転生黒狐は我が子の愛を拒否できません!

黄金 

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37 漆黒の夢

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 最近よく見る夢がある。
 そこは真っ暗で、何も見えない。
 地面だけは乾いた土だけど、草や木なんて生えていない。
 虫も、動物もいない。
 
 呂佳はそこを彷徨い歩いている。
 神の呪いが身体の中をおぞましく這い回り、鈍い痛みを与え続けていた。

 ーーー珀奥ーーー

 よく知る声が隣から聞こえ、手を繋がれる。そうだ、自分の名前は珀奥なのに、忘れてしまっていた。
 暖かい波が流れてきて、私はそちらを見る。手を繋いだ人物の神力だった。こんな暗闇の中ではあり得ないのだが、彼は難なく神力を行使する事が出来た。
 本当はありがとうとお礼を言うべきだろうが、声は出ない。
 何で貴方はこんな所までついて来たのです?
 そう非難したかったけど、龍人は一人の存在に固執する。その対照が自分だとは知ってはいたけれど、これ程強いとは思っていなかった。
 死んでいなくなれば、一時は悲しんでも次の存在に移るだろうと、軽く考えすぎていた。
 貴方は青龍なのですよ?
 こんな所までついて来て、青龍領はどうするのですか?東側の守護は誰がするのですか?
 声に出ていた訳ではないのに、宙重ちゅうえは微笑んだ。

 ーーー東は龍がいるから大丈夫だ。ーーー

 この暗闇の中では声は届かない。
 銀狼の加護があって初めて生きていける場所だ。
 私の毛も、宙重の毛も真っ黒に染まってしまった。

 馬鹿ですね、貴方は。
 
 そう言いたい。
 今更もう貴方は戻れない。
 身体に染み込む妖魔の気が、貴方の中に染み付いてしまった。
 果たして次代の青龍へは無事に受け継がれるのか………。

 意識が妖魔に偏ると、私は神浄外に住む獣人達を襲っている。
 西側は獣人が多い。
 境界線近くならば少し妖力に侵された獣人達が細々と暮らしているので、彼等の中に残る神力を取り込もうと襲いにいってしまう。
 こんな事、したくないのに……。

 そんな時は、宙重が私を止めに来てくれる。

 すみません、宙重。
 
 ーーーオレは構わない。ここは暗闇だが、お前を独占できる。オレ一人の珀奥でいてくれる。だから、オレは幸せだ。ーーー

 妖魔になった私は涙を流さない。
 宙重、それでも私の愛情は「私のなな」にしか向いていません。
 貴方の愛情に応える事が出来ないから、今まで断り続けていたのですよ?
 
 貴方は分かっていると言って笑う。
 この暗闇の中で、貴方は何故笑えるのですか?

 ーーーもう少し待て。もう少ししたら、この暗闇から出してやる。オレの全てをかけて、神浄外の中に戻してやるから。ーーー

 そんな、一度妖魔に堕ちた身で、あり得ません。
 お願いです。
 何も返してやれません。
 私は薄情な存在なのですよ。
 寂しいくせに、臆病で誰も心に入れる事が出来ません。
 
 龍の愛情とは何と重いのでしょうか。

 貴方に応える事の出来ない不甲斐ない私を、許して下さい。










「…………っ!…………呂佳っ?」

 那々瓊に呼ばれてビクリと震えた。
 目をパチパチと瞬きする。

「……寝てましたか?」

「ぐっすり寝てたよ。でも泣き出したから……。」

 那々瓊は後ろから抱き締めて、上から覗き込んでいた。

 泣いて……?

 頬を触ると涙が触れる。
 夢の中で、泣きたくても泣けなかったのだ。

 今自分達は神浄外の外側、闇に住む妖魔討伐に向けて進行している。
 神浄外は応龍の力により、中心に行くほど水の神力が増し安全だ。逆に外側に行くほどその力は薄まり、闇が近寄ってくる。
 力のない妖魔は入ってこれないが、姿を保つ妖魔は境界線から中に入り、神浄外の住人を襲う。

 かつての自分がそうであった様に。

「………………。」

 最近夢を見る。
 外に近付けば近付く程、その夢は鮮明になってくる。

 宙重、貴方は私に殺されたのではないのですか?

 神浄外の中では、青龍宙重は妖魔討伐で死んだとされていた。妖魔黒曜主にやられたのだと。
 実際には銀狼の聖女との討伐時は既に亡くなっていたのだと聞いている。

 珀奥は妖魔に変わっていく自分を神浄外から出す為に、外に向かった。
 意識は朦朧とし、よく途中で村を襲わなかったなと思いもした。

 もしかして宙重が運んでくれたのだろうか。あの男なら頼まずともやったかもしれない。珀奥の意思を汲んで、神浄外の外に連れ出した?そして自分も一緒に出たのか?

 なんて馬鹿なことを……!

 妖魔になった時の記憶はかなりあやふやだ。
 闇の中にいた時のことなど、全く覚えていなかった。
 だが、先ほどの夢はその時の事なのだろう。
 夢は段々と鮮明になってくる。
 もし、闇の妖魔の世界に入った時、全てを思い出したら、僕はどうしたらいい?

「何か悩んでる?私は何も出来ない事?」

 瑠璃色の瞳で真剣に見つめて尋ねてくる。
 
「………僕は、好かれる様な存在ではありません。」

 まだ夢に引きずられて、ぼんやりと応える。那々も僕を好きだと言う。
 可愛い、可愛いと連呼して、片時も離れない。
 この好意が親子の関係というには度を超えているとは思うのだが、求められれば嬉しくてついつい許してしまっていた。
 僕にとっては、那々は可愛い我が子という意識しか無かったから、戸惑っている。
 親なのだから、諭すべきだろうに、嫌じゃないのが更に困っている。
 
「何言ってるの?呂佳は誰にも好かれなくていいよ。」

「へ?」

 突拍子もない那々瓊の返事に思考が止まる。

「私にだけ好かれててね。」

 満面の笑顔で言い切られた。
 
「………そ、そぅ…?」

 とても悩んでいたのに、よく分からなくなった。





 今回の妖魔討伐ではあまり大軍にはせず、神浄外の中にも軍を残して行くことになった。
 永然の最初の未来視では、大きな妖魔の生命樹は一本だけで、そこには一つの大きな黒い卵がなっていたのだという。
 討伐対象が妖魔一匹ならば、銀狼の勇者と神獣がいればいいので、他は周囲を守る兵がいればいいだろうという結論になった。
 それに最近の未来視が暗闇しか見えないという事もあり、神浄外の中にも何が起こるか分からない不安もあった。
 神獣が全員死亡、などという事も考えられる。

 妖魔の生命樹は神浄外の西側、白虎の領地の奥にあるという事で、部隊は静かに西側に向けて進んでいた。
 基本は馬なので進みは早い。
 呂佳は一人で騎乗すると言ったのに、那々瓊が渋って一緒に乗っていた。
 なので馬に二人乗りはキツいので、那々瓊と呂佳はいつか達玖李が乗っていたトカゲを使っていた。
 

 道中は何事もなく進んで行くのに、呂佳の夢見は悪い。
 どう考えても記憶が戻り出している。
 しかもあまり内容は良くない。
 宙重を巻き込んでいるのだ。
 今日の宙重は珀奥を神浄外に戻すと言っていた。それは永然の行動に繋がるのではないだろうか。永然は一度妖魔黒曜主となった珀奥を討伐し、異界に魂を送ってから、またこちらに連れ戻して来た。
 宙重は龍人だ。
 龍人は龍人同士の繋がりがある。なので宙重、天凪、永然と繋がりを持って珀奥の魂を戻そうとしたことになるのではないだろうか。

 僕の為にこの人達は何をしているのでしょうかね。
 妖魔になり、神の意思に逆らってまで、僕に価値がありましたか…?

「呂佳、また悩み事?」

 呂佳の黒耳にスリスリと頬擦りしながら那々瓊が尋ねる。

「……那々は僕がいて嬉しいですか?」

「当たり前でしょ?」

「だったら、良いです…。」

 いつか永然が言っていた、たった一人が生きていて嬉しいと思ってくれるから、生きている。
 その言葉は自分のものになった気がする。
 親とか子とか抜きにして、僕の愛情は那々瓊にしか向いていない。
 那々の過剰な接触は戸惑うが、だんだんと慣らされている気がする。

「悩みがあるなら言って欲しいな。もう置いていかれるのは嫌だよ。」

 那々はなんでも直球だ。
 愛情も真っ直ぐ向けてくる。自分の様に悩む事も、心の内に押し込める事もない。
 見上げると瑠璃色の瞳は周りの様子を窺い指示を出しながらも、呂佳の方を気にして見下ろしてくる。
 
 良い子に育ちましたねぇ。

 しみじみと思ってしまう。
 僕も那々の様に素直になるのが良いのだろうか。

「じゃあ、最近見る夢なのですが…。」

 今日見た夢について話した。
 那々瓊は前青龍宙重に会った事がない。
 
「ふーん。前青龍か………。珀奥様に横恋慕してたんだね。」

 空気が不穏になった。
 気にするところはそこじゃない。
 それに珀奥に定まった相手はいなかったのに、横恋慕とはどういう事だろうか。

「あの、僕としては青龍が何故暗闇の中で意識を保ち、神力を使えていたのかが不思議なんですが。」

 本当は珀奥の為に自分の身を犠牲にしただろう宙重の気持ちに対して、何も応えることの出来ない自分自身にも思うところはあるのだが、そこは言わない方がいい気がした。
 私が宙重の気持ちに応えた方が良かったのだろうか等言おうものなら、那々瓊が何をするか分からない気配を感じたからだ。

「あ、そこなんだね。」

 パッと笑顔になる。
 那々の感情の移り変わりが早くてついていけないが、どうやら那々瓊の機嫌は治ったらしい。
 余計な事まで言わなくて良かった。

「それは、龍核じゃないか?」

 横から声が掛かった。
 いつの間にか近くに青龍空凪が来ていた。
 那々瓊と呂佳が乗るトカゲは最後尾をついて進んでいた。他の神獣達や万歩は前方を進んでいる。
 
 龍核とは龍人達が体内に持っている神力の塊だと言われている。そのお陰で強靭な身体と身体能力、そして長い寿命が成し得ているのだとか。獣人にはないものだ。

「というか前青龍は死んだと聞いていたが。」

 空凪はあまりこちらの事情につっこんで聞いて来ないので、殆ど知らない。
 今の会話で呂佳が疑問に思ったとに対して答えただけだろう。

「…………暗闇の中に以前生きていたのです。」

「何故呂佳がそれを知っている?珀奥と聞こえたが、それは天狐珀奥の事か?」

 途中から聞いていたのか、珍しく問い掛けてきた。

「呂佳が珀奥様だからね。」

「は?」

 あっさりと那々瓊は喋ってしまった。

「だから呂佳は私のものだよ。」

「………………………。」

「そうか……。」

 空凪は呂佳を見て微妙な顔をした。

「呂佳に執着したら消すからね。」

 しかも物騒な事を言い出した。
 那々瓊としては前青龍が珀奥に固執した様に、現青龍の空凪が呂佳に固執したらたまったものではない、という感覚での牽制だ。
 空凪からすれば、面倒事の一言に尽きる。

「那々、そんな事を友人に言うものだはないよ。」

 呂佳は那々瓊に注意した。

「いや、いい。何となく兄上達との関係に納得出来た。那々瓊のウザイ手紙の理由も分かった。」

 この一年間、呂佳を返せと手紙は来るし、用があって巨城に行けば、執念く騒ぐ。うんざりしていた。元々執念い性格だなとは思っていたが、モロに食らうとダメージがデカい。
 理由が育ての親だからで、それが呂佳だというのは複雑な事情がありそうだが、それは落ち着いてから聞くとしよう。

「俺は呂佳には興味ない。」

「興味ないとは失礼な。こんなに可愛いのに。」

「お前はどっちだ!」

 空凪は若い。神獣の中では若い方なので、先に生きている神獣達の事情はどうでも良いと思っている。
 
「はぁ…、兎に角、龍人は龍核があるから少しだけなら神浄外の外に出ても平気だ。ただ直ぐに戻らないとならない。元神獣ならば、龍核も普通より大きい物を持っていたのかもしれないだろう?」

 空凪は那々瓊の訳の分からない主張を無視することにして、元の話に戻した。

「そう言われれば、そうですね。私達獣人にはないので失念していました。」

 呂佳のこの落ち着きぶりも、元天狐ならば納得できるなと空凪は観察する。
 龍人は他人の執着には敏感だ。
 同じ人を好きになるのは余計な争いを生むので、自然と避ける習性がある。
 麒麟と対立するなど考えられない。
 やれやれと空凪は肩をすくめた。
 
 空凪も前方にいたのだが、空気が悪くて後ろに逃げてきたのだ。
 妖魔討伐の主力となる銀狼が緊張しているのは理解出来る。側に雪代がついていて励ましているので、万歩は雪代に任せて良いだろう。
 永然と兄上は相変わらず何か隠し事をしている。兄上は霊亀永然が大切だ。なので何をするにも永然を主に動く。こちらも事情がありそうなので声が掛かるまで首を突っ込まない。
 問題はやたらと険悪な鳳凰聖苺と朱雀紅麗だ。それにフードを被りっぱなしの玄武比翔。玄武は妖魔になり掛かっているから注意するよう兄上から言われている。なので少し距離をとっている。
 境界線近くになると、白虎は那々瓊がつけた神力の鎖で拘束されてついて来させられている。
 空凪にとっては初めての神浄外の外での妖魔討伐なのだが、非常に不安だ。

 何となく呑気な那々瓊と呂佳の二人組の方がマシだなと後方に下がってきた訳だが………。
 空気が緩いが、まだマシなのでここにいることにした。









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