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しおりを挟む「――どうしたもんだろな、これは」
自室の机に向かい、私はむむむと唸っていた。
目の前に置かれていたのは、積み重ねられた幾つかの小箱――明らかに装飾品が入っていそうな贈り物用に装飾されているカンジの。
…まあ実際、個々の小箱に入っているのは装飾品なんだけど。髪留めやらブローチやらペンダントやら、そういう女性向けの。しかも、さりげなくお高めそうな。
だから、ちょっと困っている。
「こんなもの貰っても、つけていけるような場所もないし、合わせられる服もないし……でも、全く使わないというのも、申し訳ないというか何というか……」
これをくれたのは、アルフォンス様だった。
お昼ごはんを御馳走になっているお礼に、という名目で、最初に来た翌日に一つ目の箱が送られてきて……以降、二日に一度、ないしは三日に一度のペースで、箱は増え続けている。
当然ながら、最初の箱が来た時点で『こんな高価なもの頂けません』と返却しようとした。しかし、『返されても僕に使い道ないし』と言われて、渋々ながら私の方が引き下がった。なのに性懲りもなく、日を追うごとに箱が二つ三つと増えていく。――いい加減、文句を言うのも馬鹿らしくなって、とりあえず素直に頂くことにして、現在に至る。
私にこんな使い道の無いものくれるより店に材料費を入れてくれたほうがよっぽど助かるよ…と思ったのだが、姉に聞いたところ、それは既に十二分にお支払いただいているのだそうな。姉も当然、賄い飯なのだからお代は要らないと断ったそうなのだが、営業時間外に押しかけている迷惑料と材料費の足しに、という心付けだと押し切られてしまったらしい。それも、このさき毎日通っていただいたとしてもお釣りがくるよ! と、おののくくらいの金額をぽんっと、一月分として前払い。
そのうえで、料理を作ってくれてるからという理由で私にまで贈り物くれるとか。
これだからお貴族サマってヤツは。庶民の感覚からして、ホント得体が知れない。その無駄なお金の使い方には、まったくもって呆れ果てるばかりである。ほかに、もっと有意義な使い道とかあるでしょうよ。ちったー考えろっての。
その時、ココンと軽いノックの音が聞こえてきた。
と同時にガチャリと部屋の扉が開かれる。
「ローザ、お迎え来たわよ。支度できてる?」
開いた扉の隙間から顔を覗かせた姉の言葉に、「いま行くわ」と、私は座っていた椅子から立ち上がった。
そのまま、椅子に掛けておいた上着を羽織ろうとしたところ、こちらに歩み寄ってきていた姉が、机の上に視線を止めた。
「あら、せっかくいただいたんだから、つけていけばいいじゃない」
「うん……でも、私には合いそうにないし」
「そうかしら? 最初に届いた髪留めだったら、服を選ばないと思うわよ? あれ、きっとローザに似合うと思うな」
「そうかな……」
「留めてあげるわよ、貸してみなさいな」
姉の言葉に、改めて机の上を振り返る。
髪留めの入っている小箱を見やり……だが、再び姉を振り返って、ふるふると首を横に振ってみせた。
「やっぱり、今日はやめとく」
「そう……わかったわ。じゃあ、お待たせしないようにね」
部屋を出ていく姉の後ろ姿を見送りつつ、私も手早く外出する支度を済ませる。
二階にある自室を出、階下に降りると、その場にいた家族に「行ってきます」と声を掛け、店の出入口から外へ出た。
店を出たすぐ目の前に、小ぶりの…だけど見るからに上品な馬車が停められている。
「ローザ様ですね。お迎えにあがりました、どうぞこちらに」
おそらく御者なのだろう男性が、私に向かい丁寧に一礼し、馬車の扉を開けてくれた。
そして連れてこられたのが、アルフォンス様のお屋敷。
なんで私がこうやってお屋敷訪問するハメになったのか、というと……それは昨日の話である。
昨日、私は前々からの予定で、お店には丸一日お休みをもらい、友人たちとキノコ狩りに行っていた。
一年ほど前に結婚した友人の嫁ぎ先が、郊外にある農家で、その敷地内には、けっこうな広さの雑木林を有していた。その彼女に久しぶりに会いにいこうと仲間内で決めて連絡を取ってみたら、せっかくみんなで集まるんだったらウチの林でキノコ狩りでもしましょうよ、と、彼女の方から誘ってくれたのである。
そんなこんなで、私も『明日の賄いは狩ってきたキノコでキッシュ作るね、楽しみにしてて~♪』なんて言い置いてルンルン気分で朝も早よから出かけていったワケなのだが。
そのセリフが、家族の口からアルフォンス様に伝わったらしい。
まあ、普段から賄いを作っている私が昨日に限って不在にしていたのだから、今日はどうしたのかと言及されることは、何ら不思議なことではない。その結果、私が不在にしている理由が家族の口から語られるのは至極当然のなりゆきだし、私がどんなにルンルン気分ではしゃいで出かけて行ったのかを例のセリフと共に伝えられたとしても、何ら疑問に思うこともない。
ただし、それでナゼ私がアルフォンス様のお屋敷なんぞにお宅訪問するハメになったかというと……話を聞いたアルフォンス様が、それはそれは淋しそうに『キッシュ…』と呟いたからだそうな。
『――そう……明日はキッシュなんだね……でも僕、明日に限って予定が入ってて来られないんだ……』
『なら、アルフォンス様の分ちゃんととっておきますよ? 明後日にでもいらっしゃった時に……』
『明後日は明後日のごはん、食べたい……』
『そ、それは、そうですね……』
『キッシュ……食べたかったな……』
というやりとりの結果、『そこまでしょんぼりされちゃうと、なんだか可哀相になっちゃって』とのちに語った長姉の口から、こんな提案がもたらされたのだった。
『それじゃキッシュは、明日のうちにお届けしますよ? ローザに持っていかせますね』
というワケで、私はキノコのキッシュを入れた籠を手に、わざわざ迎えに来てくれた馬車に揺られ揺られて、アルフォンス様のお屋敷へとやってきたようなワケだった。
たかが出前ごときのために馬車を寄越すとか……ホントお貴族サマのやることは大袈裟もイイトコだ。
当然ながら、迎えの馬車を寄越すと言われた時点で家族もアワ食って断ったそうなのだが、『大事なキッシュに何かあったら大変だから』と押し切られたとか何とか。――どんだけだ。
しかも、お屋敷に着いて、執事さんらしき人に案内されて、アルフォンス様のいらっしゃるお部屋へ通された時も。
私の顔を見るなり開口一番『キッシュ!』って。――ホントどんだけだ。どんだけキッシュ好きなんだアンタは。
そんなご主人様の様子を見て、すかさず『ただいまお皿をご用意いたします』とテキパキ動き始める、そんなプロい執事さんだって、よくよく見れば苦笑交じりじゃないか。だからマジでどんだけだ。
「――今日のご用事は、もう済まされたんですか?」
「うん。前々から予定してた来客があったんだけどね、ちょうど君が来たのと入れ違いくらいに帰ってくれたから」
キッシュも届けたことだし…と、そのまま帰ろうとしていた私が、なぜか『君も食べていけば?』などと引き留められ、なんだかんだと今現在、お貴族サマのお屋敷でお客様扱いをされるハメとなっている。
ギクシャクしながら執事さんの淹れてくれたお茶をいただきながら、テーブル越しの目の前でキッシュを食べているアルフォンス様を眺めやった。
相変わらずにこりともしていないが、フォークを口へと運ぶ手が淀みない。食べ方こそ優雅なくせに、あっという間にお皿の上からキッシュは影も形もなくなってしまった。…いつもに増して、いい食べっぷりだなあ。
「あの……おかわりありますけど、食べます?」
「うん、もらうよ」
返事と同時に空のお皿が差し出され、思わず苦笑が洩れてしまう。
「そんなに慌てなくても、キッシュは逃げませんよ」
言いながら、差し出されたお皿の上に、持ってきた籠から新たに一つを取り出して、そこに乗せてさしあげた。
「…だって、おなかが空いてたんだ」
少し拗ねたように唇を尖らせて、お皿を元の位置に戻しつつアルフォンス様がそんな反論をしてくる。
「午前中ずっとアタマ突き合わせて楽しくもない話ばっかりでさ……飲まず食わずで、気が付けば昼もとっくに過ぎてて、もう最後の方はウンザリしてキッシュのことしか頭になかった」
「…どうりで」
そこまで聞いて、思わず声を立てて笑ってしまった。
そんな事情があったのなら、多少がっついちゃうのも仕方がないことかもしれない。「それはお疲れ様でした」と、笑いはまだ引っ込められなかったが、改まったように頭を下げてみせた。
「多めに作って持ってきましたから、お好きなだけどうぞ。余ったらお夜食にでもしてください」
「それは嬉しいな」
「でも、キッシュだけじゃ飽きませんか? 昼食のご用意、してもらえなかったんですか?」
「昼食はどうするかって聞かれたけど、僕が要らないって言った。少し待てばキッシュが来るし、それに、君の作ったものなら絶対に美味しいから、それだけあれば充分。なら、むしろ余計なものは要らない」
私は咄嗟に返す言葉を失って口を噤んだ。
びっくりした…と同時に、頬が徐々に熱くなってくる。――どうしよう、なんだかすごく嬉しすぎなんだけど照れくさすぎてこそばゆい。
相変わらずの調子で淡々と投げられたアルフォンス様の言葉は、私の気持ちをすごく落ち着かなくさせた。
私ごときの作る料理を『絶対に美味しい』とまで認めていただけているなんて、ものすごく嬉しいと思っているのに……それをちゃんと言葉に出して伝えなければと、ちゃんとお礼も言わなければと、思っているのに……なのに、肝心な言葉が出てきてくれない。胸が詰まったみたいに一杯になっていて、そこから先に上がってきてくれない。
知らず知らず、両手が熱くなった頬を押さえていた。
絶対に赤くなってるよ……それがわかっているから何だか余計に恥ずかしくなってきて、居た堪れない気分にもなってきて、どうしたらいいのかわからずに俯いてしまう。
「…どうかした?」
ふいに飛んできた気遣わしげな声に、思わずびくっと肩が揺れた。
「なんか気分でも悪そうだけど……」
「い…いえ、全然っ……!!」
慌てて応え、ぶんぶん首を横に振ってみせる。しかし、まだ俯いた顔は上げられなかった。
「なんか、ごめんなさい……!!」
顔を上げられない代わりのように、まさにそれを誤魔化したいかのように、私の意志とは関係なく言い訳じみた言葉が考えるよりも先に出てきてしまう。
「私、なんて言ったらいいのか……だって、そんなに私の作った料理、気に入ってくださっていたなんて、思ってもみなくて、だから……つまり、言いたいのは、申し訳ないというかなんていうか、その……!!」
「――好きだよ」
「え……?」
唐突に思いもよらない言葉が聞こえてきて、咄嗟に私は顔を上げてしまっていた。
開けた視界の中に、どこまでも普段通りの様子でこちらを見つめてくるアルフォンス様が映る。
「君の作る料理、僕は好きだよ。君の家の味はぬくもりが感じられて、どことなく安心させてくれる。それは何物にも代えがたいものだと思うよ。君は、もっと自信を持っていい」
しばらく、私は目を瞠ってアルフォンス様を見つめたまま、何も言葉を返すこともできず、硬直していた。
でも、次第に胸がじんわりとあたたかくなっていくような感じを覚え……それに伴い、ゆるゆると自分の頬が緩んでいくのが、見えなくてもわかった。
「嬉しい……」
やっとそんな言葉が口から出てきた時には、自分は笑顔を浮かべていることが、ハッキリと感じられた。
ほんの僅か、こちらを見つめるアルフォンス様の瞳が驚いたように瞠られる。
「そんなこと言ってもらえたの、初めて……すごく嬉しいです、ありがとうございます……!」
「…君は、謙虚すぎるよね」
「違いますよ、アルフォンス様が優しいんです」
「アルでいいから」
「アル様は、本当にお優しいですよね。――だって私なんかのために、あんな高価な贈り物まで用意してくださるし……」
髪留め、つけてくればよかった……言いながら、少しだけそれを後悔した。
いま付けている髪留めはアル様にいただいたものですよ、って……そう見せてさしあげたら、少しは喜んでいただけたのだろうか。
「あれは君が受け取るべき正当な対価だよ。良い仕事をした者に心付けを弾むのは礼儀として当然のことだし、僕が優しいとか優しくないとか、そんなことは関係ない。だから、君は気兼ねなく堂々と受け取っておけばいい」
「そうおっしゃってくださるのは、やはりアル様がお優しいからですよね。お気遣い、ありがとうございます」
「…………」
そこで少しだけ首を傾げたアルフォンス様が、どことなくおどおどしたように視線を彷徨わせる。何て応え返したらいいのか迷う、そうとも見える風に唇も軽く尖らせている。
――表情が変わらないから分かり辛いけど……これは、ひょっとして、照れてらっしゃる……??
気付いた途端、つい「あはっ!」と声に出して笑ってしまった。
一度声が出てしまうと堪え切れず――いや、これでも堪えようと頑張ってはいるんだけど、でもダメだ、もう止まらない。
「なっ、何が可笑しい……?」
「だってアル様、なんか可愛いっ……!」
「かわっ……!!?」
アルフォンス様にとって、その私のセリフは、ものすごく意外だったのだろう。これまで一度も見たことのない顔になって、ひとこと声を上げたなり絶句し固まり、その頬にはほんのりと朱が差している。――うわあ、こんなにも感情を表に出しちゃうアルフォンス様なんて、珍しすぎる……!
こうなってしまうと、私もなおさら笑いを収めることが難しくなってしまうじゃないか。
「やだもう、そこまで驚いてくれなくてもいいのにっ……!」
「だ…だって君が、変なこと言うから……!」
「そうやってムキになっちゃうところとか、なおさら可愛いっ……ぷぷっ……!」
「別にムキになってなんか……!!」
条件反射のように反論しかけたアルフォンス様だったが、そこでハッとしたように一瞬ぱたっと動きを止めるや、次には無理やり冷静な表情を取り繕おうとする。
「…人の顔を見て笑うなんて、失礼な人だな君は」
――なんだその、いかにもな『オレ別に動揺なんてしてないぜ』アピールは……!!
「もう、アル様ってば、楽しいっっ……!!」
笑いを収めるどころか余計にひーはー呼吸困難になりそうなくらいにエスカレートし始めてしまった私を、「なんなんだ一体」などとボヤきながら、とうとう脹れっ面になった挙句ぷいっとソッポを向いてしまうアルフォンス様。――ぐはあ、なんだそのテンプレ的なムクれ方は!! 更に笑いを誘うではないか!! この天然ちゃんめがー!!
「ああもうヤバイ……おなか、よじれる……!!」
そうやって、ひとしきりうひゃうひゃ一人で笑いまくって……いいかげん私も笑い疲れて呼吸も落ち着いてきた頃。
まさに見計らっていたかのように、そこでぽつりと、アルフォンス様が言葉を投げかけてきた。
「…気に入らなかった?」
「え……?」
涙目を指で拭いながら、反射的に声の聞こえてきた方向へと視線を向ける。
さっきまでソッポを向いていたはずのアルフォンス様が、いつの間にか私を真っ直ぐに見つめていた。
「僕の贈り物は、君にはお気に召さなかったのかな」
そう尋ねる声は、いつになく真剣味を帯びて聞こえて……知らず知らず、私は居住まいを正していた。
「あの、そんなことは、ない、です……」
「じゃあ何故……」
言いかけて、やおらアルフォンス様が言葉を噤む。
――その先に続くのは……『何故、使ってくれないの?』、だろうか……?
何かがツキンと胸を刺した。ああだから髪飾りを付けてくればよかったのよ、って、また思った。
一呼吸分、返答を言い淀んでしまった。
それが答えだと、そうアルフォンス様は受け取ってしまったのだろうか。
「さっきも言ったけど、贈ったものは君が受け取るべき正当な対価なのだから。受け取ったものをどう使うかは、君の自由にしていいんだ。気に入らないのであれば、処分しても構わないんだよ」
「そんな、処分だなんて……!」
「一つ一つは大したものじゃないけど、纏まったらそれなりの金額にはなるはずだし、換金して何かの役にでも立ってくれるのであれば、それはそれで僕も嬉しい」
「だから、違うんです……!」
ふいに泣き出しそうになってしまった自分に驚く。
私が自分でも驚いたくらいだ、そんな泣き出しそうな声を聞かされたアルフォンス様も、やはり驚いたのだろう。続けられようとしていた言葉が飲み込まれたのが、その表情でわかった。
「気に入らないとか、そんなんじゃないんです……あくまで、私の側の、問題、で……」
我ながら、普段らしからぬ声でふにふにと喋っている、ということに違和感がある。
こんな声を出して……私は泣きたいのだろうか。それすらもわからない。
「あんなに素敵なお品、私、初めてで……あまりに素敵すぎて、見惚れてしまったくらいで……こんなにも素敵なものを、わざわざ私のために贈ってくださったアルフォンス様のお心遣いが嬉しかった、それは本当です、絶対に嘘じゃないです! なのに……それを、こんなみすぼらしい私がいただいてしまうなんて、それこそ烏滸がましくて、申し訳ない気持ちで一杯で……だって私には、あんな素敵な装飾品なんて似合わないもの……綺麗なものに見合うだけの美しさが、私には何も無いから……」
――そんなの、昔からわかりきっていたことだ。
あの姉兄の妹である限り、何度も突きつけられてきた、ただの事実だ。
歳の離れた姉二人は、美人姉妹としてウチの界隈では有名だ。未だに店の看板娘として、訪れるお客さんたちに二人そろって愛想を振りまいている。昔からハッキリと整えられた派手な顔立ちをしていて、またスラリとした長身で体つきのバランスもよく、まさに両親の良いところだけを貰って出来上がった、といっても、それは過言ではないだろう。
そして、すぐ上の兄は、童顔で愛くるしい雰囲気を持つ母に瓜二つ。それに加えて、男性にしては小柄な方だということもあり、もう二十歳を迎えた立派な男性にもかかわらず、見た目だけなら、少年ぽさの抜けきらない十代にしか見えない。そのうえ、そこらへんの女の子よりも可愛い。きっと女装しても違和感なんてないと思う、それくらいに愛らしい顔立ちをしている。
そんな姉兄にひきかえ私は、昔からチビで地味で冴えない、どこにでもいるような平凡きわまりない子供だった。
誰もが、姉や兄を目にすると口を揃えて『可愛い』『愛らしい』などと褒めそやす。そして誰もが、私を見てこう言うのだ。『お姉さんやお兄さんには似てないね』って。
そんな言葉にも、いつしか慣れた。それこそジャンなんかが率先して、ここぞとばかりに攻撃しやがってくれてたしね。『ねえちゃんたちは綺麗なのにオマエは全然だな』だの『本当に血の繋がってる姉妹なのかよ』だの、手を変え品を変え似たようなことをこれまでサンザン言われ尽くした。
心無い言葉に傷付けられる痛み、なんてものなど、もうとっくに忘れ果てた。
たとえどんなに傷付いたとしても、それでも私は、姉と兄を嫌うことなんかできなかった。みんな私にはひたすら優しかったから。私も、そんな姉と兄が大好きだったから。
家族のくれる愛情は、私の些細な痛みなんて、そんなもの大したことではないのだと思わせてくれた。
そんな痛みなど、最初から無かったかのように忘れ去ってしまうことが、その愛情に応える最善の方法だと思った。
だから私は堂々と、あの姉兄の妹として、これまでを生きてこられたのだ。
それでも……綺麗なもの、可愛いものを見ると、こう思ってしまう自分がいる。
――どうせ私には似合わない。
服にしろ靴にしろ装飾品にしろ……これ可愛いよ、これ似合うよ、と、友人たちにどんなに勧められても、それを可愛いな、素敵だなと、感じた分だけ気後れしてしまう。
だって私は平凡な人間だから。美しいもので着飾ったところで、私自身が美しくなれるわけじゃない。綺麗な人に似合うものは、私には絶対に似合わない。少しでも華美な装いをしてしまったら、誰かの目に留まって、アイツ美人でもないくせに無理して着飾ってるよ見苦しいな…などと揶揄されてしまうことになる。そんな不愉快な想いをしなければならないなら、最初から分相応に身の丈にあったものを選ぶ。どこまでも地味に大人しくしていれば、誰の目にも留まらない、悪目立ちをすることもない。平凡な人間である以上、それらしく周囲に埋没して融け込んで、目立たないように生きていくしか、ほかに道は無いのだから―――。
「もっと私が、お姉ちゃんたちみたいに綺麗だったら、お兄ちゃんみたいに可愛かったら、せっかくのアルフォンス様のお心遣いを無駄にしなくて済んだのに……私の都合で不愉快な想いをさせて、ごめんなさい、本当にごめんなさい……!」
もはや、こちらを見つめるアルフォンス様を、真っ直ぐに見つめ返すことなど出来なかった。
ただただ、申し訳ないという気持ちだけが私の心を一杯に満たしていて、全身が委縮してしまっていた。
「身に付けているところを見せてさしあげられないのは心苦しい限りなんですが……でも、あんなに素敵なんですもの、私は見ているだけで充分に幸せなので……処分なんて、したくないです……せっかくのご厚意ですのに、手放すなんて、そんなこと考えられません……それがお気に障ったのでしたら、本当に申し訳ありません……」
なぜ私は、アルフォンス様にこんなつまらない話なんかしてしまったんだろう。
――せっかくの贈り物を『処分しても構わない』だなんて、悲しいことを言われてしまったから……?
いや違う、そうじゃない。
私は、贈られたものを身に付けない理由を『気に入らなかった』からなのだと、そうアルフォンス様に誤解されるのが嫌だ、と思ってしまったのだ。その誤解だけは、何とかして訂正しておきたかったのだ。
つまり、単なる私のエゴなのだ。私がイイカッコしたかっただけのことだったのだ。
イイカッコしたいがためにだけに、結果として、最もみっともない自分を曝け出すことになってしまった。
こんな私を、アルフォンス様はどう思っただろう。
つまらない話を聞かせやがってと腹立たしく感じているだろうか。考え方がうじうじして見苦しいと厭わしく思っただろうか。――いずれにせよ、好感を与えたとは言い難い。
けれど、これ以上もはや何を言ったらいいのか、ここで私がとるべき行動が、もう何一つとしてわからなくなっていた。
だから私は顔を上げられない。小さく縮こまらせて固まった身体をほどけない。
「…君は、口を開くたび謝ってばかりだな」
いつの間にか俯いていたまま、もはや上げられなくなってしまっていた頭の向こう側から、そんな淡々とした声が聞こえてくる。
「そうやって君が謝らなければならない理由が、僕には全くわからない」
――うん……そう言われると思ってた……。
普通に生活していくうえで持っていて然るべき感情が乏しいアルフォンス様には、こんな私のヒネクレた劣等感なんて、理解不能だろうとは思っていた。だから、言いながら、こんな私の抱える申し訳なさで一杯の気持ちなんて、きっと伝わってくれないだろうとも思っていた。
――やっぱり、呆れられちゃったよね……。
アルフォンス様らしい抑揚に欠ける口調は、どこまでも普段どおりだったけど、言い方が、そう聞こえる――そうとしか聞こえない。
「さっきから言ってるよね? 君が気兼ねする必要なんて何も無い、って」
「ご…ごめんなさい……」
「そこは謝るべきところではないよ? ――なぜ君は、自分を中心に置いて話をすることができないのかな?」
「え……?」
「君がどうしたいかを語るのに、その話の中心にいるのが、どうして僕なの?」
「…………」
知らず知らず、私は視線を上げていた。
言われた言葉の意味を、どのように捉えたらいいのかがわからず……その言葉には何を返すのが正しいのかと、つい縋るように頭を上げてしまった。
そんな私の視線を捕えて、真っ直ぐにこちらを覗き込むように見つめたアルフォンス様は、なおも続ける。
「僕は君に、こちらに気兼ねする必要はないと言ったよ。なのに君の口からは、僕を気遣って謝る言葉しか出てこないのは何故? 君が自分のしたいようにするには、そんなに気に掛かってしまうほど僕の存在は邪魔?」
「そんな……! 邪魔だなんて、そんなことはっ……!!」
「だったら、言葉にして言うべきは、もっとほかにあるよね?」
「ほか、に……?」
「気持ちを伝えてもらえるのなら、そうやって見当違いなところを一生懸命に謝られるより、単純に『嬉しい』とかいうヒトコトを貰えるほうが、ずっとわかりやすいのに」
「――あっ……!」
そこで唐突に、ぼろりと目からウロコが落ちたような……そんな衝撃を受けた気がした。
「君が素直に『嬉しい』って言えるのは、料理を『美味しい』と褒められた時だけなの?」
「…………」
「贈り物を気に入ってくれてたのならよかったけど。でもそれ、謝る以前に、そこだけもっとシンプルに言えないもの? よくわからない理由で申し訳なさそうにされても、無駄に会話が難解になって、解読がより困難になるだけだから」
「ぐ…ご、ごめんなさいっっ……!」
「うん、そこは謝って。で、謝ったからには改善して」
「は、はい、本当にごめんなさいっ……!」
「そこは謝るところじゃないからね」
「ぐご…ごめ――じゃなくてっ……! ――以後、気を付け、ます……」
「はい、気を付けてね」
そして一息吐いたアルフォンス様は、思い出したように傍らのお茶を口へと運んだ。
「…でも、まあ、わからないではないけど」
私から視線を逸らし、そこで独り言のように呟かれたひとこと。
「見目の良い兄弟に引け目を感じる気持ちは、僕にも覚えがあるから」
「は……?」
それは、アルフォンス様の言葉としては、とてもじゃないけど意外すぎて。
思わずマヌケな声を上げ、そのまま目を瞠って固まってしまった。
そんな私を横目を見やりながら、「そこ今さら驚く?」などとシレッと――とはいえ、それこそ驚いたようにも聞こえる口ぶりで、それを告げる。
「だって君、もうアレクを見知っているだろう?」
「はあ…それは、まあ、お会いしましたから……」
「あれと僕、似てると思う?」
「……似てませんね」
「そうだろう? ――あれだけじゃなくて、兄や父や、とにかくウチの家系の男どもは皆、ああやって彫りの深いハッキリした顔立ちをした、男くさい美形ばっかりなんだよ。おまけに、揃いも揃って自己主張の強い人間ばっかりときてるし。おかげで、のっぺりした平たい顔の自己主張もできない僕なんか、その輪の中に入っていける気が全くしない」
――いや、まあ、言わんとしていることはわかります、が……。
『のっぺり』て……『平たい』はともかくとしても、『のっぺり』て……言葉のチョイス! と、もはやツッコミ入れる気にもならない。
確かにアルフォンス様、見た目そこまでハッキリくっきりした顔立ちではないけど。でも、よーく見れば綺麗に整っていらっしゃるのに。普段の無表情さとあいまって無個性に見えてしまうほどの整いっぷりなのに。間違いなくご当人だって、目立たないながらも“美形”のカテゴリに入っているハズなのに。
それを言うに事欠いて『のっぺり』では悲しすぎるだろう。どんだけ自分を知らないの、このひとってば。
「…まあ、言っても、無いものねだりなんだろうけどね。所詮は」
何と応えるべきか迷った挙句いまだ絶句したままでいる私の目の前、再び視線を逸らしたアルフォンス様が、相変わらずの淡々とした様子で呟く。
「羨ましいなあと思っているからこそなんだろうけど、それでもなんか腹立たしいから、いつか実験してやろうと常々狙っているんだけどね。――あのアレクの眉間の縦ジワに硬貨が挟まるかどうか」
途端、私がぶほっと吹き出したことは、言うまでもない。
「――また近いうちに私、昨日の友人のお宅に行く予定なんです。今度はお芋の収穫のお手伝いに」
帰り際、ふと思い出して私は、見送りに立ってくれたアルフォンス様へとそれを告げた。
「お手伝い賃に収穫したお芋が貰えますので、楽しみにしててくださいね。次はお芋のキッシュにしますから」
「…うん、楽しみにしてる」
やっぱり表情が動かないけど、その中に柔らかな笑みを見つけて、つられて私もほっこりとなる。
「じゃあ僕も、君に喜んでもらえるような品を、また用意しておかなければね」
その言葉には、少しだけ目を瞠ってしまったけれど。
即座に『お気遣いなく』と言いかけてしまった言葉を何とか喉の奥に抑え込んで私は、への字になった口許を頑張って動かして、どうにかこうにか笑顔を作る。
それを目の前に立つアルフォンス様に、向けて見せた。
「…嬉しいです」
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