5 / 7
5 泣きじゃくる
しおりを挟む
イルバートと別れ、エステルの姿を探して広間を歩き回った。
ダンスに興じる人々の間をすり抜けて進むと、壁側に立っているグリーンのドレスの令嬢と目が合う。
「……ガレット」
「フェリクス殿下、お待ちしておりました。ガレットではなく、アレットでございます」
相も変わらず美しいお辞儀を見せるアレット・ミドルダムだが、今は彼女に構っている場合ではない。機嫌を損ねたエステルと、もう一度ゆっくり話をしたいのだ。
「殿下と私の婚約の話は、もう立ち消えてしまったのでしょうか……。今日は私と踊って頂けるものとばかり思っておりましたのに」
「すまない、ガジェット。私は今、人を探しているのだ」
「殿下、ガジェットではなくアレットです」
「ああ……」
ちょうど楽団の演奏が止まり、ダンスが終わる。招待客がダンスの相手を変えようと動き始め、人だかりの隙間からこちらにフリフリと歩いて来る女性が見えた。
「エステル!」
「フェリクス殿下!」
迫力満点の化粧顔が間近に迫り、俺は勇気を出して彼女に手を差し出した。
「エステル! 話がアリマス」
「フェリクス様。こちらの泥棒ネコさんはどなた?」
アレット・ミドルダムのことを泥棒ネコと呼んだエステルは、俺の横をすり抜けてプリプリとアレットに近付く。
「泥棒ネコとは……私のことでしょうか? エステル王女殿下」
「そうよ! わたくしの元婚約者であるフェリクス様に、横からちょっかいをかけたのは貴女かしら?」
エステルは両手を胸の前で組み、体を斜めにして、顎を上げてアレットを睨みつける。
「エステル王女殿下、私がフェリクス殿下にちょっかいなどと……誤解でございます」
「そうだ、エステル。オムレットは俺とは全く関係ない!」
「フェリクス殿下、私はオムレットではなくアレットです」
すると、先ほどまでオムレットを睨みつけていたエステルの目から、ポロポロと涙がこぼれ始めた。突然なぜ泣き始めるんだ?! 俺は何か嫌なことでも言ってしまったか?
とりあえずハンカチを差し出してみるものの、エステルの涙は止まらない。目の周りの化粧を涙でにじませながら、まるでトーテムポールのような顔に変化していく。
「うっ……ううっ……」
「エステル、少しここを離れよう。もう一度庭園でゆっくり話をしないか」
「……フェリクス様、ひどすぎます……ぐすっ」
泣きじゃくるトーテムポールを無理矢理に再度庭園に連れ出し、先ほどイルバートと話していたベンチに座らせた。ハンカチが真っ黒になってしまいそうだが、エステルの目から溢れ出る涙をそっと拭った。
ハンカチにはべっとりと化粧がついている。
そのまま半刻ほどエステルは泣き続け、俺は何度もハンカチで涙を拭いた。会話をするわけでもなく、ただ隣に座っているだけだったが、なんとなく懐かしい気持ちにとらわれる。
(そうか、子供の頃もエステルはよく泣いていた。こうして俺がハンカチで涙を拭いてやったことも何度もあったな)
「……ははっ!」
「うっ……フェリクス殿下、私のことを笑いましたか?」
懐かしい光景を思い出してふと漏れてしまった俺の笑いに、エステルが顔を上げる。
(あ……)
「エステル、化粧がほとんど取れた……」
「ええっ?」
半刻も泣き続けてすっかり化粧が落ちてしまった顔は、間違いなく俺の大好きだったエステルの顔だった。相変わらず切れ長の目、白い肌、そして薄紅色の頬。
つい無意識にエステルの頬に触れてしまい、エステルが驚いて身をそらす。
「……エステル、君と話したいことがある」
「はい……」
化粧が落ちたエステルになら、緊張せずに話せる気がする。どうして君は変わってしまったのか聞きたい気持ちもあるけど、まずは俺のこの4年間の気持ちを伝えたい。
ダンスに興じる人々の間をすり抜けて進むと、壁側に立っているグリーンのドレスの令嬢と目が合う。
「……ガレット」
「フェリクス殿下、お待ちしておりました。ガレットではなく、アレットでございます」
相も変わらず美しいお辞儀を見せるアレット・ミドルダムだが、今は彼女に構っている場合ではない。機嫌を損ねたエステルと、もう一度ゆっくり話をしたいのだ。
「殿下と私の婚約の話は、もう立ち消えてしまったのでしょうか……。今日は私と踊って頂けるものとばかり思っておりましたのに」
「すまない、ガジェット。私は今、人を探しているのだ」
「殿下、ガジェットではなくアレットです」
「ああ……」
ちょうど楽団の演奏が止まり、ダンスが終わる。招待客がダンスの相手を変えようと動き始め、人だかりの隙間からこちらにフリフリと歩いて来る女性が見えた。
「エステル!」
「フェリクス殿下!」
迫力満点の化粧顔が間近に迫り、俺は勇気を出して彼女に手を差し出した。
「エステル! 話がアリマス」
「フェリクス様。こちらの泥棒ネコさんはどなた?」
アレット・ミドルダムのことを泥棒ネコと呼んだエステルは、俺の横をすり抜けてプリプリとアレットに近付く。
「泥棒ネコとは……私のことでしょうか? エステル王女殿下」
「そうよ! わたくしの元婚約者であるフェリクス様に、横からちょっかいをかけたのは貴女かしら?」
エステルは両手を胸の前で組み、体を斜めにして、顎を上げてアレットを睨みつける。
「エステル王女殿下、私がフェリクス殿下にちょっかいなどと……誤解でございます」
「そうだ、エステル。オムレットは俺とは全く関係ない!」
「フェリクス殿下、私はオムレットではなくアレットです」
すると、先ほどまでオムレットを睨みつけていたエステルの目から、ポロポロと涙がこぼれ始めた。突然なぜ泣き始めるんだ?! 俺は何か嫌なことでも言ってしまったか?
とりあえずハンカチを差し出してみるものの、エステルの涙は止まらない。目の周りの化粧を涙でにじませながら、まるでトーテムポールのような顔に変化していく。
「うっ……ううっ……」
「エステル、少しここを離れよう。もう一度庭園でゆっくり話をしないか」
「……フェリクス様、ひどすぎます……ぐすっ」
泣きじゃくるトーテムポールを無理矢理に再度庭園に連れ出し、先ほどイルバートと話していたベンチに座らせた。ハンカチが真っ黒になってしまいそうだが、エステルの目から溢れ出る涙をそっと拭った。
ハンカチにはべっとりと化粧がついている。
そのまま半刻ほどエステルは泣き続け、俺は何度もハンカチで涙を拭いた。会話をするわけでもなく、ただ隣に座っているだけだったが、なんとなく懐かしい気持ちにとらわれる。
(そうか、子供の頃もエステルはよく泣いていた。こうして俺がハンカチで涙を拭いてやったことも何度もあったな)
「……ははっ!」
「うっ……フェリクス殿下、私のことを笑いましたか?」
懐かしい光景を思い出してふと漏れてしまった俺の笑いに、エステルが顔を上げる。
(あ……)
「エステル、化粧がほとんど取れた……」
「ええっ?」
半刻も泣き続けてすっかり化粧が落ちてしまった顔は、間違いなく俺の大好きだったエステルの顔だった。相変わらず切れ長の目、白い肌、そして薄紅色の頬。
つい無意識にエステルの頬に触れてしまい、エステルが驚いて身をそらす。
「……エステル、君と話したいことがある」
「はい……」
化粧が落ちたエステルになら、緊張せずに話せる気がする。どうして君は変わってしまったのか聞きたい気持ちもあるけど、まずは俺のこの4年間の気持ちを伝えたい。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
130
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる