貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

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第三章

考える

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「う~~~ん。最初はいい感じだったのに、どこで間違えたんだろう」

 畑に水やりをしながら、首を傾げる。

 やはり、皇子が尋ねてきたことだろう。しかし、ここはただの山。誰がいつ訪ねてきても、こちらが文句を言う権利は無い。リルがポンと手を叩く。

「そうだ。師匠みたいに山自体に結界を張ろう」

 山全体を張るのは忍びないため、リルの家から半径百メートル範囲を張ることにした。結界の種類を迷いの結界にすれば、登山者も単に道を間違えたと混乱させて結界で塞がれていると気付かない。

「最初からこうすればよかったんだ」

 両手を叩くと空気が一瞬硬くなる。山の上から飛んで回り、結界が確実に張られているのを確認した。リルが動きを止め、張ったばかりの結界に触れる。

「…………いちおう、あの二人とロンズさんだけ入れるようにしよ」

 最初に会った時のように、山はリル個人の所有物ではないからと騒がれたらたまったものではない。しかも、アミルに関しては友人なのだから、入れないことに気が付いたら泣いてしまうかもしれない。リルは心の中で言い訳しながら結界を張り直した。

「これでよし。みんな後始末で忙しいだろうし、しばらくは誰も来ないでしょう」

 若干の不安はサイに居場所がバレることだ。ルッツたちに、リルがここにいることを決して言わないよう伝えてあるが、声の大きい皇子がいつ無意識に口に出してしまうとも限らない。

 いっそ自分の記憶を彼から消してしまおうかとも一瞬考えた。ただ、それはリル的倫理に反するので実行はできなかった。自分にはできる力があるけれども、相手を操るようなことはしたくない。

「まあ、敵だったら、考えなくもないけど」

 リルが首を振る。嫌なことを考えてしまった。そもそも、あの戦いに参加したのはイレギュラー中のイレギュラーであって、もう二度と参戦する予定は無い。王宮魔法士になる予定も。したがって、こんなことを考えるだけ時間の無駄なのである。

 リルにとって一番大事なのは、ゆったり過ごすこと。前世はアラサーで幕を閉じてしまったが、目まぐるしい毎日だった。明け方まで働いて帰宅して、着替えてまた出勤する日もあった。

 あの会社の社員たちはどうやって生きていたのだろう。たまに異常な程元気はつらつな社員がいたが、常人とはとても思えない。前世の死因は事故に遭った記憶が無いため、おそらく過労死。自分は先に退場してしまったが、彼らは今も元気なことを祈る。

「人間関係は良かったんだよね。不思議」

 だから辞めにくかったということもある。さっさと辞めておけばよかった。少なくとも、前世の父を哀しませることはなかった。

「はい、うだうだするのはおしまい!」

 チョコを連れ、日課である畑の観察をする。トマトが綺麗な色を付けているので、それを二つと、ナスやニンジンを収穫した。

「今日はカレーにしよう。それで、明日もカレー。二日目のカレーの美味しさや……う~~ん、楽しみッ」

 カレー粉は、先日元父が料理中にほんのひとつまみもらった。つまり、今回がこの世界に生まれて初めてのカレーとなる。野菜を入れた籠を持つ手が震える。

「ついに、ついにカレーを食べられる……香辛料って見たことなかったから、お父さんがカレー作ってくれる日を待つしかなかったもん」

 子どもの時、母がよくカレーを作ってくれた。子どもに合わせて甘口のカレー。今でも昨日のことのように思い出される。大人になって外食では中辛になったけれども、家ではずっと甘口で作っていた。いわゆる、母の味というやつである。

「お母さんは、カレー粉にりんごとチョコを隠し味で入れてくれてたんだよね。チョコは無いけど、りんごは入れられるかな」

 ちらりとりんごの木を見たら、その横のチョコがととっとこちらへ近づいてきた。

「ああ、ごめん。チョコのことじゃないよ。食べ物でチョコと同じ名前のものがあるの」
「ガウ?」
「うんうん、食べ物」

 チョコにチョコの説明をしてみるが、実際の物が無いため理解はしてもらえなかった。とりあえず食べ物ということは伝えられたのでよしとする。

「魔物ってお菓子とか食べていいのかな。犬や猫は食べたら具合悪くなる物もあるし、いちおう気を付けないと」

 雑食なので問題無いと思いつつも、大切な家族を危険には晒したくない。

「チョコ~」

 ふわふわの体に抱き着くと、チョコもリルにすり寄ってきた。今の家族はチョコだけだ。一人と一匹、平凡に幸せに生きていきたい。
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