した。
「そんな――そんな、はず」
 しばらくの沈黙の後、リズベスはまるで絞り出すかのように言葉を紡いだ。
「そんな――こんな、都合のいい、夢みたいなこと……」
 呆然としたままそこまで呟くと、リズベスははっとしたようにヒューバートを突き飛ばした。余りのショックに力が抜けていたヒューバートは、リズベスが腕の中から逃げ出すのを止めることもできない。そのまま、身を翻すと、リズベスは素早く部屋へと閉じこもってしまった。

 後には、ただ立ち尽くすヒューバートを残して。



 ♢

 翌朝の目覚めは最悪だった。
 どうやって自分が客間へ戻ったのかもよくわからない。ベッドに倒れ込むようにして入ったが、結局のところほとんど眠れてもいない。
 リズベスとのキスを思い出しては身悶え、その後の彼女の拒絶を思い出しては唸り声をあげる。その合間合間に少し眠ったような気もするが、本当にそれもわずかな時間だ。
 飲みすぎたせいで、頭も痛む。

「はあ……」
 軽く頭を振ると、ヒューバートは無理やり体を起こした。まずは水分を取って、酒気を身体から追い出さなければならない。昨日の今日で、あまりにも情けない姿を晒すのは、避けたい。
 この期に及んで女々しい限りだが、ヒューバートはリズベスを諦めることは出来なかった。リズベスは、ヒューバートの告白をはっきりと断ったわけではない。ただ、信じられなかっただけなのだと思う。
 昨日の自分が酒に酔っていたことは、おそらくリズベスもわかっているはずだ。酒の上の戯言だと、片付けてしまっているのかもしれない。信じられないのも道理だ。
 ならば、信じさせればいい。
 アーヴィンにも言われたではないか。強引に押していかないと、リズベスには通じない、と。
「よし」
 ぱん、と自分で顔を叩いて気合いを入れる。
「ここからが正念場だ」

 ――何事にもきちんと結果を出す男、ヒューバートは、粘り強いしつこい性質でもあった……。


「あー、おはよう、ヒューバート」
 身だしなみを整え、朝食の場に出ると、アーヴィンが姿を現した。昨日ヒューバートと変わらぬほど飲んだせいか、少し気怠い表情を浮かべている。
「昨日は大丈夫だった?さすがにちょっと飲みすぎちゃったよね……」
 いつもの笑顔にも、精彩がない。これは、相当参っているらしい。
「ああ、ちゃんと部屋まで戻ったし、問題ないよ」
「なら良かったけど」
 そう言って席に座ると、アーヴィンは朝食を用意するようメイドに頼む。二人分、と聞いてヒューバートは怪訝な顔をした。
「俺たちだけか?」
「ああ、両親は今日は用があるとかでもう出かけてるんだ。それと、リズはなんか……具合が悪いらしいよ。部屋でとるって」
「……そうか」
 アーヴィンからちくちくとした視線を感じたが、ヒューバートは澄まし顔で朝食を終えた。

「今日は仕事の話もするつもりだったんだけどなあ……わざわざ来てもらったのに、悪かったね」
「いや、問題ない。どっちにしろそれは口実だったんだろ?」
 何気ない会話をしながらも、アーヴィンから物問いだげな視線が突き刺さる。ここで落ちる沈黙が、痛い。
 ヒューバートは観念した。今日はまだまだ時間はたっぷりあるのだ。どうせ遅かれ早かれ白状させられる。この目で一日中見られるくらいなら、早く白状した方が精神的に楽だった。

「……ほんとヒューバートは、たまにとんでもないことをするよね」
 リズベスに気持ちを打ち明けたことを話すと、アーヴィンはにんまりと笑ってそう言った。もちろん、キスのくだりは割愛して話をしてある。さすがのヒューバートも、そこまで赤裸々なことは言えない。
「まあ、昨日は俺もかなり飲んでいたからな……思い切ったことをしたとは思う」
「僕のアドバイスが効いたかな?」
 うーん、ナイスアシスト。にやにやと笑ったアーヴィンがそう言うのを、横目で睨む。ナイスも何も、大暴投だ。アーヴィンのせい、とは言えないが。
「で?リズの反応は?朝食にも出てこないなんて、何をしたんだい?――まさか、」
「何を言いたいかはわかった、みなまで言うな」
 とんでもないことを言い出しそうになったアーヴィンを慌てて止める。そりゃもう臨戦態勢もいいところだったが、そんな無体を働くような人間ではないつもりだ。
 妹のことだというのに、そんな調子でいいのだろうか。むしろ、そうなって欲しいといわんばかりの態度に、ヒューバートの方が恥ずかしくなってくる。
「仮にも自分の妹の話だぞ――それでいいのか?」
 じっとりと睨むと、アーヴィンは声をあげて笑った。
「妹なればこそ、心配してるんだよ。で?リズはなんだって?」
 さすがに誤魔化しはきかなかったようだ。リズベスと同じ青い瞳に、好奇心をいっぱい覗かせて問うアーヴィンに、観念する。
「――おそらく、信じてもらえてないと思う」
「だよね!」
 落ち込むヒューバートとは対照的に、アーヴィンは笑いが止まらない。
「それで、どうするのさ」
「もちろん、信じてもらえるよう努力するさ――おまえも知恵を貸せよ、アーヴィン」
「結構協力してるつもりなんだけどなあ」
 アーヴィンはそう言って笑うと、任せておけと言わんばかりに胸を叩いた。
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