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私は善人になりたい

初風呂

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 翌朝目覚めて体を起こす。窓の外の明かりで、まだ随分早い時刻だと悟る。こんなに早く起きるつもりはなかったが、昨日寝過ぎたか、胡威風フー・ウェイフォンの習慣かは分からない。寝乱れた服をそのままにぼんやりしていると、控え目なノックがされた。

「胡威風将軍」

 扉の向こうから聞き覚えのない声がした。女の声だ。体がこわばる。昨日の今日で少し構えてしまうのは仕方がない。

「なんだ」
「昨夜湯あみをされませんでしたので、伺わせて頂きました。早朝から申し訳ありません」
「あー……」

 そうか、言われてみれば風呂に入り損ねていた。夕食の後で入ろうと思っていたのに。気分が乗らないが、汗をかいているのでさっぱりしたい。緩慢な仕草で扉を開ける。宮女が驚いた顔で胡威風を見上げた。

「ご苦労様。私の顔に何か付いているか?」

 胡威風に問われた宮女が慌てて姿勢を正す。

「し、失礼しました! 準備がお済でしたら、このまま湯あみに向かいますが宜しいでしょうか」
「ああ、うん。いい。その道具を貸してくれ」
「あの」
「貴方も忙しいだろう。私だけで行くから」

 なんとなく察した。胡威風は湯あみでも宮女を使っているに違いない。背中を流させたり、着替えをさせたりしているのだろう。今後は道具を持ってきてもらうに留めなければ。と、思ったところで、去ろうとする宮女を呼び止めた。

「すまない。やはり着替えだけ手伝ってもらっても構わないだろうか。出来れば四半刻後に湯あみ処まで来てほしい」
「承知致しました」

 今度こそ宮女が去っていく。

 ふと、気付いたのだ。昨日から胡威風は魂レベルで別人となったわけだが、バレてはいけないと教えられた。つまり、昨日から己がしている数々は、悪人聖人レベルを変化させるためであるが、一方で胡威風からかけ離れてはならない。いずれはかけ離れるにせよ、徐々に変えていかないと不審に思われる。

 湯あみも日々の習慣で宮女にやらせているのなら、せめて着替えの作業は残しておいた方がいいかもしれない。着替えなら、下着さえ身に付ければ丸裸を見せなくていいので、胡威風的にはセーフだ。

「ふぅ……」

――ばらしちゃいけないって難しくない? だって別人だもん!

 しかも、最後まで読了していない本の登場人物である。裏設定を知らないのに本人になりきれだなんて、転生させられた事実を恨みたくもなる。しかしもう、転生してしまっている。胡威風として生き残るしか道は無いのだ。

 風呂場は昨日うろうろしている時に見かけた。早朝なら誰もいないだろう。時間を考えて静かに歩きつつ、目的の場所に到着した。

「おぉ……そうか」

 脱衣所で脱ぎ捨て、いざ風呂を堪能しようと扉を開けて固まる。そこには大きな樽に湯が張られているだけで、大浴場ももちろんシャワーも無かった。側面が膨らんでいない形の樽で、ワインを入れるような樽とも違う。

「勝手に泳げるくらいの大きい風呂に入れると思ってたけど、温泉みたいな文化じゃないのか」

 日本人としては広い風呂に肩まで浸かり鼻歌でも歌いたかったのだが、国、というか世界が違うので我慢するしかない。桶で樽の中のお湯をすくい、頭から盛大にかぶった。

「はぁぁ……気持ちいい……やっぱりお風呂はいいよなぁ」

 髪飾りを外し、髪の毛を洗う。今まで長髪の経験が無いため、腰より長い髪の毛を洗うのに大分時間がかかってしまった。確かにこれは誰かに手伝ってもらう方が楽だ。

 体を手早く洗い終え、樽の中に入る。もしかしたら、通常は体を流して樽には入らないのかもしれないが、どうしても湯舟に浸かりたい胡威風は狭苦しい風呂をそれなりに堪能した。

「そろそろ出るか」

 正確な時刻が分からないので、もう四半刻過ぎているかもしれない。部下とはいえ、待たせたら申し訳ない。胡威風は布を腰に巻き、脱衣所に繋がる扉を開けた。目の前に宋猫猫ソン・マオマオがいた。

「え」

 咄嗟のことに胡威風という仮面を付けられず呆然としていると、宋猫猫が恐ろしい形相で叫んだ。

「この私の前でそのような恰好! 恥知らずとはこのこと!」

――なんで!?

 そもそもここは脱衣所で、裸になる場所だ。そして男性用である。明らかに場違いなのは宋猫猫の方なのに、立場が違うため胡威風が強く出ることが出来ない。

「宋猫猫様、先ほどまで湯あみをしていた故、このような恰好失礼致しました。すぐに着替えます」
「着替えはここじゃ」

 服を投げつけられた。辛い。

――宮女ちゃんどこ行ったの? なんで猫姫が来てんの? 新手の虐めかな?
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