氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います

黄金 

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56 恋バナ

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 最近の日課は王宮の北にあるルキルエル王太子殿下のスキル研究所、北離宮に遊びに来ることだ。
 旦那様が自分が戻るまでは安全な所にいて欲しいとお願いしてきた為、ノルゼを遊ばせられて安全な所と考えてここに来るようになった。
 朝からソマルデさんが連れて来てくれて、夕方には迎えに来てくれる流れだ。
 ソマルデさんは今黒銀騎士団の代理団長を無理矢理やらされていた。
 立場としてはワトビ副官の補佐という地位にまで引き上げられている。
 ソマルデさんはそれを旦那様から言われたのだと言って、凄く嫌そうな顔をしていた。
 でもよくよく考えると俺もソマルデさんもまだ黒銀騎士団所属だった。退団してなかったのだ。
 歳はとっていても新米のはずのソマルデさんを団長補佐にしていいのかと不思議に思って聞いたけど、黒銀騎士団は旦那様の一存で全てが決まり、誰も異論は唱えないらしい。完全掌握されており、ソマルデさんを抜擢しても何も波風たたなかった。
 ソマルデさん曰く、エジエルジーン・ファバーリアという男は二面性があり、仕事となると冷徹になるのらしい。
 その姿を見たいと言ったら、多分ユンネ様の前では出て来ないでしょうと言われてしまった。
 実際ソマルデさんに黒銀騎士団長代理を命じた時、俺は近くにいなかった。
 見たかった。冷徹な旦那様。
 今度こっそり覗いてやる!
 ヒュウゼの首を切った時は?っと聞いたら、あれはまだまだと言われてしまったし。

 俺が毎日北離宮に来るからか、他のメンバーも定着して来た。
 ラビノア、ミゼミ、ドゥノー、サノビィスの四人だ。
 ラビノアとミゼミは今北離宮と同じ敷地に立つ宿舎に住んでいる。
 ドゥノーも最初はラビノア達と一緒に宿舎に入ったけど、俺の近くで何か仕事をしたいという要望で、ノルゼの世話係としてファバーリア侯爵家のタウンハウスに俺と一緒に住むようになった。
 俺としてもドゥノーが一緒に子育てしてくれるなら安心だし、ノルゼも慣れているから丁度いい。

「はあ、僕も一緒にどちらかに住みたい。」

 サノビィスが住むボブノーラ家の屋敷はちょっと遠いらしい。郊外に無駄に広大な敷地を持っているものだから、馬車で出てくるにしてもそこそこ時間がかかるのだと言って、北離宮に来れるのも四日に一度程度しか来れない。
 
「サノビィスのとこも今は大変だしね。」

 前公爵から引き継ぎサノビィスが公爵位を継承してはいるが、まだ十二歳。
 ルキルエル王太子殿下が後ろ盾になったお陰で争いもなく済んだけど、それでもまだ問題は山積みだ。
 なにしろボブノーラ公爵家は借金地獄らしい。
 折角今までファバーリア侯爵家から搾取していたお金をドブに捨てるように使い切っていた。
 漸く今正常に回り出し、サノビィスはこれから大変なのだ。元孤児で十二歳のこの人生ってなんだろう。サノビィスが大人びるの分かる気がする。

「僕が成人する頃には軌道に乗せるつもりです。それよりも、もう直ぐファバーリア侯爵が帰って来ますね。」

 サノビィスの言葉にドキッとする。
 そうなのだ。もう直ぐ一月経つ。
 
「うん、昨日領地を出発したって連絡来たよ。」

 へへへ~と笑うとドゥノーが嬉しそうに笑い返してくれた。

「むぅ、羨ましいです。」

 ラビノアが頬を膨らませてむくれた。ラビノアの恋はあまり進展していない。
 なにせ相手はソマルデさんだ。
 ラビノアは朝と夕方に俺の送り迎えをするソマルデさんに会う為に時間を合わせて来ているけど、ソマルデさんは塩対応だ。
 
「流石に年齢差があり過ぎるんじゃない?」

「ミゼは、がんばれー言うよ?」

「ミゼミは誰か好きな人いるの?」
 
 ドゥノー実は恋バナ好きなの?ラビノアとミゼミに興味津々と話し掛けている。

「アジュだよ。」

 即答してきた。
 
「白銀の騎士団長様か~。面倒見いいもんね。」

 ミゼミはコクリと頷いたけど、あまり表情は明るくない。

「アジュがミゼを、見る。ユンネが、ノルゼ見るの一緒。」

 ………アジュソー団長は本当に父性でミゼミを世話してるのか。保父さんか。

「ミゼミ君!頑張りましょうね!」

「うんっ!」

 ラビノアとミゼミが手を取り合っている。
 サノビィスは恋バナに興味が薄いらしく、ノルゼと遊び出した。ノルゼはさっきから一人黙々と積木遊びをしていた。俺があげたぬいぐるみを対面に座らせて一緒に遊んでいるつもりだ。自分で選んでおいて言うのもなんだけど、このぬいぐるみって変な形してるんだよね。丸い目はついてるけどクタッとしてて、短い手足と尻尾があるけど、頭部はまん丸。なんの動物か不明。
 サノビィスは積み上がっていく積木が高くなると、ノルゼを褒めて喜ばせていた。
 
 ラビノアって本当はルキルエル王太子殿下と結婚するはずだったんだよね。
 思いっきり俺とソマルデさんで邪魔してしまい、今やラビノアの恋はソマルデさん一色だけど。
 もしもの話だけど、殿下がダメでも旦那様かアジュソー団長とくっつく可能性だってあったはずだ。
 旦那様は…………、ダメだけど!
 でもアジュソー団長が好きなミゼミも応援したい。
 恋愛って難しいよね~。
 ラビノアの恋愛も応援したい。
 ソマルデさんはやっぱり嫌なのかな?
 むむ~と考え込んでいると、ラビノアとミゼミは宿舎に帰ると言った。
 サノビィスはノルゼと本格的に遊び出したので、俺とドゥノーで見送る。
 遠ざかる二人を見送りながら、ドゥノーがポツリと言った。

「あの二人って特殊だよね。」

 ドゥノーは二人のスキルで助かっている。今歩けるのはラビノアとミゼミのおかげだ。
 でもドゥノーは前にコッソリ俺に言ったことがある。
 精神に影響するスキルは忌避されがちだと。ドゥノーも本人達の所為ではないと知っているから気にしないようにしているけど、やっぱり心のどこかでは少し構えてしまうと。
 俺はあまり気にならない方だと言ったら、そこがユンネの良いところだよねと言っていた。

「うん、でも友達だよ。ドゥノーと同じ友達だ。」

「知ってる。僕もそう思ってるよ。」

 ドゥノーは少し二人に対して構えてしまう自分が情けないって言っていた。もっと優しくありたいのにって。

「二人はちゃんと理解してると思うよ。だから、大丈夫。」

 ドゥノーは少し申し訳なさそうにしながらも笑って頷いた。










 ミゼミと二人で歩きながらラビノアは考える。
 ラビノアとミゼミは同じだ。
 ラビノアは過ぎた敬愛を、ミゼミは多大なる畏怖を他者から受ける。
 『回復』をかけて人を依存者にしてしまうスキルなんて欲しかったわけではない。王都に来るまで知らなかったくらいだ。
 母が死んで年老いた乳母がラビノアを育てて教育をしてくれた。乳母は本当は母の乳母で、嫁いでくる時について来た人だ。
 手を怪我した乳母が心配で、ふうふうと息を吹きかけたら傷が治ってしまったことでスキルに気付いたのだ。
 乳母は他人にスキルを持っていると言ってはいけないとラビノアに言い聞かせた。
 乳母が亡くなり、ラビノアは義姉に言われて王宮にやって来たけど、ラビノアにとってこれは嫌なことではなかった。
 なぜなら自由を手に入れたのだから。
 でも『回復』スキルはいいものではなかった。人の役に立てるかもしれないと思ったのに、無闇矢鱈とかけてはいけなかった。
 スキルを使うと人の感情を読めることに気付いた。
 好意も悪意も見えてしまう。
 それはとても嫌な気持ちにさせた。
 人間には感情がある。当たり前。感情を読まれて喜ぶ人間はいない。
 だけどそんなもの関係ないとばかりに輝く人達はちゃんといる。
 ラビノアにとってそれはソマルデさんだ。
 強い心を持つ人。
 最初から何度もラビノアを助けてくれた。
 ラビノアのスキル依存なんて克服すれば問題ないとばかりに言い放つ人だった。
 他にも強い人達はいる。ユンネ君とその旦那様。王太子殿下、白銀騎士団長。彼等もとても強く、心を覗かれても操られようとも全てを弾く強さがある。
 それでも、ソマルデさんがいい。
 確かにお爺ちゃんだけど、ソマルデさんの側ならラビノアは安心出来るから。
 きっとミゼミも同じだ。
 ミゼミはラビノアより辛い過去を持っている。だからこそ、きっとラビノアよりも側にいて欲しいと望む要求は強いのではと思ってしまう。

「私はこの恋を諦めるつもりはありません。それにミゼミ君のことも応援しています。」

 突然宣言したラビノアに、ミゼミは俯いていた顔を上げた。不思議そうにするかと思いきや、その顔は真剣だった。
 ミゼミも人の感情に敏感だ。
 何を考えているのかまでは分からずとも、今のラビノアが抱える心の重みを感じている。

「ミゼも、応援する。」

 ラビノアとミゼミの間ではそう多くの言葉を交わし合うことはない。それでも二人は同じ心を持っていた。








 夕方、サノビィスが帰ろうとするとノルゼが泣き出したが、なんとかあやしているとソマルデさんが迎えに来た。
 王宮の中は広く、最北にある北離宮から出る為には馬車か馬が必要になる。
 ソマルデさんは馬に乗って毎度朝夕おれとノルゼを相乗りさせて送ってくれていた。雨の日は馬車になる。

 パカパカと音を立てる馬の背にも漸く慣れてきた。最初は腰が抜けて足が震えた。乗馬したことがなかったのだ。
 
「ソマルデさんはラビノアのこと嫌いですか?」

 昼間の会話を思い出したので質問してみた。

「…………いえ、嫌いではありませんよ。」

「でも冷たいです。」

 俺は今ソマルデさんの前に座っている。ノルゼを抱っこしているので後ろでは危ないと言われて前に座っていた。
 ノルゼは馬に乗る時はとても静かだ。目はキラキラと周りの景色を見ているので好きなのだろう。
 
「………なぜ私のような年寄りに好意を寄せるのか不思議でなりません。」

「そうですか?俺はわかる気がします。」
 
 ソマルデさんは本当に分からないようだ。

「安心感です。」

「それならばもっと若い人を望むべきでは?」

 違うと思うなぁ~。きっとラビノアが求めてるのは精神的なものだと思う。強いだけなら確かに年齢が合う人の方がいいだろうけど、それではダメだからソマルデさんなのだ。

「お付き合いくらいして欲しいかなぁ。」

 ソマルデさんはハァと溜息を吐いた。

「年寄りを困らせないで下さい。」

「年なんて気にしなくていいのに。あ、そーだ!前に初恋をしたことあるかって聞きましたよね!?どんな人なんですか?その人がソマルデさんの好みの人ってことですよね!?」

 せめてラビノアの為にソマルデさんの好みを聞いておこう!
 背後を振り向けばソマルデさんの困った顔があった。

「…………もう、随分と昔のことです。私がまだファバーリア家に誘われて務めるかどうか迷っていた時に、行くべきだと言ってくれた人です。」

「へ~。その人とはお付き合いしなかったんですか?」

「……………結局してません。会えたのはほんの数回ですし、会えなくなってしまったので。」

 声が悲しそうだった。聞いたらダメな話だったかも。

「その人は……。」

「私のせいで川に流されてそれっきりです。多分亡くなられたのだと思います。若い私の話をよく聞いてくれる親切な人でした。」

 今ではこんなに頼りになるソマルデさんの悩みを聞いてくれた人ってことかな?
 そうか……。ソマルデさんだって若い時はあるもんね。

「その人はどんな人だったんですか?」
 
 できればラビノアにタイプが近いといいなぁ。男性だろう?女性だろう?
 尋ねたけどソマルデさんは笑って昔のことですよとはぐらかしてしまった。







 ソマルデはユンネとノルゼが落ちないよう注意しながら、ゆっくりと馬を進めた。
 もう、昔のことだ。
 紙に書いた落書きのような文面と、滲んだ血判。
 そんな効力が無さそうな契約に、その人はとても幸せそうに笑っていた。
 その人がいなくなってから、あの血判に効力があったのか調べてみたことがある。
 ソマルデを縛る契約は一つも行われていなかった。
 そもそもあの契約は不履行だったのか、それともあの人か死んでしまった為解除されてしまったのか…。
 ふと、ラビノアの顔が思い出される。
 この前男装のラビノアを見て似ているなと思った。
 ちょうどあんな風に美しい人だったのだ。
 遠い昔で記憶は薄れてしまったけど、印象だけはハッキリと覚えている。

 ………だからと言って、ラビノアを代わりにするなんて、ラビノアに対して失礼だろう。
 どうせ老い先短い人生だ。
 ラビノアの人生はまだまだ長い。
 ソマルデがいなくなったら、ちゃんとラビノアに似合う人が現れるはずだ。






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