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序章

32:そうして物語は幕を開ける

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「リリアさんは、これからどうしていくつもりなんですか?」

 色々と聞きたいこともあったが、とにかく俺は話を前に進めることにした。他の話は後回しでもいいだろう。

『既に私の居場所は魔神に察知されました。出来る事ならいち早くここから逃げ出したい…のですが、既に察しているかもしれませんが、私の本体は頭上の球体です。その上、外の世界は魔素の無い世界…私はこのダンジョンに閉じ込められた状態です』
「そうですね」
『そこで、お願いがあります。どうか、私と契約を結んでいただきたいのです。使い魔としてステータスに格納された状態なら、外にも出れますし、魔神もそう簡単に私を察知することはできません』

 イレギュラーだと聞いた時からそうなる予感はしていた。俺は思案する。

 水の精霊、しかもネームドのイレギュラーだ。恐らく大きな戦力となってくれるだろう。

『もちろん、ただで、という訳ではありません。もし今後ダンジョンに潜り続けるのであれば、出来る限りサポートをさせていただきます』
「…確かに新しい仲間が増えるっていうのは、ありがたい話ではあります。ですが、その前に聞かせてください。リリアさんは生き残って、ダンジョンの外に出て、その上で何をしたいのですか?何か、目的があるんじゃないですか?」

 そこが俺的には一番気になっていた。鬼月とは違い、リリアさんにはこれまで生きてきた過去や考え方がある。そこが俺達と食い違っていたら、仲間になってもお互いの足を引っ張りあうことになりかねない。

『…そうですね。強いて言うならば、私は、元の世界に戻る方法を探したいと思っています。私が封印された後に何が起きたのか、何故封印される前後の記憶がないのか、故郷がどうなったのか…知りたいのです』

 リリアさんがそう言った気持ちは分かる…とは言わないが、理解はできる。俺も同じような状況になれば同じ考えに行きついただろう。

『その為にも、ダンジョンに潜りたいと思っています。外の魔素がない世界には手掛かりはないのではないかと思いますし…何より私にできることは、魔法くらいで…魔素の無い外の世界では、私はただの子どもになってしまいます。そんな足手まといな状態で生きる位なら、少しでも役に立てるようなことをしたいと、そう思います』
「…二人はどう思う?」

 俺は鬼月と陽菜に聞いた。

「わ、私は賛成です!リリアさんは悪い人じゃないと思います。それに、自分の境遇に立ち向かいたいというのなら、手を貸してあげたいとも思いますから」
『僕は、ケイタがどうしたいかで決めていいと思ウ。むしろそれ以外何も言えないヨ。何せ、ケイタの目的だった畑ダンジョンは制覇したんダ。今後冒険者を続けていくつもりなのかもまだはっきりケイタから聞いていないからネ』
「え!?圭太君、冒険者辞めちゃうんですか!?」
「は?圭太、そんなの許さないわよ?」
「へ!?いや、俺は辞めるつもりないぞ!?俺も結構楽しくなってきたしさ…っていうか、陽菜は分かるけどなんで要さんも怒ってるんだよ!」

 しかし、鬼月の言う通り、俺の方針もはっきりしないまま聞いたのは二度手間だったな。今のは普通に抜けてたわ。

「…という訳で、俺は今後も冒険者として、ダンジョンに冒険をしに行こうと思ってます。どれだけ続けるかは正直自分でも分からないけど、今は冒険者やってて楽しいって感じれてるから、当分は続ける方針で行くつもりです。でも、だからってリリアさんが元の世界に帰れる手がかりが見つかるのかって言われると…正直、絶望的な気もします」
『…それは…』
『いや、それはどうだろウ』

 鬼月が俺の発言に手を上げた。

『ケイタはスキルで…あ、カナメがいたナ。悪い、忘れてくレ。とにかくケイタと一緒にいれば、多少は目的に近づける可能性は増えると思うヨ』
「え、なになに!?どういうこと!?ねえねえっ、鬼月、教えなさいよ!」

 鬼月は口を閉ざして、縋り付く要さんを相手に無視を決め込んだ。要さんには可哀そうだけど、パーティーメンバーに入ってるわけじゃないしな…。

 しかし、鬼月の言わんとすることは分かった。

 俺のスキル【塞翁が馬】は困難を引き寄せる効果を持っている。

 そして、そもそもうちの畑にダンジョンができて、更にそのダンジョンボスが魔神?ってやつの眷属のアスモデウスで、最終的にこうしてリリアさんに出会ったこと…この一連の流れすらも、困難と祝福であったというのであれば…確かに、今後も同じような事が起きるかもしれない。

 まあ、この辺の事を言い出すと【塞翁が馬】への解釈が無限に膨らんでしまってキリがないから、もしかしたら可能性が上がるかもね…みたいな、ジンクス程度の認識で済ませてしまってもいいだろう。

(もしかしたら、リリアさんはその辺のことも見抜いていて、その上で提案をしてきたのかもしれない…って思ったけど、そもそもリリアさんは現状頼ることができる相手が俺達しかいない。彼女の立場に立って考えれば、流石に野心を出せるような状況ではないし、その線は無いだろう)

 頭の中でこねくり回して、俺は口を開いた。

「分かりました。とりあえず仮契約を交わしましょう。試用期間で実力や人柄を見させてもらいます。それで、戦いに適性がありそうならそのまま俺達のパーティーに正式加入。そうでなかった場合もダンジョンには潜らず、それ以外で出来そうなことを見つけて手伝ってもらう。それで良いですか?」
『はい!』

 という訳で、俺達は暫定だが、新たな仲間を迎えることになったのだった。

 その後、契約の前に俺達は一旦質問タイムを挟むことになった。

 というのも、契約をする上で一つ問題があったからだ。その名もリリアさんの本体があまりにもデカすぎ問題である。あれでは呼び出しただけで俺の魔力がすっからかんになってしまうし、そもそも召喚できる場所がない。

 リリアさんは元々泉そのものの姿だったらしいが、封印する際に泉ごとあの球体に閉じ込められ、その上で封印されたのだろう、というのが本人の推測だった。

 という訳で、リリアさんは現在表に出ている人形である少女のリリアさんに、本体の魂を丸ごと注入し、その上で契約を交わすという方法を取らなければならなかった。

 しかしそうなると、本体があったお陰で大人びた性格をしていたリリアさんも、若干思考力が低下してしまう事になる…らしい。なので、そうなる前に聞きたいことは聞いてほしいと向こうから提案があったのだ。

 俺達はリリアさんからとにかく色々な事を教えてもらった。

 まず、向こうの世界の事。端的に言えば剣と魔法のファンタジーで、至る所にダンジョンがあり、そのダンジョンを中心に経済活動が発展し、大いに栄えていたダンジョン中心の世界だったらしい。

 リリアさんが封印される直前までは、かなり不穏な空気が漂っていたそうだ。魔神の出現によりダンジョンの活動が不安定化し、氾濫や崩壊がかなりの頻度で起きていたのだそうだ。

 ダンジョンについては、あまり深い事は分からないが、古の人側の神々が創ったものらしい。その世界での遥か過去の時代では、ダンジョンが存在せず、地上では当たり前のようにモンスターが大量に湧き続けていたらしい。その為多くの人が死に、人類は滅びの危機に陥っていたのだそうだ。

 神々がそれを解決するために、モンスターが出現する根源をバラバラにして封じ込めたのがダンジョンの始まりと言われているらしい。

 ちなみに、鬼月などのイレギュラーなどは、向こうの世界では迷宮案内人と呼ばれる種族の一つで、その世界では人類と共存関係を築いていたらしい。ダンジョンで生まれ育ったお陰で、ダンジョンの中でのわずかな変化や予兆に敏感で、冒険者たちを大いに助けてくれたらしい。

 鬼月はその話を聞いて少し考え込んでいた。

 最後に、魔神とは何なのかについて聞いた。これに関しては、リリアさんどころかその世界で存在した賢者であっても詳しい事は何も分かっていないらしい。分かっていることと言えば、魔神はダンジョンを支配する力を持っていて、人間に対して攻撃的で性格も残忍…ということくらいだそうだ。

 更に、アスモデウスが神々、と言っていたことから、複数いる可能性もある。

 薄々察してはいたが、陽菜と要さんはこの魔神と呼ばれる存在と間接的にだが関りを持っていた。

 陽菜の姉の話である。姉はどうやら死んだわけではなく、行方不明になってしまったそうなのだ。そして、その時犯人の可能性として上がったのが、『魔神教』と呼ばれる宗教団体。

 彼らは過激な思想を持つ邪教集団で、謎の手段でダンジョンからダンジョンへ渡り歩き、常にダンジョンの中で生活をしている異常な存在だ。人間の見た目はしているが魔物に敵対されず、人間に対して高い残虐性を持っていることから、半モンスターとして認識されており討伐もやむなしとされている。

 生物を倒すことで得た経験値を支援デバイスが解析し、ダンジョン内での殺人を確実に明らかにする技術があるが、その技術でも人認定されないらしい、という噂は聞いたことがある。まあこれは都市伝説みたいな噂だが、要さんが言うにはどうやら本当の事のようだ。

 要さんはこの魔神教を追っているのだそうだ。その為にお金もバンバン使っているようで、だからこそ俺達の依頼も受けてくれたという背景があった。

「…という訳で、私も仲間に入るから!」
「…いや、どういう訳?」
「だって、詳細は知らないけどアンタのスキルのお陰でリリアの目的も叶いやすくなるんでしょ?だったら私の目的もそうなるかもしれないじゃない」

 と、若干上から目線で宣言されたが、要さんの本当の目的を知ってしまっては断る事などできはしない。陽菜のお姉さんのこともあるし、むしろ協力してやりたいという想いすらあるのだ。

 要さん、そして陽菜にもそう伝えると、陽菜に泣きそうな顔で何度も礼を言われた。

 むしろなんか胸に飛び込まれた。すぐに顔を真っ赤にして離れていったけど、心底びっくりした。

 どうすればいいか分からず固まってしまったが、それが果たして英断だったのかただのチキン野郎だったのか…。いや、まあ考えないようにしよう。

 質問タイムが終わり、俺はリリアさんと契約を結んだ。ステータスにリリアの文字が刻まれる事となる。

『えへへ、よろしくね、ケイタ!』

 と、リリアさんは物凄い笑顔で抱き着いてきた。

 これが知能の低下なのだろうか。むしろ幼児退行と表現した方がいい気もするけど。

 まあ、そういう訳で俺達はリリアさん…いや、リリアをスキルに格納し、ダンジョンを脱出したのだった。

「帰って来たか!全員怪我はないだろうな!?」
「陽菜、大丈夫じゃったか!?」

 ダンジョンから出ると、最終決戦をしてくる、と伝えていた爺ちゃんと婆ちゃん、そして橘のおじさんとおばさんも勢揃いで俺達を迎えてくれた。

「って、おわあああ!?圭太の腕が血塗れじゃねえかああああ!?つか、鬼月もボロボロだあああ!」
「お爺さん落ち着きなさい。圭太、鬼月、大丈夫なの?」
「回復薬飲んだから、もう完治してるよ」
『僕モ。心配してくれてありがとウ』
「そ、そうか…ふう、良かった」

 爺ちゃんはほっと一息ついた。

 橘のおじさんとおばさんも、陽菜や古い知り合いの要さんに声をかけて、無事だったことに心底安心していた。

 その後は装備の点検やアイテムの整理をして、綾さんに連絡を入れて、とゆっくりしながらするべきことをして過ごした。

 綾さんが来て、デバイスでも鑑定できなかったアイテムを早速鑑定してくれた。

 まず指輪から。

《思念の指輪》
・レア度1
・魔力が多く込められている。詠唱を長くするが、魔法の威力を大きく上げる

《敏捷の指輪》
・レア度1
・魔力が多く込められている。近接をー1するが、動きを早くする。

 この二つは、それぞれ陽菜と要さんが装備することになった。どちらも二人にとってぴったりの効果だ。

 そして次に腕輪と首輪。

《雷の腕輪》
・レア度1
・魔力が多く込められている。魔力を流すことで、近接攻撃に雷を纏わせる。クールタイム10秒

《呪いの首輪》
・レア度1
・禍々しい魔力が込められている。装備した者の魂を吸い取る。

「カースドアイテムだったのか…」
「残念だけど、そうみたい…んん?なんかこれ、表示がダブって見えるなあ…」

 綾さんがカースドアイテムをじいっと見て、首を傾げた。

「…うーん、ごめん、ちょっと待っててね。…むむむむむ…」

 綾さんが全力で目を凝らす。そして数秒が経過して、「破ったー!」と綾さんが声を上げた。

「これ、鑑定結果が偽装されてたんだ!」

 そう言って綾さんが新しく見せてくれた鑑定結果はこうだった。

《呪いの首輪:ダンジョンの楔》
・レア度1
・禍々しい魔力が込められている。装備した者の魂を吸い取る。
・ダンジョンをこの世に固定するための楔。数が多ければ多い程、多くのダンジョンを支えることができる

 俺と綾さんは効果を読んで押し黙った。

「…これ、すぐに処理してもらっていいか?なんか、この世にあったらいけないものの様な気がして」
「わ、分かった…持って帰ったら、すぐに処理できるよう頼んでみるね」

 これが、アスモデウスと戦った結果落ちてきた。その事に異様な寒気を感じた俺は、同じく何か不穏なものを感じ取ったのか顔が若干青い綾さんにそう頼んだのだった。

 カースドアイテムは全て処理するように国が法律を作っている。鑑定士の仕事は鑑定することも勿論だが、カースドアイテムとそうでないアイテムを選別し、効率よくカースドアイテムを処理するのも重要な役割なのだ。

 腕輪の方は、鬼月が使うことになった。これで不足気味な火力を補えたら御の字である。

 さて、気を取り直して小太刀だ。

《灼熱の小太刀》
・レア度1
・強力な魔法が掛けられている。常に熱を帯びており、モンスターに突き刺して引き抜くと、少し遅れてその場所から紅蓮の炎が噴き出る。クールタイム6秒

 こちらはどうやら普通のマジックアイテムだったようだ。これは俺が使うことになった。これからは刀と小太刀で使い分けて戦っていく事になる。

 そして最後に、大量の魔石や魔石鋼、金銀財宝、更にそれまでのウェーブの報酬も鑑定、換金してもらい、最終的な利益は600万程度となった。

 要さんに最後の依頼料を分配。今後は依頼料ではなく、仲間として報酬を振り分けることになる。

 更に残ったお金を三人で割ると、一人大体1000万ということになった。

 …うーん、装備は今日作ってもらったばかりだしな。要さんを真似して、ダンジョン内で拠点を建てれるように一式そろえてみるか?

 という訳で鑑定と換金はこれで終了だ。

 さらに、綾さんに頼んで持ってきてもらった《封印の腕輪》を購入、リリアに装備して、爺ちゃんと婆ちゃんに紹介した。

「俺らに可愛いひ孫が!」
「あらまあ、嬉しいわ。よろしくねリリアちゃん」
『えへへ、よろしくね、お爺ちゃん、お婆ちゃん!』

 鬼月の時と同じで、リリアもすぐになじみそうだ。

 という訳で後処理も全て終わった。気が付けばもう夕方だ。

 その日の夜は、橘家も巻き込んで祝勝会となった。食材アイテムを豊富に使った焼き肉パーティーが開催されたのだった。

「ふー…」

 腹いっぱいに肉を食べて、俺は一人縁側に出てきて風に当たっていた。

 若干蒸し暑いが、空気は澄んでいる。

 しばらく夜空を見上げていると、後ろで襖があく音がした。

「…あの、お隣良いですか?」
「ん…陽菜か。どうぞ」

 陽菜が隣に座ってくる。

「いやー、いっぱい食べたなぁ」
「はい、もうお腹いっぱいです」

 陽菜と雑談する。まだ会って数日しか経っていないが、困難を一緒に乗り切った仲になった所為だろうか、全く肩ひじ張らずに接することが出来た。

 陽菜も同じで、打ち解けられてたら良いんだけど。

「…お姉ちゃんの事、本当にありがとうございます」

 陽菜がぽつりとそう切り出してきた。陽菜を見ると、俯いている。

「どういたしまして、っていうには、まだ何もしてなさすぎだけどな」
「そんなことないです。無茶を言った私を受け入れてくれて…そのお陰で、お姉ちゃんへの手掛かりも得ることが出来ました。感謝してもしきれないくらいなんですよ?」
「…感謝なんていらないって。それに、それを言うならアスモデウスを倒せたのも、陽菜の魔法のお陰なんだし。そもそもパーティーメンバーに遠慮なんて必要ないだろ?な、お互い様ってことにしようぜ」
「…そんな事言われたら、何も言えません。圭太君はズルいです」
「はは、ごめん」

 ほっぺを膨らませる陽菜。何それ、可愛いなおい。

「…アスモデウス戦が終わって、私ってやっぱり弱いなって思いました」
「え?チャージブラストで全てを灰燼に帰す陽菜が弱いって?」
「ちゃ、茶化さないでください!もー…」

 怒られて、俺は黙って陽菜の話を聞くことにした。

「白状すると、鬼月君に守られて、一人だけ無傷だったのにも関わらず…私、アスモデウスの攻撃を見て、竦んでしまったんです。モンスターが大量に出てきて迫ってくるだけでも脅威なのに、それを自爆させるなんて、手の打ちようがない、もう駄目なんじゃないか、って思っちゃったんです」

 それ、俺も一瞬思ったな。

「たった一回で皆ボロボロになっちゃったし…ここで死んじゃうのかな、って不安にもなりました」

 確かに、召喚モンスターを一斉に自爆させるあの攻撃は、それだけ恐ろしかった。衝撃的だった。

「でも、私…圭太君を見てもう一度立ち上がれたんです。あの状況で、一切諦めないで、前だけ見る圭太君の背中を見て、あ、私も諦めちゃダメだってなって」

 陽菜の真っ赤に染まった顔が俺を見上げてきた。

「えへへ、あの時の圭太君、すっごくかっこよかったですよ!」

 陽菜は笑顔でそう言った。

「こ、これを伝えるためだけに来たんです。言いたいことは言ったので満足しました!」
「え、ちょ、陽菜!?」
「そ、それでは…!」

 陽菜が逃げ去った。部屋にも入らず廊下を走って行ってしまう陽菜の耳は、暗がりの中でも分かるくらい真っ赤だった。

「言い逃げされた…のか?…顔あっつ」

 もうしばらく部屋には戻れなさそうだ。俺は星空を見上げて、熱がこもった顔を夜風に晒したのだった。

 俺は気づいていなかった。そのすぐ後ろで、襖が少し開いて複数の目がこちらを覗き込んできていることに。



32:そうして物語は幕を開ける



 一人の男が暗がりの中、スマホを弄っていた。

「はあ…冒険者、上手くいかねー…夏休みの間にレベル5に行きたかったのに、まだレベル3だし…一日3時間も潜ってたのに、俺、才能ねえのかなー」

 ぶつぶつ呟きながら、男はスマホごとベッドに倒れ込んだ。週に三日、継続的に行っていた冒険者活動だったが、すぐに頓挫してしまっていたのだ。

 理想と現実の違いに男はストレスを抱えていた。カメラロールを表示して、とある写真を画面に映した。男の目に明らかに嫌悪感が宿る。

「…ちっ、何度見てもムカつくぜ。やっぱ晒すか、コイツ」

 男はスマホを操作して、学校の裏サイトに写真を張り付ける。

『陰キャが、勘違いして冒険者始めてたんだけど(笑)』

 そんな文章も添えて投稿。すぐに閲覧が付いた。

「ひひひ、ざまあみろ。陰キャが調子に乗ってんじゃねえよ。覚悟しろよ、神野~!学校行ったら速攻で潰してやっからな…」

 男はほの暗い笑みを浮かべてそう言った。

 『冒険者』という単語は、高校生にとっては最も気になる単語である。

 とある武器ショップで、商品を眺める少年の後姿の写真は、すぐさま拡散されていったのだった。
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