精霊の愛の歌

黄金 

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4 イベントやるのかぁ…

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 案内された客室で、翼は今日の事を振り返っていた。
 翼は攻略に自信があった。
 よく悪役令息も転生者で邪魔をしてきたり、モブなのに攻略対象者を掻っ攫ったりっていうラノベがあるけど、翼は自分に自信があった。
 例え他の人間を好きでも、こっちに振り返らせれる自信が。
 此処が乙女ゲームで自分が攻略対象者やモブなら、主人公は無視して自分の世界を生きる。でも、此処はBLなんだ。
 大学に入って冴えない男に蕩ける笑顔を見せていた蒼矢も、アタックしてったら落ちた。
 
 簡単なはずなのに、銀玲とかいう謎の人物にぶち当たった。
 誰だ?
 あれだけインパクトのあるキャラがモブとは思えなかった。
 追いかけてあの白巫女装束のベールをひん剥きたかった。
 金の泰子から貰った名簿をもう一度よく見てみる。
 ゲームに三十人も人の名前が出て来たわけでは無い。
 主要人物だけ出るのだ。
 
「…………そうか…!」

 いない。
 一番有る筈の名前が無い。
 精霊名は金繋(きんけい)。剣舞を舞えば目が金色に変わる悪役令息ジオーネル。
 泰子達を生で見れた興奮にすっかり忘れていたが、一番最初の悪役令息ジオーネルの登場も無かった。
 ジオーネルの歌舞音曲は剣舞。
 皆んな同じ巫女服を着る中、ジオーネルは目立つ為に白の仮面に上半身裸という奇抜な格好で登場するのだ。
 顔を隠せばいいという問題では無い。
 そんな格好をすれば誰なのかバレバレなのに、後から態とらしく金の泰子に感想を聞きに来る。
 そして泰子達と仲良くしている黒の巫女を敵対視していく。
 
「何でいないんだ?」

 いなければゲームにならない。
 金繋がいなくて銀玲がいる。
 ならば銀玲がジオーネル?
 でも、それならジオーネルの眼は銀色に変わるという事だ。

ー精霊名の色は眼の色を表している。ー

 ゲームの中で銀の目に変わる巫女はいなかった。理由は既に滅んだ泰家のせいだけど、隠しキャラの銀の泰子が出て来てもいなかったし、ジオーネルは金繋のままだった。

「あーくそっ!恋愛シュミあるある来てんのかなぁ~!!」

 大概ゲームは引っ掻き回される。
 僕は僕が主人公のゲームをやる気満々なのに!
 明日ジオーネルがいるかどうかをまず確認しないと。
 そして邪魔者は排除しなくちゃ…。
 ぐしゃぐしゃにした紙を置いて翼は寝る事にした。





 
 一方、ジオーネルは悶絶していた。
 なんでって?
 なんか色々思い出したら恥ずかしいと気付いたからだ。
 
 白の巫女とは選霊の儀をやるから白の巫女になるのでは無い。
 元から白の巫女として精霊殿に所属している。
 精霊王の求めに応じて指定された日時に赴き、精霊王の御前で自身の歌舞音曲を披露する為にいるのだ。
 精霊は歌を好み、踊りを好み、芸事を好む。
 なんでもいい、喜ばせる必要がある。
 その為に白の巫女はいるのであって、伴侶を見つけ精霊力を持つ子供を産む為にいるのでは無い。本来は。
 ゲームの中では黒の巫女の障害となるべく立ちはだかる存在なのだが。
 特に自分、ジオーネルは悪役令息だ。

「令息っても白家では末端も末端の巫女なのに……。」
 
 白家の末息子。灰色色の愛人との間に産まれた子。冷遇されているわけではないが、誰からも構われず育った。
 灰色色とは一般の人々の事を言う。
 色が混ざり混在すれば最後は灰色になる。一般市民では髪も眼も灰色が殆どだった。
 母親は白髪で産まれたジオーネルを置いて出て行ってしまった。
 芸技の教育はちゃんとされているだけでも感謝しなければならないのかもしれないが…。
 
 白の巫女として祭事に歌う事が増えて来た。
 ある日、金の泰子が声をかけて来た。

『綺麗な歌声だ。』

 と。
 誰にも構ってもらえない人間にとって、それは魔法の蜜のように甘い言葉になった。

 沢山修練を積んで聴いてもらいたい。
 
 その為だけに、生きて来たかもしれない。
 修練を積み精霊力を上げる度に、精霊達の人数は増していく。
 幻視の世界が広がる度に、金の泰子は褒めてくれる。

『銀玲、君は美しい。』
 
 ーーーと。

 風呂に入り、顔を丹念に洗っていく。
 洗面台に立ち化粧を落とした自分の顔を見て悲しくなった。
 ていうか、化粧をしていた自分に愕然。いや、最近はしてる男子もいるんだろうけど……。
 顔色の悪いそばかす顔。
 眼は細く、黒い瞳も小さい。細い眉毛は形はいいが、薄い唇と合わさると蛇のような印象を受ける。
 ゲームの説明では蛇の様な執拗で悪質な性格と説明書きがあった。
 金の泰子と番う為に黒の巫女を貶めていく存在。
 ポタポタと落ちる雫を拭きながら、溜息をついた。
 また、好きな人を盗られてしまうのか…。そんな予感が湧いて来て、顔色悪くした私の顔は更に冴えないものになった。
 長く伸ばした髪をポンポンと叩いて水気を切り、櫛を通していく。
 真っ白の癖毛は直ぐにダマを作るので、ゆっくりと丹念に解かしていく。
 天霊花綾は髪と瞳に精霊力が宿るので、髪はなるべく長く伸ばす。
 邪魔くさいと言って切る事は出来ない。切る時は髪を媒体に精霊に力を借りる時くらいだ。
 
 今朝までの自分が嘘の様に、今の自分は自信がない。
 と言うよりも、何故そんなに自信があったのか……?
 鏡の中の姿を確認して、うーんと唸る。
 青白い顔。細い眼。そばかす。白い癖毛。
 髪の色が白くて長いだけで、以前の弓弦にそっくりな顔。
 翼がそっくりだと笑っていたが、本当にそっくりだった。
 そんなにそっくりなのかとムカついて、そのゲームをやってみたが、自分でも似てるなと思った。
 でも、似てるのは顔だけだ。
 性格は全然違ったのに、今まさにジオーネルになっている自分。

 金の泰子が綺麗だと美しいと褒めてくれるのは、顔を隠した銀玲の歌声だけだ。
 顔を見たら、ジオーネルだと知ったらどう思うだろうか。

 今朝も金の泰子に芸を見て下さいね!と喜色満面に言ってしまった。白巫女装束では誰が誰だか分からないのに。
 自分が銀玲だとは言えないから、伴侶に選ばれて銀玲だと明かせる様に、精一杯アピールしていた。
 他の巫女と話しをしていたら、邪魔をしに行った。
 執念く纏わりついていた。
 繰り返していくうちに、金の泰子の表情が無くなっていき、冷たい眼を向けられる様になったのではないか。
 好かれる様に化粧を覚え、そばかすを消す様にした。
 髪を結い上げ簪や髪留めでお洒落をした。
 白家は金持ちなのでそこら辺は自由にお金を使えたのも良く無かった。
 平民にも白の巫女は産まれる。
 そんな彼等を馬鹿にしていた。

 金の泰子が笑顔を見せてくれるのは銀玲の時だけ………。
 話し掛けられても、白巫女装束は精霊王の制約が掛かっているので言葉を返す事は出来ない。
 褒めても無言でどんな顔をしているかも分からない人間に、金の泰子はどう思っているのだろうか。

 弓弦の意識が蘇り、いろんな事が見えて来てジオーネルはしょんぼりとした。

「マジで金の泰子も盗られちゃう。」

 そもそも、金の泰子は私のものでも無いけどな……。
 自分の独白に更に沼の底に落ちた。





 翌日、翼に声を掛けられる。
 その声は笑いを含み、嘲られているのが分かった。
 翼は自分が可愛い事を理解している。
 自分より劣る人間に対する扱いは、かなり酷いのに、周りにそれを悟らせない器用さを持っている。

「ねぇねぇ、ジオーネルだよね?」

 朝から嫌な声聞いた。
 男にしては少し高めの可愛い声。
 あーデジャブ。

「そうですが?」

 ジオーネルの声も高いが、鼻にかかった様な感に触る声をしている。これでなんで銀玲として声を出せるかと言えば、高音を出し易い喉をしていたのと、弛まぬ努力の末だ。

「あれー?なんで化粧してないんだろ?」

 翼は私の顔を見て不思議そうに首を傾げた。
 そんな姿すらあざとく可愛い。
 サラサラの黒髪羨ましい。

「ま、いいや!」

 ?
 何故声を掛けて来たのか分からない。
 ここは寮棟から食事棟へ続く渡り廊下。下は池になっており、少し広めに作って端の方には休憩スペース用の机と椅子が置かれている。
 食事を持って来て外を眺めながら食べれる仕様だ。
 鮮やかな鯉が優雅に泳ぎ、空は快晴。
 とても清々しい朝だった。
 少し距離はあるが、ジェセーゼ兄上と泰子達四人が朝食を摂っているのが見える。
 出来れば直ぐ立ち去りたかったのに……。
 翼は私の腕を取って柱の影に引っ張った。

「座って?」

 ?なぜ?
 欄干に座れと言う。
 椅子あるのに。
 仕方なく欄干に座った。ここの欄干少し低めで落ちそうで嫌なんだけど……。

「キャアアアァァァァ!」

 突然叫んだ翼にビクッと肩が震えた。
 …………そして落ちる自分。

 ーーーどぼーーんーー!!

 結構派手に落ちた。
 落ちながら見えた翼は自分の襟あたりの服をぐちゃぐちゃにしていた。
 あーーーなんかデジャブ。本日二度目。

「どうしたんだ!?」

 走って来た泰子達とジェセーゼ兄上が落ちた私を欄干から覗き込んだ。
 池は割と深く胸辺りまである。
 朝から頑張って解かした髪も、化粧はしなかったけど基礎化粧ばっちりして整えた顔もびしょ濡れだ。

「彼が急にお前なんか帰れって掴み掛かってきて、逃げてたら落ちてしまったんです………。」

 涙を浮かべて説明する翼。
 凄いな、嘘泣きで涙流せる奴初めて見た。
 
 そうか、これ一番最初のイベントだ。

 本来ならゲーム序盤のジオーネルはまだ厚化粧していたのだ。
 前日の創世祭と晩食で泰子達と仲良くする翼に嫉妬して、朝から翼に帰れと詰め寄るのだ。
 揉み合ううちにジオーネルは誤って欄干から池の中へ落ちてしまう。
 厚化粧が落ちてお化けみたいな顔になって、皆んなから笑われるっていうイベント。
 黒の巫女はそれでも池から助けようとする姿に、泰子達の好感度は上がるのだ。

「ジオーネル様を助けないと!」

 翼はイベント進めるつもりなんだな。
 俺が動かないなら強制的にやっていくつもりらしい。

「助ける必要はないでしょう。」

 そんなこと言ってるのは青の泰子だ。
 濃紺の髪に薄い水色の瞳の女性っぽい顔の美青年だ。青色が濃かったり眼が薄かったりするので、混ざり気があるが、これでもかなりの精霊力がある色彩だ。
 見た目は優し気なのにいつもジオーネルには辛辣な泰子だ。
 
「でも、可哀想ですよ!」

 可哀想と思うなら助けろよ、と心の中で毒吐きながら、近くの階段に行くことにした。

「ジオーネル、こっち!」

「……ジェセーゼ兄上。」

 なんとジェセーゼ兄上が階段を降りて来て手を伸ばしていた。
 階段を降りた場所は鯉に餌をあげるのか?っていう感じの、水面に近い3畳ほどの板の間になっていた。
 ありがたく手を取って引っ張ってもらう。
 深さあるし服は水を吸ってるし、誰かに引っ張ってもらわないと上がれないところだった。
 普段塩対応な兄が助けてくれるとは思わなかったけど。

「ジェセーゼ兄上、有難うございます。服に水が飛んでしまって申し訳ありません。」

「これくらい……!いいから着替えておいで!臭いよ!!」

 確かに臭い。
 ジェセーゼ兄上は顔を顰めて、しっしっと手を振った。
 口は悪いが助けてくれたので兄上には感謝した。
 泰子達は上から見てただけだし。
 金の泰子の顔は見れなかった。
 なんか怖くて。

 着替えに戻ってお風呂にも入ったので、この日は朝ごはんを食べれなかった。

 











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