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第二十一話 魔物討伐
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魔物の群れが南門を突破した、という報せを受けた時。僕は舌打ちを一つして部屋を出た。葵との甘い時間を邪魔された苛立ちが、胸の奥で渦巻く。
前線につくと、フェインが僕に気が付いて駆け寄ってくる。
「カイト! 来てくれたんだな」
「……恨みますよ、隊長」
フェインに返事はせず、彼の隣に立っていた体格のいい男性に目を向ける。騎士団の隊長である彼に呼ばれたせいで、僕と葵との時間を邪魔されたんだ。
「お前がいた方が、早く片付く」
隊長は簡潔に答え、騎士達が戦っている場所に顔を向けた。渡り人である僕はこの世界の住人よりも強いらしく、加えて五年間魔物を討伐してきているので、力はある。隊長の言葉は正しい。
「終わらせたら帰ってもいいですか?」
「ああ」
「カイト、無理しすぎるなよ」
隊長が頷いたのを確認して、僕は地を蹴った。フェインが背後から声をかけていたが、その時には魔物の群れに突っ込んでいた。
咆哮を上げる醜い魔物どもは、僕の放つ強力な魔力と剣の一閃で、一瞬のうちに塵と化していく。抵抗する暇すら与えない。その全てが、僕の怒りと、早く葵の元へ戻りたいという焦燥に拍車をかけた。
そして、あっという間に魔物を掃討した。血の付いた剣を振って血を落とす。
「うわぁ。カイト、相変わらず異次元だ……」
フェインを始め、騎士団の仲間達が呆然と立っている。僕は剣を鞘に収めて、隊長の前に立った。
「終わりました。帰ります」
「やはりお前に頼むと早く終わるな。今後もそうするとしよう」
「やめてください。僕には聖女様の護衛という大切な仕事があるのですから」
「……そうだな。今日は助かった」
隊長が僕の肩を軽く叩いた。僕は頭を下げて、後始末などは全て他の者に任せてその場を後にした。
城へ戻ると、真っ先に浴場へ向かった。湯気が立ち込める中、熱い湯を浴びて体についた血と瘴気を洗い流す。肌を滑り落ちる赤い水を見ても、何の感情も湧かなくなった。まあ……初めから、特に何も感じなかったのだけど。
僕の脳内は、葵で満ちている。早く会いたい。早くあの部屋に戻りたい。
湯気の中に、葵の白い肌が幻のように浮かび上がる。僕のもので蕩けたあの表情、甘い喘ぎ声が、耳の奥で鮮やかに蘇る。あの柔らかな肌、吸い付くような感触を、今すぐにでももう一度味わいたい。
——今すぐ、葵を抱きたい。
熱い湯が血と土を洗い流す間も。僕の脳裏に、あの日の光景が思い出される。
あの光に包まれて、葵と二人でここに転移した。周囲は、見慣れない森の中。戸惑う僕の腕の中で、葵はすでに意識を失っていた。呼びかけても、揺すっても、彼女は目を覚まさない。呼吸はしている。けれど、まるで死んだように眠り続けていた。
「葵……葵! 目を開けてくれっ!」
どれほど葵の名を叫んだだろう。この世界で知っている人物は、眠り続ける葵だけ。他には誰もいない。誰も助けてくれない。誰も頼れない。僕はたった一人、意識のない葵を抱きしめるしかなかった。その時の底なしの絶望と、言いようのない恐怖は、今思い出しても全身を凍えさせる。
前線につくと、フェインが僕に気が付いて駆け寄ってくる。
「カイト! 来てくれたんだな」
「……恨みますよ、隊長」
フェインに返事はせず、彼の隣に立っていた体格のいい男性に目を向ける。騎士団の隊長である彼に呼ばれたせいで、僕と葵との時間を邪魔されたんだ。
「お前がいた方が、早く片付く」
隊長は簡潔に答え、騎士達が戦っている場所に顔を向けた。渡り人である僕はこの世界の住人よりも強いらしく、加えて五年間魔物を討伐してきているので、力はある。隊長の言葉は正しい。
「終わらせたら帰ってもいいですか?」
「ああ」
「カイト、無理しすぎるなよ」
隊長が頷いたのを確認して、僕は地を蹴った。フェインが背後から声をかけていたが、その時には魔物の群れに突っ込んでいた。
咆哮を上げる醜い魔物どもは、僕の放つ強力な魔力と剣の一閃で、一瞬のうちに塵と化していく。抵抗する暇すら与えない。その全てが、僕の怒りと、早く葵の元へ戻りたいという焦燥に拍車をかけた。
そして、あっという間に魔物を掃討した。血の付いた剣を振って血を落とす。
「うわぁ。カイト、相変わらず異次元だ……」
フェインを始め、騎士団の仲間達が呆然と立っている。僕は剣を鞘に収めて、隊長の前に立った。
「終わりました。帰ります」
「やはりお前に頼むと早く終わるな。今後もそうするとしよう」
「やめてください。僕には聖女様の護衛という大切な仕事があるのですから」
「……そうだな。今日は助かった」
隊長が僕の肩を軽く叩いた。僕は頭を下げて、後始末などは全て他の者に任せてその場を後にした。
城へ戻ると、真っ先に浴場へ向かった。湯気が立ち込める中、熱い湯を浴びて体についた血と瘴気を洗い流す。肌を滑り落ちる赤い水を見ても、何の感情も湧かなくなった。まあ……初めから、特に何も感じなかったのだけど。
僕の脳内は、葵で満ちている。早く会いたい。早くあの部屋に戻りたい。
湯気の中に、葵の白い肌が幻のように浮かび上がる。僕のもので蕩けたあの表情、甘い喘ぎ声が、耳の奥で鮮やかに蘇る。あの柔らかな肌、吸い付くような感触を、今すぐにでももう一度味わいたい。
——今すぐ、葵を抱きたい。
熱い湯が血と土を洗い流す間も。僕の脳裏に、あの日の光景が思い出される。
あの光に包まれて、葵と二人でここに転移した。周囲は、見慣れない森の中。戸惑う僕の腕の中で、葵はすでに意識を失っていた。呼びかけても、揺すっても、彼女は目を覚まさない。呼吸はしている。けれど、まるで死んだように眠り続けていた。
「葵……葵! 目を開けてくれっ!」
どれほど葵の名を叫んだだろう。この世界で知っている人物は、眠り続ける葵だけ。他には誰もいない。誰も助けてくれない。誰も頼れない。僕はたった一人、意識のない葵を抱きしめるしかなかった。その時の底なしの絶望と、言いようのない恐怖は、今思い出しても全身を凍えさせる。
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