3 / 11
③野心の芽生え
しおりを挟む
カタルス村の村長が帰ったあと、執務室で公爵と一緒に書類の整理をしていたマイケルは、正午になり昼休憩を中庭で取っていた。
マイケルにとって中庭は心の落ち着く場所になっていた。公爵邸の花壇は広々として、故郷の草原を思い出させてくれるのに十分だった。
ここは日当たりもよくお気に入りの場所だった。
壁にもたれて丸椅子に腰掛け、パンを食べていると頭上から声がかかる。
「マイケル」
その声にビクッとして素早く立ち上がり窓を見る。
「何でしょうか、奥様」
マリアンが優しい笑みを浮かべて口を開いた。
「座ったままでいいわ」
「あの……それは奥様が私に声をかける前の、姿勢で、ということでしょうか?」
「ええ」
マイケルはまたいつものように無表情になり夫人に言われた通りに、壁に背もたれをして椅子に座った。
「これでよろしいのですか?」
「ええ、そのままで。そのまま、私の独り言を聞いてもらえるかしら?」
「かしこまりました、奥様」
マイケルは静かに中庭に視線を向けた。
マリアンが話し始めた。
「午後からグレイス夫人が来るでしょう?」
「……」
夫人の問いかけに返事をしないマイケルの頭を『コンコン』と指でつついた。
「……」マイケルが少し見上げるようにするとマリアンが笑って言った。
「相槌くらいしなさい」
「あ、失礼しました」
「ふふ、そのグレイスだけどね。私の親友だったのよ」
「そうですか」
「グレイスはね、ゲイリックのことが好きだったの」
「……そうですか」
「でもね、夫が選んだのは私だったの。なぜ、夫は私を選んだと思う?」
「……」
答えの予想はついたが、マイケルには答えられなかった。しかし、夫人がマイケルの頭を指でつついたので、答えることにした。
「グレイス様と奥様は甲乙つけがたいほどの美女でございます」
マリアンが意味ありげにマイケルの頭を見つめた。
(あらあら、グレイスを見たこともないくせに……)
マリアンはマイケルを促した。
「それで?」
「しかしながら奥様は公爵家の一人娘、グレイス様は男爵家の一人娘でございました」
(ふーん、グレイスが男爵家なのは知っているのね)
「それで?」
「旦那様は伯爵家の三男でございました。貴族として生き残るには婿養子になるしかありません」
「それで?」
「つまり、女性として甲乙つけ難いのならば、どちらと結婚したら得かお考えになられたのではないかと推察いたします」
(ふふ、ゲイリックには打算なんてないわよ)
「そのグレイスがね、ある事情で、最近焦っているようなの」
「……」
また無言になったマイケルの頭を指でつついた。慌てて聞き返すマイケル。
「……グレイス様の事情とは何でしょうか?」
「彼女まだ37歳よ?私もだけど」
「それが?」
「グレイスは昨年未亡人になってるわ。あいにく子供もできなかったし……」
「それがどうかしましたか?」
「彼女はゲイリックの子種を欲しがっていると思うの」
マイケルの思考が止まりかけた。上流階級の貴婦人が口にする言葉ではなかったからだ。
「あの、奥様……そのようなことは口にしない方がよろしいかと思います」
マイケルは黙ったまま夫人の返事があるのを待ったがいつまで待っても返事はなかった。立ち上がり後ろを見上げると、そこにはもうマリアンはいなかった。
その時、マイケルに閃きが起こる。
『グレイス夫人は子種を欲しがっている。旦那様の……』
『しかし、子種候補なら旦那様だけとは限らないんじゃないのか?』
『なんとか俺もその候補になれないものかな……』
……などとマイケルは身分を忘れて考えていた。
その時、表門から1台の馬車が入ってきた。
馬車の側面にセミン男爵家の家紋が描いてあった。
マイケルは食べかけのパンを一気に頬張り水を飲んだ。
飲み込むとマイケルはいつもの無表情な鉄仮面に戻り、馬車に向かって歩き始めた。
マイケルにとって中庭は心の落ち着く場所になっていた。公爵邸の花壇は広々として、故郷の草原を思い出させてくれるのに十分だった。
ここは日当たりもよくお気に入りの場所だった。
壁にもたれて丸椅子に腰掛け、パンを食べていると頭上から声がかかる。
「マイケル」
その声にビクッとして素早く立ち上がり窓を見る。
「何でしょうか、奥様」
マリアンが優しい笑みを浮かべて口を開いた。
「座ったままでいいわ」
「あの……それは奥様が私に声をかける前の、姿勢で、ということでしょうか?」
「ええ」
マイケルはまたいつものように無表情になり夫人に言われた通りに、壁に背もたれをして椅子に座った。
「これでよろしいのですか?」
「ええ、そのままで。そのまま、私の独り言を聞いてもらえるかしら?」
「かしこまりました、奥様」
マイケルは静かに中庭に視線を向けた。
マリアンが話し始めた。
「午後からグレイス夫人が来るでしょう?」
「……」
夫人の問いかけに返事をしないマイケルの頭を『コンコン』と指でつついた。
「……」マイケルが少し見上げるようにするとマリアンが笑って言った。
「相槌くらいしなさい」
「あ、失礼しました」
「ふふ、そのグレイスだけどね。私の親友だったのよ」
「そうですか」
「グレイスはね、ゲイリックのことが好きだったの」
「……そうですか」
「でもね、夫が選んだのは私だったの。なぜ、夫は私を選んだと思う?」
「……」
答えの予想はついたが、マイケルには答えられなかった。しかし、夫人がマイケルの頭を指でつついたので、答えることにした。
「グレイス様と奥様は甲乙つけがたいほどの美女でございます」
マリアンが意味ありげにマイケルの頭を見つめた。
(あらあら、グレイスを見たこともないくせに……)
マリアンはマイケルを促した。
「それで?」
「しかしながら奥様は公爵家の一人娘、グレイス様は男爵家の一人娘でございました」
(ふーん、グレイスが男爵家なのは知っているのね)
「それで?」
「旦那様は伯爵家の三男でございました。貴族として生き残るには婿養子になるしかありません」
「それで?」
「つまり、女性として甲乙つけ難いのならば、どちらと結婚したら得かお考えになられたのではないかと推察いたします」
(ふふ、ゲイリックには打算なんてないわよ)
「そのグレイスがね、ある事情で、最近焦っているようなの」
「……」
また無言になったマイケルの頭を指でつついた。慌てて聞き返すマイケル。
「……グレイス様の事情とは何でしょうか?」
「彼女まだ37歳よ?私もだけど」
「それが?」
「グレイスは昨年未亡人になってるわ。あいにく子供もできなかったし……」
「それがどうかしましたか?」
「彼女はゲイリックの子種を欲しがっていると思うの」
マイケルの思考が止まりかけた。上流階級の貴婦人が口にする言葉ではなかったからだ。
「あの、奥様……そのようなことは口にしない方がよろしいかと思います」
マイケルは黙ったまま夫人の返事があるのを待ったがいつまで待っても返事はなかった。立ち上がり後ろを見上げると、そこにはもうマリアンはいなかった。
その時、マイケルに閃きが起こる。
『グレイス夫人は子種を欲しがっている。旦那様の……』
『しかし、子種候補なら旦那様だけとは限らないんじゃないのか?』
『なんとか俺もその候補になれないものかな……』
……などとマイケルは身分を忘れて考えていた。
その時、表門から1台の馬車が入ってきた。
馬車の側面にセミン男爵家の家紋が描いてあった。
マイケルは食べかけのパンを一気に頬張り水を飲んだ。
飲み込むとマイケルはいつもの無表情な鉄仮面に戻り、馬車に向かって歩き始めた。
10
あなたにおすすめの小説
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
悪女の最後の手紙
新川 さとし
恋愛
王国を揺るがす地震が続く中、王子の隣に立っていたのは、婚約者ではなかった。
人々から「悪女」と呼ばれた、ひとりの少女。
彼女は笑い、奪い、好き勝手に振る舞っているように見えた。
婚約者である令嬢は、ただ黙って、その光景を見つめるしかなかった。
理由も知らされないまま、少しずつ立場を奪われ、周囲の視線と噂に耐えながら。
やがて地震は収まり、王国には安堵が訪れる。
――その直後、一通の手紙が届く。
それは、世界の見え方を、静かに反転させる手紙だった。
悪女と呼ばれた少女が、誰にも知られぬまま選び取った「最後の選択」を描いた物語。
表紙の作成と、文章の校正にAIを利用しています。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる